そんなこんなであれやこれやと一週間後、早朝に私と真依ちゃんは学内の駐車場で待機していた。
あんなことがあったので、二人きりだと何となく気まずい。…まあ、今いるのは3人だけど。誰がいるって?東堂先輩です。
「…なんであんたが居るのよ。」
そう真依ちゃんが思わず突っ込む。私もそう思う。が、当の本人はどこ吹く風だ。
「なに、俺の親愛なるベストフレンドの初の実践となれば、この俺が見送りをしないわけにもいかんと思ってな。」
「…東堂先輩。」
思わずジーンと来てしまう。先輩にここまで言われると嬉しい。いくら変人だとしても。
思わずヒシッと抱き合う。
「うわぁ…」
そう真依ちゃんがドン引きする声を出している。あっ、しまった。また雰囲気に飲まれた。
すると、黒い車が駐車場に止まり、中から根元が黒い金髪のショートヘアの可愛らしい女性が降りてこちらに歩いてきた。
「どうも!補助監督の新田明っス!よろしく頼むっス!」
「あ、京都校一年生の神楽輪です。今日はよろしくお願いします。」
「…どうも、真依です。よろしく。」
「俺は東堂葵だ!ベストフレンドをよろしく頼む!」
「…ん?なんか一人多くないっスか?学生は二人って聞いてたんスけど…」
そう言って明さんは首を傾げる。
その仕草も可愛らしかった。
「ああ、俺はベストフレンドの見送りに来ただけだ。俺は行かん。」
「そ、そうっスか…」
その東堂先輩のあまりにも堂々とした態度に、明さんは割と引いていたが、気を取り直して私たちを車に乗せると、一呼吸置いて出発した。
「お二人とも、新入生っスよね?どうっスか?学校には慣れたっスか?」
明さんは運転しながら話しかけてくる。
なんとなく話しやすい人だと思った。明るくて凄い。
「あ、はい。そうです。学校には…ちょっとずつ慣れてきましたね。一応…友達もできたと思いますし。」
…もし私が友達だと思ってるだけで、向こうからしたら他人と思われてるかも、ともチラッと思ってしまった。…それはない、と思いたいけど。
「そこの真依ちゃんはどうっスか?」
「…まあ、実家に比べれば天国ですよ。それより、何故そんなことを?」
…その返しは答えにくいと思うよ、真依ちゃん。
一瞬明さんは気まずそうな顔をしたが、すぐ笑顔に戻って答えた。
「あ、いや、実は自分の弟も、来年京都校に入る予定なんスよ。だから、どんな雰囲気なのか知っておきたくて。姉として。」
「へえ、ならお姉さんは京都高専の補助監督で、弟さんは学生になるんですね。なんだか羨ましいな、そういうの。」
「あ、いや。自分は東京高専の所属っス。」
「え、そうなんですか?」
「…なら、なんで今日私たちの補助監督に?」
真衣ちゃんが当然の疑問を口にする。
「先日からここで弟の付き添いで書類の手続きがあって…ひと段落ついたんで、臨時で京都高専の補助監督のお手伝いをすることになったんス。」
「いや〜ついてるっスよ。お陰でお二人さんに付き添って大阪観光できるんスから。さっさと任務済ませちゃって、パ〜っと遊びましょ?経費で落ちるって最高っスね!」
そうわざとおどけた感じで明さんが言う。
…確かに私たちの任務地は大阪だ。今日一日はそれしか予定がないし、3級程度なら軽く祓って終わりだろう。
「呑気ね…」
そう真依ちゃんが言うが、口元は笑っている。
…凄いな、明さん。私たちが初任務だと知って、緊張をほぐすためにわざとおどけたんだろう。
気遣いの塊みたいな人だ。今だって、
「あ、輪さん。日光キツくないっスか?アレだったらいつでも言ってくださいね。」
「…はい。窓のカバーのおかげで大丈夫です。ありがとうございます。」
…さりげなく私の体調まで気遣ってくれる。
そんなこんなで、私たちは快適に大阪まで辿り着き、有料の駐車場に車を止めて徒歩で向かった先は、煤けた感じの廃墟のラブホテルだった。…これは、明らかに出る感じの場所だ。
「いかにもって感じね。」
明さんが資料を開いて説明を始めた。
「…ここは権利者の田沼さん(69)がお亡くなりになった後、利権が宙ぶらりんになってそのまま放置されてるみたいっスね。で、地元で絶好の怪談スポットになって…」
「低級の呪いが住み着いた、と。そういうことですね。」
…呪いというのは、人の感情から生まれるものだ。特にこういう心霊スポットと呼ばれる場所には、非術師の一般市民の方の恐れが呪力となって篭りやすい。
結果、低級の呪いが生まれる。
「そうっス。地元の土地開発のために市が撤去することになったので、業者が入って低級の呪いの存在が判明。祓って欲しいとのことっス。」
「…特級様の初任務にしてはチョロすぎるんじゃない?私要るのかしら。」
「…ま、まあまあ。これも仕事だし。一緒に終わらせないと訓練の意味ないし。」
「…真面目よね、貴女。」
「それじゃ、帳を降ろすっスよ。」
そう言うと、明さんは釘のようなものを取り出し、地面に突き刺した。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え!」
そう言った瞬間、黒い膜のようなものがドロドロと廃墟のラブホテルを包んでいく。
「これは呪霊を出さないための帳なんで、お二人さんはいつでも出れるっスよ。初任務なんで、何かあったらとっとと出てきてほしいっス。」
「…そんな高度な帳、よくできましたね。」
確か、帳の効果に付け足しや条件付けをするには、それなりの術師の力が必要なはずだった。
「いや〜楽厳寺学長が、一応の時のためにって嘱託式の帷の基を渡してくれたんスよ。大事にされてるっスね!」
「お二人ともご武運を祈るっス!」
明さんがグッとサムズアップする。
そうして私と真衣ちゃんは廃墟のラブホテルに入って行った。
「…分かってはいたけど、ボロいね、ここ。倒壊の危険があるかも。」
「…きったな。ちゃっちゃと終わらせて観光しに行きましょ。」
エントランス部分からして、もういい至る所にガタがきている。壁はボロボロで壁紙は剥がれているし、不良が入ったこともあるのかそこら辺にゴミとタバコが散乱していた。電球は当然切れており、辺りは薄暗い。
「残穢…隠す気もないみたいね。」
「…その発想に至るまでの知能もないのかも。」
残穢は見るからに上の階へと続いている。
このか細さからして、本当に低級の呪いしか居なさそうだ。
2階部分に向かう階段を登ると、ギシギシと大袈裟な音を立てる。本当に大丈夫かな、この建物。
そして2階に登ると、廊下の奥の方から視線を感じる。…いる。
「真依ちゃん。」
「分かってる。」
真依ちゃんは静かに銃に呪力を込める。
…そこには、こちらに4つの目を向けている白色の潰れた蛙のような、四つん這いの呪霊が居た。
…雑魚だけど、数は多い。同じようなのが部屋の扉を不気味に開けて顔を覗かせている。
…十数体。
「出てこないね。」
「あんたにビビってるんでしょ。」
パン!パン!パン!
真依ちゃんが銃弾に呪力を纏わせて正面の3体にそれぞれ弾丸を喰らわせる。
3体が消滅した。
が、残りの十体近くがやけっぱちと言わんばかりに一斉にこちらに這い寄ってくる。
「たぜいにいいぃいいい!!」
「ブゼエエエエエ!!!」
「イケケケケケケ!!!」
そんな奇声を発しながら襲いくる。が、
「お生憎様。」
私は呪力を足に纏い、軽く地面を蹴って彼らに弾性の反動で急接近する。
そして一体にパンチを一撃ずつ。合計13発。
それで終わった。
彼らは紫色の体液に見える呪力を撒き散らし、消えていく。
呪いの気配も消えた。これで終わりのようだ。
私がハイタッチの構えを見せると、真依ちゃんは無表情で返してくれた。
「…相変わらず、出鱈目な呪力ね。体力なら私よりないくせに。」
「…はは、まあね。動いたらちょっと怠くなってきたかも。」
そう。私は内臓がいくつか欠けており、酷い日には食事もあまり摂れないか弱さである。
…だから、呪力の身体強化で無理やり体を動かしている。当然、ガタもある。呪力を纏っている間は大丈夫なのだが、呪力を解いた瞬間に倒れ込むこともしばしばだ。
「…ほんと、妬ましいぐらい。」
「…私なんかより、真依ちゃんの方が凄いよ。逆境にあっても、呪術師を目指してる。私には眩しすぎる。」
…それは、心からの本音だった。
私は単に、罪滅ぼしで呪いを祓ってるだけ。
それ以外の道なんて選べなかった。
私と違って、真依ちゃんには選択肢があった。なのに呪術師の道を選んだ。
それが茨の道だとしても。家からどんな扱いを受けようとも。私なんぞとは比べ物にならないほど立派だ。
楽厳寺学長から禪院家の話を聞いて、その尊敬の念はより強くなった。
「…なによ、それ。」
そう真依ちゃんが言ったかと思うと、ずかずかと私に近寄ってくる。急に首元を掴まれる。
「あっ…ま、真依ちゃん?くるし…」
「私…私はね!呪術師になんてなりたくてなったんじゃないの!私を勝手に分かった気に…」
「キュルスカテ?」
「「ッ!?」」
…背中が痺れる。油断!もう呪いの気配はしなかったのに!
背後に、何かが突然現れた。かなりの呪いが。
「真依ちゃん!」
私は咄嗟に呪力を全身に纏い、真依ちゃんを抱きしめる。次の瞬間、無数の刃物が全方位から私たちの弾性を纏った呪力につき刺さる。…もし、あとほんの一瞬でも対応が遅れてたら。
即座に背後を振り返ると、そこにはボサボサの黒髪を振り回している、顔の見えない白い布切れを身に纏った女の姿をした呪霊が居た。片方の見える目だけが、不気味に爛々と光っている。
…間違いない、この気配。一級以上の呪い。
「…真依ちゃん。私が仕留めるから、ここから退却して。明さんに周辺の避難区域を設定するように連絡。急いで!」
「わ、わかったわ…」
そう言って、真依ちゃんは立ち上がると崩れかけの壁を蹴破って外に出ようとする。が、
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え…」
「クソ!出れない!何なのよこの帳!」
「そんな…」
あり得ない。明さんは確かに、
「これは呪霊を出さないための帳なんで、お二人さんはいつでも出れるっスよ。初任務なんで、何かあったらとっとと出てきてほしいっス。」
…そう言っていた。つまり、これは高専の用意した帳じゃない!
帳の上乗せ…そんな真似が、知性のない呪霊にできるはずはない。
つまりこれは呪詛師の犯行!
…どうやら内外の人間の出入りを絶つ効果を持った帳のようだ。
シンプルゆえに効果も強い。
それ以上に、あれを張った術師の実力の高さもひしひしと感じる。崩すには時間がかかる。
なら、
「…先に、こいつを仕留めるから真依ちゃん、側を離れないで!」
そう言うと、私は真依ちゃんをおんぶして真依ちゃんごと呪力を纏う。
「…ッ!」
「キュルルルルルルスウウウウ…」
その女のような呪霊は、ボサボサの髪をブチブチと千切り、その髪の毛から無数の刃物を生成し、その刃物は意志を持っているかのように私たちに縦横無尽に飛んでくる。
私の学園生活、初めての死闘が始まった。