アウラを人類と共存させてみた   作:やわら烏

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僕、冒険者になるのが夢なんです
そうだ、よかったらお姉さんの話を聞かせてください。
お姉さんの名前は?
どこで暮らしてるんですか?
いつまでここにいるんですか?
ずっと一人なんですか?
その声、CV竹達彩奈なんですか?
やっぱりアニメ化すると人気が増えたり人気投票で高順位を獲れますか?
本編から退場してかなり経ってもコラボ商品が未だに出るんですか?
ネットで構文が流行ってたりネタキャラとして愛されてたりしますか?
天秤を掲げたポーズってずっとやってると肩凝りませんか?


閑話.盲目の魔法使い

〜勇者ヒンメルの死から34年後〜

-北側諸国 ブリント樹海-

 

 

陽は既に沈み、気温も急激に下がって肌を刺すような冷気が辺りに満ちる。

太古の昔から人の手が入っていないこの森は、植生遷移が最終段階に達した極相状態にある。

森の大部分を構成するのは、樹皮や葉の色が淀んだ陰樹ばかりで

陽の光が殆ど降り注がないが為に森全体が深い暗闇に包まれている。

 

────アオォーン……!

 

遠くから獣の遠吠えが聴こえるのも相まって、底知れぬ不安を煽る原始林。

 

そんな鬱蒼とした森の中、一人の少女が焚き火の前で膝を抱いて蹲っている。

 

「…………」

 

ヒルフェであった。

 

旅に出てから凡そ四年。

少し前に三級魔法使いになった彼女は、魔法薬の材料となる薬草を探しにこの森を訪れていた。

真新しく着せられてる感のあったローブも幾分かくたびれて、多少は魔法使いらしい身なりに仕上がっているが、

 

「………………ヴ……ヴぅ……ッ!」

 

焚き火を前に蹲り、時折り肩を震わせて啜り泣いているその様子からは

私用で森に踏み入った冒険者というより、森で迷子になった非力な村娘にしか見えない。

 

とはいえ、別に遭難している訳ではない。

魔法使いなのだから、魔力探知や飛行魔法を行使すれば

この深い森から出る事など容易い筈である。

 

相変わらず顔を伏せている彼女は、途切れ途切れの声を漏らした。

 

「…………お師匠……様ぁ……っ!」

 

 

 

彼女とその師匠は一年前に、ある街に滞在していた。

その時ヒルフェは三級魔法使いに昇格したばかりであった。

「ついに三級になれたんだ」という興奮。

「弟子が着々と立身していく」ことへの誇らしさ。

彼女も師匠も、喜びに胸を膨らませながら、ゆっくりと街で羽を伸ばすつもりであった。

 

 

 

その時に"ソレ"は、何の前触れもなく街を襲った。

 

人と同じ姿形、人と同じ身なり、人と同じ言葉。

そして────人類との大きな隔てを感じさせる、強大な魔力と不快な"腐臭"。

 

 

『大魔族』

大陸中に(ひし)めく魔族の中でも、圧倒的な魔力と絶大な魔法を誇る、人類にとっての最大の脅威。

 

街を襲ったその大魔族は、街にいる人、動物、建物を問わず

あらゆる物を魔法で石へと変えていく。

そんな大魔族に師匠は単身で挑んだ。

一人でも住民を逃す為に、近くの街から討伐隊が来るまでの時間を稼ぐ為に。

そして……愛弟子を逃す為に。

 

時間にして一分の足止めすら叶わなかったのだろう。

あっという間に全身を石化され、そして次の瞬間には粉々に打ち砕かれた。

しかし、師匠を破砕して殺した大魔族は、何の気紛れか街を去っていった。

 

気紛れに訪れ、破壊の限りを尽くした後、また気紛れに去っていく。

"大魔族"が大魔族たる所以と、その災害の如き有り様をまざまざと見せつけられた街の人々は

魔族への憎しみ半分、もう半分は「もう戻ってこないでくれ」という恐怖を抱きながら復興に励んでいた。

 

そんな住民達に混じってヒルフェは、地面に撒き散る『師匠だったもの』の石片をかき集めて弔った後

一人街を離れた。

 

 

それからは、他の冒険者とパーティーを組むでも、何処かの村落に腰を落ち着けるでもなく

北側諸国を転々としている。

 

「…………なんだか……疲れたなぁ」

 

一通り泣き尽くして涙も枯れたヒルフェは

この一年間の出来事を振り返りながら、ユラユラと揺れる焚き火をぼうっと見つめる。

敬愛する師匠の死を四六時中引き摺っている訳ではないが、未だに吹っ切れていない彼女は、時折こうして焚き火の前で物思いに耽る。

 

「(もう、故郷に帰ろうかな……。お父さんの、畑仕事の手伝いとか……。お兄ちゃんの…………お兄ちゃんはなんだろう?やっぱり畑仕事してるのかな?)」

 

もういっそ冒険者など辞めて生家に帰ってしまおうか、という考えが過ぎったヒルフェは

家で待っている家族達の顔を思い浮かべる。

 

「(家に帰ったら、『魔法使いとして大成できずに戻ってきた』って……流石にそんな事は思われないか。三級は立派な箔がある魔法使いだし、二人とも優しいし)」

 

大陸魔法協会が定めた基準では、魔法使いは五級から一人前と言われている。

今のヒルフェは三級。もう一人前と名乗っても良いだけの資格がある。

 

「(胸を張って我が家の敷居を跨げる経歴もある……家でだって、収穫した作物の運搬や保存にしても魔法があるだけでうんと楽になる……)」

 

どんどん帰省する動機が固まっていくヒルフェは、いよいよこの旅を続ける意義を見出せなくなっていた。

 

「……そうだよね。『才能がある』なんてお師匠様は言ってたけど、そんなの右も左も分からない子供の内だけ。……あんな"大魔族(かいぶつ)"になんて一生太刀打ちできっこない」

 

 

『──無理よムリムリ。魔法っていうのは選ばれた者だけが使える代物なのよ?』

『──夢を見るだけなら誰だって出来るんだから。いつか私が言った事実を思い知るまで、精々頑張りなさい」

 

 

その"大魔族(かいぶつ)"の同族から、幼い頃に嘲りと共に言われた言葉。

今になって漸くその事実を思い知らされる。

 

「『魔法の高み』とか、『魔法使いになってやりたい事』なんて、夢のまた夢。もっと目の前の現実だけ見てた方が…………」

 

 

 

────ガササッ

 

ふと草陰から何か物音がした。

 

「────ッ!!誰ッ!!?」

 

野生の動物かもしれないし、魔物かもしれない。

……魔族かもしれない。

以前の幼魔族の件で流石に学習したヒルフェは、素早く杖を構える。

 

「────ごめんよ、驚かすつもりはなかったんだ。……その感じからして同業者だよね、どうかその杖を降ろしてくれないかい?」

 

草むらの向こうから男の物と思われる声が聞こえたが、ヒルフェは油断しない。

魔族というのは言葉で人類を欺く魔物なのである。

声の主が魔族でない保証は何処にもないのだ。

 

「……"同業者"というと、貴方も魔法使いなんですね?……ゆっくりとこちらに来てくれませんか」

 

警戒を怠る事なくそう告げると、声の主は草を掻き分けながらゆっくりと歩いてきて……その姿を露わにした。

 

「これでいいかな」

 

「…………申し訳ありませんでした。てっきり魔族なのかと不安だったんで」

 

「いや、君の判断はとても利口だよ。こういった森には魔族が潜伏している事がままあるからね」

 

草むらから出てきた声の主────40代半ばの初老の男性の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろしたヒルフェは

杖先を降ろして緊張の糸を緩める。

 

「…………え?」

 

……と同時に、()()()()に気がついた。

草むらから全身を露わにしたその男は確かに魔法使いの服装である。

魔法使いであるのだから、当然杖も所有している。

しかしその杖は、魔法を使う事を目的としたというよりは…………

 

「…………とっと……!隣を借りても大丈夫かな?」

 

「は、はい……」

 

杖先で…………()()()()()で、何度も前方の地面を小突きながら歩いてきたその男はヒルフェのすぐ隣に腰を下ろした。

 

「……あ、あの……!」

 

数十秒ほどの沈黙の後、ヒルフェはようやく意を決して口を開く。

 

「もしかして貴方、その……失礼ながら……目が、見えないんですか?」

 

声を掛けられた男の顔がこちらの方に向く。

彼女の予想通り、その瞳は白く濁っていた。

 

「……あぁ、うん。幼い頃に負った怪我のせいで、何も」

 

魔法使いが使う物とはやや異なる杖をついている時点で気付くべきだったのかもしれない。

しかし、危険な魔物や魔族が跋扈する北側諸国の森深くで

盲人が一人で旅をしているという光景はとても信じ難く、仮に人から聞いたりしたら作り話と思うことだろう。

 

「そ、それでよく……こんな森深くまで来られましたね」

 

「まぁ、杖があるからね」

 

男はそう言って杖を撫でるが、「杖一本でどうこうなるものではないんじゃないか?」とヒルフェは内心で疑念を抱いた。

 

「あの、えと、貴方も魔法使いって言ってましたけど……という事は、大陸魔法協会に所属してるんでしょうか?」

 

「そうだね。僕も協会に属する魔法使いだよ」

 

「……失礼ながら、階級は?」

 

こんな盲人でも魔法使いになれた事に驚きだが、同時に魔法使いとしての手腕の方も気になり出した。

もし自身と同じ三級か、それ未満……下手をすれば六級以下の見習い魔法使いならば

この森から一人で出るのは相当困難な筈である。

ならばせめて、近くの町か村まで付き添ってあげようと。

 

そんな事を考えていたヒルフェだが、その男から帰ってきた言葉は予想外の物であった。

 

 

 

「僕の階級は、そうだね…………まぁ、"一級"だよ」

 

『一級』

最初は"六級"や"八級"が(つか)えてそう聴こえたのだと己の耳を疑ったヒルフェであったが

そうでないと理解した途端、目を大きく見開いた。

 

「…………す、……す」

 

そして、次第に顔がサァッと青褪めた彼女は、頭を勢いよく地面に擦り付けた。

 

「す、すみませんッ!!一級魔法使いの方に私、え、偉そうな事言っちゃって……ッ!!」

 

「いや、いいんだよ気にしなくて。僕はこんな見た目だから、見くびられる事は慣れたものだ。……それに、僕が森で迷ったんじゃないかと心配してくれたんだろう?」

 

まるでヒルフェの心を読んだかの様に穏やかな口調で返した男は、顔を上げるように促した。

 

「僕はヴィル、君の名前は?」

 

「わ、私はヒルフェっていいます……!さ、最近三級になったばかりのヒヨッコです」

 

こうして、師を失って傷心していた少女と盲目の魔法使いの焚き火を囲んだ談議は始まった。

 

 

 

 

「ヴィルさんは一級魔法使いになってどれくらいになるんですか?」

 

「そうだなぁ……大体、10年と少しってところだろうか」

 

「一級だけの特別な仕事なんかを任せられるようになりますか?」

 

「うん、協会からの通達がしょっちゅう来るようになるね。……そうそう、ゼーリエ様は目の見えない僕の為に点字で手紙を書いてくださるんだ」

 

「なるほどぉ…………そういえばゼーリエ様って名前しか聞いた事がないんですけど、どんな方なんですか?」

 

「そうだねぇ……ゼーリエ様はとても優しい方だよ。言動は老練で奥ゆかしく品がある。それでいて見た目は若く容姿も美麗、まるでお伽話の妖精のように神秘的な……」

 

それからヒルフェは、生まれて初めて出会った"一級"という魔法使いの頂に立つ存在にひっきりなしに質問し続けた。

先程まで憔悴しきっていたのが嘘のように、知らない世界への探究に胸を弾ませながら

次から次へと思い浮かぶ疑問をどんどん捲し立てる。

そんな知的好奇心の塊のような少女の質問攻めに、ヴィルは辟易する事すらなく一つ一つ丁寧に返答してくれる。

 

「……あれ?そういえばさっき『同業者』って言ってましたけど、目が見えないのによく私が杖を構えてるって分りましたね。それに、ゼーリエ様の見た目についてもやたら詳しく……」

 

「あぁ、それはね…………見せる方が早いかもしれないな。ほらこうやって……」

 

そう言って杖先で、地面に転がっていた小石を軽く小突いた。

 

「石をよく見てごらん」

 

「……うーん……?」

 

促されるままにヒルフェは石に注意を向ける。すると、石に微量ながら魔力が込められているのに気がついた。

 

「僕は魔力を感知して周りの様子は大体理解できるんだ。杖で僅かに魔力を込めていけば足元は分かるし、その魔力源から拡散した魔力は周りの物にぶつかって反射するからそれで周囲の地形も大体分かる」

 

「ま、周りにぶつかって反射……ですか……?」

 

ヒルフェは更に神経を張り詰めて魔力を感じようとする。だが、意識を集中してようやく感知できるかどうかという小石の僅かな魔力以外は何も探知できず、ヴィルの言う『拡散した魔力の反射』とやらの実態は何一つ掴めなかった。

 

「一朝一夕で感じるのは難しいだろうね、僕は若い頃からずっとやってたお陰もあるから。……それに魔力だけじゃない。周りの音、微かな匂い、空気の揺らぎや肌に伝わる振動。心音、息遣い、流れ落ちる汗も……視覚以外の五感から得られる情報は沢山あるんだ」

 

「そんなに色んな情報から……」

 

「それだけじゃないよ。僕たち人間と同じように樹木も呼吸をしている。生物ではない石や鉱物なんかも、波長の様なざわめきを微かに放っている。……それら全部に意識を向ければ凡その事は知覚できる」

 

「べ、勉強になります……」

 

自身がまだ知らない魔法の世界やその果てしない高み。

そして、一級魔法使いという存在が如何に人並外れた力量を誇るのかを見せつけられるごとに

ヒルフェは今の自分がまだまだ未熟だという事を実感させられた。

そんな彼女の心境を先程言った『視覚以外の五感』で察知したヴィルは優しく話した。

 

「こんな事をしてるのは一級の中では多分僕しかいないから、あまり参考にならないけれどね。……だけど皆、僕と同じかそれ以上に強い人達ばかりなのは確かだよ」

 

そう言われて幾分か気が楽にはなったが、それでも一級魔法使いの世界のハードルが高い事には変わりなく、彼の話が本当ならば、更に優れた技量の持ち主もいるのだろう。

これから魔法使いを続けていくのならば、もっと研鑽を重ねなければならないのだという事を改めて認識させられた。

 

「…………ところで、一級になると何か良い事があるって前に聞いたんですけど」

 

「良い事?うーん……北部高原に自由に立ち入れるようにはなるし……あとは、まぁ、望んだ魔法が貰える『特権』があるくらいかな」

 

「望んだ魔法……ッ!ヴィルさんはどんな魔法を貰ったんですか?」

 

「僕が貰ったのはコレだよ……"聞いた事のある音を再生する魔法"」

 

ヴィルが杖を軽く振ると、何処からともなく鳥の(さえず)りが聴こえてきた。

 

「わあァ……ッ!!……素敵な魔法ですね……」

 

「僕にとって"音"は、周囲の世界との繋がりを持てる数少ない手段だからね。特に鳥の鳴き声は良い。心が癒されて、辛い事なんかがあっても忘れられるんだ」

 

「たしかに……私も野草を探してる時に聴きますけど、何ていうか、心が洗われるというか……」

 

「……ちなみに鳥の囀りはただ綺麗なだけじゃないんだよ?」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、求愛行動や縄張りを示す為の歌であるのと同時に、天敵に狙われる危険を冒してでも鳴かなければいけない、謂わば命懸けの──」

 

攻守交代する様に、今度はヴィルの方から立て続けに喋り出す。

野鳥の種類や鳴き方とそこに込められた意味、季節による生息地の変化や遠い地にいる珍しい特徴を持つ鳥など。

よほど鳥の事が好きらしく、先ほどまでの『落ち着いた物腰の大人の男性』から一転、好きな物に夢中になる子供のように身振り手振りを交えながら喋り続けた。

 

「……あっ、ごめんよ。僕ばかり喋っちゃって。昔から好きな事を話し出すと止まらなくてね……」

 

「いえ、気にしないで下さい!私も草花の話になると夢中になり過ぎて、よくお兄ちゃんから注意されてましたから。それにお師匠様も、『夢中になり過ぎて周りへの注意が散漫にならないように』って…………あっ」

 

 

そこでヒルフェは言い淀んでしまう。

かつては注意をしてくれた師匠はもう既にいないのだと思い出して、急に現実に引き戻されたのだ。

 

その声の詰まりや急激な心音の変化から、彼女の師匠に何があったのかを察するヴィル。

 

「……ッ。その、君の師匠は……」

 

「ちょうど一年くらい前に、街を襲った魔族と戦って……それで……」

 

「……嫌な事を思い出させてしまったようだね」

 

「いえ!もう気にしてないんで大丈夫です!…………ほんとに、もう……」

 

明るい話題はブツリと途切れ、気まずい空気が流れて沈黙が続く。

口では気にしていないとは言いつつも、声が僅かに震えて目尻に涙が浮かび始めている様子から嘘なのは一目瞭然である。

 

「(わ、話題を……話題を変えないと……)」

 

師匠の死を誰かに同情して欲しい訳ではないし、一緒に悲しんでもらえた所で陰鬱な気分が晴れるものでもない。

 

「……し、湿っぽい雰囲気にしてごめんなさい……ッ!」

 

初対面の相手をこれ以上困らせまいと、ヒルフェは懸命に場の空気を元に戻そうとする。

 

「そ、そうですよね……魔族なんて大陸中にいるんだから、珍しい話でもないですよね……!なんだかごめん──」

 

 

 

 

「………そうだね、珍しい話ではないのかもね。僕の両親も魔族に殺されたから」

 

「──なさい……そうだ!よかったらヴィルさんの…………えっ?」

 

だが、ヴィルは敢えてその薄暗い話に乗っかってきた。

白く濁った瞳で、悲しみとも嘆きともとれない複雑な表情でこちらを見つめながら。

 

「…………ッ!……あ………あ……その……!す、すみ……ッ!」

 

「謝らなくていいよ。僕はもうとっくに乗り越えている。今は君自身がその辛さと向き合う方が大事だ」

 

さっき階級を聞いた時以上の真っ青な顔になり上擦った声で謝ろうとするが、ヴィルはそれを手で制する。

 

「魔族が街や村を襲うのはよくある事だけれど、それは決して当たり前の事じゃない。だから、ちゃんと辛い時は辛いと言っていいんだよ」

 

「…………あ、ありがとうございます。私、お師匠様が死んでから、ずっとこの気持ちを吐き出せずにいたので」

 

中途半端な同情からではなく、同じ体験をした者からの共感に近い言葉。

ヒルフェの気持ちは僅かだが軽くなった。

 

「……もしかして、その目の怪我も……?」

 

「うん。父や、魔法使いだった母が逃してくれたけど、魔族の攻撃はとても激しくてね。当時の村の大人達が負傷した僕を連れて非難したから、命だけは助かったんだ」

 

「……心中お察しします」

 

「その村も、それから6年後に別の魔族に滅ぼされたけどね」

 

「え゛ッ……」

 

「巨大な斧を振るう魔族の"将軍"だったらしい。その時も大人達が僕を優先して逃してくれたけど、僕以外の村人は助からなかったそうだ」

 

災難に次ぐ災難。

踏んだり蹴ったりと言わざるを得ないその重過ぎる過去にヒルフェは絶句した。

自身は師匠が亡くなったが、まだ家には二人の家族がいる。

しかし、ヴィルは最早肉親や知人と呼ぶべき存在の悉くが魔族に殺されてしまっているのだ。

 

「(こういう時、どう言ってあげればいいんだろう)」

 

言葉に詰まる。

下手に同情しても上辺だけのものとして気分を害するかもしれない。

ヴィル本人はもう立ち直っていると言っているのだから、今更傷口をほじくり返すような真似は避けるべきだろう。

 

 

数分程黙りこくって脳内で当たり障りのない言葉を選び続けたヒルフェは、ようやく口を開いた。

 

「……魔族は、何でそうやって村を何度も襲うんでしょう?」

 

「…………」

 

ヴィルの沈黙に内心、やらかしたか?と焦りを覚え始める。

魔族が何故人を襲うかなど簡単である、『人を喰う為』だ。

師匠からの講義で魔族の知識をやんわりとは持っているヒルフェは「何を当たり前で馬鹿な事を聞いたんだろう」と後悔した。

 

しかし、

 

「何か、事情があったのかもしれないね」

 

その問いにヴィルは、暗い顔をしながらもそう答えた。

 

「人を喰う為かもしれないし、ただの力試しかもしれない。…………もしかしたら、特に理由もなく気まぐれで襲ったのかもしれない。だけどそこには、魔族なりの事情があったんだと僕は思う」

 

「ただの気まぐれは……『事情』と呼んでいいのでしょうか……?」

 

「普通は呼べないね。でも僕たちだって、日頃の散歩のコースから外れて違う道を歩きたくなる事があるだろう?そこに具体的な理由がなく、言葉で説明できない"本能"のようなものに駆られた衝動的な行動でも、それは『事情があった』と言えるんだろう」

 

ヴィルのその語りは、親しい物を魔族に殺されたにしてはあまりにも冷静で、俯瞰的で…………何処となく、『魔族への理解を深めたい』という願望があるかの様に聞こえた。

 

「……ヴィルさんは……魔族が憎くないんですか?御両親を殺されて、住んでいた村も滅茶苦茶にされて、それに……目も」

 

「憎くない……かと言えば嘘になるのかもしれないね。両親や村の皆を殺した魔族は許せないし、誰かが襲われる場面に遭遇したら僕は迷わず戦う。…………だけど、魔族が全員、悪い奴だとは思いたくないんだ。中には……そう、『良い魔族』だっているんじゃないかって」

 

「そんな……『良い魔族』って、いるんでしょうか」

 

「きっといるよ。今は居なくても、これから現れるのかもしれない。世界は広いんだから」

 

ヴィルは祈るように言った。

一級魔法使いである彼は魔族との交戦経験は一度や二度では利かないだろう。

魔族の危険性も、邪悪で醜悪な習性も充分知った上でそう言い切っている。

それは最早"願望"というより、"信念"と呼んだ方がいいのかもしれない。

 

「……」

 

そんな彼の信念にヒルフェは思わず…………()()()()()()()

 

 

「……私」

 

 

師匠にすら一度も話した事がない、幼い頃の経験を。

 

 

 

「…………私、小さい頃に魔族と暮らしてた事があるんです」

 

そのカミングアウトに、ヴィルは目を丸くした。

そして、彼女の声調、心音、発汗と気化を経て大気を漂う汗と微量の血液の匂い……そして身体から立ち昇る魔力の性質から、それが嘘ではないとすぐ理解する。

何も言わずに静かに耳を傾けているヴィルに、続けて話す。

 

「その子は魔法が使えないみたいで。それで仲間外れにされてたらしくて、私の家に転がり込んできたんです。……今思えば、それは嘘だったのかもしれません。生まれつき魔法が使えない魔族なんて普通はいませんから」

 

魔族の性質の一つである『すぐ嘘を吐く』というものを知った今の彼女にとって、それが嘘だった事にはとっくに気付いている。

 

「……しばらくして、その子は何処かに行っちゃいました。それと入れ替わる様に、近くの街の衛兵の方が人相書きを携えて家に来ました…………『逃亡している大魔族を追っている』、と」

 

目を伏せたまま、幼少期の思い出を漏らす事なくつぶさに語り続ける。

 

「大魔族なら、いつだって私達を殺せた筈……なのにその子は何もしませんでした。そこにどんな意図があったのか、どんな企みがあったのか……それとも無償で私達と共存していたのか、今となっては分かりません」

 

そこでようやく目線を上げたヒルフェは、はっきりとした強い声で、続きを述べた。

 

「でも、当時の私はその話……その嘘を信じていました。そして……とっても可哀想に思ったんです」

 

「……可哀想、というのは?」

 

「だって、他の魔族と違って魔法が使えなくて独りぼっちだなんて、とても可哀想じゃないですか。…………それで私、ある日その子に言ったんです…………

 

 

 

 

…………『将来魔法使いになったら、魔法が使えない人でも魔法が使えるようにする』って」

 

「…………それは、とても……大きな夢だね」

 

少女の将来の夢を聞いたヴィルは、その壮大さに素直な感想を述べるが、ヒルフェは首を大きく振る。

 

「いいえ。本当のこと言うと、それまでは魔法がどうとかなんて、これっぽっちも考えた事なんてありませんでした。……考えるにしても精々、『大人になったらすごい魔法使いになる』みたいな、将来を見据えてる訳でもない抽象的なものばかりで」

 

先程まで一級魔法使いという存在に多少萎縮しながらおっかなびっくりに話していた少女の姿はなく、閊えることなく無くなっている。

 

「……私の家の周りは殆ど森で、民家は一軒もなく……1番近くにあった街へも買い出しの時にしか行かなかったから同年代の友達はおろか、話し相手も兄と父以外いませんでした。ずっと草花くらいしか相手もいなくて、植物についての知識と好奇心ばかり高まる毎日…………そんな時、その子が来たんです」

 

ずっと心の奥底に仕舞っていた事実を、包み隠していた本心を、赤裸々に明かす。

 

「魔族が私の家に転がり込んで、一緒の生活をして、一緒のご飯を食べて、一緒に寝て…………そして、魔法の話を沢山聞かせてもらって。それまでの、閉鎖された狭い世界が、急に開けた様な気持ちになりました」

 

その時抱いた喜びの感情を思い起こしたのか、自然と笑みが溢れた彼女は声を弾ませる。

 

「『何かが変わって大きな事が起こるんだ』っていう不安と、期待で胸が膨らんで。…………その子との生活はたった1ヶ月足らずでしたけど、その1ヶ月が私にとってはかけがえのないもの、私の世界を大きく変えました」

 

一度声を区切り、深呼吸をする。

そして、真っ直ぐで強い意志を宿した瞳でヴィルを見ながら、

 

「だから私にとって、その子が『良い魔族』なんだと思います!私と友達になって、魔法使いとしての夢をくれたんですから!」

 

言い切ったヒルフェは、そこで緊張の糸が途切れたのか、深く息を吐き出した。

植物の知識自慢以外でここまで流暢に、しかもプライベートな話を他人に話したのはそうそう無かった為、だいぶ気力を使ったらしい。

 

「そうか……『良い魔族』……か。確かに君にとって、その子は『良い魔族』なんだろうね」

 

確固たる意志を持ちつつも、どこか諦観を抱いていたヴィルは、とても満足そうな表情になっている。

例えそれが事実と異なる、嘘と偽りに満ちたものだとしても、目の前の少女にとっては確かな"真実"なのだと。

 

 

 

そして、ヒルフェの語りを一通り噛み締めたヴィルは口を開いた。

 

「……実は僕もね、子供の頃に、人生の指針となる言葉をくれた人がいたんだ」

 

「へぇ、ヴィルさんにもそんな人が。……どんな人だったんですか?」

 

「さあね……その時にはもう目は見えなかったから。……だけど、その人曰く、『とても強い魔法使いの女性』なのは確かだった。『一級魔法使いよりずっと強い』って」

 

光を映さない筈の白濁した瞳は、童心に返っているヴィルの心象を映しているかの様に

まるで子供の様にキラキラと輝いている。

 

「僕は母親と違って魔法の才能が乏しくて、伸び悩んでいたんだ。……もう魔法使いは諦めようか、僕は強くなれないのかな?……そう迷っていた時に、その人は言ってくれたんだよ」

 

子供のような人懐っこい顔で、照れながら。

 

 

 

 

 

 

 

「『なれるわよ、頑張ればね』って……たったそれだけ、その言葉で僕はここまで来れたんだ」

 

 

 

 

夜が明け、二人は樹海の入り口まで共に着いた。

 

「(……ヴィルさんにも、励ましてくれる人が、夢を後押ししてくれる人がいたんだ)」

 

遠方で杖を振り別れの挨拶をしているヴィルに向かって手を振り返しながら、ヒルフェは物思いに耽っていた。

 

 

『────なれるといいわね、魔法使い』

『──精々頑張りなさい』

 

あまりにも淡白で、何か複雑で深い意味や意図があったかすら疑われしい激励の言葉。

 

 

 

 

 

「一級試験まであと一年と少し…………頑張れるだけ、頑張ってみよう」

 

 

 

しかし、少年だった盲目の男の励みとなったように、その言葉は今でも変わらず、彼女の内で木霊していた。




小説版フリーレン〜前奏〜ネタを多く含んでいます
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