天才達の生存競争   作:よくメガネを無くす海月のーれん

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決算と期首のアレヤコレヤを乗り越えたので更新です。ファッキュー決算。滅べ決算。


それを人は宗教という

「人はね。とっても弱い生き物なんだ」

 

灰塚ゆらぎは言った。その言葉には確固たる意志が籠っていた。揺らがず、消えず、固い信仰を伴っている。告げられる言葉は強烈に耳に残った

 

「いつだって支え合って生きている」

 

淡く、ただ泡みたいに消えてしまいそうだった。優しく、祈るように淡々と。実際に祈っているとすら感じた。祈りを捧げているんだ。そして、その祈りの対象は…神ではない

 

「助け合って生きているんだよ」

 

怖れ慄き後退る俺に口火を切って詰めていく。甘い言葉が脳髄を這っていく。這って、這って、脳の中枢をじんわりと蝕んで犯していく。柔らかな毒、あぁ、なんでこんなに浸ってしまいそうなんだ

 

「何か支えがないと簡単に崩れていってしまう」

 

ゆっくりと距離が縮まる。後ろに崖があったら今すぐでも飛び降りてぇよぉ……。抗いがたい優しさが迫ってくる。抗えない甘さが落ちてくる。

 

「人は尊く…だけど脆いものだから、何か支えになるものがないといけない」

 

「私にとって、それが怜くんだった」

 

ゆっくりと、こちらに手を差し伸べながら言う。いつもと違う、伸びのある語彙ではない。静かで、ハッキリと、刃物のキレさえ感じられるような。だけどまるで、それが救いであってほしいと願うか細い声色で

 

「私は確かに怜くんに救われた。私は確かに怜くんを支えとすることで、辛いことも悲しいことも乗り越えることができた。でも…」

 

 

狂信者が言葉を詰まらせた。甘えることを許されない環境で育った子が、自分の弱さを懺悔するように。許されないと思って怖がる子供のようにただ一つの息を呑み込んで言った。

 

迷子になって泣きそうな子供みたいだと思った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

恐る恐る手を伸ばす。何故か手を伸ばしていた。手を伸ばして良いのかと躊躇するようにゆっくりと。迷子になった幼子のごとく…すると強く、強くつかまれ、引っ張り上げられ、その手に両手を重ねられる。温かく、だけど鎖のようにがんじがらめにされたと錯覚した。

 

「俺は何も…」

 

「ううん、してくれたよ。私にちゃんと与えてくれたんだよ。だから返さないといけないって思ったし…()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ぎゅっと握りしめられた手から与えられるぬくもり…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が確かに、確かに伝わってくる。

 

あぁ重い。重い想いなんてダジャレが脳を過って、すかさず現実が助走をつけた飛び蹴りを食らう。遅れて目頭が熱くなってきた。それは紛れもない恐怖からだ。

 

「苦しんでるのは私だけじゃない。みんなだって…此処にいる人だって苦しいことや悲しいこと、いっぱい、いっぱい経験している。どれだけ才能があったって、人だもん…いつかはその重みに耐えきれずに倒れてしまう…だから」

 

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息がヒュッと詰まる。

知らず知らずのうちに大量に背負わされていた重荷が肩に強くのしかかっていく。

幻視する、背中に手を回す多くの人を。

幻聴がする、助けを求める多くの声を。

その姿、その声は嘘でもなんでもなく事実として…

 

「辛いなって、悲しいなって思った時は怜くんを思い出すの。どれだけ辛い、苦しい逆境だって負けずに立ち向かっていく姿がとても綺麗で、憧れて…頑張ってる姿を思うだけで救われるの…」

 

囁く。

 

「知っているよ。両手足を切断されそうになった時のこと、それでも必死に足搔いて、裏を掻いて、差し出せるものも差し出して…確かに生き残ったことを」

 

囁く。

 

「わかってるよ。どれだけ自分の時間を犠牲にしたこと、周りの人の為に自分の時間を削って、尽くしたことを。その献身、アガペーを。その優しさを。その温かさを」

 

恍惚な表情、夢物語に浸る少女が如く。

 

「怜くんの姿を思うたび、ライブの前でくじけそうな私に勇気をくれた。怜くんを考えるたび、誹謗中傷にも耐えてこれた」

 

儚い笑み、無邪気に未来を語る子供の如く。

 

「みんなもそう、みんなもそうなの!」

 

「この学校に通う人のほとんどは普通と呼ばれる人よりも強い、強いプレッシャーに晒されている。親の期待や周りとの学力の差に、歪な繊細さを持ってしまっている。カーストだって社会に出ても影響するほどに強いものだから、カースト上位の子も下位の子もみんな違う苦しみを抱えている」

 

「妙な息苦しさが毎日を支配していて、とても言えないような重苦しさだけが喉に滞留している。それを言ったらバランスが崩壊してしまうと察せてしまう。察せられてしまう…!それだけの能力を持ち合わせて…!言ってしまったら、自分だけではないという言葉()に滅多打ちにされてしまうから!」

 

「投げ出すには投げ出せない多くを知り過ぎて…!夢に浸るには、置かれた環境が厳しすぎた…!」

 

「外から見える景色にずっと憧れを持って、それが自身が触れてはいけないものだという教えによって触れられないようにされている!自分にはやる事があるから、選ばれた人間なのだからと。自分自身を慰めないと外から見える景色に自分が押しつぶされてしまうから…!選ばれなかった人間なんだと周りを見下さないと心がどんどん圧し潰れてしまうから…!」

 

「漠然と、漠然と死にたいという希死念慮だけが募っていく…!未来を作り上げていくという夢物語だけが脳髄に残っていて、その言葉に呪われるように今日を過ごさせられている!」

 

「ノブレスオブリージュなんて都合のいい呪いで、ただ過去から押し付けられた関係性や自分の立場を引き継がされて、それを全うして、次に引き継いでいくだけ…ただのパーツ、機械の部品…人らしいものなんてどこにもない…!」

 

「そういうものになり下がってまで、自分の生まれに則った行動規範に従わなければならない…!なら…!」

 

「救われたっていいじゃない…!救いを求めたっていいじゃない…!」

 

「少しでも、心に余裕を持ちたいじゃない!少しでも、明日のことなんて考えず今日をゆっくり過ごしたいじゃない!」

 

「だから、だからなんだよ。つよい、つよい怜くんを心の支えにすれば、みんな、みんなみんなみんな!少しだけ頑張れるんだよ…!」

 

嫌な汗がだらだら流れて、白目を剥きそうになるを必死に堪える。辛い、逃げたい、俺の重荷は考慮されないのぉ…?

 

「怜くんの話を聞けば、みんながちょっとだけ勇気が出せる。どれだけ周りの意志に振り回されようと、自分を保つために全てを使った怜くんは…私達にはとてもできないものだった…!それをほんの少しでもいい、真似をして、派閥やカーストに雁字搦めの子が一歩の勇気を振り絞って、カーストなんて気にせず話しかけたい子に話しかけたり、勉強が苦手で周りと関わるのも苦手な子が、今の自分を打開しようとちょっとだけ、ほんのちょっと勇気を出して周りに話しかける」

 

「周りの意志に振り回されずに自分らしさを保とうとしている…!」

 

「自分だけでは動く事ができないから!自分と同じ思想を共有することで仲間意識が持てるの!少しだけ今の立場を忘れられるの!同じように動こうとしている共通の理念がお互いの支えになれる…!支えあうことができるの!」

 

「自分らしく…!あなたらしく…!尊重しあうことが出来るの…!」

 

「みんながみんな、怜くんの話を聞いて、一歩だけでもいいから頑張ってみようってなれるの。みんなが生活をよくするために、今の状況から少し踏み出すための一歩分の支え…それが怜くんだよ!」

 

「だから、生活の知恵!生活を少しだけよくするための、今の自分から少しでもいい、ちょっとでもいいから変われるだけの勇気をくれるから…みんな、君を心の支えにしてる」

 

「みんな思ってるよ!怜君の役に立ちたいって。この空き教室だって、生徒会の子が手配してくれたんだ!」

 

「ひぇ……」

 

捲し立てられた言葉の波に頭が真っ白になりかける。

ね、根深い…そこまで浸透してるの…?そ、そこまで俺は心の根深いところまで染みわたってるの…?えぇ…?みんな病んでるのぉ…?辛…辛い…。この学園思った以上に息苦しい…いやお金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃん+頭のいい人たちが切磋琢磨するんだから、そりゃギスるし、社会に出てもデカい影響があるのはわかるけど…

 

ど、どこまでだ…!?どこまでこの根は浸透している…!?明日から疑心暗鬼の日々…!始まってしまう…!休まらない、終わらない疑いの目を向ける日々が…!コイツみたいなのがどこにいるかわからない恐怖に怯える弱者の日々が…!…ん?ちょっと待て?

 

「てか…俺の黒歴史話みんなに広めてんの…?」

 

「ん?そうだよ~。本にもまとめて信者の子に渡してるし!……ちょっと脚色してるけどね〜」

 

「ほ~~~~~~~(⤴)へぇ~~~~~~(⤵)………そっかぁ………(思考停止)」

 

俺、晒されてんだ…俺の苦労…バラされてんだ…。

 

終わった。

 

体の力が一気に抜ける。俺の学校生活…始まる前から終わってたんだ…。

 

ゆらりと崩れそうになる俺をさっと支えられる。胸に溺れるような姿勢となった俺に、優しく頭を抱えて、耳元で囁く。

 

「怜くんは救い…怜くんは支え…みんなの心を支える人で居てほしい…だから、怜くんのことを邪魔する異端者は排除して…怜くんが集中できるようにしたい」

 

甘く、やわらかく、耳に溶けるような、そんな熱く蕩ける絶望の言葉が脳に刷り込まれていき…ふっと温かさが離れた。

 

「ダーリン…いや怜…怜、篠傘 怜、しっかりするんだ。耳を傾けるな。冷静になって考えろ。ソイツはいわば教祖だ。人の弱みに付け込み…言葉で心を溶かしてくる…私と似たようなタイプだ。しかも自覚がないのがなおさら質が悪い。怜は何も背負わなくて良いんだ。勝手に背負わされた重荷に潰れる道理はないよ」

 

飛鳥によって、謎に引き寄せられていた温かさから離れ、背中を撫でられる。

そのたびになぜか涙がボロボロあふれてくる。耳を駆けずり回った幻聴は聞こえなくなった。首に回された無数の人はとっくのとうに消えていた。

なにもなかった。最初からなにもいなかったんだ。ただ思い込みでそうなってただけ…

 

ホ、ホントに?

 

「こえぇ~よぉ~……」

 

「お~よしよし…怖かったな」

 

あったけぇ…ただひたすらにこの素朴なぬくもりがあったけぇ…

 

謎に吸引され、言葉巧みに幻聴幻視を誘発する魔性の女から離れ、ようやく自分の心を自覚できた俺は、幼子のようにおいおい泣いて縋るしかなかった。

 

恐怖、恐怖、ほんの少しの離れがたき寂しさと、それを塗りつぶすほどの怯えが俺の心を寒色に染め上げ、ガタガタと震えることしかできない。怖い…泣きそう。てか泣いてる。号泣だ。

 

いつの間にか滂沱の涙を流していることに気づいた俺、しかし、周りの奴らも大なり小なり気持ちは同じらしくドン引きといった有様だった。

 

怖い。ただひたすらに怖い。

 

 

 

この女、やばすぎる

 

 

――――――――――――――――――――

 

とりあえず、極上のヤバさを見せつけられた俺達は誰に言われるでもなく解散となった。全員無言だった。天才でさえ直視に耐えられない人間の闇があった。

 

飛鳥は俺を抱えながら無言で背中を撫でてくれたし、元凶のギャンブル女とカスの発明オタクはそっと肩をポンポンとしてくれた。元凶が良い人振るなとも思ったが、それでもその優しさが嬉しかった。誰も彼もが四方八方に視線を飛び散らせ、決してアイドル女に目が向くことはなかった。

 

この激ヤバアイドル女は他の天才からもヤバく映ったらしかった。全員から距離を置かれたこの女はそんな状況に小首をかしげていたが、やがて手を上げ二回、柏手をするとどこからともなく現れた紙袋に粗雑に視界用の穴を開けた人が複数人教室に入ってきてそそくさと教室中の汚れ、喧嘩後の傷、円形になった机やらをてきぱきと片づけていった。

 

すっと、その内の一人がアイドル女に近づいてそっと耳元で何かを囁く。微かに言葉が耳を打つ。

 

「明日から…………排除………ます。……拝謁……御心の………」

 

ふー………

 

明日学校行きたくねぇ〜〜〜〜〜!!!!!

 

何があるんだよ明日…!排除って聞こえたんだけど!?拝謁ってなに!?俺?俺なの?御心って今日日神に対するアレしか聞かないよ!?

 

てか誰だよこいつら!?いやわかる。わかるがわかりたくねぇ…!理解を拒否してぇが状況証拠が俺の首を絞めてくる…!

 

わかってるよ、わかってるさ!こいつらがさっき言ってた俺を信仰するヤバい奴等ということは…!こいつらが俺の黒歴史をまるで神話か何かのように扱い心の支えにしていることは…!

 

でも心がこいつらを拒否したがってるんだよぉ!

 

「全て予定通りに。わかりましたね?」

 

「御心のままに」

 

手足の如く扱い、それに何の疑問や感情を挟まず、すっと下がる紙袋ヒューマン達を尻目に…尻目に置けないが、一先ず…!一先ずおいといて激ヤバ教祖アイドルに声をかけた。

 

「殺傷沙汰だけは勘弁してくれ…マジ……」

 

「こっちが法律を守っても相手が法律を守らずに刃物を振り回したら、大人しく死なないといけないの?そうじゃないでしょ?怜君ならわかるでしょ?他ならぬ怜君なら…ね?」

 

妖しい笑みを浮かべなら含みを持たせた言葉に、苦虫をミキサーで流し込んだくらいの渋い顔をする。

 

確かにそうだ、そうだけどさぁ…!

 

確かに、確かに…俺、篠傘 怜に法律は適用されないのだと言わんばかりに多種多様、大小様々な犯罪に出会ったわけだが…

小さいもので、窃盗やストーカー被害、大きいもので監禁罪、殺人未遂とかだろうか(白目)。警察がちゃんと機能しているなら、現状俺を取り巻く6割はブタ箱にブチ込まれる。いや、7割かもしれん。

 

だがそうはならない。ならなかったんだ…!残念ながら、警察は俺にだけ腐敗し、法律は俺のみを例外とした。国が一個人(を取り巻く環境)に屈したのだ。世界は弱い()。

 

だから、俺が法律を守っても法律は俺を守らないことは百も承知。法律の世界における自然人という概念に、俺は適さなかったのだから仕方ないと割り切るしかない。事実、リンカーンの偉大なる宣言『人民の人民による人民のための政治』に俺は該当しなかったのだ。俺はものだった…?

 

それでも、それでも俺は生まれ落ちた日から、いや、生まれ落ちる()から人らしく生きるというのを決められた俺にとって、最早信念だった。

 

法を守り、健康的で文化的な最低限度の生活を送ることが俺の目標なのだから、守ってくれない法を足蹴にすることは俺には出来ない。

 

後生大事に俺を捨てた法律を愛し続ける姿は、DV夫に蔑ろにされながらも離れようとしない妻だ。だがしかし、俺の場合、()も、警察も助けてくれないので、悲惨さはソレ以下だな。

 

不本意ながら、世にも悲しい人擬きとなった俺の叫びが続いた。

 

「頼む…マジで頼む…!殺人だけはやめてくれ…!お前等もだ…!殺人だけは許容出来ない…!この際お前等が傷つけ合うのはしょうがないって思うからさぁ…!人殺しに接せられるほど俺は強靭な心してねぇよ…!」

 

「わかってるよ〜。………私が、私達が怜君の御心に背く真似をするわけないでしょ?」

 

「ヒュッ」

 

怖い、怖いよぉ…。スイッチが入って目から光がさよならバイバイした姿に乾きかけた涙が溢れかける。ハイライトのオンオフがシームレス過ぎる…ギャルゲ世界の出身なのぉ?

 

「怜、怜…今日はそこの女に構わず帰ろう。この際他の邪魔者にも話をつけようじゃないか。今日は、今日だけはゆっくり休もう」

 

「うん…」

 

みんなが優しい目をしている。乱れた髪を整えられ、念入りに触られた手を消毒される。出来ればその優しさは普段から合ってほしかったな…。

 

「怜、今朝のお金の件、後ででいいので教えてくださいな」

 

「わかった…そうだんする…」

 

普段より紫桜が5割マシで優しい。見れば片髪縦ロールが萎びている。ショックが強すぎたらしいのか、どこかボーっとしていた。珍しいな…金の亡者が金に関する話を後回しにするとは…明日は槍が降るかもしれない。盾を用意しておこう。

 

「なぁ…あー…なんだ。贖罪ってのもアレだし、今言うことじゃねェかもしれねぇが、働き口探してんならウチ紹介するから…リモートワークもフレキシブルも対応してっから…な?アタシが言うのもなんだが元気出せよ」

 

「うん、企業サイト調べとく…」

 

元凶その1の賭口先輩が良さげな提案をしながら会社の名刺を渡してくれた。後に調べてみたら、新進気鋭のIT企業だったのでマジビビりしながらアポを取りに行くことになるとは思いもしなかったが…

 

「怜君怜君、勉強会するんでしょ?盗聴した(聞いた)よ。僕も手伝ったげるかぁね」

 

「わかった…たよりにする」

 

元凶その2の閃陽がちょっと不安になるルビが振られたような気がしたけど申し出はありがたいので素直に受け取っておく。実際、コイツは天才特有の説明下手とかそういうのがない、馬鹿にも優しい天才だ。図解でわかりやすく説明してくれるので先生としては最適。まぁ端々で「どうしてこんなのもわからないんだろう?」という純粋無垢な刃を突き刺してくるので、真宵先輩と比べると天と地ほどの差はあるが。

いや、真宵先輩と比べるほうが烏滸がましいのだ。あの人はあらゆるスペックが高水準で揃った規格外ヒューマンだからな。どうして蠅と聖人を比べようというのか。

 

「君は…はぁ。ぐっすり眠れる試験薬がある。副作用は未だ調整中だが…大した害はない。飲むといい」

 

「い、いらない…」

 

「遠慮せず飲みたまえよ……服用後6時間は絶対に牛乳を飲むなよ?乳製品もやめておいたほうがいいだろう。安全は保障できない」

 

何を渡されたんだ俺は…!

思わず手の平に乗せられたカプセルが入ったケースに目を落とす。クソババア0.6の天才である加西から渡された謎の薬…。飲みたくないが…薬の効能自体は折り紙付き…!服用方法と服用対象を間違えるとひどい目に遭うだけで…!

発明オタが頭パッパラパーになったのだって、俺に服用された薬を勝手に飲んでそうなったからだ。あとで俺も飲んでみたら普通に頭が冴えて、色々覚えられたり頭の回転が速くなった感覚はあった。ただ脳の裏をつままれてキュッってされてるような不思議な感覚に悩まされたが…。本当にアレ大丈夫だったのか?廃人一歩手前とかじゃないんだよな?

 

「どうする、凛。私たち渡せるものがなにもない「どうしよう、漣。何か持ってなかったかな」

 

「いや別に何かを欲してるわけじゃないから…優しくして…優しく…」

 

「優しくだってよ、凛「優しくだってね。漣」「「じゃあ現ナマでいいよね」」

 

「優しさが重いっ!」

 

スッと差し出される現ナマをはたき落とす。あ、はたき落としちゃだめだわ。ちゃんと拾って二人に返す。凛、漣は見た目超絶美人なのに中身がポンコツ過ぎる脳筋なのでフツーにこういうことをする。やめてほしい。ほんとうにやめてほしい。どうどうと往来でお金を渡すそのメンタルは何なの?社会的に殺す気か?テレビで俺の名前を出そうとするな?リテラシーって知ってる?

 

「怜!怜!デートはどこに行くか!?」

 

「あぁはい、そっすね…水族館でも動物園でも…」

 

「動物園…ライオン…切るか?!」

 

「ナチュラルに敵にカテゴライズしないでくれぇ!」

 

ライオンだって頑張って生きてんだぞ畜生!ナチュラルに刀の錆にカテゴライズされた哀れな猫(姫咲 立花比)を必死に庇う。コンスタントに切ろうとするんじゃない!飼育員さん泣いちゃうし、ライオン惨殺事件が起きたらその日に来てた子供泣くでしょォ!

頭の中でなにをどうやったらライオンをぶった切ることになるのか甚だ疑問で、チャキチャキと楽しそうにポン刀を鳴らす姿は…うん、絶対頭の中で切ることになってるよね?切らないって言ってるよね?最悪、動物園デートは俺がポン刀にしがみつきながらの取っ組み合いデートになりそうなことに白目を剥く。絶対、他の動物も切りかかりそう…

 

「いつも大変だね。次の賞のテーマ決まったから今週、苦悶の表情でモデルしてね」

 

「前後の文のつながりっ!!」

 

労いとは真反対の要望に思わず声を荒げたがそんなのおかまいなしに蟲みたいな目でこちらを見つめてくる。オイコラ、その絶対はい/YESしか認めない表情でこちらを見るな。エゴイスト絵描きの有澤は、俺の不幸を蜜のように扱っている節がある。蜜に群がる蟲といえばそうだが、実態はその蟲が蜜の出る木に顔突っ込んで蜜寄越せと強請ってくるタイプなので、こういう手合いは絶対に譲歩してはいけない。譲歩したらつけあがるからだ。断固たる意志で無視する。

 

「怜氏~。今度のアニメ一気見は延期したほうがいい思うでござるよ。たぶんいっぱいいっぱいの今の怜氏だとあんまり楽しめないかと…。都合がいい時言ってくれると助かりますぞ」

 

「お前が唯一の癒しだよアニオタ…」

 

「澄氏と呼んでほしいでござる…」

 

「はいはい澄氏澄氏」

 

「おざなり…疲れる事いっぱいあったのに求めた某が悪いですな…」

 

優しい…只管に優しい…。お前が天使に見えるよアニオタ…。どうしてこいつらはコイツみたいな優しさを獲得しなかったんだ…。いや、逆か?こいつがイレギュラーなのか…?本来なら周りの奴みたいに傲岸不遜、ワールドイズマインみたいな性格がアニメの影響によって深刻なバグを起こしたとかそんな感じ?……全員にアニメ見さすか…。

 

「今度のホラーの題材になるか…?いやサスペンスか?得難い経験だが…どういう心理状態なんだ…怜。君はどう考える?」

 

「なんで激ヤバアイドルの心理状態を分析しないといけないの…?」

 

「作品の役に立つだろう。ほら、君も考えるんだ。どうやったらこうした心理になる…?環境…いや親による影響か?周囲からの重圧…この場合、自分自身の負荷も考えるべきか…仮定として自圧的…いい言葉だな。採用しよう」

 

「えぇ…?」

 

自分の世界に没頭し始めた左近寺先輩…。まぁこの人はこういうことがよくあったし平常通りというべきか…?作品にリアリティを求めるどこぞの漫画家みたいな思考をしているので、一度熱中するとそれにつきっきりになるのだ。一時期、寝食を忘れてカブトムシの観察をしていた時があって、その時は本当に頭イカレたんかと思ったが…

 

「あれぇ〜?私は〜?」

 

「お前はもう怖いよぉ…!大人しくしてくれマジでぇ!」

 

ひょっこり顔を覗かせる激ヤバアイドルに心臓キュッてなりながら情けなく喚く。そばを姫咲先輩と飛鳥ががっちり固め、周りを天才共が囲む鉄壁の布陣は、いつの間にか内部に入り込んだおかげで牢獄と化した。逃げ場はなく、唯一触れても大丈夫なアニオタにそっと寄り添う。お前だけが安寧の地だ…。

 

「怜氏…周りの目が怖いでござる…」

 

「お前が篠傘 怜の壁になれ…」

 

「某テニヌは出来ないでござるなぁ」

 

本当に…なぜコイツはその見た目で…!

王子様系女子がござる口調なことに脳をバグらせる。わからない…!なにをどうしたらその道を…!その容姿でなぜ陰キャに…!

 

「ちなみに告白とかされんの?」

 

「されるでござるが…断ってるでござるな。某の嫁は画面越しに居るでござる!あと見た目に惹かれる人にロクな人間は居ないと思ってる。……それに今は推し兼同好の士の怜氏が居るでござる!」

 

「なんで途中ござる口調抜けた?」

 

コイツもコイツで闇深いんだよなぁ。スンと目のハイライトがお亡くなりになったのを見てスッと離れる。どいつもこいつも地雷があるのやめてくれよ!心臓に悪い…!

 

そうして、見えない地雷だらけのノーヒントマインスイーパーに四苦八苦しながらなんとか帰路につく事ができた。帰る頃には俺の気力はもうゼロで、鳴り止まないスマホの通知音等々を子守唄に爆睡カマすことになった。

 

後日、俺は地獄を見ることになる。忘れていたのだ。天才達の面倒臭さを。反省の文字を親の胎内に置き忘れた化け物の執着心を…!




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