完結まで頑張りますので、お付き合い頂ければ幸いです。
神楽輪視点
立体駐車場を出て、目的地までの階段を登る。流石に大阪の繁華街の一角だけあって、活気がある。若い男女に仕事帰りだろうスーツ姿のサラリーマン、派手なシャツを着た白人系の観光客などでごった返した雑踏が、眼下の通りに見て取れる。
その中の、一組の親子が目に止まった。小学生だろうか?小柄な女の子を肩車した虎柄のシャツを着たお父さんらしき男性と、その横で嬉しそうに微笑む、勝ち気そうな女性。
「………………。」
その目尻の深いシワに、くしゃっと笑う父親が、私のどうしようもない父親の笑顔と重なって。
駆け出しそうになる足を、無理やり押さえ込んで視線をそらす。
「どうかしました?」
私の前を歩いていた三輪ちゃんが、不思議そうに小首を傾げてこちらを覗き込んだ。その小動物的な動きに思わず微笑ましく思って、気分が晴れる。三輪ちゃんのこういう雰囲気は、何となく場を和らげる力があって、凄いと思う。歩く姿は百合の花というのは、真依のための言葉だと、私は個人的に思っているのだが、三輪ちゃんはパッと花開く向日葵のようだ。
可愛いよなあ…。私なんかのこと本当に狙ってるんだろうか…?
っと、いけない。真依とのデートから私はどうも弛んでたかも。
三輪ちゃんにあんな楽しみながら警戒なんて言っときながら、自分が弛んでてどうすんの!
人の命がかかってるんだぞ!神楽輪!
「…ッ!ごめん!ちょっとボーっとしてた。今行く!」
私は頬を叩いて喝を入れる。痛くはないが、少し大袈裟に音が鳴った。切り替え完了。
私のその仕草を見て三輪ちゃんは少し驚いた様子だったが、意図が伝わったのか気合を入れるように三輪ちゃんも私に頷いて、晴れやかな笑顔でガッツポーズをしてくれた。はあ…かわいい。もう天使だろ三輪ちゃん。
二人で段差を登りきると、大きなレジャー施設には似つかわしくないほどに、閑散とした出入り口が目に映った。多人数が入れるためだろう、複数の自動ドアが、寂しげに軋んでいる。
その理由は階段を上がった先にある立て看板に書かれていた。
『本日 臨時休業です 大変申し訳ありません。
予約されたお客様におきましては、電話対応させて頂きます。返金のお手続きに関しては、電話や弊社のホームページでお尋ねください。』
…流石に行方不明者が6名で、私達が調査に入るなら封鎖するか。本来は人で賑わっているはずのその入り口前には、二人の人物しか居なかった。
一人は補助監督だろう。もう一人居たのか。田辺さんも言ってくれればいいのに。見慣れた黒スーツに身を包んだ黒髪の長髪を後ろの髪ゴムで纏めてある女性だった。
もう一人は、神経質そうな顔つきの、銀眼鏡をかけてどこか不機嫌そうに補助監督の女性を睨みつけている、パリッとした青スーツに身を包んだ男性だ。
「なんか…気まずそう…だね?」
そう三輪ちゃんが小声で呟くのも無理はない。
私達が近づくと、補助監督らしき女性は少し安心したように微笑んだ。対照的に、その青スーツの男性は私達に気づくと、朗らかに笑みを浮かべて声をかけてきた。
「すみません、お二人とも本日は弊社のプールに遊びに来てくれたんですか?大変申し訳ありませんが…、本日は臨時休業でして…。」
どうやら私たちを見て客だと思ったらしい。まあそりゃそうか。女の子二人を見て、術師だと思うのは、顔見知りか情報が行っている補助監督ぐらいのものだろう。弊社、ってことはこの施設の運営の人かな。
私がチラリと補助監督の女性の顔を見ると、彼女は彼に声をかけた。
「花部さん。この二人が私が先程説明した、業者のお二人です。これから中にお二人が入っても、構いませんね?」
「………………はぁ?」
その説明に、その花部と呼ばれた男性は笑顔から困惑したような顔になり、信じられないとばかりに補助監督の女性を眺めた。
「…本気ですか?こんな幼い少女二人が貴女の言う業者のメンバーなんですか?」
「ええ、そうです。」
その言葉に、花部という人は、目頭をヒくつかせた。どうやら、私達が誘拐事件に関わるのが気に食わないらしい。
「この際はっきり言っておきますがね。警察の捜査を先日入れた際、何も出てこなかったんですよ?専門の業者の調査とやらを本日入れたのも、警察の方々からの紹介だったからです。」
「それを子供…?冗談じゃない。こっちは半日施設を閉めて、お客様方の事前予約も全て対応してるんですよ?私の部下も今日は徹夜の覚悟だ。」
だいぶ鬱憤が溜まっているらしい。無理もないか。自分の運営する施設で二日の間に6人消えたんだから。
だが、こういったことは別に珍しくもないのだろう。補助監督の女性は、毅然とした顔でハッキリと言い切った。
「…戸惑いは分かります。ですが、貴方もお分かりのはずです。衆人環境の中で、六人もの人間が、"消えた"。」
「これは明白な異常事態で、警察ではなく、我々が対処できる問題なんです。ご協力お願いします。」
「………………しかしね。危険なら尚更、子供を巻き込むわけには。」
彼女の真剣さを肌で感じた花部さんは、少し声のトーンを落としたが、それでもまだ粘る。
ここは私が出る場面だろう。彼の不安も、彼女の苦労も分かる。全て呪霊や呪詛師が悪いんだから、こういうトラブルを何とかするのも私の役目だ!
「確かに、私達はまだ子供です。ですが、この問題を解決できるのは今私達だけなんです。そして、消えた人の中には子供達もいる。」
「どうか、私達を信じて頂けませんか!」
今はとにかく、時間が惜しいんだ。人の命がかかっている。私は深々と頭を下げて、花部さんにお願いする。今はこれしかない。
「…分かった!分かりましたよ!子供が頭を下げるもんじゃないですよ!全く…質問でも調査でも好きにしてください。」
「では、補助監督の方が言っていた、"消えた"とは?」
そう二人に問いかけると、花部さんが眼鏡に手を当ててくいっと位置を調整しながら、淡々と答えた。
「文字通りの意味です。私どもの運営する浴場及びプール施設内でレジャーを楽しんでいた6名が、突如として、溺れるような仕草を見せた。そして水中に沈んだ。」
「当然、見回りスタッフが慌てて救助に向かいましたが、水中に彼らは"居なかった"んです。」
「居なかった?」
「ええ。影も形もね。それに、そのうちの何名かは、そもそも溺れるような深さもない場所でそんな事態になったんですよ!」
その彼の声には、やはり隠しきれない戸惑いが滲んでいた。…呪霊だろうな、これ。単純に一つの地点で人を何度も攫うのは、まともな呪詛師ならしない。金にならないし、私達みたいな呪術師が来るのも想定できるからだ。
「それで、調べてみたら同じカップルシートを使っていた6名という共通点が浮かんだんですね?」
そう三輪ちゃんが問いかけると、彼は渋々頷いた。まるでこの二つの因果関係を認めたくないと言わんばかりだ。…かわいそうに。私達が一刻も早く解決しなければ。
「話せることはこれで全てですか?」
「ええ。……では私はこれで。調査、頑張ってください。」
そう言い終わると、花部さんは私達に頭を軽く下げた後、自動ドアを開けて足早に立ち去った。その背中を見て補助監督の女性は安堵したように軽くため息を吐くと、私達に言った。
「あの説明に付け加えるなら、行方不明者の消えた地点で、未確認の呪力による残穢がかなり強く残っていました。」
「まあ、そうじゃないと呪術絡みって断言できませんからね…。」
三輪ちゃんの言う通りだ。残穢が不可解な事件に残っていれば、それは呪術師を呼ぶに相応しい物的証拠といえるだろう。失踪事件で残穢を残し、立て続けに同じ場所…呪いに操られた無自覚な人間か、もしくは呪霊の犯行かな。…全くもって許し難い。人の平穏を踏み躙る権利なんて、誰にもないだろうに!
私は多くの人の命を奪ってしまった。私の罪が償えるとは思えない。自分勝手な理屈だとは分かってるけど、私の存在価値は、真依や術師のみんなを守ることと、こういった連中を祓うことで社会に貢献することだけだ。頑張らなきゃ。
「今日閉館にしたのは正解でしたね。この手の相手は下手に刺激すると何をするか分からない。」
「ええ。…できれば早く帳を下ろしたかったんですがね。あの方が貴女方を直接見て任せられるか判断すると言って聞かなかったので…。」
そう苦笑いしながら補助監督の女性は肩を下げる。まあ、よくあることなのだろう。誰も彼も呪術を理解してるわけじゃないし、そうじゃないから、呪霊への、恐れの感情は抑えられている。
「では、そろそろ帳を降ろします。闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え…。」
掌印を結んで、補助監督の女性が帳を降ろす。黒い幕がベールのように、人で賑わう繁華街と、人が私達しか居ないこの施設を隔絶する。
「…………ッ!?」
次の瞬間、施設内から強烈な呪いの気配が溢れ出てきた。…一級以上はあるね、これ。帳で炙り出されたようだ。だが数秒も経つと、その気配はすんと、かき消えた。
「…少なくとも、中に入っても即座に襲われることがないのは確認済みです。ただ…。」
「一級以上だろう呪霊相手に、それ以上探って下手に刺激するのはかえって危険ですからね。私達が来るまで帳を降ろさず、刺激しなかったのは正解だと思います。」
調査の際に一度帳を降ろしたのだろう。これだけの呪力反応。"窓"の方や補助監督でも恐ろしさは分かる。天元様も感知されただろう。五条さんは忙しいからな。少しでも私が頑張って負担を減らさないと!
そう私が答えると、補助監督の女性は頷いて、プール水着などを入れる用途だろう、花柄の手提げ鞄を三輪ちゃんに手渡した。
「相手の…恐らくは呪霊は姿を巧妙に隠しています。うまく釣り出してください。」
「ご武運を。」
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自動ドアから中に一歩踏み出すと、無数の視線が私達を貫いた。靴入れの角から、複眼がチラつき、受付テーブルに、黒い人のような影が四つん這いになってカサカサと動き回っている。この大元の呪いに当てられたのだろう。
「案の定ですね…ッ!!」
三輪ちゃんが刀に手をかけ、臨戦体制の一歩手前に入る。いつでも簡易領域を使えるかまえだ。だが、いつまで経っても周りの低級呪霊は襲ってこない。
…おかしいな。私は呪力抑えてるし、三輪ちゃんもそうだ。いつ襲ってきてもおかしくないと思ってたけど。
すると、次の瞬間、施設の奥から冷たく、苛立った感情が感じられる呪力がここまで届いた。瞬間、低級呪霊達は慌てたように姿を潜め、視線もほとんど感じなくなった。
「…なるほどね。ごうくつばりな奴。」
「え?」
三輪ちゃんの疑問の声に、私はため息をついて答えた。
「要は、獲物は自分以外に渡さないって威嚇行動だよ、今の。」
つまりこれだけの呪力と、それなりの知性を獲得しているわけだ。
「もう私達は呪いの腹の中みたいだね。」
…呪いに捕まっているだろう6人の安否が心配だ。今はとにかく…。
「警戒させずに、落ち着いて迅速に動こう、三輪ちゃん。」
「はい!」
用心深い奴のようだから、警戒させないように。迅速に移動して、釣らなくては。私達は決意を新たに、施設の奥へと踏み込んだ。