「キュルルルるるる!!!!」
…戦闘が始まってから、既に35分が経過。
この戦闘は、完全に泥試合と化していた。
理由はいくつかある。
まず一つ目に、呪霊が真依ちゃんを執拗に狙ってくること。最初は私狙いかと思ったのだが、明らかに飛んでくる刃物は真依ちゃんを狙っている。
それ故に、私は真依ちゃんをおんぶして呪力で守り移動している。私の呪力特性のおかげで、攻撃を通すことはない。
この手の呪霊の場合、攻撃が掠っただけで何らかの効果を発揮するパターンもある。下手に真依ちゃんを一人で放りだせない。
二つ目に、相手の呪霊の機動力が想像以上に高いこと。先程からゴキブリのように四足歩行でカサカサと壁や天井をも移動し、こちらを嘲笑っているかのようにすら感じる。
三つ目に、壊れやすい閉所の廃墟での戦闘ということ。
これが平地なら派手に暴れられるが、ここで暴れすぎると建物が崩壊する恐れがある。
…結果的に攻めるに攻めきれない。
…呪力量なら私の方が格段に多い。
これなら持久戦に持ち込むのも一つの手か。
普段なら呪霊に逃げられて、一般市民に被害が及ぶリスクもあるが、この帷だ。
2重にかけられている帷をそう易々と突破することはできない。
もしそうしようとしたら、その隙に祓えばいい。
…でも、相手の攻撃も消費呪力に対してのコスパは良い。
千切った髪の毛も呪力で再生しているようだ。
…弱るまで半日は見たほうが良いだろうな。
もつかな、私の体。
「…何、してんのよ、さっさとあたしを置いてあいつぶちのめしなさいよ。」
そんな私を見かねたのか、震える声で真依ちゃんが私に囁いた。
「できないよ!あの呪霊、露骨に真依ちゃんを狙ってる。ここは冷静に「うるさい!!」
「え?」
「私は…私は、あんたが思ってるような立派な人間じゃない!庇う価値なんてないんだからさっさと離しなさいよ!」
そう叫ぶ真依ちゃんの目には、涙が浮かんでいた。
「なに、いってるの…?」
「私はね…禪院家も呪術界も大嫌いなの!呪術師なんてなりたくなかったの!でもあいつのせいで私もならなきゃいけなくなった!」
喋っている間に呪霊が攻撃してこないかと警戒するが、呪霊はニタニタと笑いながら天井にぶら下がっている。どうやらこの状況を楽しんでいるらしい。
「分かるでしょ!?あんたが夢を見てるような人間じゃないのよ私は!泣き虫でどうしようもなくて…それでも呪術師からも逃げれなかった女なのよ!」
「キュルルルルルルスウ…ヒヒ!ヒヒ!」
その言葉に呼応するかのように、呪霊はニタニタと笑う。
「…ほら、見なさいよ。呪霊ですら私を嗤ってる。いつもそうよ。あんただって、本当の私を知れば…「笑わないよ!」
「…え?」
「…笑わないよ。ごめんね、真依ちゃん。私、真依ちゃんのこと全然見えてなかったみたいだ。」
最悪だ、私は。自分の理想を勝手に真依ちゃんに押し付けて。その上で、自分を卑下するための道具に使ってた。
…本当に最低だ、私。真依ちゃんだって、一人の困ってる女の子だったのに。
「…辛い環境で、苦しんで、逃げたくなって、そんなの人なら当たり前だよ。何も恥ずかしいことなんかじゃない。」
「…でも、そんな中で孤独にもがいて、足掻くのは疲れるよね、分かるよ。」
「…何よ、特級様なんかに分かるわけ…」
「私、両親を殺したんだ。」
「え?」
真依ちゃんが困惑の声をあげる。
…このことは楽厳寺学長と加茂先輩から他人には軽々しく言わないようにと言われているけど、ここで言うべきだろう。いや、言わなきゃならない。
「私の術式でね、私が殺した。それから、私は一人になった。一人でもがいて、苦しんで、足掻いても…何も変わらなかった。」
「……」
「…でも、私には楽厳寺さんが居た。加茂先輩がいた。悩みを打ち明ける人間ができたら、スッと心が軽くなったんだ、不思議だよね。」
「だからさ…一人で抱え込まないでよ。辛いことがあったら、私に教えて?一緒に泣いて、もがいてみれば、案外なんとかなるもんだよ。」
「なんで?なんで私なんかにそこまで…」
真依ちゃんは心底理解できないと言わんばかりに尋ねる。その答えはシンプルだ。何故なら…
「私、真依ちゃんのことが大好きになっちゃったから!」
「!?」
だから…
「キュル!ヒヒヒ!ヒヒ!…ヒ!?」
「私の大好きな真依ちゃんを、嗤うな、呪霊が」
私はこの呪霊のことが大嫌いになった。
次の瞬間、呪霊の笑い声が止まり、喉を掻きむしって苦しみ出す。
両親の時と同じだ。でも、あの時と違って後悔もない。
呪霊はしばらくもがくと、天井から地面に落下して、それでもなお体をくねらせてもがいている。
「…死ね、ゴミが。」
私はその呪霊の頭を呪力の篭った足で粉々に踏み潰した。
その瞬間、外の帳は晴れたようだった。
誰だったんだろう?あの帷を張った呪詛師は。
「まあ、どうでもいいか…」
その瞬間、頭がグラグラと揺れる。しまった、長時間戦いすぎた。
私が倒れ伏す瞬間あわててこちらに駆け寄る真依ちゃんを見たのを最後に、意識が途絶えた。