人は間違う生き物だ。
学生的に言うのであればそれは問題を間違えるだとか、親との折り合いがつかず反抗するだとか、人間関係において亀裂を走らせその儚い友情の散り際を眺めることも含まれたりする。
たった一つのカラオケに誘うという決断がまるで世界の命運を決めるみたいな緊張感を齎し、ちょっとしたボケという選択が何をどうやってもバットエンドに直行するしかないものになったりする。
誰しもが経験するもの。
どれだけ間違えないように気を付けても結局のところ間違えてしまう。それは、問題の取りこぼしだとか前提の見直しがどうという話ではない。この話の主体は人間にある。
間違いはなぜ起こり得るのか?という問いに対して俺はこう答えるだろう。
人間に正解がないから、と
問題には正解がある。A=Bが成り立ち、小難しい計算式を紐解いていくと結局のところ1+1が複雑化したものだったりする。しかし、人間に正解はない。どれだけ間違いを潰そうともそれは正解に近づけてるだけで、真の正解ではない。見落としがないよう何回も確認しても間違いは出るし、どれだけ暗記項目を潰したとしても、ふとしたことで思い出せなかったりする。
だから、正解を求め続ける姿が美しいのだとかわかった風なこと言う馬鹿がいるが間違いなんてない方が良いのだ。やらない後悔よりもやる後悔よりもやって後悔しない方が良いのと同じだ。でも、人間が後悔するのはどうあがいても変えられないから納得できる方を選べと言ってるだけ。
こういうことは天才にも言えることだ。さっきも言ったように誰しもが経験するからな。
というより天才はなおのことタチが悪くなる。彼奴らは自らが正解だと信じて疑わない。問題を解けば正解になるから、自らも正しいのだと思っている。
答えを当てることができる人間が人生の答えを当てられるのだと思っている。1+1が3や100にもなるような社会で馬鹿正直に1+1は2と信じている。だから彼奴らは社会になじめない。
何を言いたいのかというと。
馬鹿に付ける薬はないということだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ホントお前さぁ…はぁ…」
「怜…そいつは…」
世を儚むため息をそっと吸い込もうとしている雷堂を尻目に、どこから取り出したのかわからない短刀の鯉口を切っている先輩を止める。それもしかしなくても真剣?へぇ~…銃刀法違反は?
「治外法権だ…その女は昨日の話に出ていたやつか。盗聴しているらしいな…怜、切るか?」
「ナチュラルにこの学校をロウブレイクしないで?いや、この盗聴女は他の盗聴女を抑制する良い盗聴女だから大丈夫です」
「ねぇ?」
事実だ。より強大な悪を抑えるために小悪党を許容しなくてはならない。不満が溜まって反逆されるよりも多少の悪は許した方が良い。経験として学んだものだ。
遠巻きにこちらを見ているクラスメイト達にまぁまぁと両手を出して大丈夫なことを伝える。大丈夫?大丈夫大丈夫、シリアイシリアイ、シリアイダヨ。
「だが怜…、盗聴は法で罰せられるべき悪だ。被害を被っているというのなら声を上げるべきだ。相手が可愛そうというのは被害者に適用されないのか?いじめの加害者をかばう気持ちの一片ほども被害者に傾けることもできないのか?そうではないだろう。それを守るべき方とは言えない」
現在は小刀だが、常日頃からポン刀を携帯して隙あらば切り殺そうとする人間の言葉とは思えない。ホント、どの口が言うのだろう?全くもって正しいことを言っているが、色眼鏡でもレッテルでもなんでもなく今まさに法律違反をしている人の発言だ。
誰が人の家に火を付けながら「放火はいけないことだ」という人間が居るのだろう……いや、いや居た!目の前に…!居る…!
「さっき治外法権って言った人間とは思えないまともな発言どうもありがとうございます。それ言うなら切るのは殺人罪では?もっと言うと姫咲先輩も危うく俺切り付けそうだったしちゃんと俺迷惑被ってますよ?罰せられるの姫咲先輩ですよ?今現在も銃刀法違反ですよ?」
「私が法だ」
「法を名乗るなら自ら課した法くらい尊守してくれよ…!」
言ってることがめちゃくちゃすぎる…!どういう論法だ…!
俺は姫咲先輩を脳筋だと思っていた。しかし、この学校に入学できたという実績は脳筋だけでは成し得ないことだというのを理解した。最低限の文と最高峰の武を兼ね備えているのだろう。姫咲先輩から予想できない言葉が出てきた。
「民主主義の多数決原理。少数意見は尊重されるべきだがそれでも少数意見だ。寛容論を含んだ相対主義は最終的に民主主義そのものを破壊するだろうな。不寛容に寛容であるならば、不寛容は寛容を殺す。寛容のパラドックス。少数意見だから配慮されるべきという武器を振り回すのはおかしいだろう。配慮とは受ける側が叫ぶものではなく与える側が声を上げるものだ。配慮を前提にした基盤構築の歪さはいずれ民主主義の死につながる」
「お、おぉ…いやでも!俺に被害が…!」
「それ以上の目に遭うかもしれないとしてもか?」
「うぐぅ…」
正しい…!正しいのだ!俺は守られる側で守られ方に文句を言っていることくらいわかっている。法律違反の守られ方に不満があるだけ…!でも守ってもらわないと俺をつけ狙う輩は法律なんてものをそこら辺の紙切れとしか思っていないから俺は死ぬよりひどい目に遭わされる。
「民主主義的には君がアウェー、少数意見側だ。君が不寛容に寛容を叫ぶなら、君は不寛容である恩恵を失うことになるね。守られる立場であることを自覚した方が良い。絶滅危惧種が自らの自由を叫んで、食べられそうになった時に守ってくれと叫ぶのかい?それは些か傲慢だ。ほら、ゆらぎちゃんが言っていただろう?自分が法律を守っても、相手が法律を守ってくれるとは限らない。刃物を振り回した相手に犯罪になるからと大人しく死ぬべきなのか?法は社会を守るのであって君個人を守らない。だから代わりにボク達が守っている」
「ん?お前のソレは犯罪だろう?」
「え?君は?」
「…ん?法が武力を持つことは当たり前だ。強制力を持たない法は法足り得ない。法というのは最も理性的な暴力だからな」
2対1で攻めてきたと思ったら唐突に仲間割れしだした。なんだなんだとざわざわし始めるクラスメイトと遠巻きにこちらを見ている先生の姿に頭を抱える。
クソッ…!どうすりゃいいんだ?こんな最悪な少数意見があってたまるか…!少数意見がガチで正しいことがあるのかよ…!いやでも多数決原理なら俺が間違っているのか?姫咲先輩の言うとおりだ。俺は少数意見だから配慮しろというのは傲慢ではないか?それなら殺人犯がなんらかの精神障害持っていたとして本人が配慮しろと叫ぶことを俺は受け止められるか?本質的には同じなのだ。配慮は求めるものではなく与えられるもの。正しくそうだ。
それに俺が守られる側でいってしまえば弱者の立場だ。問答無用で毟られるのをなるべく譲歩してもらってるだけ…!俺は一人で檻を出て猛獣に相対するのか?抑えきれるのか?倫理観のない化け物どもを…?
「それが民主主義だって言うのか…!」
「大多数が納得するならそれは法だよ」
「民主主義は……死んだ…!」
「万雷の拍手を送ってあげるよ。君が王だ」
「こんなにも即位したくない玉座あるかよっ」
「マキャヴェリの君主論によれば君は君主として最適だよ?味方の確保や武力、民衆(天才達)から愛されており慎重だ。他の資質も十二分にある」
「民衆から愛されてって…俺勝手に愛されてんだけど。なにもしなくても自動的にそれらを持ってるんだけど?持ってるって言うか…持たせられてんだけど…なに?カツアゲの逆なの?カツサゲ?」
「それに君は君自身の首を刎ねることができるだろう?君は愛される君主だが同時に自らを殺せる君主だ。治世の主としてこれほどいいものはない。民がギロチンを用意せずとも毒杯を呷っているからね」
「俺死ぬんか?」
「正しくあろうとする意志が好ましいと言っているんだよ。君は作られた人間なのに誰よりも人間であろうとする。間違いを間違いだと認めることができる人間だ。それが好ましいって話」
「お前等は?」
「自分に無いものを求めるのが愛だよね…」
「よぉーし!よくわかった。お前らには倫理観も道徳も順法意識もないゴミだって言うんだな?」
「そう言ってるけど…理解力がないよね」
「君主権限でテメェの首刎ねてやろうか」
「じゃあ反逆して首輪付けてあげるね…民主主義万歳!歴史繰りかえそ♡」
「自由はない…!」
雷堂とひとしきり民主主義の儚さを議論しているといい加減我慢できなくなったのか姫咲先輩がスゥーっと雷堂の背後に移動し一言
「天誅」ズゴッ
「ウッ…」
ばたりと倒れる雷堂…信じられないという目で姫咲先輩に問うた。
「殺人…?」
「安心しろ、怜。峰打ちだ。いい加減授業も近くなっているし私は私でこの女のことを真宵に問いださなくてはいけない。適当に保健室に放ってくる。怜、あまり甘くするな。つけあがるぞ」
言いたい事が言えたからか雷堂の足を引きずって教室を出て行く姫咲先輩。色々言いたい事はあるもののやってくれたことは喜ばしいことなのでグッと抑えて見送る。ちょくちょく雑に扱ってるせいで頭部にダメージが蓄積していっている気絶した雷堂を尻目に俺はクラスメイトにこう言った。
「よし…万事解決だな!」
俺は学校二日目でクラスメイトの信頼を失った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
だれも、おれの、めをみてくれない
ホームルームが終わって各々がグループを作っているが皆決して俺の目を見てくれない。キラキラしてモデルでもやってそうな女子もイケメンやスポーツが出来る男子も、勉強できる真面目くんもこの学校で何故かはねっかえりしてる不良くんでさえ目を見てくれない。ぼっちだ。
「俺の学生生活終わった…」
絶望、ひたすらに俺の心を支配する。だがしかしそんな中一人の女神がこちらに近づいてきた。
栗色のロングヘアとナチュラルメイクが眩しい女子だ。可愛い。モデルでやっていけそうな明るめ女子…!この学校は校則が緩く普通に染めたりメイクもOKだ。真宵先輩とかは一応代表だからとそう言うのを一切してないらしい。ノーメイクであの美貌を維持しているのか?すげぇな…。密かに真宵先輩のビジュ評価を爆上げしてると女子は口を開いた。
「篠傘くんだよね?よろしく~。昨日入学式の後居なかったでしょ?書類持ってるから渡しに来たの。はいこれ」
「お、ありがとう…えぇっと…名前は」
「あはは、名乗るものじゃないよ……私の名前が貴方様の大事な記憶容量を一片でも埋めるなんて恐れ多い…」
「神は……死んでいる…!」
すっとチラ見せされたある本に思わず神の死を漏らした。小さめの文庫本くらいの大きさ。その表紙には俺の名前がある。察した。察せられてしまった…!
信者だ…!コイツ…俺の黒歴史を持っている…!まさかクラスメイトにもいたのか!いや居るだろう…!生徒会にも居るのなら居るはずだ!
「吐け!誰が…!いやどれだけいる…!?」
「どうしたのさ~…知らなくても大丈夫です。貴方様の生活は我々がお守りします。何かあればゆらぎ様に。細々とした要望は口に出していただければ対応させていただきます…じゃ、渡したからよろしくね~」
「なんなのぉ…?」
怖い。怖いよぉ…。
知らない間に俺を祀り上げる新興宗教が根深い所まで進行している…。俺はこれから独り言すら気を付けないといけない。対応されてしまう。でもちょっと好奇心が勝ってしまったので試しに言ってみた。
「たまごサンド食べてぇ~…なん……て………」
ある
机に、ある
視界に机は入っていたはずだ。確かに書類を置いて、一呼吸おいて口に出して目線を落とした。その一瞬、一瞬でなかったはずのたまごサンドがある…!何故かある…!
恐怖のたまごサンドを凝視する。俺はこの先この学校でやっていけるのか?恐怖心を押し殺し今度は机を凝視して言葉を紡ぐ。
「最近切れかけのボディソープ補充しないと」
ガタッ
「誰だ!?」
後ろで鳴った物音に振り向く。誰もいない…。周りを見ても俺の方を決して見ない。なんだ?なにがあったんだ?そして、俺は気づく。
眼を離してしまった。
机の方を見るのが怖い。いやな予感がする。なんとなく、だけど確実に
怖い。なんで皆こちらに視線を合わせず俺の机を凝視する?そこに一体何があるんだ?教えてくれよ…なぁ…
俺は意を決して振り返った。
ガバッと振り向き机の上!
あるのはボディソープ…!しかも俺が普段使っている奴…!
そっと手に掴んだ。何もおかしなところはない。俺はそっとボディソープを机に置いた。
一拍
俺は脱兎の如く教室を逃げ出した。