アウラを人類と共存させてみた   作:やわら烏

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私は相手が自分より弱いと分かったら調子にのるメスガキムーブを模倣している



閑話.リーニエからも魔法を取り上げるじゃない

 

〜勇者ヒンメルの死から28年後〜

-北側諸国 グラナト伯爵領近辺の森中の廃城-

 

 

「なんでか知らないけど魔法が使えなくなったのよッ!!!」

 

 

 

魔法が使えない…………『魔法が使えない』?

私は最初、アウラ様の言っている意味がよく分からなかった。

 

魔族はみんな、生まれつき魔法が使えるけど

最初から何でも出来る訳じゃない。

歳を重ねて、魔力の扱いを熟達させていく。

例えば、私が小さい頃……そう、大体80年くらい前だ。

あの頃はまだロクな魔法も使えず

飛行魔法と、魔力で小さな武器を生成するくらいが精々であった。

"模倣する魔法(エアファーゼン)"を会得した今にして思えば

己の魔法というものを持っていない時代だった。

 

 

それでも、"魔法"は使えた。

 

 

真横で唖然としているリュグナー様に聞こうか迷った。

「リュグナー様、魔法が使えなくなるってなに?」と。

 

 

「…………はぁ、全部の始まりはあの遺跡だったわ」

 

だけど、遺跡に行ってからここに戻ってくるまでのアウラ様の身の上話を聞く内に

その必要はなくなった。

 

 

要は、本当に魔法が使えないらしい。

 

「"服従させる魔法(アゼリューゼ)"を封じられただけでも腹立たしいけど、まさか飛行魔法もダメになるとはね……」

 

"服従させる魔法"のような私には理解も及ばない、魔法の頂に近い代物は勿論として

簡易的な攻撃魔法や、魔族にとって有って当たり前の"飛行魔法"。

更には、

 

「それに、身体の内を魔力が上手く巡らないのよ……というより、ちゃんと魔力を行き渡らせられてるかすら分からない」

「お陰でいつもの調子で動く事すら叶わないわ」

 

身体強化の魔法……これは魔法と言っていいのだろうか?

体内の魔力を動きに合わせて流動させるだけ。

「言われてみればいつもこんな風にしてたっけ」と

いざ言われなければ自覚すらしてない、

魔族にとっては息をするのに等しい無意識の行為だ。

こんな物まで魔法に含まれたら、それこそこじつけだ。

 

「何でこうなったか思い返してみれば、心当たりがある……」

「あの時、遺跡で"変な杖"を握ったのが原因に決まってるわ」

 

……いや、そもそも初めて知った。

人間の脆弱な身体とは比べ物にならない、私たち魔族の高い身体能力や強靭な肉体が

魔力に依存した魔法の一種だったなんて。

 

 

「(あぁ、さっきの城の屋上でのやり取りはそういう事なんだ)」

 

私の頭の中に、この部屋に入る前のアウラ様との会話が呼び起こされた。

 

『……リーニエ、もうちょっと低い位置まで降りなさい。怪我したら危ないじゃない』

 

『えー……』

 

まるで脆い人間の相手でもさせられてるような煩わしさの正体はこれだったんだ。

そりゃそうだ、魔族としての頑丈さがないんだったら

2、3メートルからの落下すら怪我をしかねない。

 

 

「(じゃあ今のアウラ様は…………何の力もない、役立たずって事になるのか)」

 

さっきまで背中におぶって運んでた自分が馬鹿みたいだ。

 

 

「行くぞ、リーニエ、ドラート」

 

その後、イライラしっぱなしのアウラ様を宥めたリュグナー様と共に

私達は部屋を出ていった。

 

 

 

……ここならもう聞こえないよね。

 

「ねぇリュグナー様、……"あいつ"どうするの?」

 

私はリュグナー様に尋ねる。

 

「ん?……"あいつ"とは一体誰の事だね」

 

とぼけてるけど、ほんとはリュグナー様だって誰の事を指してるのか分かってる癖に。

だって"あいつ"はもう何も怖くない、何の力もない…………

 

 

 

 

 

 

「今出てった部屋にいる役立たずだよ。殺す?」

 

 

 

…………言ってから少しだけ後悔した。

別にアウラ様に失礼だとかそういうんじゃない。

 

「行き過ぎた質問だった」と。

 

私の横でボサっとしてるドラートなんかはこんな事考えてもいないだろうけど

私はアウラ様に何十年も仕えてきた配下だ。

それを今更、魔法が無くなったって理由だけで掌返すのは迂闊すぎた。

特にリュグナー様が何考えてるのか分からないうちは。

 

「(リュグナー様にもっと探りを入れてからにするべきだったな)」

 

もし、下剋上するにしても

もっと段階を踏むべきだ。

 

 

「(……でも、抗えない)」

 

己よりも魔力が低い相手に威張り、見下さずにはいられない。

魔族の性に逆らえない。

 

「なんなら俺が戻って殺してきましょうか」

 

ほら、ドラートだって同じだ。

能無しだけど偶には良いこと言うな、こいつも。

 

「よすんだリーニエ。それにドラートも」

 

意外にも、リュグナー様は落ち着いた様子で私を嗜めた。

それから、和睦交渉がどうの神輿がどうのと

リュグナー様の小難しい話で私達は丸め込められた。

 

 

だけど、何となくだけど分かってきた。

口ではアウラ様を庇うような事言ってるけど

身を案じてる素振りはまるでない。

 

 

「(多分リュグナー様も、アウラ様の事なんてどうでもよくなってるんだ)」

「(私と同じように、忠誠心なんてとっくに無くなってるんだ)」

 

 

 

 

 

ある日、廊下の向こうからアウラ様が歩いてくるのを見かけた。

 

 

「(……そういえば、この前ドラートが自慢してたっけ)」

「(『アウラ様の細首に糸を巻きつけて脅かして遊んだ』とか)」

 

 

 

 

 

私なら、ドラート以上の事が出来る自信がある。

 

「あ、アウラ様」

 

気が付けば私は、すれ違おうとするアウラ様に声を掛けていた。

 

「……リーニエ、どうかしたの?」

 

クルリと横を向いたアウラ様の顔は

力を失ってるとは思えないくらい、キリッとして気高さに満ちていた。

 

 

 

 

 

「そこ邪魔」

 

私は軽めに、アウラ様の肩に己の肩をぶつけた。

 

「──ッッぐえッ!!?」

 

アウラ様は潰れたカエルみたいな悲鳴と共に吹き飛んで壁に激突する。

さっきの自信に満ちた表情のまま

何が起きたのかも分からず吹き飛ぶその姿は実に滑稽だった。

 

 

「(お……おぉ……!)」

 

自分でやっておいてなんだが、

「思った通り」という気持ちと「嘘でしょ?」という気分が半々。

 

アウラ様をド突いた時の手応えがあまりにもなくてビックリした。

今にも風で折れそうな枯れ木を押したみたいな抵抗の無さだった。

 

「(魔王様直属の部下だったアウラ様が、こんな呆気なく……!)」

 

……突然話は変わるが、私たち魔族の頂点に立つ存在として、『魔王様』という方がいる……いや、いた(・・)

勇者ヒンメルに討ち取られて、もう死んだ人だ。

幼い頃に一回チラッと遠目に見た程度だが、

その一目見ただけで私の戦意は消し飛んだ。

 

同じ生物とは思えなかった。

 

で、そんな魔王様のお傍に立つ事が許されていたのが7人の大魔族……"七崩賢"。

彼らも木端の魔族とは一線を画した化け物ばかり。

そして、その七崩賢の1人がアウラ様────つまり私の目の前で無様に転がっている女魔族の事だ。

身体から立ち昇る魔力は膨大かつ高密度で

普通なら戦おうという気すら湧かない程に次元が違う。

 

 

……だがどうだ?私の今の手を抜いた攻撃1発で

すっ飛ばされたこいつが、"一線を画した化け物"?

 

魔族にとって魔力は力の象徴であり、財産であり、尊厳だ。

なのに、魔力だけ見れば絶対敵わない筈の相手が、こうも弱い。

 

手応えのなさにはビックリだが、

魔力の絶大さに比例していない、あり得ないくらいの弱さにもビックリした。

 

「ぼーっとしてたら危ないよアウラ様?今度から気をつけないと」

 

気がつけば口が勝手に動いていた。

 

笑いも溢れてしまったかもしれない。

 

 

 

 

…………"笑いが溢れる"?

 

「(…………あれ?何で私は今、"笑ったかも"って思ったんだろう?)」

 

暇つぶしに人間を痛めつけながら殺した事はあったけど

その時でさえこんな感情は湧かなかった。

 

 

 

こんな感情は生まれて初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

「(楽しい……)」

 

取るに足らない人間じゃない、相手は格上の"大魔族"。

 

私は今、大魔族をいい様に痛めつけて、蹂躙してるんだ。

 

それが、堪らなく楽しい。

 

「──ッぐっ、ぐうぅぅ…………ッ!」

「リ、リーニエ……お前……ッ!──ッうぅ……」

 

 

結局その後、私はリュグナー様に叱られた。

大して強く押してないのに、アウラ様の肩は酷い内出血だったらしく

オーバーに騒ぐアウラ様の声を聞きつけたリュグナー様に大層叱られた。

 

 

そんなつもりじゃなかったのに。

ちょっと地べたを這いずらせればそれで良かったのに。

 

 

「……ごめんなさいアウラ様」

 

私はアウラ様にごめんなさいをさせられた。

 

魔力だけは一丁前で、魔法も使えない無能に頭を下げさせられた。

屈辱だった。

 

 

「(このくらいで大騒ぎするなよ、迷惑だな)」

 

 

 

 

「リーニエ。向こうまで運んで頂戴」

 

また別のある日、アウラ様が私に頼み事をしてきた。

この廃城は通路の一部が崩落してて渡れないから

私に向こう側まで運んで欲しいという事だろうか。

 

「分かった、向こうまで運べばいいんだね」

 

私はそれを快諾して歩み寄る。

 

「……ッ!そ、そうね……早くして頂戴」

 

アウラ様は私が接近した瞬間、ちょっとだけビクッとして引き気味になる。

やっぱりこの前あんな事があったからまだ私が怖いんだろうか?

だったら頼まなきゃいいのに。

 

 

 

……そうだ、いい事を思いついた。

 

「ねぇアウラ様。この前リュグナー様に聞いたんだけど」

 

「……何をよ?」

 

運んで貰える筈が、突然質問を投げかけられて戸惑ってる。

 

 

 

 

 

 

 

「人間は誰かに物を頼む時に、『お願いします』って言うんだって」

 

そんな事も知らないのかという顔で私は言ってやった。

 

「………………はぁ?」

 

途端にアウラ様は目を丸くする。

最初の表情は「一体こいつは何を言ってるの?」ってとこかな?

 

やがて、言葉の意味を理解したのか

表情は険しくなり、激しい怒りを抱いてるのが一目で分かる。

 

「……リーニエ、自分で何を言ってるのか分かって────」

 

「するの?しないの?」

「アウラ様は今、私に"頼み事"をしてるんだよね?」

 

怯まず私も攻める。

絶対に言うものかと口を固く閉ざしていたアウラ様だったが

このままじゃ私が何もしてくれないと、ようやく観念したのか

その口を開いて呟く。

 

「────お願い……します……」

 

私たち魔族は人の言葉を真似るのが上手いというけれど、

流石はアウラ様は大魔族だ。

魔法も使えない分際で、私の言った事を寸分違わず真似てみせた。

気分が良い。

 

「(…………だけど、何か物足りないな)」

 

しかし、口では「お願いします」と言っているが

アウラ様は直立不動で、しかもこちらを睨みつけながらソレを言っている。

これじゃ"誠意"って物が伝わってこない。

 

……あ、そうだ。

 

 

「頭」

 

「へ……?…………頭?」

 

「物を頼む時は頭を下げるんだよ?」

「自分の"誠意"を相手に見せるんだって。これもリュグナー様が教えてくれたんだ」

 

怒気を帯びていたアウラ様の顔は更に怒りに満ちる。

視線だけでこちらを射殺してしまえそうだ。

 

まぁ殺せやしないから怖くないけど。

 

「…………良い加減に」

 

「あー、私忙しいからそろそろ行くね。……1人で頑張ってねアウラ様」

 

私はわざとらしい振る舞いで対岸に飛ぼうとする。

 

「────チッ!」

 

すると、小さく舌打ちしながらも

アウラ様は上半身を前面に傾けた。

偉そうな角の生えた頭部が、私の目線よりも低い位置にまで下げられる。

 

「…………ッ!!」

 

表情は見えないが、プルプル震えてる様子から

よっぽど悔しいんだろう。

 

 

この間、アウラ様に怪我させたところを

リュグナー様に見られたせいで謝らされた腹いせも済んだ。

あと、私自身もまだよく分からなかった、"誠意"とやらを体験できたし

そろそろ運んであげよう。

 

「はい、じゃあ掴まってね」

 

優越感に浸るのを充分に楽しんだ私は中腰になり、その背後からアウラ様がしがみつく。

そしたらアウラ様の太腿に……それこそ、うっかり力加減を間違えて

大腿骨をへし折らないようにやんわりと手を回した。

今のアウラ様の強度じゃちょっとしたミスですぐ壊してしまいかねない。

 

「よいしょっと……」

 

一方のアウラ様は私の肩に手を添える。

つまりおんぶの形だ。

あの日、遺跡から運んであげた時と同じ状態だ。

 

「……ちゃんと運びなさいよね?」

 

「分かってるよ」

 

アウラ様をきちんとおぶれたのを確認した私は飛行魔法で飛び、

そして対岸へと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………今日の私は頭が冴えてるのかな?

またいい事思いついた。

 

通路の崩落した部分の幅は大体10メートルくらい。

私は丁度、その真ん中辺りでピタリと静止した。

 

そして、背中にしがみつくアウラ様に聴こえるように、聴き逃されないように

はっきりとした口調でこう言った。

 

 

 

 

 

「それじゃあ掴まって、アウラさ…………アウラ(・・・)

 

 

呼び捨てだ。

 

リュグナー様ですらやらない、主従関係においてやってはいけない行為。

 

そんなタブーを、私は犯した。

首切り役人の中で、私だけが真っ先にやったのだ。

 

 

「────ッ!!!!」

「リーニエッ!!お前、今なんて言ったのか分かって──」

 

さっきのお辞儀の比じゃないくらい激怒したアウラ様の怒鳴り声が耳元で炸裂する。

 

「なに?アウラ?」

 

私はアウラ様の足を支える手をするりと緩める。

 

「────わ、わッ!?」

 

支えを失ったアウラ様は宙ぶらりん状態……肩に置いていた腕を咄嗟に私の首に回して

下に落ちまいと何とか耐えている。

 

「こ、こいつ…………ッ!」

 

あ、よっぽど怒ったのか、首に回した腕の力を強めたな。

……だけど全然へっちゃらだ。

こんな弱っちい力じゃ、一生かけたって私を締め落とせやしない。

 

その前に、アウラ様の腕の限界が来るのが先か。

 

「どうしたのアウラ?何か文句でもあるのアウラ?」

「……何がアウラにとって不満なのか聞かないと、私もここから動けないよ?」

 

こうやって静止している間にも

腕の筋肉が限界を迎えたアウラ様はズルズルと下にずり落ち始める。

 

「……………なんで……も……ない……ッ!」

「……だ、だから……早く、前……に……!」

 

「ならいいけど」

 

必死の形相のアウラ様の切迫詰まった感じのその言葉に満足した私は

御要望通り再び前進し、向こう岸に着地した。

 

「────ゼヒュ……ッ!ゼェ……ゼェ……ッ」

 

「着いてよかったねアウラ様」

 

石畳にへたり込んで、息も絶え絶えのアウラ様を見下ろす。

 

 

 

「(面白いオモチャが手に入ったな)」

 

私はスキップしながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

「この街を魔族の侵入から守ってきた、大魔法使いフランメの"防護結界"」

「代々結界の管理を任されているのは貴方がたグラナト家だ」

 

あれから数週間が経った。

『和睦の使者』とかいう奴としてグラナト伯爵領内に招かれた私達は屋敷の一室にいる。

 

「我々が街に入れたという事は結界を操作出来る魔法がある筈……それを教えろ」

 

そして、ボロボロの状態で椅子に縛りつけられたグラナト伯爵を

リュグナー様が尋問している。

 

ちなみにドラートはエルフの魔法使いを殺しに行ったきり、魔力が途絶えた。

リュグナー様は「アウラ様の懐刀たる首切り役人が油断如きで返り討ちになど遭わない」と言ってたけど

なら尚更馬鹿な奴だ。

エルフがどのくらい凄いのか知らないけど、人類如きに殺されるなんて。

 

 

「(この伯爵にしても馬鹿だね……単純な手に引っかかるなんて)」

 

和睦交渉なんて言葉を簡単に信じて私達を招いた結果がこのザマだ。

 

さっきだって、"父上"がどうとかリュグナー様が口にしただけで

振りかざしてた剣を鞘に納めた。

 

人間っていうのは言葉を並べ立てるだけですぐに魔族の言う事を信じる。

だから楽に殺せるし食べるのにも困らない。

もう生活の一部と言ってもいいくらい簡単な行為だし、これと言って何の感慨も湧かない……

 

 

「(……って、生まれてからずっと思ってきたけど、今はちょっと違うかな)」

 

この数週間、私はアウラ様で遊んできた。

その過程で何となくだけど、分かってきた事が一つある。

 

 

 

 

「(自分がやられて嫌だと思う事を他人にするのは、結構楽しい)」

 

しかもそれが、『相手にとって害がある』と

ちゃんと意識した上でやると堪らなく気分がいい。

今こうしてる間も早く拠点に戻って

アウラ様をいびり倒したくてウズウズしている。

数百年も玉座でふんぞり返ってた大魔族に

言葉や行動を以って、『辛い』『苦しい』という気持ちを味合わせたくてしょうがない。

 

「(今はまだアウラ様にしか実践してないけど)」

「(もしかしたら、人間相手でも同じ気分が味わえるかも)」

「(……いや、今でさえこの伯爵の惨めな姿でそこそこ楽しめてるんだ。絶対楽しいに決まってる)」

 

ただの餌として以外にこんな使い道があるだなんて、100年弱も生きてきてなんで気がつかなかったんだろう?

 

「(……そうだ。この街を堕としたら、住民の中にアウラ様も混ぜてやろう)」

「(広場に集めた街の住民と一緒くたに弄んでやるんだ)」

「(アウラ様には駄目だけど、人間相手ならどんな暴力を振るってもリュグナー様に叱られないし)」

 

そう考えると、早く結界を解きたくなってきたな。

早く人間を苦しめてみたい。

 

何をしよう?何をして痛めつけて……

 

 

 

 

「リーニエ!!攻撃に備えろ!!」

 

「…………え?」

 

リュグナー様が大声で叫んだ。

 

 

────ゴウッ!

 

 

次の瞬間、窓を突き破って攻撃魔法が飛んできた。

私ではなくリュグナー様の方に。

 

「────グッッ!」

 

脇腹ごと左腕を吹き飛ばされたリュグナー様が壁に叩きつける。

 

「今ですシュタルク様!」

 

「おうッ!!」

 

そして、間髪入れずに斧を持った男が入ってきて

グラナト伯爵を縛り付けていた椅子を叩き壊す。

 

「────ッ!させない……」

 

「やめろリーニエ!」

 

私が男に飛び掛かろうとするのをリュグナー様が静止した。

その隙に伯爵を担いだ男と、魔法を撃ってきた女は

窓から姿を消して逃亡した。

 

「……リュグナー様、ごめんなさい。私がボンヤリしてたせいで」

 

「謝らなくていい。恐らくお前が気を張っていても、あの魔法使いの魔力は探知できなかっただろう」

 

起き上がったリュグナー様は、血を操って傷口を塞いで止血する。

 

「あの2人には、先程跳ねた私の血が付着している。見失う事はない」

 

あくまで私の事は責めない。

……どちらにせよ、もうこんなミスは犯さない。

 

「それにしても、あの魔法使いの小娘の所作……」

「魔力の制御による存在の隠匿と、攻撃魔法による不意討ち…………覚えがある」

 

止血をしながら、リュグナー様は何か考え事をしてる。

人間の戦い方に覚えがあるかなんて、今はそんな事……

 

 

 

「────そうか、思い出した。フリーレンだ」

「魔族を憎悪し、魔族を殺す為に魔法を研鑽してきた……あのエルフの魔法使いだ」

 

ようやく口を開いたと思ったら、"フリーレン"?

何処の誰の事なのかは分からない。

だけど今、『エルフの魔法使い』って言ってたな。

つまり……

 

「ドラートを殺したあいつが?」

 

「あぁそうだ。きっとあの小娘に魔法を叩き込んだのも奴だろう」

「もしフリーレンならば、この街で出会って早々に、こちらに魔法を撃とうとしたのも頷ける」

「そして、今も地下牢で我々を殺す案を……。────ッ!!」

 

そこまで口にして、リュグナー様はハッと息を呑む。

 

「……リュグナー様?」

 

「伯爵は『捕えた魔法使いが脱獄した』と言っていた……なのに奴は我々を殺しに来ない」

「……リーニエ、先程の2人は放っておく。我々は一度拠点に戻ろう。恐らくフリーレンはアウラ様の下へ行っている」

 

慌ただしくそう言ったリュグナー様が窓から飛び立とうとする。

 

「……リュグナー様、伯爵を騙して和睦交渉を結ぶのは失敗したんでしょ?だったらアウラ様は後回しでいいじゃん」

 

その途端、リュグナー様は振り向いた。

私はその顔を見て思わず押し黙ってしまう。

 

「リーニエ、くだらない事を行っている暇があったら口より足を動かせ」

「我らは如何なる時も、アウラ様の懐刀、首切り役人だという事を忘れるな」

 

そう言ってリュグナー様は外に飛んでいった。

私もそれに続く。

 

 

 

 

「(……なにが、『アウラ様の懐刀』だ)」

「(……もうアウラ様に、忠誠心なんてない癖に)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「閃天撃!!!」

 

「────ガァ……ッ!?」

 

上段から振り下ろされた斧が、私の身体を斬りつける。

その衝撃波で私は、石壁に勢いよく叩きつけられた。

 

 

 

結局、アウラ様の所へ行くのは失敗した。

どうやら、この街の防護結界は外側からだけでなく

内側からも許可なくは出られないらしい。

 

 

「(血が……止まらない)」

 

 

その後、例の2人と交戦になって

リュグナー様は魔法使いの女に殺された。

 

致命傷を負ったのに、最期の最期まで「アウラ様の下に行かねば」とか

譫言みたいに繰り返しながら死んだ。

馬鹿みたいだ。

自分が死んだらアウラ様が居ようが居まいが意味ないのに。

 

「(頭が割れそう……フラフラする……)」

 

私もご覧の有り様。

斧を持った男──確か、シュタルクとか呼ばれてた戦士の一撃を浴びた。

弱っちい奴だと思ってたのに、やたら頑丈だし力も私より上だった。

 

咄嗟に身体をのけ反らせて、致命傷こそ避けたけど

肩から袈裟懸けに斬られた傷はもの凄く痛い。

頭から壁にぶつかったせいで目眩もする。

 

「(もう終わりだ……どうせアウラ様だって殺されてる)」

 

しばらくしたらシュタルクが私にトドメを刺しにこちらに来るだろう。

 

 

「(あぁ……あいつが来たら、何て言おうかな?)」

「("お母さん"……?)」

 

少しでも油断してくれたら、殺せるかも。

 

「(そうだ……"父上"なんてのもいいかな)」

「(ダメで元々だ。せめて……殺そうとするのを躊躇うかもしれない)」

 

 

頭の中に、あいつを油断させる為の言葉が浮かんでは消えてく。

 

これまでの人生で一番強いと思った戦士の動きを模倣して勝てなかったんだ。

プライドなんて残ってない。

死ぬのは悔しいけど、ちょっとくらいは足掻いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カランッ

 

 

すぐ横に、何かが転がる音がした。

私は目線だけを音の方へ向ける。

 

 

 

「…………杖?」

 

目の前に、一本の杖が転がっている。

黒い水晶が嵌め込まれてる、綺麗な装飾もある古い杖。

 

「(……なんで、こんなとこに杖が)」

「(いや、それより……)」

 

魔力探知なんてするまでもない。

 

「(この杖……)」

 

一目で分かった。

 

今までの生涯で

 

私が見てきた魔道具の中で、

 

 

 

 

 

アレが、一番優れてる物だ。

 

「(……アレが、あれば……ッ!)」

 

既に死ぬ事すら勘定に入れてた私の思考は

杖を手にしようというものに一瞬で切り替わった。

 

現状を打開出来るかどうかなんて関係ない。

あんな杖一つで、事態が好転出来るかどうかじゃない。

 

殆ど本能で身体が動いた。

 

「(残った魔力を杖に流して……)」

「(何か魔法を、あいつに撃てれば……)」

 

「(……たとえ撃てなくても、あの杖は欲しい……!)」

 

死に際だというのに、物欲がとめどなく湧いてくる。

「その杖を自分の物にしろ」という欲求が頭の中を満たす。

 

「────しまったッ!?」

 

身体を這って動かして、杖に近づく私を見たシュタルクが

トドメを刺そうと慌てて走ってくるけど遅い。

 

藁にも縋る思いで手を伸ばす。

 

 

「(……あと、少し……)」

 

この杖があれば勝てるとか勝てないとかじゃない。

けど、無いより絶対マシだ。

 

このまま、相手の動揺を誘える言葉を喋って死ぬより

本能の赴くままに行動してから死んだ方がマシだ。

 

 

「(よし……ようやく……手が届いて……)」

 

欲望のままに動いた手が今、杖を握って────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボワッ

 

 

 

「──────え?」

 

 

杖が光った。

淡く輝く杖の光は数秒ほど続き、

それから跡形もなく消えた。

 

 

 

力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、力が抜けた。

 

 

 

 

「…………?」

「……お、おい。急にどうしたんだよ……?」

 

杖を取った状態から微動だにしない私に対して

恐る恐るあいつが近づくけど、

今はそんなのどうでもいい。

 

 

だって、力が抜けたから。

 

力が抜けたと言っても、

何か神秘的な光を放った杖が、元の古ぼけた姿に戻った事に落胆しての脱力じゃない。

 

 

本当に力が抜けてしまった。

 

 

「(なんだ……今の……)」

 

 

力が全身から抜け落ちる。

 

 

身体の内に満ち満ちていた万能感も全能感も

 

 

ぜんぶが失われる、嫌な感覚。

 

 

「(……うそだ)」

 

 

嫌な感覚の正体は、すぐ分かった。

心当たりがあった。

だけど、認めたくなかった。

 

 

「……シュタルク様」

 

リュグナー様を仕留めた、フェルンとかいう魔法使いが近くに降り立つ。

 

「あ、フェルン!丁度いいところに!」

「……こいつ、そこに転がってた杖を握った途端にピクリとも動かなくなってさ……何だか近寄るのが怖くて」

 

慌てふためきながらフェルンに対して現状を説明するその様子は

敵を前にした戦士の言動じゃない。

完全に舐められてる。

 

「杖を……ですか?」

 

この女は魔力制限を掛けてはいたが

この距離ならちょっとくらいは魔力探知できる筈だ。

なのに、『魔力が一切探知できない』。

 

 

「(……違う、この女だけじゃない)」

 

この街のあちこちから感じ取れていた、人間の発する魔力が

全く探知出来なくなったのだ。

 

 

杖を握った瞬間から。

 

 

「シュタルク様、その魔族の魔力の流れを見るに、今のところ魔法を使う素振りはありません」

「リュグナーの方は仕留めたので……ひとまずはコイツから、企てていた目論見について色々聞かせて貰いましょう」

 

「……あ、あぁ、そうだな」

 

 

そう言ってシュタルクはこちらに歩み寄る。

油断して隙だらけだ。

 

「(……ありえない)」

 

身構えてない時の戦士は肉体の頑強さが著しく下がる傾向がある。

さっきと違って、今なら攻撃が通るかもしれない。

 

「(……そんなの(・・・・)、絶対にありえない……ッ)」

 

だから私は、こいつを殺す為に"模倣する魔法(エアファーゼン)"を使おうとした。

 

 

「(ありえない……なんで、"模倣する魔法"が……発動しないの?)」

 

発動しようとしたが、『魔法が使えなかった』。

 

 

 

「────ッ!!」

 

魔法を発動するのを諦めた私は、身体をバネのようにして起き上がり

勢いを乗せた拳をシュタルクの顔面目掛けて振るう。

 

「うおッ!?」

「シュタルク様!!」

 

深手の私が反撃してくると思わなかってなかった2人が身構えるが、もう遅い。

 

「(このまま頭蓋を叩き割って────ッ!!)」

 

油断している人間を殺してやるという殺意。

 

そして、「そんな筈はない(・・・・・・・)」事を証明する為に

魔族の身体能力から繰り出される全身全霊のパンチで

奴の頭を粉々にしようと……

 

 

 

ベチッ

 

 

 

「…………え?」

 

「……シュタルク様?」

 

「あ、いや……こいつ、さっきはもうちょっと強い力だったのに」

「なんか急に、すげー弱くなった?……ような気がしてさ」

 

「……相手は手負いとはいえ狡猾な魔族、気を付けてください」

 

首をへし折るつもりで放った右フックは

奴の鋼みたいに硬い頬骨を優しく撫でるだけに留まった。

 

いつもの力が全然出ない。

まるで、ひ弱な人間相応にまで身体の力が落ちたような……

 

 

「(嘘だ、嘘だ……!)」

 

疑惑が確信に変わった、変わってしまった。

 

 

魔力探知が出来ない。

 

得意の魔法も使えない。

 

魔族の身体能力を発揮できない。

 

 

 

これじゃ、これじゃあまるで……

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。何となくだけど、この杖がどういうものか飲み込めてきた」

 

不意に背後から声がした。

後ろへ振り向くとそこには

街で出会い頭に殺そうとしてきた、あの時のエルフの魔法使いが立っていた。

 

 

「フリーレン様!……杖とは一体……?」

「もしや、この魔族が握っていた物の事でございましょうか?」

 

「うん、近くの森にある古い遺跡で拾った物でね。ちょっと実験してみたくて、そいつの傍に落としてみたんだ」

 

「どうやら、この杖は握った者は……それも魔族に限定してだろうけど、魔法が使え────」

 

 

私は急いで、両耳を手で塞いだ。

 

「──────」

 

フリーレンがよく分からない事を言ってるけど、何も聞こえない。

 

私は何も聞いていない。

 

 

なのに、

 

 

 

『なんでか知らないけど魔法が使えなくなったのよッ!!!』

 

「(やめろ……)」

 

 

『あの時、遺跡で"変な杖"を握ったのが原因に決まってるわ』

 

「(こんな時に、やめろ……!)」

 

なのに、アウラ様の言葉が頭の中で響いてる。

まるで現実を認めろとでも言わんばかりに。

 

 

 

 

バラバラだったピースが組み上がって、真実へ近づけさせられる。

今、私の身に起こっている現象と、これから待っているであろう運命。

 

この数週間の、私たちから雑に扱われて惨めなアウラ様のあの姿が

私の姿に置き換わっていく。

 

これから私にも、アレと同じ運命が待っている。

あの不幸せで、不自由極まりない…………。

 

 

「────っていう訳だ」

「そいつの身体を魔力探知した感じ、1箇所だけ探知が打ち消されてる場所があるから、大方そこに埋まってる"異物"が根本的な原因だろうね」

「仮にそうだとしたら、もうこいつは一生魔法を……」

 

 

 

「…………返して」

 

 

嫌だ

 

 

「……魔法を返して」

 

 

いやだいやだいやだ……!

 

 

 

「ア……アウラ様と同じなんて嫌だ……!」

 

 

 

そんなのいやだッ!!

 

 

「魔法を返してッ!!元の私に戻して────」

 

「戻せと言われても困るよ。私が杖を作ったんじゃないんだし」

 

喚く私に対して、フリーレンは冷たく言い放った。

同じ生き物を見てるとは思えない、冷徹な眼差しだ。

こいつには人の心がないのか……?

 

「本当はもっと色々調べたいけど……魔法が使えないとはいえ、危険な生物なのに変わりはない」

「取り敢えず牢屋に叩き込もうか」

 

フリーレンの手がこちらに迫る。

 

「…………くるな」

 

私が後退るが、それに合わせてフリーレンも前進してくる。

その姿は、手負いの獲物を仕留めようとする、冷徹非情な猛獣のように見えた。

 

「(……くそっ、惨めだ)」

 

伯爵領の人間を好き放題する皮算用をしてた私が

小さなエルフ相手に怯えて地を這いずっている。

なんて無様なんだ。

 

 

トンッ

 

 

背中に壁のような何かが触れ、それ以上は下がれなくなった。

 

「…………」

 

振り向くと、それはシュタルクの脚だった。

何か哀れなものを見るような目をしたシュタルクが

無言で私を見下ろしていた。

 

「(……こいつに、助けを求めよう)」

 

このままジッとしてたら捕まる。

 

「(言わなきゃ……"父上"だとか、"お母さん"だとか……)」

 

こいつは甘そうだから、助けてくれるかも。

 

「な、なんだよ……?」

 

弱々しい振る舞いで見上げる私に対して身構えてるけど

その警戒心もすぐに解ける。

 

「(人間は助けを求められたら、攻撃の手を止めてくれるから)」

 

今までだってそうやって窮地を生き抜いてきたんだ。

 

だから、今度だって助かる。

私1人でも生き延びてやる。

 

 

生き延びて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────お願いします」

 

気がつけば私は、シュタルクの前で膝を付き

頭を垂れて項垂れる姿勢になっていた。

 

 

「もう…………楽にして」

 

 

口が勝手に動く。

思ってもない言葉が紡がれる。

 

「「…………ッ!」」

 

顔を下げてて見えないけど、フリーレンとフェルンが僅かに息を呑むのが聴こえた。

動揺してるんだ、魔族(わたし)がこんな事言い出したから。

 

 

「(何言ってるんだ!私はッ!?)」

「(そうじゃない、『助けて』って言うんだ……!)」

 

2人だけじゃない、私も動揺してる。

この状況で何を訳の分からない事を口走ってるんだ?

 

 

「なぁ、フリーレン…………いいか?」

 

「…………別に構わないよ。特別生かしておく理由もないし」

「だけど無理しなくていいよ?幾ら魔族とはいえ、見た目は無抵抗な人間だ」

「シュタルクだってそんな相手を殺すのは……」

 

 

「元々は、俺が相手してたんだ。だからきっちり最後までケリを付けたい」

 

「……分かった、だけど一撃で終わらせるんだよ?」

 

そんな会話が終わると同時に、地面に落ちるシュタルクの人影の腕が振り上がり

斧が高々と掲げられた。

 

「(や、やめろ……!私は死にたくなんかないッ……!)」

 

その間も、私の身体は動かなかった。

動け、動けと念じても

意思に反して、頭を下げた姿勢から崩せない。

 

 

「……じゃあな」

 

シュタルクの一言と同時に、斧の影が降下し始めた。

その動きはすごくゆっくりに映った。

これが、リュグナー様の言ってた走馬灯とかいう奴なのか。

 

 

「(…………そうか、フリーレンだ)」

 

スローモーションで斧が振り下ろされるのを見ながら

私の脳はフリーレンの仕業だと決めつけた。

 

 

「(きっとフリーレンが何か魔法を掛けたんだ。

そうに決まってる)」

 

 

 

…………違う。

 

 

 

「(アウラ様みたいな魔法をこいつは使ってるんだ)」

「(心を操る魔法か何かを掛けたから、私はこんな事を言わされてるんだ)」

 

 

 

…………"言わされてる"?

 

 

「(あいつは卑怯だから、わざとこんな回りくどい手で私を殺そうとしてるんだ)」

「(弟子の前でいい格好して、こんな姑息な手段を平気で使う奴なんだ)」

 

 

 

…………あぁそうか。

 

 

 

「(魔法をバカにした卑怯者め。私は生きたいんだ)」

「(生き抜いてこれからも、幸せで自由な人生を歩むんだ)」

 

 

 

…………"幸せ"で、"自由"?

 

 

「(なのに、こんな酷い事するなんて、許せない)」

「(私はこんなに生きたいと思って……)」

 

「(…………生きたいと、思って……あれ?)」

 

 

 

…………簡単な話だった。

 

 

 

「(魔法も使えないのに、こんな状態で、どうやって……?)」

 

 

「(………………あっ)」

 

 

 

 

ようやく私は、自分の本当の気持ちに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「(なんだ、私が死にたがってただけか)」

 

 

次の瞬間、強い衝撃が首筋に走った。

 

首から下の感覚が無くなり、視界がゆっくりと傾いていく。

 

「(あぁ……畜生……)」

 

 

痛みはあまりなかった。

 

地面に落ちた私の頭は、2、3回転した後に静止した。

ぐるぐると巡る世界が止まると

目の前に頭部を失って倒れ伏す私の身体が横たわっていた。

 

「(首切り役人が斬首されるだなんて、とんだ笑い話だ……)」

「(しかも、自分から斬られに行ってるんだから……)」

 

 

あぁ、身体が魔力の塵になって消えていく。

視界もボヤけ始めた。

 

「…………」

 

ふと視線を上げると、己を見下しているシュタルクの姿が映った。

憐れむような、だけどさっきと違って

侮蔑を含んでいない眼差しで私を見ていた。

 

 

「(……なんだよその目は、むかつくな)」

 

不思議な感覚だ。

これから死ぬっていうのに

さっきまで全身を支配していた、『怖い』という感情が消えていく。

あんなに必死に、生にしがみつこうという気持ちも弱まっていく。

 

 

 

ようやく解放されるという温かい安心感で

胸の奥が満たされていく。

 

 

そしたら急に、心に余裕が出来た。

 

 

 

 

 

 

「(もう少しアウラ様に、優しくしてあげればよかったかな)」

 

 

自分勝手で、くだらない事を考えながら

私の思考はそこで終わった。

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