一番最初のこの小説は一番最初に完結させるつもりでいきます。
神楽輪視点
「警戒させずに、落ち着いて迅速に動こう、三輪ちゃん。」
靴入れで靴を入れずに玄関ホールを踏み越えて階段へと足を踏み入れる。何となく妙な罪悪感が頭を掠めて消え去っていった。
じわりと入り口の階段前の湿度の高さが嫌に気になってしまう。掃除が一日できないだけでもカビが建物の角に目立って、それがさっきのぎょろぎょろ目玉の呪霊と重なって見えて薄気味悪い。
だがそれ以上に目を引いたのは、階段の先にあったものーー
「え!?これって…」
「領域…。」
階段の先には、黒い膜のようなものが確かに外界と隔絶した領域を誇示するかのように存在していた。
ドクンドクンと、不安定な結界は脈を打つ心臓のように見える。
「なんで…さっきの報告にはなかったですね?」
「…あるいは、ついさっきできたのかも。」
人間六人。あるいはもっとかも。それだけの人間を捕らえて痛ぶって呪力を吸い取っているのだとしたら、"成長"したのかもしれない。かなり厄介な話になってきた。
「これは任務の難易度あがっちゃったかなあ…。」
「…どうします?進みます?それとも戻って報告を?」
逡巡する。でも結果は分かり切っている。
ここで退く選択肢はない。
呪術師は人手不足が常だし、この程度は想定できてるから私が選ばれたんだろう。
実際、領域展開や展延が使える私はこの上ない適任でしょ。
見た感じ建物の内壁を結界の枠組みとして使ってるみたいだし、そこまで高度な結界術じゃない。
でも万が一に備えてここは…
「三輪ちゃんだけ一旦もど「ダメ。」うう…。」
三輪ちゃんは私の答えをまるで分かり切っているかのように、秒で切って捨てた。口には微笑みがあるが、目が全く笑っていない。微笑みとは本来戦闘の表情…
「私は輪とは違って、お手軽な領域対策の簡易領域も扱えるんだよ?普通に考えて二人で行くのが一番楽でしょ?」
「でもあぶな「…そういえば、前夏油に捕まったあなたを助けた一人って誰でしたっけ?」うっ…」
まずい。普段あんなに丁寧で内気で可愛い三輪ちゃんが凄んでいる。凄んでても可愛いんだけど圧がすごい。
でも確かに、彼女も呪術師なんだ。流石に無礼な態度だったか。私よりずっと覚悟が決まってるんだなあ。
「わかった。ごめん。なら入る前に電話で報告だけ田辺さんに入れとこう。結界内と外で時間の流れが違う時もあるから。」
そう言って私はスマホを取り出す。最近東堂先輩おすすめで入れたライブ系の予約アプリ以外は電話機能しかないそっけないスマホ。すぐにコールボタンを押す。
プルルルルル…
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」
「「え?」」
瞬間、ベタな間違いをしてしまったという自分への呆れが浮かんだ。顔色を見る限り三輪ちゃんもそんな感じだった。
「あ、帷のせいですかね?」
「だと思う。そういえば副次的効果だけど電波遮断効果が付く場合もあるんだった…失念してましたね…。」
私と三輪ちゃんは慌てて階段を駆け足で降って入り口まで戻る。そして駆け足で帳から出ようとして…
「ぐえっ」
三輪ちゃんが盛大に帳に激突して仰向けに倒れた。
「…三輪ちゃん?」
「違います!別にふざけてるわけじゃ!見てよこれ!」
三輪ちゃんが立ち上がって手を当てると、バチンという音と共に手が弾かれた!?
「これ…どういうことなんだろ?」
「補助監督の人の帳じゃない…?」
帳に私も近づいて意識を向けるが、補助監督のあの女性の呪力の残り香の欠片も感じない。まるで漂白されたような。何の痕跡もない。
「…帳が外から二重で張られたの…?」
「え!?誰が!?」
三輪ちゃんが焦燥の色を浮かべた。無理もない。これは呪霊の仕業じゃない。ここまで滑らかで全く呪力の痕跡のない帳なんて、そもそも呪霊に張れるわけがない。
少なくとも今回の対象には。
となると誘い込まれた…?
私狙いなのか、それとも来る術師なら誰でもいいから罠にかけるつもりだったのか…?
つまり今回の件は単なる呪霊の発生なんかじゃない。裏で誰かしらが動いてるか、少なくとも呪霊と組んでる呪詛師が居る事になる。あるいは使役…?ダメだ、今のままじゃ何も分からないのと同じだ。推測の仕様もない!
「どうしよう…帳の破壊を試みてみますか?」
「無理だね。これを張ったのが誰か知らないけど、まともに壊すのは多分無理。相当な結界術の達人の仕業でしょう。」
呻き声に近い声が自然と口から漏れた。もうこうなったら相手が誘導してる一本道に飛び込むしかない。
「進むしかないね。奥に。」
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「お二人様で?」
「………は?」
覚悟を決めて結界内に足を踏み込むと、私達はこの温泉施設の受付らしき若い男性にぶっきらぼうにそう尋ねられていた。
その男性は胡乱げに間の抜けた様子の私たちを一瞥すると、私たちの足元を見て顔を顰めた。
「お客様、靴を脱いできてください。靴ばき入り口にあったでしょ?」
「え?いや、その…。」
当惑して言葉が出ない。私そもそも何しに来たんだっけ?何って私何言ってるんだろう。
呪霊の誘拐事件を…こんな営業全開の温泉施設で?
夢でもみてたの?いやそんなわけ…
そもそも誘拐されたのって…目の前の受付の人、確か…。
「最近、靴履いたまま来る方多いんよ。そんなに分かりづらくもないと思うんですけど…。」
「私たち以外にも、来訪者が?」
霞がかっていく頭を必死に働かせて質問をする。これは絶対に聞かねばならない。
受付の男性はそりゃそうだろという顔を一瞬したが、朗らかに答えた。まるで熱に浮かされているような笑顔だ。
「そりゃまあ。ありがたい事ですけど、ここは結構人気ですから。若い人も多いんやよ。最近は特に。でも変っちゃ変なんですけど…」
「何だか肝試しだとか言ってくるんですよねえ。そういうイベントやってる訳でもないっちゅーに。同じようなアミューズメント施設の他所と間違われてるんですかねえ…。」
瞬間、ゾッとする感覚が全身を包んだ。何かヤバい。本当に危機的な状況にあると心が叫んでるのに、何故か体が…否、頭がまともに働かない。
何故?
何でそんなに怯えなくては…ここは楽しい…
いや、違う!ヤバい!何がまずいのか全く分からないけど、絶対に危険な状況になってしまっている!
術式?もうすでに呪霊の術式を喰らってしまっているのか!!
呪霊?こんなところにいるわけ…
いや居るんだよ!振り絞れ知性!
領域展延!!
瞬間、脳内で
バチン!!!!
という快音が響いたような感覚を覚えた。頭の中のモヤが一瞬で冷めるような感覚。
そして一気に現状認識が正確になった。
そうだ受付のこの人!
確か職務終わりにカップルシートを利用してから行方が分からなくなっていたこの店の従業員!!何で気づかなかったんだ!?
「カッコイイポーズやなあ。人気ヒーロー?」
領域展延中の私を揶揄う余裕があるという事は、彼は呪力が見えていない!つまり本当に被害者!
ということは…
「認知を歪める術式…?厄介な…でも待って、この領域内に術式が付与されているということ?そんな高度な結界術にはとても…」
「あの…大丈夫?そこの隣の子も、ぼーっとせんと…あかん。体調崩しました?」
受付の男性は至って真面目な受け答えで心配してきている。だが改めて顔を見ると、写真より少しやつれている様な印象を覚えた。
…吸い上げているんだ。
この結界内をさも通常通りの様に術式で管理して。
まるで昆虫に寄生し栄養を吸い上げるというキノコのように…!
…しまった!三輪ちゃんの確認が遅れた!三輪ちゃんも術式にかかっているならまずい!
「三輪ちゃ…「輪♡大丈夫?まだのぼせるには早いよ。一緒に見て回るの楽しみにしてたよね!」ああ…。」
完全に喰らってるわこれ…。
三輪ちゃんはルンルンという擬音がつきそうなぐらいはしゃいでいる。
はち切れんばかりの笑顔が眩しい。
ああそのくりっとした瞳で目尻下がるの可愛い…ほんとにかわ
じゃない。
語彙力死んでる場合じゃない。
三輪ちゃんは完全にやられてる。
やっぱり術式効果だな…なら後で三輪ちゃんに簡易領域を使って貰えば領域に付与された術式は無効化される…と考えてよさそう。
今は流れに乗っかって中に入るべきかな…?
どれだけ認知の干渉ができるのか分からない以上、変にここで騒いだところで領域内の人間をけしかけられる可能性もある。
三輪ちゃんまで今現在操られてる以上、それは避けたい…!
…とはいえそれならもう私に脅しをかけてきてもいいはずかな?
私が破れかぶれで襲いかかって負ける事を警戒してる…?となると戦闘能力自体はそこまで高くないのかな…
私の呪力切れを待って、確実に術式で仕留める気か。
この現状から推測できる呪霊像は、かなり用心深く知性も高いので狡猾な上、術式も強力ではあるが実戦は苦手なタイプ…厄介だなあ。
となると今はこの流れに乗っかって内部を調査するのが最優先。さっきのこの受付の人の話からすると、人質が6人どころじゃなく増えてる可能性も全然否定できない。
幸いな事に領域展延は多少休憩を挟んでもさっきの経験から鑑みるにすぐにやられる可能性はほぼない。私が混乱してるうちに仕掛けて来なかったんだから、本当に戦闘が苦手なタイプ。
うん…まだ詰んでない。むしろこのまま状況を維持できれば追い詰めるのもそう難しくないはず。楽厳寺学長から何度も聞かされていた。
「真に狡猾な呪霊というものは、術師を動揺させることに余念がない。それは何故か、分かるかの?輪。」
「…知性では呪術師に劣ると理解しておるからよ。それ故、悪辣さを持って揺さぶることでその優位性を崩す事が強みになると知っておる。」
「だからこそ肝に銘じよ。」
「冷静さこそ決して欠かせぬ呪術師の第一の武器と。」
…ありがとうございます、楽厳寺学長。
あなたのおかげで、私はまだたくさんのものを救えそうです…。
「えいっ」
「えっ」
考えが纏まった瞬間、謎の浮遊感が私を襲った。背後から誰かに抱き上げられたと気づくのに1秒。
それで領域展延が解けた。
いや、え?誰?三輪ちゃん!?
背中に押し当てられる様な形の整ってハリのあるおっぱい。
うーん…大きさは真依の方が…って今何考えかけた私!?
は!?
本当に最低な事を考え始めてましたよ!?
「えへへ、何ぼーっとしてるの?」
「いや、三輪ちゃんこそ何して…?」
三輪ちゃんは私の返答に不満げに頬を膨らませると、私を下ろして私の耳元に顔を近づけた。
うわまつ毛なっが!
というより唇ちかい…。
そして小声で囁いた。
「私とデート♡できるからはしゃいじゃったの?今の輪見てると…何だか妹ができたみたいで…ちょっと嬉しいかも。」
そして
私の耳にふーっと吐息を吹きかけると、耳に軽く歯を立ててカリッと甘噛み…した?え?したよね今?嘘でしょ?
「ふああああああああァ!?」
顔を真っ赤にして自分でもよくわからない奇声が上がる。その瞬間、また頭に霞がかかり始めた。受付のお兄さんが微笑ましそうに、三輪ちゃんが今まで見た事ないほど赤くなった顔でコチラを見ている。
そして遠くで聞こえた気がした。
「冷静さこそ決して欠かせぬ呪術師の第一の武器と。」
本当に危機的な状況にあるのではないか?そんな認識さえ、一瞬で崩されかけていた。