同日。夜20時ごろの京都高専の学長室。
そこでは3人の大人達が座って資料に目を通していた。
楽厳寺学長と歌姫は、臨時で京都高専の補助監督をしている新田明からの報告を聴き終え、難しい顔で黙りこくる。
「ほんっっっとうに申し訳ないっス!!自分のミスで生徒を危険にさらし…」
そう明は全力で頭を下げる。表情には、明らかな疲労の色が浮かんでいた。
「…別に良いわよ、貴女のミスじゃないでしょ。二人とも取り敢えず無事だったんだし。」
「うむ。わしが用意したあの帳の上からさらに帳をかけるとは、かなりの上手。お主の手に負える手合いではない。」
そう二人は答える。実際、今回の件は予想外も予想外だった。
楽勝と思える特級の3級案件。それがまさか、一級以上の呪いが出現した挙句、呪詛師の関与まで匂ってくる事態になるとは、この場の誰もが夢にも思っていなかった。
(わしも準一級の呪霊の躾程度なら行ったことがあるが、故に分かる。一級ほどの呪霊を躾して、実戦に使えるまで持っていくのに、どれほどの手間と時間がかかるか。おまけに、わしの用意した帳を軽々と上塗りするとは…かなりの手練れ。何者だ…)
「…呪詛師の目的は、何だったんでしょうか。やはり、輪を狙って…?」
そう歌姫が声をあげる。実際、それ以外の考えは浮かばなかった。真依は良くも悪くも一般的な呪術師であるし、あの廃墟のラブホテルに特別な何かはないのも確認済みだ。
「…それ以外の目的は思いつかん以上、輪の周りは固めておく必要があるの。最低でも加茂や東堂クラスの相手とのみ任務を組ませるように計らっておこう。」
「…そうですね…。」
実際、今回の任務でも輪は真依を庇い、劣勢に立ったと報告されている。もし相手が今回以上の手札を持っているのなら、それぐらいはしておいた方がいいだろう。
「それで、二人の様子はどうっスか?」
明は恐る恐ると言った様子で歌姫に尋ねる。
もし何かあったらと思うと、しんどくて仕方ないのだろう。
「…大丈夫よ。輪は寝込んでるけど、特に体に異常はなし。真依の方は…」
そこで歌姫はチラッと楽厳寺学長を見る。
「無事よ。至って健康。自分の部屋で休んでるわ。」
「…そうっスか…良かったっス…」
そう心の底から安心した様子で明は胸を撫で下ろす。すると茶を飲んで一呼吸入れてから、楽厳寺学長が声をかけた。
「…お主も大変じゃったろう。今日はもう休みなさい。明日東京に帰る予定じゃったろ?」
「…お言葉に甘えて、そうさせて貰うっス…失礼するっス。」
そう言うと、明はフラフラとしながらもお辞儀をし、部屋を出ていった。
「…真依に、なんぞあったのか。」
そう楽厳寺学長が歌姫に声をかける。彼女の意味ありげな視線は、二人だけで話したいと言うときの合図だった。
「心身に特に支障はないというのは本当です。ですが…」
「…呪力が、任務前とは比較にならないほど上がっています。まず間違いなく、輪の例の術式の効果かと。」
「…!!」
同時刻、廃墟のラブホテルの2階には、二人の男の姿があった。
一人はサングラスをかけた白い衣服に身を包んでいるアフリカ系の男。
もう一人の男はいかにも坊さんといった黒の僧衣と袈裟を着ており、端正な顔立ちが印象的だ。
坊主のような男は上機嫌で鼻歌を歌いながら座って、神楽輪の呪いの残穢を眺めている。
「ドウダ?オ前ノ満足スル結果ダッタカ?夏油。」
アフリカ系の男が特徴的なカタコトの発音でそう坊主服の男、呪詛師である夏油傑に話しかける。
「ああ、素晴らしいよ!期待以上の成果が得られた。この目で彼女の術式を見れたしねェ。」
そう彼は小躍りしそうな様子で答える。
「マルデ、クリスマス前ノ子供ダナ。一級ノ呪霊ヲ一体呪ウ程度ノ子供ニ、アノ計画ハ果タセルノカ?」
「…問題ないよ。彼女は無意識に自分の術式にストッパーをかけているんだ。直で見て、それがよく分かった。」
そう言うとクツクツと夏油は笑う。
「あんな帳まで用意して、全く過保護なものだ。いや、恐れているのか。」
「…上層部の連中も上手くやったものだ。8歳にして、その気がなくても100名以上の猿を呪い殺した子供を、あそこまでお上品に育てあげたんだから。」
「…改メテ、スエ恐ロシイ話ダ。」
「頼もしい話、だよ。なんせ彼女は、私達の悲願を叶えてくれる存在なのだから。」
そう言うと夏油はさらに上機嫌な様子で立ち上がる。そして手を広げて高らかに言った。
「私は長年、いかにして日本の呪術界を、
「だが、そもそも勝つ必要がない。否、戦うことなく我々は勝てる!」
彼は感極まったのか、涙さえ流し始める。
「彼女さえ手に入れれば!神楽輪…!彼女こそ私達呪術師の、救世主たりえる存在なのだから!」
闇は、輪や学長達の水面下で、密かに、確実に蠢いていた。
次回から、本格的に原作破壊していきたいと思います。