エルフを愛した魔族の話   作:No.9646

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2話

 

森へ分け行ってやって来たのは、エルフの少女だった。

 

「私はミーシャ。彼方は?」

「……アルテローゼ」

 

少女は、少し前に送り届けてやった子どもの姉だった。

 

「妹を助けてくれたお礼を言いに来たの。ありがとう、アルテローゼ」

 

それから度々、少女はアルテローゼの元を訪れるようになった。

エルフや魔族の感覚ではあるが、頻繁に。

やって来ては少しの間殆ど一方的にお喋りをして帰って行く。

それが少しずつ会話になり、魔法の議論や練習になり、遊びになった。

昔の記憶から作ったハンモックをミーシャは気に入り、盤上遊戯は集落に持ち帰りやがて外に広がっていった。

いつしか、彼女の来訪を待っている自分がいた。

ミーシャはエルフの中でも変わり者だった。

自分でそう言っていた。

 

「彼方も人を食べない変わった魔族でしょう?変わり者同士でちょうどいいと思わない?」

「油断させて喰うつもりかもしれないぞ?」

 

ミーシャは悪戯っぽく咲って。

 

「しないわ。彼方は私を食べない」

 

だって、と彼女はハンモックに仰向けに寝転がる。

 

「今だって私、食べられてないもの」

 

ミーシャは好奇心が強かった。

 

「魔族はどうして人を殺すのかしら?」

 

同族は人を喰らう。騙して狩りる。

人以外も食べる雑食性であるし、それはたとえ満腹でも行われる。

 

「狩猟本能の強さ、じゃないか?」

 

農耕民族の人間であった記憶の混ざったアルテローゼには欠けた本能だ。

 

「俺はあまり速くは動けないから動物を狩るとしても待ちの選択になる。だから狩を楽しむ気持ちは、よく分からない。死んでいれば埋めるが、別に人でなくてもいいし……」

「埋める?食べないの?」

 

アルテローゼは唇に触れる。

 

「こちらの口では、あまり」

「そうなの?」

 

身体の構造が変わった所為か、長年使っていない所為か咬合力がとても弱い。

同族はよく皮や筋のついたまま肉や骨を噛み切れるものだ。

そんな話をすると今度ミーシャはバスケットを持ってきた。

 

「彼方でも食べられそうなものを持ってきてみたの。ねえ、食べてみて」

 

森で獲った鴨と葉野菜を挟んだパンと、野苺を甜菜糖で煮詰めたジャム。

茶葉を束ねて湯を注ぐと花開くように見える茶は、こちらもアルテローゼが記憶から引っ張り出して作ったもので、工芸茶として集落の収入源にもなっているらしい。

ミーシャに期待の籠った瞳で見つめられ、アルテローゼはパンをひとつ手に取る。

アルテローゼはあまり経口摂取の食事は好まなかった。

作ってみた植物の味見をする程度で、この身体では美味しいと感じるのは光と水と土だけだ。

そう思っていた。

 

「――美味い」

「本当?よかった」

 

言って、ミーシャもパンを齧る。

 

「うん、美味しい」

 

不思議ね、と彼女は微笑う。

 

「彼方と食べると、何だかいつもより美味しく感じる」

 

思い出してしまった。

 

「そう、か……」

 

人型をしている魔族は、涙を流すことがある。

主に生理的なものであったり、人を騙すために流す涙がほとんどだ。

夜、虚の中でアルテローゼは泣いていた。

はらはらと止まることのない感情から溢れる涙。

それは純粋な魔族では持ち得ない感情――寂しい。

思い出してしまった。

人と一緒に食べる食事の美味しさ暖かさを。

数百年千年この後どれだけ続くのかわからない孤独感を。

一度自覚してしまえば、もうダメだった。

淋しい。

その生態から社会性を持たない魔族は親も子もなく、群れる同胞もなく。

人の記憶の混ざったこの身は、魔族にしては欠落していて余計なものが多すぎる。

人と呼ぶには姿形は程遠い。

ミーシャだってエルフで、人だ。

彼女には彼女の家族がいて、仲間がいる。

誰にも理解されない孤独が心を蝕む。

どちらにも、どこにも居場所がない。

さみしい。

アルテローゼは1人閉じ籠った。

住処を茨で覆い隠し、誰も入って来ないように。

誰かと会えば、別れる度にこの孤独感が増してしまう気がした。

アルテローゼの精神に呼応するかのように、大地に流していた魔力が澱み始めた。

やがて豊かだった森は熟れ過ぎて腐り、茨で覆われ、魔物が増えた。

どれくらいの間そうしていたのかはわからない。

老いることも衰える事もなく、ただ時間だけが過ぎて行く。

ぼんやりと、この身は自死はできるのかと思い至った、そんな時。

光が差した。

硬く閉ざした茨を吹き飛ばしたのは魔法の光。

その先には。

 

「やっと見つけた」

 

杖を構えたミーシャがいた。

肩で息をして、魔力枯渇の寸前で。

 

「心配したんだから」

 

そう言って抱きしめるミーシャはボロボロだった。手足は荊棘で傷ついたのか、血が出ている。

枯れたかとか思っていた涙が、また溢れる。

 

「泣いているの?」

「……寂しい…さん1人は、嫌だ」

 

いっそう優しく抱きしめられ。

 

「大丈夫、大丈夫。私がいる」

 

生まれたのはこの世界の魔族の誰もが持ち得なかったもの。

 

「私たち、ずっと一緒よ」

 

愛しい、という感情()だった。

────────────────

向かい合う少女とフリーレン。

 

「お父様に会いに来たの?」

「違うよ。通りかかっただけ」

 

フリーレンよりも幼い少女だ。もっとも、彼女がエルフにしろ魔族にしろ、どちらも見た目通りの年齢とは限らない種族だが。

少女は後ろにいた2人を覗き込む。

 

「前に一緒に来た人たちとは違うのね?」

 

武器を持つフェルンとシュタルクの手に力が入る。

 

「わたし、アルテミーシャ」

 

聞き慣れない音だ。

 

「昔あった国の言語が混ざってるんだ。私の親くらいの世代にはそこそこいたよ」

「フリーレン様のご両親の世代、ですか……?」

「それって何千年前だよ……?」

 

フリーレンが攻撃の姿勢を取らないので、ようやく2人も警戒を緩めた。

一行はアルテミーシャの家ーアルテローゼの屋敷へと招かれた。

道中、アルテミーシャは街の住人たちにも好かれているようで、あちこちから挨拶を受けていたり、時にはフリーレンたちの分もと土産を持たされた。

 

「アルテローゼ様のお客様ならこの街のお客も同然さ!」

 

豪快な笑顔で店先から良く熟れた果物を渡され、シュタルクたちは微妙な心境であった。

 

「魔族が人気って、何か変な感じするな」

「この辺りの土地はアルテローゼの魔法がかかってるんだ」

 

大地には『良い土を作る魔法』『植物を育てる魔法』、干魃になれば『水を出す魔法』、日照不足なら『植物を育てる光を出す魔法』を、膨大な魔力を誇る魔族が長年に渡り必要なだけ。

不作が続けば、長年の生のどこかで得たのか有用な知識を授けてくれる。

強い魔族がいれば、他の魔族は手を出さない。

出来上がったのは豊かで平穏を享受できる土地だ。

 

「それって大丈夫なのでしょうか?」

 

魔族の魔力で育てた作物は、人体に影響などはないのだろうか。

 

「花畑を出す魔法ってあるでしょ?アレに近いかな。会えばわかるけど、アイツは植物性の魔物の要素を強く残した魔族なんだよ。食事は根を張って養分を吸い上げるんだ。だから大地や植生に関する魔法に造詣が深い」

 

生活に余裕がある分治安も良いようで、人々の表情は明るい。

黄金卿のマハトも以前はヴァイゼで領民から慕われていたらしいが、結果は。

屋敷は立派な造りだった。

 

「お父様」

「おかえりアルテミーシャ」

 

現れたのは、確かに人間ではなかった。

魔族は人を騙して喰らう性質上、狩をしやすくするために容姿端麗な人型をしている者が多い。

この魔族も上半身は抜群に美しい。

長い真紅の髪を緩く編み、整った目鼻立ちに、額には控えめな角があるが、灰色がかった柔らかい赤い瞳には二つ名の表される慈愛があった。

しかし、その先。

腰から下は人とはまるで異なり、脚があるはずの裾からは無数の蔦が覗いていた。

曲線を描いたそれはまるで貴婦人のドレスのようにも見え、しかし低く艶やかな声は男声で脳が混乱をきたす。

 

「よく来たなフリーレン。80年ぶりくらいか?」

「こんなに早くまたお前に会いたくなかったけどね」

「連れの方々もようこそ。俺はアルテローゼ、見ての通り魔族だ」

「あ、ども」

 

あまりに普通に迎えられ、2人は反射的に会釈を返した。

 

「ゼーリエの遣いか?」

「違うよ。オレオールに行く途中で通りがかっただけ。迎えを寄越したのはそっちでしょ」

「オレオールに?」

「ヒンメルたちに会いに」

 

ああ、とアルテローゼは頷く。

 

「そういえば、この間勇者ヒンメルが亡くなったと聞いたな」

 

既に30年近く前の事であるが、悠久を生きる種族にとっては、たった30年。この前、この間、その程度の時間感覚。

 

「ヒンメルなら問題ないだろう。歩きで行くのか?馬車が必要なら用立てようか」

「要らない」

 

平地ならばともかく、向かう先は険しい雪山の向こうである。

 

「それより、ヒンメルならというのはどういう意味?」

「彼ならばまだ会えるだろうという意味だ」

 

馬車は不要でも宿は貸してくれるらしく、「先ずは旅の埃を落とすといい」と一向は客間に通され歓待を受けた。

並々と湯の張られた浴槽に浸かり、頭からつま先までオリーブの油を使った石鹸で洗う贅沢。

3人はすっかりほかほか艶々になった。

あてがわれた部屋も日当たりも良く広くて寝床はふかふか。

人間の使用人もいて、洗い物もやってくれるらしい。至れり尽くせり。

豪勢な食事まで用意された。

一行が饗応される上座で、アルテローゼはトマトと白チーズを肴にワインを傾けている。

所作はまるでーフォーリヒで付け焼き刃ながらもシュタルクが叩き込まれたー貴族のそれだ。

 

「フリーレン様とはどんなご関係なんですか?」

「前にヒンメル達と来たことがあるんだ。魔王城への行き方を教えてくれたのがこいつ」

 

フリーレンがフォークでアルテローゼを指し示す。

すかさず「お行儀が悪いですよ」とフェルンから叱責が飛んだ。相手が魔族だからいいというものでもないのだ。こういうことは。

 

「俺は魔王と離反した身だからな」

「魔王城出禁にされた腹いせに勇者を送り込んだんだよ、この魔族は」

 

シュタルクの「何だよ魔王城出禁って酒場じゃねえんだぞ」というツッコミは黙殺された。

 

「最近は俺に魔王になれと言ってくる輩も多い。勇者ヒンメルの死を引き金に、また勢力を拡大する魔族が増えたんだと」

「七崩賢のアウラなら倒したよ」

「そうか」

 

興味無さげにワインを呷る。

 

「そういう奴らの手綱を握って欲しいそうだ」

「皆分かってないね」

「喉元過ぎれば何とやらというやつだろ。人は忘れる生き物だ。世代交代も早い。だから歴史を繰り返す」

 

フリーレンとアルテローゼの間に緊張を孕んだ沈黙が落ちる。

同席する短命種2人は、無言で食事をかき込むしかなかった。

──────────────────

途中から味のしない食事を終え。

1人一部屋を与えられているが、寝むまでは何とはなしにフリーレンの部屋に集まっていた。

フェルンとシュタルクはハーブティーを飲みながら駒をひっくり返す陣取りボードゲームをしていて、フリーレンに至っては、書庫の本読み放題の許可をとって上機嫌で持ち出した魔導書をベッドの上に積み上げている。

これは絶対に夜更かしして明日起こすのに苦労するなとフェルンは確信した。

 

「フリーレン様。あれは本当に魔族でしょうか?」

「魔族だよ」

 

借りた魔導書を読みながら、フリーレンは断じる。

 

「魔族の中でも殊更狡猾な奴だよ。人の感情()や政治を理解した上で利用するんだ」

 

以前、ここに来たのはヒンメル達との旅の最中。人類と共生している魔族がいると噂を耳にしての事だった。

アルテローゼは共存の可能性を否定した。

 

「俺は魔族の中でも異端中の異端。例外を基準に物事を考えれば破綻する」

 

それでも己は魔族の範疇を出ないと奴は言うのだ。

アルテローゼはこの地を豊かにした。

その恵みを人類が享受することを許している。しかし、それは対価があってのこと。

アルテアの埋葬方法は土葬だ。

食べ物が豊富にあり、外敵に襲われない環境下であれば当然生き物はー人口は増える。

そして植物性を強く残している魔族であるアルテローゼは、土から食事を摂る。

生まれる人間が増えて、死ぬ人間が増えて、埋葬される人間が増えれば、それは即ち。

シュタルクとフェルンは曖昧な相槌を打つしかなかった。

それはつまり、殺されることはないが死んでから魔族に食われるのと同じではないだろうか。

死んだ後のことなんて当人からすれば知り得ることではないが、聞いて気分の良いものではないし、遺族からすればもっとだろう。

シュタルクからすれば、亡くなった兄や村人たちの遺体が魔族の餌になるようなものだし、フェルンも、育て親のハイターがと考えて、吐き気がした。

しかし、ヒンメルはアルテローゼを討たなかった。

強さもあったが、何より、この地の人々がそれを望まなかった。

魔王軍と戦っていた頃は各地で兵糧が必要だった。

魔王討伐により魔族の脅威も一先ずは減り、年々人口が回復している今でも必要なのは食料と仕事。

ここには必要なものが溢れている。

住人達が納得づくであるのなら、彼らの生死感に異邦人が口を出すべきではない。

 

「奴は土地を豊かにする事で、人類に自分を護らせてるんだよ」

 

そしてそれをここの人々は受け入れている。

しかし、フリーレンはアルテローゼを信じていない。

魔族だから。

目に見える実害もなく、街の人々に慕われている魔族の存在を、ヒンメルは信じたかったのだろうか。

そんな事を考えていると、コンコン、とドアがノックされた。

来訪者は、アルテミーシャだった。

 

「フリーレン、旅のお話を聞かせて」

「嫌だよ。私はもう眠いんだ」

((嘘だ))

 

フェルンとシュタルクの心の声が一致した。だったら今広げている魔導書は何だ。

 

「前の人たちは聞かせてくれたわ」

 

むうとむくれるアルテミーシャの言葉に、フリーレンの視線が少しばかり尖った気がした。

場の空気を読んだシュタルクが「明日でよければ俺が話してやるよ」と請負い、退散させる。

フリーレンの機嫌もだが、彼女に似てはいるが幼な気で表情の変わるアルテミーシャが滞在していた村の子どもたちと重なったのだ。

 

「ヤバい奴かと思ったけど、なんか普通に子供っぽいな」

「そうですね。魔族とエルフの、混血、と言っていいのでしょうか?初めて見ました」

 

そんな事があるのでしょうか、と懐疑的なフェルン。

 

「俺も。てか、あいつフリーレンに似てね?親戚、か何かか?」

 

シュタルクは遠い親戚でも似る事があると実体験をしたばかりだ。

 

「違うよ」

 

魔導書を捲るフリーレンの視線は落とされたまま。

 

「人と魔族はまったく別の生き物だ。脳から身体の構造もまるで違う。過去に魔族と人類が混血した事例は聞いた事がない」

 

フリーレンはアイゼンが言っていたことを思い出す。

 

「あれは人を愛した事のある瞳ーそして亡くした事がある奴の瞳だ」

 

彼は家族を、妻子を亡くしている。

 

「アレは魔法で作られた、ただの紛い物だ」

 

 




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人間の精神で何百とか千年とか耐えられるか?となりまして。混ざってたからこれまで保ったケド意識したら一気にきちゃったタイプ。
あと荊棘姫()を助けに来るのが女の子でもいいじゃない。良いですよね強い女の子。

強くて格好いい女の子を目指して書いている2次創作『一輪花の咲くまで』(原作:僕のヒーローアカデミア)もよろしくお願いします。(宣伝)
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