勇者ヒンメルの死から29年後
-北側諸国 魔法都市オイサースト-
一級魔法使いの第三次試験を終えたフリーレンは街の中を散策していた。
「流石は魔法都市オイサーストだね。いい魔導書がいっぱい買えた」
街の魔法店を梯子して手に入れた山積みの魔導書。
小脇に抱えたそれらを愛おしそうに撫でながら宿への帰路につく。
あまり無駄遣いすればフェルンにとやかく言われるだろうが
こういう場所でしか手に入らない物もある。
そう言い訳して、何とか許して貰う予定である。
すると、道の向こうから一人の少女が歩いてきた。
丸く束ねた髪が二つ、後頭部の両端にお団子状に付いている独特の髪型。
「あ、フリーレンだ」
「ラオフェン、珍しいね。デンケンと一緒じゃないなんて」
三級魔法使いのラオフェン。
第一次試験ではフリーレンから隕鉄鳥を奪うなどして敵対し
第二次試験の零落の王墓攻略では共闘した間柄だ。
第三次試験会場で午前中に会ったばかりなので
数時間ぶりの再会なのだが、いつも近くを歩いていた老魔法使いの姿が見当たらない。
「うん、さっきまで一緒だったんだけど…………爺さん何か、仕えてる王様へ向けての手紙を書くとかで今日は忙しいんだってさ」
「そう」
『宮廷魔法使い』
時には国すら動かせる程の絶大な権力を持ち、
魔法使いの頂点である一級魔法使いとは違う意味で
羨望の眼差しを向けられる存在。
己の師匠が、統一帝国所属の宮廷魔法使い達の教育に携わっていたフリーレンにとって
その多忙さには理解がある。
「正直、フリーレンが落ちるなんて意外だった」
「私は何となく分かってたけどね。ゼーリエは何があっても私を落とすって」
未熟さ故に落とされた少女と、特殊な理由から落とされた老練なエルフ。
珍しい組み合わせの二人は大通りをフラフラと歩いていく。
「そういえばフリーレンって、一次試験の時に私の魔法を知ってたそうだけど。もしかして、結構有名なの?」
ふと、ラオフェンが尋ねてきた。
確かに、"
その特性、欠点などを熟知しているような行動を見せていた。
それがずっと疑問だったのだろう。
「……えーっとねぇ」
フリーレンは数秒ほど目を閉じて、記憶の戸棚の奥の方を漁る。
そして、必要な知識を引っ張り出した後
その疑問に答えた。
「昔、統一王朝が滅んだ頃に、南方の山岳民族が大国を作ったんだよ」
「敵の裏をかくような俊敏な機動力を誇る歩兵や騎馬兵の軍隊でね。瞬く間に南方の広大な土地を支配下に置き、その名を轟かせた……その時に使われたのが、"高速で移動する魔法"だ」
魔法史の本では1ページにも満たない量しか書かれてない歴史。
輝かしい栄華と共に群雄割拠の時代を駆け抜けたその王国も、他の魔法の発達と共に翳りを見せ
国家同様に人々の記憶から滅び去ってしまった。
しかし、当時をその目で見てきたフリーレンの記憶には今も鮮明に残っている。
「へぇー、険しい山の中を駆けるのに便利な魔法と思ってたけど、戦争に使われてた魔法なんだね」
「いや、元々は山岳地帯という不便な環境で生きてく為の魔法だったから、今のラオフェンのが本来の使い方だと思うよ」
「……不思議、故郷の大人達は誰もそんな話してなかったよ」
「すごく昔の話だからね」
戦争というあまり好ましいとはいえない話題にも
ラオフェンは特別な反応は示さずにモグモグとドーナツを頬張り続ける。
南側諸国の戦争はかなり長引いてると聞くが
彼女の身の回りではもしかしたら馴染みが薄いのだろうか。
やがて大通りは二手に分かれた。
「じゃあ、私の宿はこっちだから。またねラオフェン」
そう言ってフェルンやシュタルクのいる宿へと向かおうとする。
「ちょっと待ってよフリーレン」
それを、背後のラオフェンが呼び止めた。
「……なに?」
「なに?、じゃなくて、フリーレンはあっちでしょ?」
そうラオフェンが指差す方の道に、銅像が建っていた。
旅の中で飽きる程見た、勇者ヒンメルの銅像だ。
「…………あれ?」
「……あんなとこに、ヒンメルの像って建ってたっけ」
確かオイサーストにもヒンメル像はあった筈。
しかし、あそこに建っていた覚えはない。
……いや、ヒンメルだけではない。
よくよく見ればその周囲に、ハイターやアイゼン、そしてフリーレンの銅像も建っている。
ヒンメル個人の銅像は大陸中に存在するが
勇者一行全員の銅像がある場所は限られている。
それこそ王都や、あとは────
「それじゃ私はこっちだから。さよならフリーレン」
首を傾げて考え込むフリーレンに対して
ラオフェンは手を振りながら歩いていく。
今、フリーレンが向かおうとしていた、もう一方の道へと。
「……待ってよ、私の宿も丁度そっちに──」
遠方に朧げながら、シュタルクやフェルンの姿も見えた。
そちらに歩いていくラオフェンに追いつこうとするフリーレンだが
ゆっくりとした足取りに反してみるみる距離が離されていく。
「あっ……待って────」
「フリーレン、待ったはなしよ?ほら、はやく!」
「────ンン?」
腹部の辺りをバシバシと叩かれて、フリーレンは眠りから目覚めた。
微睡んだ瞳で周囲を見渡すと、叩いていたのはアウラであった。
「あ、ようやく起きた。早くしないと解放祭が始まっちゃうよ」
それと同時に、部屋の中へ一人の少女も入ってきた。
南側諸国特有の顔立ちで、お団子の髪型が特徴的な、
「アウラ、と…………ラオフェン……?あれ?もしかして私、寝てた?」
「えっ、…………ラオフェンって誰のこと?」
「……………あー」
不思議そうに見つめるアウラとラオベンに
フリーレンは苦笑しながらベッドから起き上がった。
「ごめんラオベン。寝ぼけてたみたい」
◇
勇者ヒンメルの死から328年後
-北側諸国 解放祭のある町-
町全体が活気に溢れて、特に中央広場では大きな賑わいを見せている。
多くの露店が仮設され、昼間の内に運び込まれた食べ物やら何やらが売られており
大勢の人々が
そんな群衆の中にフリーレンとラオベンの姿もあった。
「そういえば、"フリーレン"って何処かで聞いた事あるなって思ってたけど」
広場に聳える、花で飾り付けられた勇者一行の銅像を見上げながらラオベンは言う。
「勇者一行の魔法使いじゃん。私すっかり忘れてた」
「………そりゃあ、400年も昔の出来事だからね」
100年、200年程度なら……と思ってはいたが、
よもや400年経った今でも祭りが行われるのにはフリーレンも内心驚いていた。
「町が続く限りは祭りも行われる」と、昔ここにいた老人がフリーレンに語っていたが
この調子なら1000年先でも続いていそうである。
「勇者ヒンメルとその仲間が、この地域を支配してた魔族をやっつけたお陰で、今この町は平和なんだよね?」
やや離れた道端で、子供たちに囲まれながら行われている勇者伝説の人形劇。
山羊の頭と多頭の蛇の尾を持った異形の魔族。
それに果敢に立ち向かう勇者一行を、人形使いは巧みに操る。
「……そんな事もあったっけね」
遠い昔のようで、ついこの間とも言える冒険の日々を懐かしそうに思い出す。
「……フリーレン」
「ん?」
屋台で買った焼き菓子を食べる手を休めたラオベンが、憂いを帯びた目でフリーレンの方を見ていた。
「私ね、あれから色々と考えてたんだけど…………なんで魔族が昔の人達に怖がられてたのか、少し分かった気がする」
『あれから』というのは恐らくアウラと二人きりでしたであろう会話。
フリーレンはその内容を詳しくは知らないが、
無邪気ながらも時折り物騒な発言が入り混じるアウラに
今も僅かだが恐怖を抱いているらしい。
「『人を殺して食べる』って話してる時のアウラの目がね……ちょっとだけ怖かったんだ。なんだか、その、まるで────」
「『人と姿形が似ているだけで、中身は全く異なる化け物』?」
口に出すのを躊躇っているラオベンの考えてる事を予想したフリーレンはそう言った。
「──ッ!……うん。で、でも!ほんのちょっと!ほんのちょっぴりだけだよ?そう思ったのは」
図星を突かれはしたが、アウラを化け物呼ばわりまではしたくないのか慌てた様子で弁解する。
「……だって、人を何の躊躇いもなく殺せるなんて……。私の地元でも国の兵士とか、落ちぶれた元傭兵とかをよく見かけたけど……なんて言うんだろ?『人殺しのような悪い事をなるべく避けたい』、みたいな、ほら……」
「『良心の呵責』?」
「あっ、それそれ。そういう人達も『殺し』だけは少し躊躇してたような気がするんだよ。……だけど、アウラからそういうのがあんまり感じられなくって……」
「怖い?」
心を読む魔法でも使われているのかと錯覚する程に思っていた事をどんどん言い当てられるラオベン。
フリーレンのその問いに熟考し、
「まぁ、怖いけどさ。アウラって話してると、面白い所とか、結構人の良さそうな所とかもあるんだ。……なんだか我儘な時もあるけど、会話そのものは凄く弾んで」
「へぇ」
「……うっかり、人の命が絡む話になると、やっぱり、認識のズレ……?みたいなのを感じて会話が止まっちゃう事があるけど」
怖いという事実を認めつつも、アウラを極力悪く言わないように、良い面も織り交ぜて話した。
「……そっか」
正直、『人の良さそう』という印象は
人類に初見で好印象を与えて騙し殺すという魔族の特性が
アウラ自身も自覚しない内に断片的に発揮されている可能性もなくはないが
旅を共にしてきたフリーレンとしては、あながち間違った評価ではないと感じた。
また、良心の呵責や殺人への躊躇といった、
魔族と人類の決定的な違いの一つを見事言い当た辺り、意外と観察眼は悪くない様子だ。
それにフリーレンは感心したが、
「(……この歳で、戦争とか紛争とか、人類の負の面に相当触れてきたんだろう)」
同時に、年端も行かないこの少女がこれまで体験してきた苦難に想像を巡らしていた。
南側諸国は四六時中争い合っているイメージがあるが、ラオベンもそれ相応の被害を受けてきたのだろう。
「……少し出過ぎた事を聞くけど、ラオベンってご両親はいる?」
「えっ?うん?…………え、えぇーっとぉ」
だいぶ踏み込んでいる上に脇道に逸れたその質問に「今の会話の流れでそれ聞く?」と言いたげな顔をするラオベンだが
少し考え込んだ後に再び口を開いた。
「……えっと、親は私が小さい頃に死んじゃったんだって。だから爺ちゃんがずっと育ててくれたんだ。その爺ちゃんも私が12歳の時に病気で亡くなったけど」
それなりに暗い内容だが、本人はあっけらかんとした調子で語る。
彼女自身はそういった過去に踏ん切りを付けているのだろうか。
「そっか、大変だったね」
フリーレンはラオベンの頭を優しく撫でる。
「えっ、ちょ、ちょっと!……私もう子供じゃ……」
「いやいや、まだ子供でしょ?」
最初は少し抵抗気味だったラオベンだが、
よしよしと撫でられている内に大人しくなる。
「……な、なんか……こうやって撫でられるって、久々かも。……お婆ちゃんに撫でて貰うのってこんな気分なのかな?」
「ふふっ、"お婆ちゃん"か。歳の差で言えばそんな感じなのかもね」
やや気恥ずかしそうにしながらもされるがままな辺り、悪い気分では無いらしい。
かつてフリーレンの弟子にも戦災孤児がいたが、彼女には年老いた僧侶の保護者が一応はいた。
そんな彼女と違って、ここまでたった一人で馬車を走らせるのは相当大変で、辛い事もあったに違いない。
幾ら自身の扱う物と同じ魔法が刻まれてる走力に長けた馬車とはいえ、たった一人、延々と北を目指してきたのだから……
「……そういえばラオベン。あの馬車はどうやって手に入れたの?」
「うん?」
「私はてっきり親とか親戚から受け継いだ物かと思ってたけど」
撫でる手をピタリと止めたフリーレンは、"馬車"から連想ゲームの様に湧いてきた疑問を口にする。
ラオベンの使う"高速で移動する魔法"と全く同じ効果の魔道具という点に関しては
前々から気にはなっていた。
その地域特有の民間魔法が込められた魔道具を
地元の人間が代々所有するという例はたまにある。
……が、今回に関しては、ラオベンの出身や扱う魔法から
「もしかしたら」という気持ちがあった。
「あー、あの馬車ね」
話がコロコロ変わる辺りもお年寄りみたいだなぁ、と思いながらも
ラオベンは馬車の出所を話し始めた。
「アレは確か、爺ちゃんが山奥の遺跡から掘り起こした物とかだった気がする。馬に付けてる馬具……というか鎧?と一緒に。で、『いざという時はこれで逃げなさい』って私にくれて」
「へぇー」
「変だよね、"高速で移動する魔法"の術式が都合よく刻まれた馬車なんて。もしかして地元の人が昔使ってたとかかな?」
「なるほどねぇ」
何か合点が言った様子のフリーレンはウンウンと頷くと
コホンと軽く咳払いをして、得意気な顔で語り出した。
「ラオベン、あの馬車はね、ずっと昔にあった『山岳民族が統治する国』で使われた物だよ」
「山岳民族……っていうと私の一族?でも国だなんて」
「昔はあったんだ。それも"高速で移動する魔法"を駆使した強い軍隊も保有してたんだよ。あの馬車も多分、兵士の移送や補給用に用いられた物だろうね。……やけにゴツい馬鎧とは思ってたけど、戦場を走ると想定したら当然だ」
一呼吸で己の持っている知識を一気に披露する。
魔法関連の事柄だというのもあるだろうが、夕方に見た夢の内容……300年前にラオフェンに豆知識を言い損ねていた消化不良もあって、いつも以上に饒舌になる。
「へ、へぇー……そんな国があったんだ。険しい山の中を駆けるのに便利な魔法と思ってたけど、戦争に──」
「いや、元々は山岳地帯という不便な環境で生きてく為の魔法だったから、今のラオフェ……ラオベンのが本来の使い方だと思うよ」
「ほ、ほぉ〜?」
ようやく言いたかった事を吐き出せたという感じで久々に魔法の知識をひけらかせて
むふー、と満足そうなフリーレン。
当のラオベンは引き気味だが、己の祖父も昔話になるとやたら頭が冴え渡って饒舌になっていたのを思い出し
「年寄りは皆こんな感じか」と内心納得をする。
「……それでね」
「ん?」
まだ長話の続きがあるのかと身構えるラオベンに対し
フリーレンは綻んだ顔をしながら話す。
「今の話をアウラにもしてあげたら喜ぶかもしれないよ?」
「…………馬車の話を?」
「そう。魔族は魔法や魔道具といった物がすごく好きだから。……勿論、人の命が絡む話題は避けたいなら、戦争だとかの話は省けばいい」
当初の話に戻りながらフリーレンは提案する。
旅の道中でも現代の魔法に関する話題を振ると
アウラは無邪気に喜んでいた。
話の種としては申し分ないだろう。
「……なんか、色々とありがとう。話聞いて貰った上に、アドバイスまで」
「こんなの何て事ないよ。それに、これから一緒に旅するなら楽しい方が私もいいし」
ラオベンは感謝の意を示す。
屈託のない笑顔で、本当に感謝している様子だ。
「フリーレンって凄い頼りになるよね……物知りなお婆ちゃんみたいで。こういうのを年の功って言うんだっけ?」
「……まぁ、そりゃあ、長生きしてるから」
「難しそうな魔法も沢山使えるし。私も魔法の勉強を頑張れば、フリーレンみたいな偉大な老魔法使いになれるかな?」
「……なれるなれる。その為には勉強しなきゃだね」
「うん!アウラからも色々と勉強教えて貰って頑張るよ!」
……屈託のない笑顔で話すラオベンとは対照的に、フリーレンは何とも言えない表情を浮かべている。
何か言いたげな顔だが、ソレに悪気が篭っていないのは分かっている為に
会話の節々に時折り交じるワードは穏やかな心で受け流していた。
「アウラも魔族だから、きっと魔法にも詳しいんだろうなぁ〜…………ん、あれ?」
「どうしたの?」
フリーレンの表情の変化など気にも留めず
これからの旅路に思いを馳せていたラオベンが、ふと怪訝な顔を浮かべる。
「そういえば、アウラまだ戻らないね」
「……本当だ。近くの露店に行くって言ってそれっきりだ」
先程からちょくちょく話題に上がっていた、当のアウラ本人は
未だにこの場に戻ってきていなかった事にようやく気付いた。
「(魔族とバレて捕まっ……てたらもっと騒ぎになるか。何かトラブルでもあったのかな)」
お金の使い方などは大体叩き込んだから大丈夫と思って送り出したが、流石に遅すぎる。
「もしかして迷子かな?」
「どうだろう?……少し探してみるか」
ラオベンにそう告げると、フリーレンは人混みの中を歩きながら周囲を魔力探知にかけた。
単に迷子になっただけならいいのだが、万が一という可能性もある。
「……あれ?」
意外にも、アウラの存在は魔力探知にすぐに引っ掛かった。
目視と魔力探知を併用しながら反応があった方にフリーレンは歩いていく。
「……あー、いたいた」
銅像からだいぶ離れた露店の陰に、隠れるようにアウラは立っていた。
「ダメでしょ、いつまでも彷徨ってちゃ。そんな所に突っ立ってたら本当に迷子になるよ?」
ほら戻ろう、と手を差し伸べるフリーレンだが
アウラは物陰に身を隠すしたまま中々動こうとしない。
「……フリーレン」
「ん?どうしたアウラ?」
つい先程まではあんなに祭りが楽しみでしょうがないという感じだったのが嘘のようで
今は何かを強く怯え、萎縮している様子だ。
フリーレンの方を…………いや、その
恐怖と動揺に満ちている。
「…………?」
フリーレンはその目に何処か既視感を覚えた。
強者こそが正義の魔族が、自身の身を脅かす存在を恐れ、最大限の警戒をするような────
「……あの銅像…………うごいたりしない?」
「………………そういう事か」
その怯えた小動物のような目線の意味に気付いたフリーレンは、僅かに微笑う。
何かを強く警戒するようなその目は、広場中央の銅像へ向けられたものであった。
「…………大丈夫だよ、動いたりしないから。ほらおいで」
何に怯えていたのか理解したフリーレンは、その手を引いて広場の方へと戻る。
「えぇ〜……こ、こわいからヤなんだけどぉ……」
「あの像はこれから行く先々に嫌という程あるんだから、今の内に慣れないと大変だよ」
しかし、半ばズルズルと引き摺られたアウラは
腰に手を当てて決めポーズを取るヒンメル像をおっかなびっくりに見つめ続ける。
「あっ、戻ってきた。二人とも、グズグズしてたらお祭り終わっちゃうよ?」
銅像の傍で焼き菓子を齧りながら待ちぼうけていたラオベンは手を振る。
「あれ?何かアウラ、すごい怖がってない?」
フリーレンに引っ張られて帰ってきたアウラの
目に映る物全てを警戒する子猫のような様子に
ラオベンは首を傾げた。
「ヒンメルの像が怖いんだってさ。『動き出したりしないか?』って」
「…………へぇ〜。もしかしてアウラ、勇者ヒンメルが怖いの?」
キザな表情のままピクリとも動かない青銅製ヒンメルに対して、へっぴり腰なアウラの姿がよほど面白いのか
ニヤニヤと笑いながら揶揄う。
「そりゃアウラは昔、ヒンメルに負けた事があるからね」
「へー、ヒンメルに…………えっ!勇者ヒンメルと戦った事があるの!?」
一瞬聴き流しかけたその台詞に、ラオベンは目を丸くする。
「だよねアウラ?」
「ん、まぁ、……そんな事もあったわね」
未だに銅像に怯えながらも、勇者一行に負けた時の事を朧げに思い出すアウラ。
かつては自尊心を打ち砕かれ、思い出すだけで顔を顰める程に苦々しい敗北の味しかしなかったその記憶も
今のアウラには、ただただ"怖い思い出"でしかないらしい。
「……へぇ、アウラが、ねぇ……」
時折り物騒な言動が垣間見えるが、それはそれとしてだいぶ抜けた性格のアウラと
『勇者と対峙するような凶悪な魔族』というイメージを結びつけられないラオベンは
銅像と彼女を交互に見つめる。
「…………あっ!」
そして、何かに思い至ったのか
道端の人形劇の方を指差しながら言った。
「もしかして、
人形劇の中の、獣頭蛇尾の魔族を指差しながら。
「……どう見ても違うじゃない」
「えー、でも、この辺りで悪い事してた魔族がアレなんでしょ?」
「私あんな頭わるそうじゃないわよっ!」
「ごめんごめん!冗談だって。そんなら怒らないでよ。ほら、ドーナツあげるから!」
ムッとした表情で食ってかかるアウラと、それを両手で制しながら宥めるラオベン。
事情を知らない第三者が見れば、年端も行かない姉妹の喧嘩か何かに映るだろう。
「…………ふふっ」
互いに戯れ合っている二人をフリーレンは何処か満足気に見守っている。
「……ほらほら喧嘩しないの。祭りを楽しみなさい」
そして、頃合いを見て仲裁に入る。
当人達は全く自覚していないだろうが、
何かを恐怖し萎縮する様子も、相手を内心恐れる様子もすっかり無くなっていた。
◇
「もう祭りが終わっちゃうんだねー」
「そうねー、なんかあっという間にだったわ」
銅像の台座を背にしながら、アウラとラオベンは焼き菓子を頬張る。
あれ程賑わっていた祭りも終わりが近づき、立ち並んでいた露店の数も少なくっていた。
「ねぇフリーレン、このお祭りってまたやるのかしら?」
やや離れた位置で、だいぶ軽くなった財布の中身を確認していたフリーレンに
アウラが問い掛ける。
「そうだね、毎年この日にやってるみたいだから」
「じゃあ、百年後は?」
「うーん、どうだろう?この町が続く限りはやるとは思うけど」
何処となくデジャヴを感じるフリーレンに対し、アウラはまた祭りが開かれるのを心待ちにする様な表情をする。
「なら、また三人で来たいわねぇ」
「ちょっと!二人と違ってその頃には私だけお婆ちゃんじゃん!」
「あらそう?じゃあ、十年後とかは?」
「ん〜、まぁそれなら流石に生きてるだろうけど」
すっかり打ち解け、くだらない事で盛り上がりを見せるアウラとラオベン。
「…………そうそうフリーレン。ラオベンがね、あの馬車はずっと昔に魔法で────」
「あっ、それまだ全部話終わってないんだって!」
「あれで終わりじゃなかったの?」
「まだ続きがあるの!……そこは山ばかりの険しい場所だったから────」
フリーレンからの受け売りの魔法の知識を早速披露したラオベンは
アウラとの親睦もだいぶ深まったらしい。
すっかりフリーレン抜きでも盛り上がっている。
「…………また三人、か」
そんな二人に対して、僅かに隔たりを覚えるフリーレンは、アウラの発言を反芻していた。
勇者一行と旅をし、その弟子達とも旅を共にし、その子孫や縁者とも幾度か旅に出た。
そして、殆どの者がフリーレンより先に逝ってしまい
もう当時の事で話に花を咲かせられる人物は限られている。
「…………」
楽しく喋る二人と、それを離れて眺めるフリーレン。
エルフである自身と二人との間には、寿命という避けられない壁がある。
今は子供の年齢のラオベンも、人間だからすぐに年老いて先立つだろうし、アウラも魔族とはいえいずれは寿命が来るのだろう。
そうなった時にこの二人との思い出も過去の物になってしまうのだと思うと
少し寂しい気がした。
「……ちょっとフリーレン、ちゃんと聞いてるの?」
やいのやいのと騒ぐ二人。
その背後に建つ銅像に、フリーレンは視線を向ける。
『君が未来で一人ぼっちにならないようにする為かな』
今でも彼の言葉は、フリーレンの記憶に刻まれている。
「……大丈夫だよヒンメル。少し意外なのも混じってるけど……なんだかんだ一人じゃない」
「フリーレ〜ン!!」
「あぁ、ごめん、何の話だったっけ?」
いつか終わりが来るのだろうが、今はこの三人で歩む旅路の、一歩一歩を噛み締めよう。
フリーレンは改めて、そう心に決めた。
野菜も食べないといかんぞ