魔法使いの仕業、それも恐ろしい程に逃げ足が速い
切り立った崖壁を蛇行しながら走るエング街道。
その手前にある町では、夜に行われる解放祭の準備に向けて賑わいを見せている。
町の近郊にある航空船の離発着場から多くの荷物が運び込まれ、
その列の中にラオベンの馬車も混じっていた。
「なぁ嬢ちゃん、今日は随分機嫌がいいじゃねぇか。何かいい事あったんかい?」
「へっへー、まぁね」
門の傍に立ち、運び込まれる物資の確認をしていた衛兵に尋ねられ、
ラオベンは嬉しそうな表情で応対する。
「確か今夜は解放祭があるんだっけ」
「あぁ、かの勇者ヒンメル様が400年前に、ここら一帯を支配してた魔族を討ち倒した日を記念したお祭りだ」
「んー、魔族なんて見た事ないし、本当にいるのかさえ怪しいけどねぇ」
「俺だってそうだ。ここの門番になってから魔物が襲来した事はあれど、魔族が襲ってきた事は一度だってねェな」
勇者ヒンメルのお伽話、そこに度々出てくる"魔族"という存在。
魔王軍全盛の時代には大陸中で幅を利かせ、人類を恐怖に陥れていたその生物も
数が激的に減った今となっては、伝承や寓話の中でしか聞かない馴染みの薄い物となった。
「(勇者ヒンメルのお伽話は好きだけど、"魔族"っていうのはちょっと設定として無いなー)」
「(大方、この地方を牛耳っていた権力者か何かを懲らしめた逸話が、ちょっと大袈裟になっただけだろうけど)」
昔から行われている祭りそのものにケチを付ける訳ではないが
魔族の実在に関しては半信半疑なラオベンは、
お伽話の元となった本来の史実を想像する。
やがて、馬宿に着いた彼女は馬車を停めた。
「ほーら、お食べ」
飼い主手ずから差し出された人参を馬はバリバリと頬張り
それをラオベンも温かい目で見守る。
「じゃ、ここでちょっと待っててねぇ〜」
「ぶるるッ」
そして、宿の自室に入って扉を閉めると、床に今日の稼ぎを並べていった。
「さってと、それじゃあ今日の成果は……?」
成果…………つまり、荷台に残されていたフリーレンとアウラの荷物を物色していく。
「こっちはー……駄目だね。換金しても端金にもならなそうだ」
元々あまり量が入っていなかったアウラの荷物の中身は大した物が入っておらず
すぐに興味を失って傍に除ける。
もし本人が聞いたら憤慨しそうな発言であるが、
町まで一直線に走って二人を撒いたラオベンからすれば知った事ではない。
「じゃあこっちはどうだ?あのエルフ、見た感じ凄そうな魔法使いっぽかったし、良い物入ってないかなぁ」
そして興味の対象をフリーレンのカバンに移し、早速その蓋を開けようとする。
「……ん?ありゃ?」
しかし、その留め金を捻ろうとするも、ビクともしない。
「何だろう……この留め金……ッ、すっごい……硬い……ッ!」
両手を使って渾身の力で開けようとするも開かない。
一定の所までは留め金が回転するが、まるで何か強い力が働いてるかのように元の状態に戻ろうとする。
「……えぇー、なんだろこのカバン、錆びてるんじゃないの?」
「錆びてないよ、"盗難されても中身を奪われない魔法"が掛かってるんだ」
「え、そんな魔法があるんだっ!?……じゃあ早く解いてくれない?」
「別に良いけど、その前に荷物を返して欲しいな」
「んー、それはちょっと………………んん?」
一人部屋を取った筈。しかし誰かの声が真後ろからする。
ルームサービスがあるような高尚な宿屋でもないのに
気配どころか物音一つ立てずに部屋に入ってきた謎の人物と会話をしていた事実に
ラオベンはようやく違和感を覚えた。
「……えっとぉ…………る、ルームサービスは頼んでないんだけれど……?」
関節が錆びついたようにギギギッとぎこちなく首を回し、背後の人物へ視線を向ける。
「もう一度言う。しのごの言わずに荷物を返せ」
氷のように冷徹な眼差しのエルフが、幽鬼の如く佇んでいた。
その隣には、額に血管を浮かべ、怒り心頭なピンク髪の少女も立っていた。
「やっば……ッ!!"
慌てて体勢を整え、得意の魔法で全力で逃げようとする。
「────
が、エルフの持っていた杖から放たれた閃光により、途中で意識を刈り取られてしまった。
◇
「あの……ほんとにすみませんでした……!」
「……はした金にもならないんだったかしら?」
「あ、あぁー、そんな事言ったような、言ってないようなぁ……」
今現在、魔力の縄で縛り上げられたラオベンは
フリーレンとアウラに見下ろされる形で尋問されていた。
"
完全に逃走手段を奪われて追い詰められた彼女は、盗みを働くに至った経緯を洗いざらい喋り始めた。
「出身は南側諸国だっけ?」
「……はい」
「戦争が激化して、中央諸国にほぼ無一文で逃げ延びてきたんだっけ?」
「……はい」
「で、路銀を稼ぐ為に報酬が多い依頼を受けたら、完全に違法な代物だった」
「……はい、そうです……」
「更に依頼主は悪徳貴族で、しかも一悶着起こして貴族に不敬な事を言ったと」
「その貴族の追手から逃げる為に今度は北側諸国に不法入国したきたって訳か」
「……ッ!だってあいつら!そ、それに不法入国ってッ!!」
「中央諸国との国境に張られた結界は?」
「…………"高速で移動する魔法"で馬車もろとも、強引に関所を走り抜けました……」
「それは不法入国って言うんだよ」
不幸な身の上ではあるのだろうが、若さ故の短慮さもあって
なかなか波瀾万丈な旅をしてきたようだ。
更に話を聞いていくと、フルスロットルで魔法を使った際に馬車が故障を起こし
連続しての"高速で移動する魔法"が使えなくなったばかりか、
時折り急停止するようにまでなったらしい。
「修理が可能な魔法都市を目指そうともしたけど、あの山脈を越えられなくって……」
「私なりに補修して騙し騙し使ってたけど、そろそろ限界で……」
「うんうん」
「その内お金も底を尽きて……仕方ないから、街道沿いを彷徨く盗賊や荒くれ者を『乗車させてあげる』って言って荷物だけ奪って……」
「なるほどなるほど、それは大変だっただろうね」
街道での窃盗行為に至るまでの過程を涙ぐみながら話すラオベンの話を
腕組みをして頷きながらフリーレンは聞く。
そして、一頻り言い分を聞くと、
「……よし、お前は衛兵に突き出そう」
縛られた状態のまま、ラオベンを宿の外に引っ立てようとした。
「えぇッ!?……ちょ、ちょっと待ってよッ!ほんとに悪い事したと思ってるから!!」
「……あっ!じゃ、じゃあ、二人を私の馬車で南に連れていくよ!確か中央諸国を目指してるんでしょ?」
あたふたと慌てて申し開きをするラオベンだったが
フリーレンの態度は酷く冷たいままである。
「お金が無いなら冒険者として依頼をこなせばいいだけだったでしょ?」
「い、依頼は沢山やったよ!……だけど、馬車の修理とかにどんどん消えてって……」
「そ、それに私は荒くれ者からしかまだ盗ってないし……!二人から盗んだのは思わず、その、魔が刺して……」
「悪党相手なら何をしてもいいって訳じゃないでしょ」
「そ、それは……そうだけど」
「それに私達から盗ったって事はまた同じ事をやり兼ねないって事だ」
「ゔ、うぅ……」
これ以上の言い分が出て来ず項垂れるばかりとなった彼女を
フリーレンは部屋の外へ引っ立てようとする。
「フリーレン」
だが、それを呼び止める声があった。
「……なに、アウラ?」
「もういいんじゃない?」
それはアウラであった。
先程まで茹で蛸のように真っ赤な顔をしていたが、時間を置いて怒りが収まったのか
平静な態度をしている。
そんなアウラにフリーレンも落ち着いた口調で返す。
「アウラ、もういいで済む話じゃないんだ」
何故自分が怒っているのかという要因と、今からする行動にどんな意味があるのかを。
「一回悪事に手を出した奴はまた繰り返す。『もうしません』『反省しました、許して』なんて台詞はその場凌ぎのものでしかなくて──」
「うーん、別に許すわけじゃないけど……まぁ、荷物はもどってきたんだし」
「……仮に荷物が戻ったとしてもね、これから街道を通る他の人に被害が──」
「盗みくらいはそんな怒ることじゃないでしょ?」
「…………あー」
フリーレンはこの発言に唖然とした。
話の根本から絶妙に噛み合っていないと。
「……どうしたのフリーレン?」
このチグハグさに様々な感情が滾々と湧いてきてフリーレンの脳内を圧迫する。
あと、町までアウラを抱えながら全力で数時間飛んできた疲労も相まって
キリキリと頭を締め付けられる。
「…………ふぅ」
が、頭の中を一度スッキリさせ
そしてアウラの心情を、なるべく魔族の気持ちになりきって出力する。
「(……あぁそうか、アウラにまだ『窃盗は駄目だ』って事を教えてなかった)」
アウラは自分やフリーレンの荷物を盗られた事に対する怒りはあるのだろうが
"盗み"という行為への忌避感、それを行った者に憤る正義感などが欠落している。
故に、荷物が戻ったなら問題は解決したと判断したのだろう。
そして、目の前の少女がこれからまた盗みを繰り返す可能性とそれに伴う周囲の人間への影響は
端から頭にない。
「……いいアウラ?人類は皆『法律』……つまり約束事に則って生きてるんだ」
「人類の間では『人の物は盗んではいけない』っていう決まり事があって……」
そして、いつもの様に人類圏で生きていく上での常識を
身振り手振り交えながら噛み砕いて、一歩ずつ地道に説明していく。
「あ、あのさ、フリーレンさん……ひとつ聞いてもいいかな?」
だが、その説明に白熱するあまり
大事な事が抜け落ちていた。
フリーレンとアウラのマンツーマンという普段と違い
「さっきから『人類は』とか言ってるけど……そこのアルムさんって…………人間じゃないの?」
「それと"アウラ"って……もしかしてアルムさんって偽名?」
部屋から連れ出される直前の体勢のまま
ラオベンが尋ねてきた。
「…………」
「あ、もしかしてフリーレンさんと同じエルフとか?……だ、だったらそりゃそういう言い方も、な、なるよねぇ……」
「………………」
「あ、あのぉ〜……?」
「………………あ゛ァ゛〜〜……」
怒りとも悲しみともつかない、気が抜けるような声を絞り出し
フリーレンは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「え、えっ!?きゅ、急にどうしたの……!?」
疲れ。
とにかく"疲れ"という不純物だけが
脳内の思考と血行を妨げ、遅くしていた。
「ごめんアウラ、私疲れたから部屋で昼寝してくる」
どんよりとした表情のフリーレンはそう告げると、
ラオベンの身体にタッチして拘束魔法を解き
予め取っておいた隣の部屋へと向かう。
「え、フリーレンさん……あ、あの、何で拘束を……?」
「
「ラオベン、アウラに『何で盗むのが駄目なのか』教えてあげて。本職だからそういうの得意でしょ?」
「あっ、馬車は魔法で固定しておいたし、もし逃げようとしても魔力探知ですぐ分かるから」
「説明が終わったら私の部屋に来て。そしたら馬車の拘束も解くし…………もう何処へでも勝手に行くといい」
棘に満ちた言葉を吐き出し終えるとフリーレンは
やや強めに扉を閉めて、自室へと消えていった。
「…………」
「…………」
残された二人はバツの悪そうな顔で立ち竦む。
「…………えーっと、じゃあ、座る?」
「…………う、うん……」
アウラからそう切り出し、共にベッドに腰掛けるも
会話が中々続かない。
「……そ、その……さっきはありがとう、アルムさん」
ようやくラオベンが口を開いた。
危うく牢屋送りになりそうな所をどんな形とはいえ助けてくれたアウラへの感謝の意。
まずはそれを示すべきだと思ったのだ。
「……別にいいわ」
「い、いや、アルムさんが居なきゃ今頃……あっ!"アウラさん"の方がいいかな?」
「アウラでいいわよ」
「えっと、じゃ、じゃあ……アウラ。フリーレンさんって……お、怒ったら長引くタイプ?」
「も、勿論私がこんな事言えた立場じゃないけどさ!…………ちゃんと謝らなきゃいけないと思えてきてんだ」
蚊の鳴くような声から、段々と調子を取り戻し始めたラオベンは己の胸の内を語る。
「最初に『衛兵に突き出す』と言われた時は、ほんとただ、『怖い』とか『どうしよう』って感じで……」
「自分がやった事はいけない事だと分からされても、それが漠然としたままで」
「……」
「……で、でも、今フリーレンさんに、『アウラに盗む事が駄目なのか説明しろ』って言われて」
「あぁやって突き放されるような怒られ方……結構クる物があって……」
「今更になって、何というか、『罪悪感』っていうのかな?そんなのが湧いてきて……」
俯いたまま、時折り目線だけ向け、一方的に喋るだけであったラオベンに対し
ずっと黙っていたアウラも返し始める。
「わかんない……あんな風に怒るフリーレンを見たのは300年ぶりだし」
「うーん、でも旅はじめてまだ1ヶ月くらいだし……怒りっぽいかどうかも……」
そこで俯いていた顔をバッと上げたラオベンは
目を見開いて
食い入るようにアウラを見た。
「"300年"!?……アウラって何歳なの?」
「えっ、あ〜、大体800ゥ〜……と、ちょっとくらい?」
指を折りながら、地下牢での期間と七崩賢であった年月を足して
覚えている限りのざっくりした年齢を算出する。
「……エルフって、凄い長生きなんだね」
「エルフじゃないわよ」
「えっ?」
「あっ」
完全に口を滑らせてしまったアウラが「しまった」という顔をしたが少し遅く
目を細めたラオベンは訝しむ様な表情をしている。
「……じゃあ、ドワーフ?」
「ん〜〜」
「でもドワーフってもっと背が低いらしいし……」
「ん゛ん〜〜〜?」
「魔力もかなりあるから、エルフ以外となると……」
誤魔化す文句すら思い浮かばず、斜めに目線を逸らしながら口を噤むアウラの正体を
ラオベンは考察する。
「………………あっ、魔族!!」
「そうっ!それそれ!…………あ」
的中した為に反応したのが完全な仇となり
アウラは自ら墓穴を掘った。
一方のラオベンは完全に確信を持ち、魔族限定に絞った具体的な質問を投げる。
「……私魔族なんて初めて見た……!確か、角生えてるんでしょ?」
「あぁー、ええ……そうね」
「……見てもいい?」
「いいけど、他の人には言わないでよね?」
目を輝かせるラオベンに対し、観念したアウラはフードを取って
その角を露わにする。
「へぇ〜、片っぽだけなんだね」
「けっこう前に折れたから」
「はえぇ〜、牛の角みたいな触り心地。魔族って皆こんな感じの角なの?」
「魔族によるわ。もっと大きな角がはえてるのもいたし」
ペタペタと角を撫で繰り回しながら質問攻めをするラオベンを
困ったような顔をしながらアウラも対応する。
やがて一通り撫で終わり、見るもの見たという感じで満足したラオベンはようやく離れた。
「話逸れちゃってごめんね」
「いえ、別にいいわよ」
「……私、こんな事して遊んでる身分じゃなかった」
自身が魔族と触れ合いコーナーにでもいるかの様に錯覚していたが
ふと我に返って、再び意気消沈する。
そして、さっきから心の何処かで気になってた"もう一つの疑問"を口にした。
「あ、あのさ……」
「ん、なに?」
「いや、もしかしてだけどさ……アウラも昔、人の物を盗んだりとかした事ある?」
「…………」
「あっ!違ったらごめん!そうだよね……!」
「いえ、あるわよ」
「いきなり失礼………………え、あるの?」
盗まれた事に憤りつつも、盗みそのものにはそこまで否定的ではないアウラの言い回しに
ラオベンは引っ掛かりを覚えたのだ。
「実はこの人も、昔は盗賊か何かだったのではないのか?」と。
「…………盗賊とかだったの?」
「んー、盗賊って言われたらそうなのかしらねぇ」
「…………人を殺した事も?」
「えぇあるわ」
「…………ッ!」
そりゃそうかと心で分かっていても、ラオベンは顔を強張らせる。
ラオベン自身は未だにやっていないし、これからも怖くて出来ないと思っていたが
本来の盗賊というのは、時と場合によっては対象の命を奪う事など厭わない。
今まで鴨にしてきた荒くれ者達がそんな感じだった。
しかし、更に続けられたアウラの発言でその顔は青褪める。
「殺して、うばって、手にいれるのよ」
「……で、時々お腹が空いてたら食べて」
「────え、……"食べる"?」
「そう、食べるの」
なんて事はないという様子のアウラに対して思わず声を荒げて返す。
「……た、食べるのはダメでしょ!」
「えっいや、だ、だって『魔族が人を食べる』って……よくある、子供を怖がられる為の……」
ラオベンはこれに大きなショックを受けていた。
『魔族は人を襲って食べる』などというのは、子供を怖がらせる為に後付けされた、
事実とは異なる空想上の陳腐な設定か何かだと思っていたからだ。
「……ラオベン?」
ブツブツと呟いて理性を保とうとしていた所に
アウラから声を掛けられてビクッと肩を跳ね上げる。
そして、恐る恐るという風にアウラを横目で見る。
「…………お、美味しかったりするの?人間って?」
「えーと、そりゃあまぁ、…………あっ」
「……もしかして私も、美味しそうに見える?」
「…………」
「……ね、ねぇ?何で急に黙るの?」
何かを思い出した途端に口を固く閉ざしてしまったアウラの肩を
ラオベンが掴んで軽く揺さぶる。
それに対してアウラは、どうしたらいいか分からないという顔で返答した。
「ごめんなさい、それは言えないかも」
「フリーレンがそういうの聞かれたらいっちゃダメっていってたのよ」
「……よくわかんないけど人間って、美味しそうとか言われたら、ヤな気持ちになるんでしょ?」
目を逸らさず、真っ直ぐに目を合わせながら言うアウラ。
ふざけているわけでないというのはすぐに分かった。
しかし同時に、「言われたから口にはしないが、思ってはいる」と取れるその発言で
ラオベンは黙りこくってしまう。
「……うん、その…………ごめんね、アウラ」
「昼間は荷物を盗っちゃって」
やや間を置いて、そう謝る。
言葉が見つからなかったラオベンは
それ以外に言える事が無かった。
「『人がヤな気持ちになるからしたらいけない』……うん、そうだね」
「多分、盗むのが駄目な理由も、それと同じだと思うよ」
盗賊の身分で言えた事ではないと自覚しつつ、今のアウラに教えられる事はそれくらいだった。
「……あっ、じゃあ、フリーレンさんに報告してくるね。もう私から話せる事ないし」
不思議そうな顔で何も言わないアウラを残し
ラオベンは部屋を後にしようとした。
「ラオベン」
背後から声を掛けられる。
「私もう怒ってないから。たぶんフリーレンも怒ってないと思うわよ?」
ラオベンは僅かに振り返った。
「…………ありがと」
◇
「あの、フリーレンさん……!」
「フリーレンでいいよ」
ベッドに横たわり、顔を腕で覆っていたフリーレンが
その体勢のまま視線だけを、部屋に入ってきたラオベンへと向ける。
「あの、その…………ほんと、すみませんでした」
「……?」
深々と頭を下げるその様子に
今更どうしたんだ?という顔をするフリーレンだが、
「アルムとどんな話をしたの?」
『衛兵に突き出す』と言われて怯え、逃れようとしていた先程と違い
抵抗する意思すら感じられず、どんな罰も受け入れるという雰囲気になった事から
隣の部屋で何かあったのだろうと察する。
「い、色々と……本名がアウラとか、盗んだら人がヤな気持ちになるとか…………アウラが800歳の魔族だとか」
「なんか、凄い色んな情報がドッと押し寄せて、私も頭がパンクしそう……」
「……やっぱり話しちゃったか」
魔族バレについて驚きの表情すら見せないフリーレン。
元よりアウラに丸投げした時点でそうなるのは分かりきっていた。
というより、うっかり本名で呼んだ時が何度かあったから
早かれ遅かれバレたのだろうか。
「で、どうする?『魔族とバラされたくなかったら私を見逃せ』……とか言いにきたの?」
「そっ、そんな事しないよ!!」
「冗談だよ」
よいしょ、と掛け声と共に起き上がったフリーレンは
隣の空いたスペースを手で叩き、座るように促す。
「……隣、失礼します……」
そしてベッドに腰掛けたラオベンは、ポツリ、ポツリと話し出した。
「……私、やっぱり衛兵の所に自分で行くね」
「荒くれ者とはいえ人に迷惑かけたのは事実だし……悪い事したら──」
「別にもういいよ」
「──ちゃんと報いを……え?」
「もういいよ。怒ってないし、それに衛兵の所なんか行く必要はない」
『もういい』という台詞は部屋を出る際も口にしたが
今度のは棘がなく、嫌味という感じでもない。
本当に心から許しているような口調だった。
「ラオベンが反省するように、ちょっと大袈裟に言っただけだよ」
「あと、私も疲れて気が立ってたってのもあるけど」
「………………本当にいいの?」
「うん。だけどこんな事したらもう駄目だよ。ご先祖様も悲しむから」
「……………………その」
「うん?」
「……ごべんなざい゛……ッ!」
「あーあーわかった。ほら、泣かない」
感情の堰が崩れたように泣き出したラオベンの頭をフリーレンは優しく撫で
鼻水塗れのその顔をハンカチで拭う。
「それで、ラオベンはこの後どうするの?」
気が済むまで泣いてようやく落ち着きを取り戻したのを見計らってフリーレンが問う。
ラオベンは自身の手拭いで涙を拭きながら答えた。
「えっと、しばらくこの町で依頼をやってお金を貯めようかなって」
「この町には何度も立ち寄ったから、そこそこ顔馴染みもいるし」
ちゃんと真面目に働くよ、と前向きに微笑むラオベン。
改心し真っ当に生きようとする有り様に、良い感じに丸く収まった雰囲気が流れる。
だが、当のフリーレンは顎に手を当てて
何とも言えない表情を浮かべている。
そして、
「一つ聞くけどさ、"高速で移動する魔法"以外に使える魔法とかある?」
「え?そりゃあ、まず"一般攻撃魔法"でしょ?あと……えぇ〜……」
「……あっ!"魔力探知"!……あ、あとは〜……」
「"飛行魔法"や"防御魔法"は?」
頭を捻って使用可能な魔法を…………魔力探知という魔法と呼んでいいのかすら怪しいラインの物まで絞り出すラオベンに
大抵の魔法使いが習得している初歩的な二つを投げつける。
「……つ、使えません……」
「うん、だと思ったよ」
「だって、"高速で移動する魔法"の痕跡も滅茶苦茶道に残ってたし、私が撃った魔法を防御すらしなかった」
「……それ以前に、魔力制限で潜伏してたとはいえ部屋に入っても気づかない時点で、魔力探知に関してもだいぶ甘すぎる」
「返す言葉もありません……」
粗を一つずつ指摘される度に、どんどん自信を損なって萎れていくラオベンに
更なる質問をする。
「あとさラオベン……魔法史の勉強ってした事ある?」
「……?ないけど……」
「だろうね」とは、これ以上は可哀想だから口には出さない。
幾ら年月が経っているとはいえ、よっぽど魔法史をサボっていない限り
アウラの名前に何らかの反応を示す筈である。
「じゃあ、魔法の師匠とかは?」
「……"高速で移動する魔法"と、簡単な魔力操作を爺ちゃんに教わった以外は…………ど、独学で」
「"独学"という言葉は習得した物が実を結んで初めてそう呼ぶんだよ」
想像以上に魔法使いとしての基礎のなってなさにフリーレンは眩暈を覚える。
見習い魔法使いの実戦での死亡率は非常に高いが
ラオベンの場合は見習いとかそんな段階ですらない。
南からここまで無事に来れたのが不思議なくらいであり、このまま放り出しても何処かで命を落とし兼ねない。
そして、さっきから言おうと思っていた
「ラオベン、良かったら私達と一緒に来る?」
これにはラオベンも予想外という顔で目を丸くする。
「えっ……い、いや、流石にそれは迷惑でしょ?」
「さっき中央諸国まで馬車で連れてってくれるって言ってたじゃん」
「い、いやぁ〜でも、悪徳貴族にィ〜……」
遠慮するラオベンに、隙すら与えないと言わんばかりにフリーレンは一気に喋る。
「私はそれなりに顔が利くから、貴族くらいはどうとでもなる」
「あと、馬車を直す為に魔法都市を目指すなら、北より南を目指すべきだ」
「中央諸国にはオイサーストと同じくらいの魔法都市があるから、そっちの方が絶対に近い」
「だ、だけどそこまで甘えるのは……」
「じゃあ、遠回しなのは辞めて直球に言おうか」
美味しい提案を持ち掛けられても尻込みするその態度に
いよいよフリーレンは痺れを切らした。
「はっきり言って今のラオベンが北を目指しても、絶対どこかで死ぬ」
「し、死ぬって大袈裟な……」
「大袈裟じゃなくてマジだよ。魔物に負ける、盗賊に返り討ちにされる、魔力が尽きて野垂れ死ぬ……死因を挙げたらキリがない」
「別にほぼ初対面の人間を助ける義理はないけど、私も見殺しにするほど人の心は捨ててない」
「……魔法の事は道すがら私が教える。で、ラオベンは私達を馬車で運ぶ」
「これでどう?互いに損はないでしょ」
言葉の雨霰が止み、ようやく喋る順番が回ってきたラオベンは
思いっきり悩みこむ。
「人として、この提案に乗っていいのか」と。
盗難の加害者と被害者という関係から始まり、
瓢箪から駒とかそんな次元ではない美味すぎる持ち掛けに。
また、人としての恥を抜きにしても
悪徳貴族に騙された経験がどうしても心を不安にさせる。
「夢じゃないのか?」「何か裏があるのではないか?」と。
そして悩む事数分、
「じゃ、じゃあ!……お言葉に甘えて」
「よ、宜しくお願いします!」
ペコリと頭を下げるラオベンに、フリーレンは穏やかな笑顔を返す。
盗賊としてではなく、新たな旅の同行者に向けて。
「うん、宜しくね、ラオベン」
「ラオベぇ〜ン、話は終わった〜?」
旅の仲間の加入とほぼ同時に、待ちくたびれたアウラが部屋に入ってきた。
「アウラ。紹介するよ、今日から旅に加わるラオベンだ」
「あ、機嫌なおってる……え、ラオベンも付いてくるの!?」
「う、うん。何か、そういう事になっちゃったというか、させて貰ったというか」
首をすくめて気恥ずかしそうに言うラオベンに
アウラは片手を差し出す。
「これからよろしくね!」
「……うん!よろしく!」
ラオベンもその手を強く握り返した。
そんな二人のやりとりを微笑ましく見ていたフリーレンは
一頻りの挨拶が済んだのを見計らうと、
「じゃあ、ラオベン。私は疲れを癒す為にもう一眠りするから、アウラのお守りよろしく」
「………………え?」
「解放祭までには起きるけど、それまでアウラの話し相手とかお願いね」
そう言い終えて頭から布団を被り
数秒もせぬ内に完全に眠りに落ちた。
「……えっ、あれ?」
「……もしかして私、この為に仲間に入れて貰えたの?」