アウラを人類と共存させてみた   作:やわら烏

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確かに俺はおっさんだが
面と向かってサブタイトルで言われるとくるものがあるな


後日譚11.衛兵のおっさん①

〜勇者ヒンメルの死から328年後〜

-北側諸国 グレンツェ街道-

 

北側諸国の南端に位置し、緑生い茂る広大な森林の中を一直線に走り抜ける街道。

この道を辿って南下していけば、あっという間に国境を超えて中央諸国に入る事が出来る。

 

「…………途中に何も障害物が無ければの話だけど」

 

遠方の街を見据えながら、フリーレンはそうボヤいた。

 

城塞都市ヴァール。

北側諸国から中央諸国に向かう為の関所としての役割を担う街。

国境であるリーゲル峡谷を跨いで架けられた橋は2箇所の堅牢な門が据え付けられており

許可なく関所を通ろうとする狼藉者の行く手を阻む。

 

そして、あの勇者一行が魔王城を目指した旅路の舞台の一つでもある。

 

「勇者一行が北側に旅立った街、かぁ……フリーレン、やっぱり懐かしい?」

 

真横に立つラオベンにそう話しかけられて

フリーレンは肩をすくめながら言う。

 

「懐かしいっちゃ懐かしいけど、私はそれ以降もここを経由してるから別に感慨深かったりはしないね」

 

北側と中央を陸路で行き来するには必然的にこの街を通過する必要があり

フリーレンも度々立ち寄っている為、『よく利用する街』くらいの印象しかないのだろう。

 

「なるほどねぇ……とはいえ、ここを超えたらいよいよ中央諸国だね!」

 

ラオベンは張り切りながらそう言った。

この街を超えて中央諸国に入りさえすれば、彼女が目指す魔法都市に一歩近づいた事になる。

俄然やる気も湧くのだろう。

 

 

 

 

…………()()()()()()の話ではあるが。

 

「そうね、門……閉じてるけど」

 

そうアウラが水を差した為に、何とか目を背けていた現実を直視させられ「ゔッ」と声を漏らすラオベン。

事実、街の手前にある2箇所の門は今現在、固く閉ざされていた。

 

「うーん、妙だな……魔物が大々的に活動を始めたなんて話はあまり聞かないし、まだそんな時期でもないんだけれど」

 

そう言って不思議そうな表情をするフリーレン…………の目線だけは、隣で気まずそうな顔をしたお団子ヘアの少女へとしっかり向けられている。

 

「確か、『馬車もろとも強引に関所を走り抜けた』……だったっけ?」

 

「まぁ、いやぁ、そのぉ…………はい」

 

いつぞやに聞かされた涙ながらの身の上話が

こういう形で巡り巡ってくるとは、とフリーレンは深い溜め息を吐く。

 

「(概ね予想はしていたけど……数ヶ月足らずじゃ警戒網は解除されないか)」

 

悪徳貴族とやらの根回しを抜きにしても

関所を勝手に超えた不法入国者が出たとなれば

この様な措置が取られるのも仕方のない話なのだろうか。

 

「困ったな、流石にこの状況で近づいても、ラオベンも、それに同行してた私達も纏めてお縄だ」

 

どうしたものかと顎に手を当てて考え込む。

そこへ、何か思いついたアウラが提案してきた。

 

「フリーレン、私たちと馬車を担いで空から行く事はできないの?」

 

だが、その案を聞くなりフリーレンはすぐに却下を出す。

 

「それは不可能だよアウラ。馬車みたいな重い物を人類は飛行させられないし、それはアウラも知ってるでしょ」

 

「えー、でもずっと前に『飛行魔法の解析が進んだ』っていってたじゃない。……ずっとは無理でもほんの数分くらい」

 

「飛行魔法が進歩したといってもそれは魔道具という外付けありきだからね。空飛ぶ馬車に組み込まれてる魔道具4つ分の魔法術式を生身で賄える人なんて多分殆どいないし……私でも出来て1分弱の飛行が限界だ」

 

この300年で魔法は大幅に進歩したが、どうも昔と大して変わらない部分もあるらしい。

 

「(そもそも馬車や航空船が発明されてから、一個人の飛行魔法の重量限界の改善なんて誰も手を付けなかった。そしてそんなデカブツを動力抜きに態々人間の力だで浮かせようだなんて発想に至る事がまずないしやる意味が薄い)」

 

"一般攻撃魔法"や"防御魔法"などの、ある意味で『求められる魔法』の進歩は恐ろしく早いようだが、戦争や日常生活の不便さ解消などと無縁の研究というのは物好きでも無い限り誰もしないようだ。

 

「うーん……」

 

再び思案に耽るフリーレン。

それを見たアウラも、同じポーズを取って考え込む。

……本当に一緒に解決策を考えているのか、ただの見様見真似なのかは定かではないが。

 

「…………あっ!」

 

そんな二人をずっと静かに見ていたラオベンが

不意に声を発した。

 

「……私凄い頭良いこと思いついた……というかこれヤバいかも。今の私の閃きで大陸の魔法に革命起きちゃったよ」

 

自分の才能が怖い、と言わんばかりに興奮で武者震いを起こすラオベン。

 

「へぇ、どんな案なのか言ってみて?」

 

内心では過度な期待をせずとも、取り敢えず聞くだけ聞いとこうと

フリーレンは提言を促す。

 

「まず私とアウラが馬車に乗り込むじゃん?」

 

「うん」

 

「で、その後にフリーレンが飛行魔法……ではなく、浮遊魔法で馬車ごと浮かせる。そうしたら問題なく空から関所を超えられる!」

 

これで万事解決だ言わんばかりの自信に満ち溢れた顔でラオベンは己の案を述べ終えた。

それを聞いたフリーレンとアウラは、二人で目配せし合い……

 

「……それって、なんか無理そうじゃない?」

 

「うん、アウラの言う通り無理だね」

 

言葉を交わすまでもなく、意見を一致させて却下した。

 

「……えッ!なんでなんで!?……だって、飛行魔法も浮遊魔法も同じようなものでしょ?」

 

「全然別物だよ。飛行魔法は重量制限や魔力消費が厳しい代わりに、小難しい理屈や過程を省略して物体を飛ばせる。……対して浮遊魔法は、重量や魔力を気にしなくていいけど、複雑な物体──例えば生物と無生物とか、木材と鉱物とかを一緒くたに浮かせたりするのには途轍もない集中力と時間が掛かる。水や岩みたいな単一の物質なら魔力を込める精度はそこまで問われないけど」

 

「じゃあ、自分自身を浮遊魔法で浮かせるのは?」

 

「無理だね。それが出来たら人類はもっと大昔から空を飛べるようになってるだろうし。……人類が魔法を使い始めて1300年間、誰一人として『大地から完全に切り離されて自分が浮かぶ』というイメージを持てなかったから」

 

解説するフリーレンの隣でアウラもウンウンと頷いている。

飛行魔法は元を辿れば魔族の専売特許であり歩くに等しい行為であった為に、魔法を使えない今の彼女でも

本能的な部分で凡そ分かるらしい。

 

「そもそも国境には限界高度まで強力な結界が張られているから、例え馬車ごと飛べたとしても空路はどの道現実的じゃない」

 

魔法という分野において先輩にある二人から案を完全に突っぱねられて押し黙ってしまったラオベン。

 

「…………」

 

少しの間張り詰めた顔をして、そして何か意を結したように顔を上げ、

 

「フリーレン、やっぱり私が────」

 

「自首しても相当酷い尋問が待ってると思うよ」

 

何を言うのか分かっていたかの様に、発言を遮ったフリーレンは続ける。

 

「少しキツい言い方になるけど、今のラオベンは元盗賊で亡命者で闇魔法使いの三重苦だ。一つでもバレたら面倒な要素を三つも抱えてる訳だから、今更自主した所でロクな目に合わないと思う」

 

「……で、でも」

 

「そして悪徳貴族に引き渡された後にどんな扱いを受けるかは私の想像の範疇を超えている」

 

そう言われたラオベンは青褪めて再び口を閉ざす。

フリーレンが敢えて想像できないと言った『どんな扱い』の部分を考えてしまったのか

カタカタと震えてる。

それを見兼ねたのか、フリーレンは更にこう続けた。

 

「まぁ、そんな思い詰める事はないよ。名乗りでなきゃいい話だし……それに、今ここでラオベンが名乗り出たとしても別の問題がある」

 

そう言ってアウラの方をチラリと見る。

 

「え……なに、私?」

 

困惑するアウラを他所に、フリーレンはラオベンに対して

己の頭を何度か指差すジェスチャーをしている。

 

「ホラ、これがこうで……そしたら、ねぇ」

 

「…………あぁ〜、そっかぁ……」

 

「ちょっと!私がなんなのよ」

 

ラオベンが何やら納得した様な表情をした為に

アウラは答えを求めて強く抗議する。

そんな彼女にフリーレンが答えた。

 

「いやね、アウラは現状魔族だとバレたら色々マズいでしょ?」

 

「……まぁ、そりゃそう……でしょうね。それが?」

 

「警戒網はすぐに解ける訳じゃないから、しばらくは衛兵の目も光る。そんな状況で、フードを深く被った得体の知れない通行人が来て、『フードを取れ』と言われたら一巻の終わりだ」

 

「………………あぁ〜〜〜……たしかに、色々マズそうね」

 

漸く合点のいったアウラも、先程のラオベンとほぼ同じような反応を示しながら頷いた。

 

「……そして今、門の側で警戒網を張ってるあの男が何よりのネックだ」

 

そう言ったフリーレンが再び門の方を指差した。

門の前にはフルプレートで身を覆う一人の衛兵が木箱を椅子代わりに大股開きで座っている。

大柄な体躯と重厚な鎧のその風体は、来る者全てを阻んでやるという気迫に満ち満ちている。

 

「えー、あいつ一人だけなら問題ないんじゃない?」

 

しかし、アウラにはその恐ろしさがいまいち感じ取れないらしかった。

 

「いや無理でしょ」

 

それに返答したのはラオベンであった。

 

「どうして?」

 

「どうしても何も、あいつの魔りょ……あっ、そっか。今のアウラは封魔なんちゃらのせいで魔力が感じられないんだっけ?」

 

「たしかに感じられないけど、アイツの魔力がなんか凄いの?」

 

「凄いってもんじゃないよ。フリーレン程じゃないけど、あの衛兵の魔力はほんと凄い。こう、その……ほら!、『絶対に通さねぇぞ』って感じのオーラが漲ってるというか」

 

身振り手振りを交えてその脅威度を熱弁するラオベン。

…………の語りを一通り聞いたアウラは首を傾げながらフリーレンの方を向く。

 

「……フリーレン、ラオベンは何が言いたいの?」

 

「要は"熟練の魔法使い"って事だと思うよ。確かに私目線でもあの衛兵は佇まいといい、全身から立ち昇る魔力といい只者じゃないのが伝わる」

 

「じゃあそう言えばいいのに」

 

「そう言ったじゃん!結構分かりやすかったでしょッ!?」

 

「ラオベンはもうちょい語彙を鍛えた方がいい。人に分かりやすく伝えるのは日常でもパーティーとしての戦闘中でも凄く重要だからね」

 

「…………ゔぅ、これ以上は私の頭じゃ無理だよぉ」

 

嘆くラオベンの頭をアウラはポスポスと撫でる。

そして撫でながら、再び湧き上がってきた疑問を口にした。

 

「ん〜……でも、フリーレンほどじゃないんなら何とかなりそうな気もするけど。……あの兵士を無視して門を越えるとかは?」

 

「それは不可能だね。例え私でも」

 

即答。

まさかフリーレンの口から「不可能」という言葉が日に二度も出てくるとは思わず、目を丸くする。

 

「……どうしてなの?ねぇラオベン分かる?」

 

「ゔぅ〜…………えっ?あ、いや、それは私も分からない。フリーレン何でなの?」

 

揃って何で何でと聞いてくる二人にフリーレンは軽く溜息を吐きながら

答えを口にしようとした。

 

「それはあの門の………

 

 

 

………いや、口で説明するより()()()方が早そうだ」

 

……が、途中で話すのを止める。

 

「二人とも姿勢を低くして」

 

「えっ何で……ムグッ!?」

 

二人の頭を上から押さえて、強制的にしゃがみ込ませる。

 

「ちょ、ちょっとフリーレン……!急にどうしたの!」

 

「ラオベン、魔力探知はちゃんとするようにって前にも言ったでしょ」

 

「魔力探知?……なんでまた……」

 

そう言われたラオベンは、渋々ながら魔力探知に力を入れる。

 

「…………えっ、マジで?コレすぐ近くだ」

 

そして、魔力探知に引っ掛かった『何かの急接近』に漸く気付き

フリーレンの発言の意図を理解した。

 

「…………ねぇ、私にも分かるように言ってほしいんだけれど」

 

「アウラもほら、あの茂みの方を見てれば分かる……そろそろだから」

 

そう言うフリーレンと同じ方向を注視する。

鬱蒼と生い茂る深い森。

その奥から、バキバキと木々を薙ぎ倒す不穏な音が次第に迫ってくる。

そして、

 

 

「クワ゛ァァァァッッッ!!!」

 

辺りに響き渡る不協和音の甲高い咆哮に思わず三人は耳を塞いだ。

 

「…………魔物だ」

 

馬車数台を並べてもまだ足りないような巨大な怪鳥が茂みを突き破って出現した。

竜などに比べれば威圧感では見劣りするが、それでも頑丈そうな鱗や

肉厚な翼を大きく広げた姿は充分に迫力がある。

 

「魔物……っ!」

 

「そうだね。大々的に活動を始める時期ではないけど、あのくらいなら季節外れに稀に現れる」

 

目を丸くして驚いているアウラに対して呑気に返すフリーレン。

そんな最中にも怪鳥の姿をした魔物は、門の方へと一直線に羽ばたいていく。

 

「ふ、フリーレン!!あれ、何とかしないと……も、門と衛兵がマズくない!?」

 

「大丈夫だよラオベン、よく見てて」

 

アウラよりかは多少現状を把握出来ているが、それでもあたふたと取り乱し気味なラオベンに対しても

フリーレンは落ち着いた様子でいる。

 

 

 

「ゴッコッコォッ……!」

 

当初は門へと一心不乱に飛行していた怪鳥。

 

しかし、ある程度の距離に近づくと不意に立ち止まり、威嚇を始めた。

 

「……」

 

その威嚇の矛先には、例の衛兵の姿がある。

巨大な魔物を前にすれば常人など恐怖で体が竦んでしまうだろうが

衛兵は身動ぎ一つせずに、目の前を事務的に見据えている。

 

「……グックッドゥルル……ッ!!」

 

暫く唸りながら睨んでいた怪鳥であったが

痺れを切らしたのか、翼をバサッとはためかせて飛翔し

衛兵の頭上を通り過ぎて門へと一直線に飛んでいく。

 

「……」

 

魔物のその行動にも衛兵は一切の戸惑いを見せない。

まるでその程度は想定内の事かのように。

 

「グワ゛ァ゛ァァッッッ!!」

 

そのまま脇目も振らずに飛び続け、怪鳥は門まであと少しという所まで来た。

堅固な城門ではあるが、その巨体ならば突き破る事など造作もない。

そう強い確信のある怪鳥は、お目当ての街が目と鼻の先まで近づいた喜びに顔をニヤつかせながら…………

 

 

 

────ズガァァァン!!

 

「グル゛ラァァァッッ!!?」

 

予想より遥かに硬い城門に盛大に正面衝突した。

 

 

「"命懸けで宝物庫の扉を閉じる魔法"。民間魔法の中でもトップクラスの封印魔法だよ」

 

そう淡々と話すフリーレン。

最初からこうなるのは分かっていたようで、あの魔物を説明の実験台にしたらしい。

 

「あの衛兵は魔法使いだ、それもかなり強い。そして背後の城門は強固な封印が施されているから、衛兵を素通りするという選択肢は存在しない。……あの魔法を常に貼り続けてるとは彼も中々できるね」

 

警戒すると同時に、高難度の魔法を片手間に扱うその高い実力にフリーレンは敬意を表する。

そんな魔法オタクぶりやや呆れながらも

何かに違和感を感じたアウラは「ん?」という声を上げた。

 

「宝物庫……?アレってただの門でしょ?」

 

「捉え方の問題なんだと思うよ。あの衛兵にとって背後の関所は防衛ラインであり護るべき大切な物なんだろう」

 

そう考察しながら、フリーレンは再び意識を門の方へ戻す。

 

「(……さて、どうしたものか)」

「(背後の封印魔法もそうだけど、あの衛兵自身……魔力の張り詰め方も必要最小限……きっとより長い時間あそこで見張れるような省エネモードなんだろう。それでいて体表の魔力の波もムラが殆ど無い、如何なる不意討ちにも最速で対処されるな)」

 

衛兵本体をどうにかするという手段も現実的ではなく、何よりそんな事をすれば城塞都市そのものを敵に回し兼ねない。

 

「(かと言って警戒網が解除されるまで1……いや2年は掛かると考えると、ここで尻込みしているのも時間を無駄に浪費するだけだ)」

「(馬車の奥にアウラとラオベンを……隠しても魔力探知でバレるな。ならあの衛兵の意識を別のものに向けさせて……)」

 

今回はだいぶ参っているらしく、ありとあらゆる手段を思い浮かべては除去しをひたすらに繰り返す。

 

 

 

「グ……グワギャ……ッ!!」

 

そうこうしている内に、脳震盪から立ち直った怪鳥がブンブンと頭を振って立ち上がった。

民間魔法とはいえ最上位の封印魔法というのは伊達ではなく、並々ならぬ強度の門に衝突した嘴は蛇腹状にへしゃげていた。

 

「……ひとまずは様子見といこう。ここからどう出るのか見ものだ」

 

関所の防衛を単身で任されている者が

まさか民間魔法一つしか手の内がない事もないだろう。

戦闘向きの魔法をまだ隠し持っているのか。

それとも重厚な鎧を纏っている様子から

戦士の様な肉体派なのか。

 

フリーレンは衛兵の一挙手一投足を観察する。

この城塞都市を無事に突破する糸口になり得る情報は少しも見逃さないように。

 

「クルルガア゛ァッッ!!!」

 

門に掛けられた魔法の大元が、すぐ側の矮小な人間によるものと本能で理解した怪鳥は

雄叫びを発しながらドスドスと衛兵へと突進していく。

 

「……」

 

衛兵は、遂に木箱から腰を上げて迫り来る怪鳥を睨みつける。

 

「(……さぁ、どう出る……?)」

 

衛兵の身体から溢れる魔力が荒々しくなり、魔法を行使する予兆だと理解したフリーレンは

目を皿のようにして次の行動を見据える。

 

「……」

 

そして、衛兵は片手を地面に付けると

長い沈黙を破って遂に口を開いた。

 

 

 

「────"大地を操る魔法(バルグラント)"」

 

そう衛兵が口にした途端に、大地が隆起した。

盛り上がった地面は瞬く間にその形状を鋭い槍の様に変化させる。

 

「グワ゛ァッ!?」

 

突如躍動した大地に怪鳥が驚愕の声を上げるも、次の瞬間には幾重もの巨大な石槍が全身を貫いていた。

 

「……ゴッ……グックゥ…………ッ!」

 

まともな断末魔すら発せずに魔力の塵へと還っていく怪鳥を

衛兵はジッと見つめたままであった。

 

 

 

「す、凄い魔法だったね……!あんなの喰らったら一溜りもないよ」

 

「え、えぇそうね……アレと戦うのは私はごめんだわ」

 

衛兵の魔法を観察していたラオベンとアウラは

その破壊力に戦慄しながら震え上がっている。

 

「…………アレってもしかして」

 

そんな二人の横で、一部始終を見ていたフリーレンが小さく呟く。

 

「ねぇ二人とも、これから私が言う事をしっかり聞いといてね」

 

そして、「これはイケるかも」と呟いた後に

二人に向かって何やら作戦を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ貴様ら?ここは北側と中央とを隔てる関所。その出立ちからして冒険者なのだろうが、今は如何なる理由でも通す訳にはいかないのでな」

 

怪鳥を倒した後、再び木箱に座り直して持ち場に戻っていた衛兵だが

ふと目の前の街道に一台の馬車が現れ、そこから三人の人物が出てきた為に怪訝な顔を浮かべた。

 

「あ、いえ、そのぉ……じ、実は私達、ここを通してもらいたくてですねぇ……」

 

先頭の人物────ラオベンが揉み手をしながらおっかなびっくりに話し出す。

 

「だから言っただろう。如何なる理由でも何人たりとも通す訳には…………ちょっと待て。小娘、お前の顔は手配書で見たな」

 

「ヴッ!」

 

低く呻くラオベンに対して、衛兵は腰のカバンから手配書の束を取り出して確認を始める。

手配書をパラパラと捲りながらも、同時に目の前の少女が下手な行動に出ないかを注視する。

 

「そこを動くんじゃあないぞ。勘違いならすまないが、場合によっては……」

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、ヴェヒター一級魔法使い殿」

 

いよいよ切羽詰まり、この世の終わりのような顔をしていたラオベンの背後から

フリーレンが前に出てきた。

 

「……なに?確かに俺は一級だが、そういうお前は────ッ!!」

 

本名を口にしてきた謎のエルフを更に訝しむ衛兵であったが

そのエルフが誰なのか分かった途端に絶句し、そして短く「チッ!」と舌打ちを漏らした。

 

「……フリーレン殿、今日はどういった御用で?そちらの娘は見たところお尋ね者とお見受けしますが……」

 

一転して丁寧かつ遜った口調にこそなったが、表情が見えないフルプレートの上からでも分かるくらい不愉快そうなオーラを放ち

それが不本意だというのが嫌でも伝わってくる。

 

「実はその件で今日はこちらの関所を訪ねた次第です。あまりお手を煩わせはしませんが少々城代と────」

 

「あぁもういい、俺はまどろっこしくて不合理なのが一番嫌いなんだ……!」

 

フリーレンの遠回しな言い方に痺れを切らした衛兵は

背後の城門へズカズカと歩いていくと

門に据え付けられた大きく無骨な金具をゴスゴスとやや荒っぽく叩く。

すると、傍の潜戸から別の衛兵が出てきた。

 

「ヴェヒター隊長、何か御用でしょうか?」

 

「御用も御用、大御用だ。俺はこちらに座すフリーレン殿をお連れして城代の下へ向かう。お前は残りの二人を丁重にもてなせ」

 

「……隊長、片方の娘っ子はどう見ても手配書の……」

 

「言わんでもいいッ!それも含めて城代の下へ行くんだ!」

 

「は、はぁ……」

 

こうして三人は、明らかに苛立った衛兵隊長に連れられて

無事に関所を潜ることが出来た。

 

 

 

 

「なんだか凄いことになったわねぇ……」

 

「うん、そうだね。正直さっきはもうお終いだと思ったけど……」

 

街の主郭に当たる建物の側で佇むラオベンとアウラは

急展開への驚きを口々に言い合っていた。

 

「フリーレンは『あの衛兵なら大丈夫だ』って言ってたけど……あの様子でほんとに大丈夫なのかしら?」

 

「だよねぇ、私のことも速攻でバレたし。……しかもフリーレンを見た途端に滅茶苦茶怒ってたし」

 

今のこの状況は本当に大丈夫なのだろうかという不安を募らせる二人であったが、

 

「……二人共、バッチリOKだったよ。これでラオベンの件は問題解決だ」

 

暫くすると主郭からフリーレンが出てきた。

しかも手で丸サインを作って微笑みながら。

 

「フリーレン、一体なにをやったの?」

 

アウラが不思議そうに問い掛ける。

 

「何って、そりゃあ──」

 

「あっ!もしかして、『勇者ヒンメル一行の魔法使い』の名前を出したとか?」

 

言い終わるより先にラオベンが仮説を口にした。

 

「ほら、『北側と中央の情勢を憂うナントカ』とか、『かつての英雄の一人として無辜の少女を見過ごせない云々』……とか」

 

勇者一行としてのネームバリューならば、あれ程までに衛兵隊長が遜ったのも

自身の指名手配の問題を解決したのも納得がいく。

そう予想したようだ。

 

「う、うーん……」

 

しかし、当のフリーレンはイマイチ微妙な表情を浮かべている。

 

「そんなにキラキラしたやり方じゃないんだけどねぇ。まぁ…………いわゆる"大人のコネ"って奴だよ」

 

「大人のコネ?」

 

それこそ勇者一行としての威光の事じゃないのか?と疑問符を浮かべるラオベンに対して

フリーレンは語る。

 

「……私は聖都で定職を持ってるからね。お偉いさんと仲が良かったり、何か困り事があれば知恵を貸したり…………下手に突かれたくない、諸侯国の薄暗い話とかも耳に入るから」

 

「うん」

 

「そういうのをチラつかされると悪徳貴族ってのは大抵大人しくなるんだ」

 

「……うん」

 

「ここの城代は品行方正な人で悪徳とは程遠いけど、貴族の不正がバレると色々と面倒ごとが増えるからね。ラオベンを脅してた貴族の連中は城代が国に掛け合って……()()()してくれるみたいだ」

 

「…………うん」

 

"何とか"と明らかに意図して省略した言い回しであったが

以上がフリーレンの今回の件の解決方法だったらしい。

一通り聞いていたラオベンは、「うーん」と唸りながら口を開く。

 

「フリーレンが凄い魔法使いなのは知ってたけど、もっと隠遁者とか年老いた仙人みたいな生活送ってるのかとばかり…………意外と俗っぽいんだね」

 

「"意外と"ってねぇ…………そりゃ私だってエルフだから森の奥で完全自給自足も出来なくはないけど、そうやって引き篭もってたらどんどん世間から置いてけぼりにされちゃうし」

 

「いや、常識的に考えればそりゃそうだろうけどさ……あと、何かすっごいドロドロとした事聞いちゃったから……」

 

英雄譚に出てくる伝説の魔法使い。

ラオベンがフリーレンに抱いている印象はそんな感じであった。

そんな、本の中から飛び出したかの様な物語の登場人物が『コネ』だとか『国に掛け合う』という

堅実なワードを口にするギャップに少し戸惑いを隠せないらしい。

 

「結局、お国同士のやり取りが関わると嫌でもドロドロとするものだよ。それに帝国とかだとこんなものじゃ済まない血生臭いドロつき加減だろうし」

 

「……そりゃそうだろうけどさぁ」

 

「ラオベンも大人になったらいずれ分かるよ」

 

「あんま分かりたくないなぁ、そんな息苦しい世界…………でも、ありがとうフリーレン!お陰で私も大手を振って歩けるよ!」

 

「まだ地方の貴族への根回しが済むまでは目立つ行動はダメだからね?」

 

釈然としない雰囲気だが、それはそれとして己の罪状を免責してくれた事への感謝を述べるラオベンに念を押しておく。

そしてフリーレンは、今度はアウラの方へ向き直る。

 

「アウラは──」

 

と、そこまで言いかけ、途中でやめた。

 

「…………」

 

今の会話をずっと黙って聞いていたアウラ。

ジッと目線をこちらに釘付けにしているが

相槌の一つもなく、眉どころか頬をピクリとも動かさない殺風景なその表情からは全く感情が読み取れない。

話を理解出来なかったか、そもそも今の話は根本の部分から右から左に抜けてしまっているのか。

 

「(……今のアウラには小難しすぎたか)」

 

恐らく今までと同様、難しい話は脳がシャットアウトしてしまったのだろうとフリーレンは考えた。

 

「アウラ、ざっくりと言えばね、『ラオベンが抱えてた問題』と『この関所を越える問題』、その両方が一度に────」

 

 

 

 

「解決したんでしょ?」

 

しかし、予想外の反応が返ってきた。

 

「フリーレン、その部分はちゃんと分かってるわ。……ただね」

 

人形のような作り物めいた顔を崩し、アウラは続きの言葉をやや考え込む。

 

「……そうね、なんというか、こういうのを『頭が良い』というか…………『狡猾』って、言うのかしら?私もそりゃ、慎重にコトを運ぶのは好きだったけど……どっちかって言えば軍勢を連れて力任せに押しがちだったもの」

 

「……」

 

「人間の、ほら、『外交戦術』……だったかしら。ああいうのってよく分からないから、てっきりフリーレンも同じだと思ってたのよね。だから、その、驚かされたっていうか」

 

「…………」

 

「フリーレン?」

 

「……いや、うん、そうだね。アウラもちゃんと話を聞いてたと分かって安心したよ」

 

「……ちょっと、それってどういう意味?私が人のはなしをぜんぜん聞かないみたいな言い方じゃない」

 

遠回しに頭悪そうと言われたのを察したアウラが少しムッとした顔を見せる。

対してフリーレンは「ごめんごめん」と軽く謝り……そして、僅かに視線を逸らして複雑な表情をしていた。

 

「まぁ、別に怒らないしいいけど……うん?ちょっと待ってちょうだい」

 

そこまできて、ん?っとアウラは小首を傾げて

別の疑問を口にした。

 

「ってことは、フリーレンがここの偉い人にお願い出来るんなら、なんで最初はコソコソしていたの?」

 

「……あっ、言われてみりゃそうだね。そんなコネがあるなら初めからどうとでもなる筈なのに」

 

そこまで言われてラオベンも同様の疑問点が生じたようだ。

二人揃ってどうしてと尋ねてくる。

 

「あ、それはね……」

 

 

 

「おいフリーレン」

 

そこまできて、バンッと主郭の扉が力強く開け放たれる。

出てきたのは先程の衛兵隊長であった。

ずっと被っていた兜を脱ぎ、仏頂面の男の素顔が露わになっている。

年齢は凡そ、30代後半くらいだろうか。

 

「久しぶりだねヴェヒター、だいぶ昔に北部高原で一緒の任務に当たって以来だね」

 

「あぁそうだな、積もる話はそれなりにあるが……俺が今一番聞きたいのは、何故あんたが指名手配犯なんかと一緒にいるのかという事だ」

 

「それは追々説明するよ。私もこの子も色々あったから」

 

どうも顔馴染みであるらしく、

ついさっきまでの堅苦しい雰囲気を取り払って気さくに話し合う二人。

そして、一通りの話……といっても大半は衛兵隊長の一方的な愚痴であるが、それを聞き終わったフリーレンは

アウラとラオベンの方に振り向いた。

 

「二人に紹介するね。こいつはヴェヒター、私の後輩にあたる。……ほら、前に会ったアデル──彼と同じで一級魔法使いだ」

 

「なんだお前ら、アデルの爺さんとも会ったのか」

 

「魔法薬の材料の野草を探してたみたいでね、その時にたまたま」

 

『アデル』という名前を久々に聞いた途端に、だいぶ不愉快かつ恐ろしい思い出が蘇ったアウラは苦々しい顔をする。

その横でラオベンは、「アデルって誰だろ」と呟きながらも

会った事もない老魔法使いの事を話していてる二人の会話に、遅れをとるまいと耳を傾けている。

 

「でもヴェヒターがここの衛兵隊長だっていうのは初めて知ったよ」

 

「以前からここの衛兵も兼任はしていたんだ。隊長に昇任したのはここ最近…………『魔法使いの少女が関所を無理やり通った』だなんて大事件があったのもあってな」

 

そう言ってラオベンの方をジロリと睨む。

睨まれたラオベンは「ヒエッ」と怯んでアウラの後ろに隠れる。

 

「そう虐めないであげなよ、悪気は無かったんだから。……ともあれ、顔見知りじゃなきゃ門の前で止められて城代に会う事すら叶わなかっただろうから、助かったよ」

 

「別に俺じゃなくても衛兵にあんたの名前を出せば通れただろう。多少手間は掛かるし、パーティーメンバー全員の素性を調べられるくらいはあるだろうが」

 

「それだとちょっと問題があってね……」

 

アウラの方を横目と見る。

フードに隠れている『見られてはいけない物』にも、彼女の正体にもヴェヒターは気付いていないらしい。

 

「…………訳ありみたいだな。詳しく詮索はしないが、面倒ごとだけは増やさないでくれよ」

 

「そのつもりだよ、この関所を通れるかが一番の問題だったし」

 

「そうか……まぁいい。もう日も暮れてきたし、続きは明日ゆっくり聞かせて貰おう。俺の部下が宿を手配しているから、今日はそこに泊まれ」

 

「ありがとう、何から何まで悪いね…………そうだ、明日はちょっと別件でお願いがあるんだけど」

 

「まだ何かあるのかよ……まぁ、あんたが厄介事を持ち込むのは今に始まった話じゃないが」

 

「実はね……」

 

悪態を吐きながらも、仕方ないかと諦めたヴェヒター衛兵隊長は

何やらフリーレンから小声で頼まれた願いを承諾した。

 

 

 

 

そうしてフリーレン達は、最後まで仏頂面であったヴェヒター衛兵隊長と別れた。

 

「……なんだか、最後まで怖そうなおっさんだったね」

 

「そんな事ないよ。あいつは職務に忠実な人間だし、無理言っちゃったのはこっちなんだから。……あと、あいつに直接『おっさん』とか言ったらダメだから」

 

「はーい」

 

日が沈み始めて、茜色に染まる街の大通りを三人と馬車は進んでいく。

 

「明日は私は殆ど一緒にはいられないと思うから、二人とも大人しくしてるんだよ」

 

「……?何か用事でもあるの?」

 

「色々と書かなきゃいけない書類が山積みだからね。城代に根回しして貰うといっても任せっきりという訳にはいかないから、私も地方の貴族に対して送る嘆願書とか。あとは聖都の職場に送る手紙と、古い知り合いへ送る分、…………到着がもう少し遅れる知らせもゼーリエに」

 

最後の方は、「何書いても文句言われるんだけどな」という溜め息混じりになっていた。

 

「へぇー……偉いと権力はあるけどやっぱり大変なんだね……だってさアウラ、明日どうする?」

 

「……」

 

「……おーい、アウラ〜」

 

「……あぁ、ごめんなさい。ちょっと街の景色をながめていたから」

 

いつかの街道の時のようにボーッとしていたアウラがようやく我に返る。

 

「……街なんて解放祭やってた所と大して変わらなくない?」

 

「あそこと違って、こう……なんというか……頑丈そうな街だったから」

 

「…………あぁ〜、城塞都市っていうくらいだから、確かに堅牢ではあるよね〜」

 

「そうよねぇー、立派な街だし……なぜだか……不思議と……なつかしく感じるのよねぇ」

 

そう言って街並みを感慨深そうに眺めるアウラ。

 

「……懐かしく、か」

 

その様子をフリーレンは黙って見つめている。

そして、つい先程の彼女とのやり取りを思い返していた。

 

 

『こういうのを"頭が良い"というか…………"狡猾"って、言うのかしら?』『私もそりゃ、慎重にコトを運ぶのは好きだったけど……どっちかって言えば軍勢を連れて力任せに押しがちだったもの』

 

 

旅を始めた頃は辿々しく、拙い喋り方であったアウラ。

たしかに、旅を進める内に多少の幼さは抜けていたが、それでも500年の刻を生きた大魔族とは思えない程に精神は退行していた。

 

 

 

その彼女が、ほんの一瞬とはいえ、冴え渡ったように流暢な喋り方をしたという事実。

 

「(…………今は、経過を観察するしかないか)」

 

アウラの心がどこへ向かうのかという一抹の不安と、これからの旅路の行く末。

それらを胸の内に秘めながら、フリーレンは静かに道を歩いていった。

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