アウラを人類と共存させてみた   作:やわら烏

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少し植物学の講義をしてやろう
植物を指し示す言葉に"野草"と"雑草"という単語があるが
実はそれぞれに該当する草の種類はほぼ定義付けられていない
当然これには明確な理由がある
人が管理している土地に勝手に生えた草を"雑草"、管理されていない土地に生えた草が"野草"というザックリした基準だからだ
だが人ってのは単純でな、上記の雑草に当て嵌まる草も
「美味しそう」「見た目が綺麗」「身体に良さそう」……等と、それに『価値がある』と感じれば"野草"という事になる
雑草にオーバースペックはあってはならない
人間が身勝手な都合で「勝手に生えてきた邪魔な草」と思わなければ雑草たりえないからだ
野草or雑草の歴史は人類の価値観の歴史だ
だから大抵の魔族にとって植物はだいたい雑草なんだよ
俺はこれを【チ◯ちゃんに叱られる】で学んだ


後日譚3.碧輪草

〜勇者ヒンメルの死から328年後〜

 

-北側諸国 アプファールト草原 町の宿屋-

 

 

「アウラ、もう朝だよ。早く起きて」

 

「ん〜……」

 

 

毛布に包まって一向に起きようとしないアウラ。

蓑虫の如くベッドの上で丸まっている彼女をフリーレンが無理矢理引っ張り出した。

 

「今日は依頼を引き受けようと思ってる。それをアウラにも手伝ってもらう予定だ」

 

起きて尚ウトウトしているアウラの髪を梳かしながら

フリーレンは服の準備やら皺くちゃの布団の整理やらを

テキパキと済ませる。

 

「もうちょっと寝ててもいいんじゃない……?」

 

「朝起きれないとこれからの旅も大変だよ?」

 

「……じゃあフリーレンに起こしてもらうからいいもん」

 

「あのねぇ……」

 

底抜けに甘えたアウラの発言にはフリーレンも閉口しかける。

今は宿屋だからまだいいものの、これが野宿の場合はそうもいかない。

野営の後始末をしながらアウラの起床から身支度まで担うとなると骨が折れるだろうし

そもそもこんな寝坊助では危険な魔物が襲ってきた際に

すぐさま起きれるかどうかも危うい。

 

「(これは流石に矯正しとかないと、旅に支障が出るな)」

 

故に、それらの問題を危惧したフリーレンは

ちょっと厳しめな口調で軽く叱ろうとする。

自分の事を自分でやらない幼子を自立させようとする母親のように。

 

「アウラ、こういう事は本当は自分でやらなきゃ駄目なんだよ?」

「私はアウラのお母さんじゃないんだから……………………あっ」

 

 

 

 

『毎朝フリーレン様のことを起こして、ご飯食べさせて服着せて』

『これ私完全にお母さんですよね?』

 

『……ごめんって』

 

 

 

 

「……どうしたのフリーレン?」

 

何か言いかけた状態で固まり、黙り込んだフリーレンを不思議そうにアウラが見る。

 

「あぁ……うん。まぁ、その、少しずつ自分で出来るようにしよっか」

 

「えぇ〜」

 

「ちゃんと起きられたら毎朝褒めてあげるから」

 

「…………んー、わかったわよ」

 

アウラの髪を三つ編みにしながら、だいぶ妥協した目標を口にするフリーレン。

 

「(昔の自分がどれだけズボラだったか分かってきたよ……)」

 

脳裏に蘇った、300年前に弟子から呆れ混じりに言われた言葉。

見た目に反して幼い精神状態のアウラと、ヒンメルやフェルンと居た頃のかつての自分。

昔の自身の生活習慣が側から見ればどういう物だったのか、まざまざと思い知らされ

少しだけ申し訳ない気持ちになったようであった。

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ今回の依頼だけれど」

 

「依頼って言っても、いったいなにをすればいいの?」

 

身支度も済ませ朝食も終えたフリーレンはアウラを連れて

町から少し離れた草原に立っていた。

アウラの服装は、七崩賢の頃からお馴染みの奇抜なファッションの上から

魔族とバレない為の古ぼけたローブを纏っている。

一方のフリーレンはいつもの魔法使いらしい服こそ着ているが

収納状態にある杖すら取り出していない。

 

冒険者の身なりやら戦闘の際の出立ちをアウラもそれなりに見知っている。

その為、今の自分達の凡そ何らかの依頼をこなせると思えない無防備に等しい格好には

ハテナマークしか浮かばなかった。

 

「そんな顔しなくても、今からやる依頼はそんな難しいもんじゃないから大丈夫だよ」

 

アウラの心境を察したフリーレンはフフッと笑いながら

懐から一冊の本を取り出す。

 

「アウラ、これが何か分かる?」

 

「……本……じゃないの?」

 

「そうだね、これは植物図鑑だ。……そして、こうしてページを捲ると……」

 

様々な花などの写真が散りばめられた表紙の植物図鑑。

それをパラパラと捲っていき、最終ページを大きく開いてアウラに見せる。

 

「ほら、ここに書いてある名前。見える?」

 

「なまえ?……んん〜、名前って、だれの……?」

 

フリーレンが指差すページの端の方にアウラは目を凝らし

出版ギルドや発行年などがズラズラと書かれた"奥付け"を一行ずつ見ていく。

そしてその一番下の、著者名の欄まで来た。

 

「ここだよここ。……アウラは読めないだろうけど、聞いたら驚くよ?これは────」

 

 

 

「あっ!ヒルフェの名前だわ!!」

 

フリーレンが言い切るより早く、アウラは一際声を張ってその名前を口にする。

 

「……なんだ、文字読めたんだ」

 

意外そうなフリーレンに対して、アウラは若干不満げな顔で話す。

 

「失礼ね、前に名前の読み書きをヒルフェから習ったからこれくらい読めるわよ!」

 

「へぇ〜そりゃ良かったね。……じゃあこっちには何て書いてあるか読める?」

 

「えっ?」

 

不意にフリーレンが、著者の上の行を指差す。

 

「えー、うんーっと、『……年、行く……発つ……?初……めて……』、……どういう意味?」

 

「『〇〇〇年 初版発行』って読むんだよ」

 

だいぶ詰まりながら辿々しく発声するのを見ながら

「公用語の方も日常で使う分くらいはその内覚えさせるか」と今後の教育方針を考えるフリーレン。

地下牢での幽閉生活を除き、いかに500年の魔族生を歩んでいるとはいえ

戦闘とはほぼ無縁の、人類の日常生活に関わる単語の読み書きが出来ないのも

仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

 

「……で、話を戻すけど。今回の依頼は『この草原に多く群生してる"碧輪草(へきりんそう)"を採集して欲しい』っていう物なんだ」

 

「へきりんそう?」

 

「深緑色の葉っぱが三枚付いてて、その付け根の周りに白い線が輪っかになってる草だ。ほら、こんな感じのやつ」

 

図鑑の半ばのページを開いたフリーレンが

依頼の植物の見た目がどんなものかを写真を併用して説明する。

 

「でも、この草ならそこらじゅうに生えてない?」

 

そう言ったアウラは、足元の野草の一つを無作為に摘み取りフリーレンに見せる。

確かにそれは写真に載っている物と瓜二つの植物で

それらは草原の其処彼処に自生していた。

 

「まぁそう思うよね。だけど葉っぱの枚数を見てごらん」

 

「枚数?」

 

「そう、葉っぱが三枚じゃなくて四枚じゃないと駄目なんだよ。何でも含まれる成分が違うらしくて──」

 

フリーレンは碧輪草のより詳細な説明をし、

アウラもその講義をしっかりと頭に入れる。

 

「──って訳だ。南部からここ最近に飛来した外来植物だけど、薬や魔法薬として便利だから皆こぞって欲するんだよ」

 

「そうなのね。依頼はたしか『四つ葉の碧輪草を20本』でいいのかしら?」

 

「そうそう。……出来そう?」

 

「当然よ、こんな野草すぐに集め終わるわ!」

 

そう意気込むアウラは草むらにしゃがんで、図鑑を片手に一枚一枚調べていく。

 

「じゃあ私は向こうの一帯を探してるから、ここはアウラに任せるね」

 

「えぇ、きっと私の方が早く集め終わるでしょうけどね!」

 

「はいはい……」

 

やる気一杯なアウラを微笑ましく見つめながら

フリーレンは向こうの草地へと歩いていく。

 

「……思ったより上手くいって良かった」

 

そして、アウラには聞かれないように心の中で呟く。

 

「(ただダラダラと旅をするよりかは、何かしら目標があった方がいいと思って試してみたけど)」

「(予想以上に、やる気を出してくれたみたいだ)」

「(……ヒルフェを話に絡めたのも成功の要因の一つなのかもしれない)」

 

この依頼を受けた真意。

ただの「初めてのお使い」というもの以外にも

人間の生活に関わる事柄をやらせて、少しでもアウラに人間を知って貰おうという意味合いもあった。

己が勇者ヒンメルを知る為に旅をしたのと同じ要領で

アウラの人格形成を良い方へ持っていく足掛かりが上手くいき、フリーレンは微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

「……ん〜、見つからない……」

 

あれから1時間弱。

草むらを掻き分けながらアウラは目を皿にして探していたが

進捗が芳しくないのか、軽くため息を吐いている。

 

「(まだ7本しか見つかってないわ……意外とむずかしいわね……)」

「(三つ葉ならそこらじゅうに嫌ってほどはえてるのに)」

 

四つ葉の碧輪草の確率というのはかなり低いらしい。

まぁ、態々依頼として町の住民が持ち掛けるくらいなのだから

そう易々と集められる物でないのは当たり前なのだろうが。

 

「んー……せめてあと3本くらい………………あッ!」

 

その時、アウラが短い声を上げた。

延々と目の前に広がる緑一色の草の絨毯の中に

葉が四つ付いた物を発見したのだ。

 

「これで8本目ね……!」

 

まだまだ先が長いとはいえ、また一つ進展した喜びに頰を緩ませながら

アウラは8本目の碧輪草に向かって手を伸ばし、

 

 

 

「これであと12本────」

「おおっ、こんな所に────」

 

「「……ん?」」

 

伸ばした手は、すぐ横から伸びてきた別の手と重なった。

手の伸びてきた方にアウラが視線をやると、そこには魔法使いらしきローブを纏い

長い顎鬚を蓄えた老年の男がしゃがんでいた。

 

「……おや?もしやお嬢さんも碧輪草の採集に来た口ですかな?」

 

「えっと、…………誰?」

 

「おっと失礼。……(わたくし)、魔法使いのアデルという者でして」

「お嬢さんと同じく、碧輪草の採集に来た次第……何しろ碧輪草は精神安定の効能がある野草ですから」

 

「へ……へぇー、そうなの」

 

「そちらに持っていらっしゃるのはヒルフェが編纂した図鑑では?私もその本には度々お世話になっていましてねぇ」

 

「あ……う、うん……」

 

やや困惑気味なアウラに対して、アデルと名乗った老人はニコニコとした笑顔で馴れ馴れしく話しかけてくる。

 

「…………むむっ?」

 

が、その笑顔が不意に険しいものになり

アデルはフードの下のアウラの顔をジッと見据え出した。

 

「え、えっ?……な、なになに?」

 

「あー、いえ…………お嬢さんの瞳が綺麗でしたので思わず見惚れてしまいまして」

 

「……………?」

 

まるで使い古された……というより今時誰も使わず、お伽話や舞台劇の中にしか出てこないような臭い口説き文句。

老魔法使いが唐突に発したその台詞も、そういった方面の知識に疎いアウラにとっては意味が分からず

まじまじと見つめてくるアデルに対してひたすら困惑するばかりである。

 

「(そ、そういえばフリーレンが、『角は見られたら不味い』って言ってたわね……?)」

 

うっかり頭部の角が見えないように少しフードを深めに被り直すアウラ。

そんなアウラと、見つめるというよりは最早凝視するレベルで

目線を合わせ続けるアデル。

 

「うーむ……」

 

30秒近く彼女の目を見続けたアデルは気が済んだのか、ようやく目線を外した。

 

「(や、やっと終わったの……?)」

 

ジロジロ見られて強張っていたアウラも、その緊張の糸を緩める。

 

「……大変失礼致しました。どうもお嬢さんの顔に何かついているような気がしましたが、気のせいだったようです」

 

「……そ、そう。かん違いなら別にいいけど」

 

納得したようなしてないような複雑な表情をしたアウラがその場から立ち上がり

それに合わせてアデルの方も一緒に立とうとする。

 

「……っとっと!」

 

が、長い間しゃがんだ姿勢でいたのは老体に堪えたのか

アデルは体勢を崩して地面に手をついてしまった。

 

「えっ、どうしたの……!?」

 

「申し訳ありません。お嬢さん、どうか……手を、手を貸して頂けないでしょうか?」

 

「手……?わ、分かったわ……!」

 

一瞬どうしようかと迷ったアウラも、手を貸せと言われたからには断る訳にもいかず

片手を差し伸べる。

 

「ありがとうございます……」

 

「いえ、いいのよ」

 

尻餅を付いた姿勢から差し出される枯れ木のような片腕は小刻みに震えており

先程まで饒舌に会話し、活力に溢れていた人物とは思えないその弱々しさにアウラも内心驚かされる。

 

「(人間の年寄りってたしか、身体がよわいんだったのよね)」

 

魔族には馴染みのない人間の老化事情を考えながらも

言われるがままにアデルの手を掴み、後ろに踏ん張ってその身体を引き起こした。

 

「うんしょ……っと!……これでいい?」

 

「えぇ、助かりました。全く、近頃は体が思うように動かず……」

 

「よくわからないけど年寄りって大変ねぇ」

 

そして、アデルが起き上がったのを見計らってその手を離そうとする。

 

「…………」

 

「……あの、もう手をはなしてもらえない?」

 

「………………」

 

「ね、ねぇ……?」

 

しかし、老魔法使いはその手を掴んだまま離そうとしない。

寧ろさっきよりも強い力で握っている。

それも、不安そうにアウラを無視して無言のまま。

 

「……えっ?ちょ、ちょっと……あなた、鼻から……血が……」

 

意地でも手を離そうとしない奇行に次いで

突如、アデルの鼻から赤い血が流れ始めた。

それをアウラが咎めるも、まるで意に介さずに

先程の険しい表情でアウラを睨み続ける。

 

「(……こ、怖い)」

 

最初の好々爺らしい雰囲気は完全に失せたアデル。

側から見ればいたいけな少女に、鼻血を流しながらちょっかいを掛ける不審者か変質者のような現状に

流石のアウラも恐怖を覚え出すも、周りには2人を除いて誰もいない。

 

「(な、なんなのよ、こいつ……?)」

「(た、助けて……フリーレン……!)」

 

いよいよ恐怖が最高潮に達し、目に涙を浮かべて怯えるアウラは

保護者同然のエルフに心の中で助けを求めて……

 

 

 

「何やってるの?」

 

それに応じたかのように、背後からフリーレンの声が飛んできた。

 

「フ……フリーレンっ!」

 

「ごめんアウ────アルム、今キリのいい所まで碧輪草を集め終わったんだ」

 

別所での採集から戻ってきたフリーレンだがその表情は険しく

旅の同伴者に危害を加えられ兼ねなかった現場に不快を露わにしている。

 

「だから様子見に来たんだけど……そっちにいるのは」

 

「……おおっ!もしやフリーレン様でしょうか!?……いやはやお懐かしい」

 

そんなフリーレンの声を遮るようにアデルは声を張り、

さっきとは一転した和やかな笑顔を彼女に向けた。

ここまで表情をその場その場でコロコロ変えて見せる者は例え魔族でもそう居らず、

ハッキリ言って不気味である。

 

「……あぁ、久しぶりだね、アデル。前会った時と変わらないようで安心したよ」

 

「ハハァ、もうあれから10年は経ちましたかな」

 

既知の間柄だったらしく、フリーレンはアデルに愛想良く返す。

……口では愛想良く返事をしながらも、やや早歩きで近づき

彼の手元からアウラをひったくる様に奪い返した。

そんな失礼な行動にも眉一つ動かさず、アデルは己の鼻血を拭いながら会話を続ける。

 

「……フリーレン様ほどの高名な方がこんな辺境の町にどういった御用件で?」

 

「うーん、ちょっとした野暮用でね。あと伯爵領の方にも……」

 

「なるほどなるほど。やはり貴女様ほどにもなると……」

 

なんという事はない会話を紡ぐ2人。

その間もフリーレンは、怯えるアウラの前に割り込み

アデルにあまり見られないように位置取りをした。

 

「ところで話は変わりますがフリーレン様」

 

「なに?」

 

日常的な会話を為す温厚そうな老魔法使いは、優しそうな笑みのまま話を切り替える。

 

「……そちらにいらっしゃる、フードを被ったお嬢さんはどちら様で?」

 

「……ッ!」

 

優しい笑みは貼り付けたまま、底の知れない老魔法使いは唐突に話をアウラ関連へと振った。

 

「誰って……ただの連れだけど」

 

「"ただの連れ(・・・・・)"?これはまたご冗談が上手い」

 

そうはぐらかそうとするフリーレンに対してアデルは低い声で間髪入れずに捲し立てる。

 

「1000と余年もの鍛錬を積まれたフリーレン様ならいざ知らず、そちらの方の魔力量」

「貴女様の倍以上は優にある。それは明らかに人の域を凌ぐもの……」

 

「確かに珍しいだろうね。でも人類にはたまに突出した魔力を生まれつき持つ者が」

 

「いるでしょうな。歳に見合わず天賦の才を持つ若者は稀にはいます……が」

「一級魔法使いである私の名前を聞いて何の反応もないというのは流石に可笑しい。まさかそれ程の才がありながら師がいない闇魔法使いという訳でもないでしょうに」

 

そう言いながら疑り深い目つきでアウラを舐め回す。

アウラはその視線に怯え、咄嗟にフリーレンの背中に隠れた。

しかし、例えその小さな背中に隠れようとも、アデルの目には

歳の割には魔力量が異様に少ないエルフの魔法使いを上回る、凄まじい魔力源がハッキリと映っていた。

 

「私も大陸魔法協会に支える身故、フリーレン様の知人とは粗方面識がある筈なのですが」

「そのような絶大な魔力の方とは一度も会った事がない」

 

既に答えは導き出せているのに敢えて一気に出さずに、まるで外堀を埋めるように切り込んでいくアデル。

そして、最後の一押しと言わんばかりに一呼吸置いた後に、

 

「まさかとは思いますが、そのお嬢さんは人間ではなく────」

 

 

 

 

 

 

 

「この子は私と同じエルフだよ」

 

その一押しに、フリーレンは平然とした様子でそう返した。

 

「…………フリーレン」

 

「黙ってて……私が上手い事この場を収めるから……」

 

背後から不安な声を漏らすアウラを小声で制する。

 

「ちょっとした人見知りでね、最近まで森の奥深くで生活してたんだ」

「で、『森を出て色々と世界を見て回りたい』って言い出したから、今日初めて連れ出したんだよ」

 

顔色ひとつ変えずに、フリーレンは嘘八百を並べてみせる。

実際の所、フリーレンはこの数百年間で

自分以外のエルフには数える程しかで会っていない。

それも大抵は大きな街や港などの人の多く集まる場所で偶然出会った程度だ。

かつては未開の地であった森の奥深くにも人の手が及ぶようになった今の時代では

昔のように世捨て人や仙人のように俗世から離れた生活をしているエルフなど皆無に等しいのだろう。

 

「──同族の方でしたか。それなら私を知らないのも、その魔力にも納得がいきます」

 

フリーレンの出まかせに、合点がいったよう表情のアデルはそれ以上の追究を辞めた。

 

「このような場所でフリーレン様だけでなく、その同胞の御友人とまで出会えるとはなんたる僥倖」

 

「随分と大袈裟だね。別にエルフが私で最後の1人って訳でもないんだから、同族の1人や2人いるよ」

 

「いえいえ……悠久を生きるフリーレン様の傍らに、同じ時を刻めるお方が出来た事が、私は大変喜ばしいのでございます」

「お嬢さん。どうかいつまでも、フリーレン様のお側に居続けてあげてください。この方にとって長い人生を共に歩める存在はとても稀ですので」

 

「……え、えぇ。そ、そうするわ」

 

最初のような馴れ馴れしい口調に戻ったアデルに

だいぶ困惑しながらも相槌を打つアウラ。

 

「フリーレン様も、アルム様というかけがえの無い御友人と、いついかなる困難も一蓮托生で」

 

「あーうんそうだね、じゃあ私達はもう行くから、元気でね」

 

いつボロが出てしまうかもしれないと気が気でないフリーレンは

年寄り特有の終わりの見えない長話を強引に切り上げてその場を後にしようとした。

 

「えぇ、お達者で。…………あぁそうでした!フリーレン様」

 

そんな彼女にアデルは朗らかな笑顔のまま、こう呟く。

 

 

 

 

 

 

「なるべく早急に、そちらの"角が生えたエルフ"のお嬢さんを連れてゼーリエ様の元を訪れる事をお勧め致します」

 

「…………ッ!」

 

「あの方も同族と会える事を大層喜ばれるでしょうから」

「それではお元気で」

 

強張った表情で固まったままのフリーレンに

薄気味悪いくらい温かい目をしながらアデルは軽く会釈する。

そして不気味な老魔法使いは2人から離れて、町の方へと歩いていった。

 

 

「……あいつは一級魔法使いのアデル」

 

彼の姿を見えなくなった辺りで

嵐が過ぎ去った後のような沈黙をフリーレンが破る。

 

「精神操作魔法を生業にした一族の出で、あいつは特に心を読むのに長けている」

「アウラ、あいつに何かされた?」

 

「…………最初に目をのぞきこまれて、その後強い力で手をにぎられたわ」

 

未だに身体の震えが止まらないアウラは、フリーレンの服の裾を握りながら話す。

 

「多分目を覗かれた時に、お前が魔族だってバレたんだと思う」

「魔族に人類の精神操作魔法は効かない……だけどそれは、精神防御で防ぐのとは訳が違う」

「『魔法を術式で事前に防ぐ』のとそもそも『魔法が効かない』のとじゃ、精神魔法の使い手側も手応えが微妙に違うんだ」

 

その道の専門家ではないにしろ、強固な精神防御術式を常に構築しているフリーレンは

アデルがアウラの正体を看破してきた手口を考察する。

 

「……魔族だってバレただけなのかしら……?」

 

「多分記憶も読まれてるだろうから、アウラの正体もバレてる可能性が高いね」

 

アデルが鼻血を流していた姿から

何らかの負荷が掛かるレベルの精神魔法を行使したのは確実であろう。

しかし、人類の生存圏で大魔族が息を潜めて闊歩しているという事実が第三者に知れてしまったにしては

フリーレンはあまりにも落ち着いていた。

 

「あいつはお前の正体を見抜いた上で、黙認してくれるとは思うよ。馴れ馴れしいけど、そういう所だけは口が堅い奴だから」

「他の一級魔法使いにも触れ回らないし、多分話すにしてもゼーリエだけだろうね……まぁゼーリエはとっくに知ってるだろうけど」

「悪い奴じゃないけど、魔族の事を快くは思っていない」

 

俯瞰して現状を見定めるフリーレンに対して

アウラは酷く申し訳なさそうな顔をしている。

 

「その……ごめんなさい……フリーレン」

 

「いや、謝るのは私の方だよ。いつか魔力制限の事も徹底するよう教えようと思っていたけど、まさかあいつが……一級魔法使いがこの町にいるとは思ってもいなかった」

 

すっかり気を落としているアウラの頭を優しく撫でながら

フリーレンはどうしたものかと考える。

 

「(アウラの為にここに連れてきたのに、すっかり萎縮させちゃった)」

「(あいつの存在に気付かなかったのは私の落ち度だ。……ずっとこの調子なのも可哀想だし、なんとか元気づけなくちゃな)」

 

そして、色々と頭を悩ませた挙句

フリーレンは唐突に質問を投げかけた。

 

 

 

「そうだアウラ、お腹空いてない?」

 

「…………え?……まぁ、すいてるけど」

 

「だったらこの依頼終わらせたら町で美味しい物でも食べに行こうか?丁度、美味しい店を昨日見かけたんだよ」

 

……食べ物で釣るという、だいぶ浅はかなやり口。

そんな物がご機嫌取りになり得るのは感受性が子供に近い者か、若しくは食欲旺盛な人物くらいだろう。

 

 

 

「……いいの?」

 

そして、今のアウラを元気付けるのにはうってつけであった。

 

 

 

 

「フンフフーン♪」

 

「ご機嫌だねぇ」

 

依頼分の碧輪草を集め終わり、依頼主に手渡した2人は

町にある飯屋で、テーブルの上の料理を食していた。

 

「このパスタ……すっごいおいしい……!」

 

「あーあー、口端から溢れてるよ」

 

さっきまで悄気ようが嘘のようなアウラは数々のメニューに舌鼓を打ち、

そんなアウラの口元をフリーレンが拭う。

 

「(パスタなんて初めてだろうから、さぞ美味しいだろうね)」

 

だが、世話を焼きながらもフリーレンは

喜びに満ちたアウラを微笑ましく思っていた。

 

「近くが有数の小麦の産地だからね、粉物系はどれも絶品だ」

 

アウラ同様、フリーレンも自分の皿に盛ったパスタを頬張る。

 

「…………ふぅ」

 

美味い料理で喜色満面なアウラとは違い

先刻のアデルとの一悶着が今後の旅にどう影響するかという悩みで

その表情に一瞬だが翳りが見える。

 

「(まぁ今くらいは、私も羽を伸ばすか)」

 

だが、この一時くらいは気を抜こうと

すぐに脳裏の片隅からそれらの雑念を取り払い、共に食事を楽しむ事に集中した。

 

「ねぇ、フリーレン」

 

「ん?何、アウラ?」

 

フォークを動かす手を休めたアウラが、フリーレンに呼びかける。

 

「またいつか、食べにきたいわね」

 

「…………そうだね」

 

町に来た当初こそ、アルム村を引き合いに出して不機嫌そうだったアウラだが

今はそんな事は気にならないらしく

店の窓から見える、大勢の人々が行き交う活気に満ちた町の景色を静かに眺めていた。

 

「良い町でしょ?」

 

「えぇ、とってもいい町だわ」

 

「依頼も危険な物は少ないし、町の人達も忙しくはあれど、みんな活気に満ちている」

「魔物や魔ぞ…………まぁ色んな苦難を乗り越えて、この町は造られたんだ」

「伯爵領のような師匠(せんせい)の結界が無くたって、ちゃんと生きていけてる証拠だ」

 

フリーレンにとっては数十年前から幾度も見た、これといって特別でもない見慣れた景色である。

 

「(……昔はこうやって、皆と楽しくお喋りしてたなぁ)」

「(ヒンメルとも、フェルンやシュタルクとも、それに他にも……全部が懐かしいや)」

 

だが、それを旅の仲間と共に、それも語り合いながら眺めるという行為は久しいらしく

感慨深そうな顔をしながら今の景色を目に焼き付けていた。

 

「フリーレン、今度その……あなたの"せんせい"について教えてよ」

「いっつも話に出てくるけど、どんな人なのか一度も聞いたことないから」

 

「……いいよ。アウラが生まれるよりずっと昔の人だから、ちょっと説明が長くなるかもしれないけど」

 

「あと、文字もおしえてほしいわ。本とかいろいろと読みたいものがあるの」

 

「そうだねぇ、読み書きも……それと魔力制限の練習もその内しようか」

 

「……魔力の制限くらい、私もできるわよ?」

 

「それをもっと自然体で出来るように練習するんだよ。大丈夫、アウラならすぐに出来るだろうから」

 

「んん〜……いろいろと覚えるの、大変そうね……」

 

 

 

エルフと大魔族の

共に同じ食卓を囲みながらの気兼ねない会話は

いつまでも続くのだった。




精神操作魔法って犯罪に使えそうで怖いです
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