アウラを人類と共存させてみた   作:やわら烏

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見事でないな遅鈍なる戦士よ
0,01世紀ぶりだ、アウラの過去回想に出会ったのは
人類の評するハメの分類によると"エタってた"という事になるか


閑話.墓地じゃない

勇者ヒンメルの死から3年後

-北側諸国 北部高原 ヘレ村跡地-

 

 

千年に渡って人類を脅かしてきた魔族の首魁たる『魔王』を討ち取った、勇者ヒンメル。

そのヒンメルで死んで僅か3年、魔王の死後に大陸中に散り息を潜めていた魔族達は活動を再開し、再び人類圏への侵攻を始めていた。

 

特に北側諸国の村落などは半世紀以上も魔族に脅威に晒されなかった故の平和ボケも相まって

活動再開直後の魔族の餌食となる傾向が強かった。

 

「この辺りには村があると聞いていたのだけれど……」

 

そして今日、北側諸国の地図からまた一つ、村が姿を消した。

 

「……酷い有り様ねえ」

 

ただの一人の生者も残されていない廃村を目にして早々、断頭台のアウラはそう呟いた。

勿論、「罪もない人々の命が失われて」とか、「細々ながらも懸命に生きてきた村の穏やかな日常が壊されて」などに対する「酷い」ではない。

 

ただ、荒れに荒れ果てた村の景色を見て、美的価値観から「酷い」と思った、それだけである。

 

誰も整備する者がおらず凹凸の激しい村道をアウラは悠然と歩く。

その背後から配下である首切り役人たちや、魔法で操られた首無し騎士の群れも引き続く。

 

複数の配下を連れ立った大魔族、そして人間の屍が幾つか転がる廃村。

 

この世界では『村落が魔族に蹂躙されて滅ぶ』など、珍しくもないありふれた光景だが……

 

……今回は少し事情が違った。

 

「アウラ様、やはり村の食糧備蓄庫は全て空でした」

 

村の隅々まで散策してきたドラートが合流し、主に結果を報告した。

 

「そう」

 

興味がない、別にどういう探索結果だろうがどうでもいいという感じで

アウラは素っ気なく返す。

 

「まさか訪れる前に勝手に死に絶えているとはね」

 

村の備蓄庫は空であり、食糧は欠片も残されていなかった。

どういった経緯なのかは知る由もないが、どうやらこの村は冬を越す事が叶わず全員餓死したらしい。

いや、魔族や魔物の被害を抜きにしても、寒冷であり尚且つ不毛の大地が多い北部高原の気候を考えれば

自然の猛威による滅亡もあながち珍しいものではないのかもしれない。

どれだけ冬への万全の備えをしたとしても、自然の機嫌次第で人間の努力など簡単に吹き飛んでしまうのだ。

 

 

抵抗する者はおろか暇つぶしに殺せる命すら居ない無人の村を一通り練り歩いたアウラ達は、村の外れの墓地へと赴く。

そこには痩せ細った母子の遺体が、墓地中央の女神像の前で手を合わせたまま横たわっていた。

 

本来、北部高原では村落の近くに墓地はない。

腐臭に釣られた魔物の群れを呼び寄せかねないからだ。

故に埋葬するのは高原の南端の魔物が少ない共同墓地である。

だが、この村はそんな悠長な事を言っている余裕は無かった為か

不恰好な墓石と棺すら用いない埋葬法による簡易的な墓地が

村の外れの女神像を囲むように作られていた。

 

「……ふーん」

 

何の感慨も無さそうな無機質な表情で二体の骸を眺めるアウラは手近な墓石に腰を下ろし、

 

「ゴツゴツしてて痛いわね……リュグナー」

 

「はっ」

 

顎でしゃくられたリュグナーの操る血の刃が一閃、次の瞬間には墓石の上部は真っ平らに切り裂かれていた。

 

「……まったく、既に死んでいるんじゃ手駒にしようがないわ」

 

「えぇ、仰るとおりで」 

 

礼の一つも述べずに、座りやすくなった即席の椅子に腰掛けるアウラと

それに気を悪くするでもなく相槌を打つ従者。

 

自他の魔力を天秤に乗せ、魔力量で負かした相手を完全に制御下に置く"支配する魔法(アゼリューゼ)"。

一度支配下に置かれた者は、首を斬られて生命活動が停止しようが

肉体が朽ち果てるまで動かされ続ける。

ただのアンデッドを作り操る魔法などとは精度も魔法体系も根本から次元が違う、七崩賢の魔法。

そんな魔法の頂に近い魔法ですら、既に死んだ相手を操る事だけは出来ない。

 

アウラが足元の遺体をつま先で小突いて裏返す。

 

皮膚の所々に虫食い穴が空き、時折り何かがモゾモゾと這っていた。

極寒の環境とはいえ、日が昇っている時間帯は多少気温が上がる。

その間に腐敗や発酵が進み、中は相当酷い状態であろう。

 

「おそらく、村のそこかしこに転がる他の死体も同じでしょうね」

 

穢らわしい、そう思いながら蝿が集る遺体を見下す。

不死の軍勢の増強が叶わないならせめて腹ごしらえでも出来れば無駄足を踏んだ機嫌も少しは良くなるのだろうが、この有り様では……

 

 

 

「そうだね、だったら食べるのには困らなさそうだ」

 

配下の一人、リーニエはそう言いながら

墓地から掘り出した亡骸から捥いだ腕をモグモグと頬張っていく。

 

「………………リーニエ」

 

「なに?アウラ様、リュグナー様」

 

信じられないものを見るような目をする二人を不思議そうに見上げるリーニエは

その手を休める事なく土を掘り起こし続ける。

 

「……リュグナー。リーニエのアレは一体、何をしているの?」

 

「はっ、恐らくはあの作業の様子を見るに……その…………『墓の死体を食してる』のかと思われ──」

 

「そんなのは見りゃ分かるわよ。ちょっと……なに?『地面に埋まった死体を食べる』、ですって?」

 

自分の肩を抱きながらブルルッと身震いをするアウラ。

 

意外に思われるかもしれないが、魔族というのは殺した相手をその場で喰う事はあっても

既に死んで埋葬まで済んだ遺体を掘り起こしてまで食する事は非常に稀である。

基本的に魔族は人間を殺し喰らう生物であり、忌避感などは抱かないし死臭も気にしない。

 

……とはいえ、死んでからだいぶ経った、蛆などが湧いた腐乱死体を喰うのには

肉の中に巣食っている生きた虫が口の中で暴れる食感や

損傷した箇所から混じり込んだであろう土塊の風味などが必ず伴う。

 

「ありえないわ。知性があるのかないのか怪しい低級な魔物ならいざ知らず、私に土に埋まったモノを食えと?」

 

人間の油断を誘う為に、その姿や振る舞いを真似ているだけの生物ではあるが

人間基準でのモラルは皆無であっても、人間にどこか近しい美的感覚はそこそこある。

 

「えぇ、全くもってその通りです。汚物を口に含まねばならないほどの飢えなど我々には無縁ですし、アウラ様がそのような野卑な行いをせざるを得ない可能性など微塵としてありません」

 

そもそも、人以外も食べようと思えば食べられる魔族にとって

最早本能に刻まれた衝動のままに、食事を目的としない殺戮を何とはなしに行う事はあっても

飢えに切羽詰まって人肉を血眼で探す場面というのは早々ない。

そこまで空腹なら獣肉や果実などで一応の腹は満たせる。

 

魔族の中にはゲテモノだろうがお構いなしに食べる者や、敢えてその手の物が好きな物好きはいるだろうが

この二人はそうではなかった。

モグラかミミズの如く地面を掘り起こし、土なのか屍肉なのか判別も付かないレベルで腐敗した物体に口をつけるほど品性が無い訳ではないしプライドが許さない。

 

「……でもこの死体まだ腐ってないよ、ほら」

 

まるで自分が何か恥知らずな行いをしたかのような扱われ方にややムカっ腹が立ったリーニエが、地面から別の遺体を引っ張り出す。

たしかに、二人の予想に反してソレの状態はかなり良かった。

冬場の辺り一面に立ち込める冷気によって地面が天然の氷室のような役割を果たしたのだろう。

死後数日も経っていない様な外観の遺体は、食欲を損なう不快な要素は殆ど無かった。

 

「……一つ貰おうかしら」

 

「アウラ様」

 

「別にいいじゃない、たまには趣向を変えてみるだけよ。案外冷たくて美味しいかもしれないもの」

 

リュグナーが諌めようとするがアウラはそれを流し、受け取った遺体の片腕に歯を立てた。

 

「……ん、まぁ……食べられない事も、ない……わね……?」

 

土をなるべく落とした屍肉を頬張る。

味は思いの外悪くない。蛆も全く湧いていない。

が、美味いかどうかは別の話である。

ただでさえ魔力が少ない一般人の遺体というのはあまり美味しいものではないし、

やや凍っていて食感も劣悪であった。

 

「…………それでは私も失礼致します」

 

主にだけこんな代物を食わせる訳にはいかずリュグナーも続けて食す。

 

「これは……」

 

同じく、不味い。

食えない事はないが、不味い。

それ以外の感想が浮かばない。

恐らく食わない方がマシだろう。

 

「もういいわリーニエ。残りはあなた……と、グロース辺りで食べちゃっていいから」

 

味のしない人肉をペッと吐き捨てたアウラは

墓地に埋まった残りは好きにしていいという許可を出す。

 

「ほんとにいいの?……じゃあ全部貰うね、ほらグロース手伝って」

 

「──ヴゥ!」

 

許可が出るや否や、リーニエは傍らに棒立ちしていた鎧姿の大柄な魔族に命令を下す。

命令を下された魔族、戦斧のグロース────3年前にとある村を攻め滅ぼしていた所を

アウラの"支配する魔法"によって支配下に置かれた、自我のない哀れな魔族の将軍は

リーニエに言われるがまま墓地の地面を巨大な斧で掘り起こし始めた。

 

「ドラートもよかったら食べる?これ結構おいしいよ」

 

「いや、俺もいらない。……そもそもそんな物よく食えるな」

 

「だってこの時期って何処にもリンゴが()ってないんだもん」

 

 

「…………」

 

そんな雑談に興じる若い魔族達をアウラは黙って眺めている。

その後に、手元にある遺体の腕と地面に横たわる餓死した母子の亡骸を交互に見ながら口を開いた。

 

「味が良くないのは分かるわ。でも腹を膨らますのには充分でしょうに……何故こいつらは飢え死にしたのかしら?」

 

アウラ自身、500年生きてきた故に

人類が農耕や狩りを通して食糧を得る事は知っている。

そして、食糧難に陥った人類が()()()()()()同族の遺体の肉には手をつけない事も知っている。

だが、知識としては知っていても

その"()()()()()()"の部分に

思いを巡らせた事は一度として無かった。

 

「選り好み?同じ肉でも味が異なるというの?」

 

目の前に丁度、リンゴばかりを偏食する幼魔族がいる。

それと同じ理屈なのだろうか。

 

「まぁなんでもいいわ。人類が勝手に死ぬなら何でも……」

 

一度持ちかけた興味も、既に冷め始めていた。

今まで深く考えてこなかった理由もコレである。

大魔族にとって魔法以外の事柄は心底どうでもいい。

時間に余裕があるから、暇つぶしに疑問に思っただけだ。

だからすぐにそんな疑問も霧散し……

 

 

 

僭越(せんえつ)ながら……それは人類の"忌避感"によるものと思われるかと」

 

だが、今回はその疑問に答えてくれる者がいた。

 

「…………リュグナー、その"忌避感"というのは何?」

 

先程まで黙っていた従者の発言に、アウラも身を乗り出す。

 

「はっ、私も人間を殺す一環で何度か耳にした程度に過ぎませんが……どうやら人類には『同族の死体を食べたがらない"習性"がある』ようでして」

 

『同族の死体を食べたがらない"習性"』。

アウラはそれの意味を分析する。

魔族や魔物も同族の死体は食べない。

だがそれは、死んだ瞬間に肉体が魔力の塵へと還ってしまう為だ。

なら仮に、魔力に還らずそのまま残っていたなら食べないかというと……

 

「(食べるでしょうね)」

 

潤沢な魔力が内包されている同族の死体は、さぞかし美味いのだろう。

なら尚更分からない、何故人間は同族を食べないのか。

 

「……以前殺した冒険者の僧侶に尋ねた所、『女神様の思し召しに反するその様な悍ましい蛮行は出来ない』と叫んでいました。もしかするとそこにヒントがあるのかもしれません」

 

珍しく考え込んでいるアウラの姿を見兼ねたリュグナーが

新しい情報を付け加える。

 

「女神?女神……」

 

「私が知り得るのはこれだけです。……中途半端で不確定な情報しか持ち合わせておらず申し訳ありません」

 

何か参考になればと思って進言したはいいものの、この様なブツ切りの情報だけでは考察の余地などない。

リュグナーは深々と頭を下げて謝罪を……

 

 

「あぁ、女神といえば、『天国に行ってからのどうたら』って話かしら?」

 

同じ言葉を仕切りに繰り返して反芻していたアウラが口を開いた。

これにはリュグナーも目を丸くする。

 

「アウラ様、その、『天国に行ってからのどうたら』……というのは一体?」

 

「死後の安寧よ。人類にはどうやら、見知った者の死後の安寧を想って祈る"習性"もあるそうなのよ」

 

ほらこんな感じに、と

手を合わせて事切れている母子の遺体をつま先で指す。

 

「死んでから天国とやらに行く時に、悪行を女神に咎められない様に努めるらしいわ」

 

「……流石はアウラ様。女神の事に留まらず、人類の習性についてそこまで熟知しておられるとは」

 

「くだらない世辞はいらないわ。それに私も前に聞いただけだもの」

 

褒めちぎるリュグナーに対してアウラは手をヒラヒラとさせながら受け流す。

 

「(『前に聞いた』……魔王様辺りだろうか……?)」

 

誰に聞いたのかは少し引っ掛かったが、恐らくは大抵の事を知り尽くしていた魔王由来だろう。

リュグナーはそう納得した。

 

「つまり、人類にとって『同族の死体を食べる』という行為は"悪行"に該当するって訳ね」

 

「情報を纏めると、そうなるのでしょう」

 

互いの情報を擦り合わせて、凡その仮説は成立した訳だが…………アウラはその仮説に辿り着いても、共感の一つすら湧かなかった。

 

「愚かだわ。態々こうやって御丁寧に土に埋めて、腐敗しづらい様に保管しているというのに」

 

何らかの信念の下に召された母子の遺体を軽蔑の眼差しと共に見下す。

 

「こうやって飢え死にするまで手を合わせているだなんて、一体何の意味があるというの?祈ったって食べ物が降って湧く訳がないじゃない」

 

「私も同感です、人間の考えというのは理解に苦しみます」

 

リュグナーも同調する。

元々リュグナー自身、人類の事を深く知りたいという意欲がある訳ではない。

人間から色々と聞くのも、知識として取り敢えず覚えておけば後々使えると思っているからに過ぎない。

 

「それに、『天国で女神に咎められるから死体を食べない』だなんて、くだらない。死んだら何処へ行くさえ誰にも分かってもいない癖に」

 

安らかに眠る筈の死者の墓を暴いた大魔族は

心底つまらなそうな顔で吐き捨てる。

 

「やはりアウラ様も、女神の存在には否定的なのですか?」

 

「そこまでは言ってないわ。魔王様が警戒したくらいだから()る可能性はゼロじゃあないんでしょうけど……ただ、そんな在るかどうかもあやふやなくらい姿の一つも見せない存在に興味がないだけよ」

 

世界を創造し、人類を守護する超常的な存在。

もしそんな者が本当にいるのなら、自分達魔族をこうやってのさばらせておく筈がないし、

飢えに苦しんで死に絶えたこの村を見捨てる筈もない。

 

「よしんば実在したとしても、千年……いえ、何千年もの間、私達に一切干渉してこないような奴なんてまるで怖くないわ」

 

 

人類の倫理や道徳からくる忌避感と、信仰との密接な繋がり。

それら全てが大魔族アウラにとって関わりのない話である。

 

たとえそれに興味を抱いたとしても、それを理解し、そして共感する事など

到底出来ないのであった。

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