〜勇者ヒンメルの死から328年後〜
-中央諸国 城塞都市ヴァール-
北側と中央との行き来の要衝であるこの街は、人の往来がとても活発である。
街の中央付近にある図書館も例外ではなく、普段手にとる事のない珍しい書物を一目見ようと読書家たちが集結する。
「あっ、見て見て。アウラと同じ七崩賢の……マハト?っていう魔族を倒した、魔法使いデンケンって人の本あったよ」
そんな人々の中にアウラとラオベンの姿もあり、棚から抜き取った書物を机の上に積み上げ、かれこれ1時間以上は読み耽っていた。
「……ふーん、この髭もじゃがアイツをねぇ……」
ラオベンが持ってきた分厚い歴史書の本。
豊かな髭を蓄え、片眼鏡を掛けた老人の肖像画が表紙に描かれたその重厚な伝記本を受け取ったアウラは
パラパラとページを捲っていく。
『──の戦いにおいても
「このいかにも『老魔法使い』って感じのビジュアルからして、もう強そうだよね」
「そうねぇ、確かに……色々と成してるわね」
本の内容ではなく挿絵の第一印象を語るラオベンとは対照的に、魔法使いデンケンの波乱万丈の生涯を目で追っていくアウラ。
平民の出でありながら軍属の魔法使いとして功績を重ね、貴族の娘との政略結婚を経てその地位を盤石のものにした彼の出世劇は、さながら物語の主人公である。
そしてその数十年の生涯の締め括りである大魔族マハトとの死闘は、彼の人生を"一介の偉人の伝記"から"誉れある英雄譚"にまで昇華させるまさに大業であった。
「私にも見せてー。どれどれ〜…………うひゃァ!小難しい文字ばかりで目が滑りそう。アウラさぁ、これちゃんと理解して読んでるの?」
「ちょっと!ずいぶん失礼なこと言うじゃない、ちゃんと分かって読んでるわよ!……まぁ最初は難しかったけど、読んでく内にだんだん分かってきたわ」
ナチュラルな見下しに若干憤るも、それが軽口程度のものであろうと思ったアウラは直ぐに平静になって熟読を再開する。
そんな彼女の読書に集中する様子を見たラオベンは、今度は茶化さずに質問をする。
「へぇ……そういえば、アウラの同僚のマハトってどんな人だったの?」
「ん?………………そうねぇ」
ページから目すら逸らさずに、遠い記憶の彼方のかつての同胞の姿を思い出す。
「……一言で言えば、『お喋りが嫌いな奴』だったかしら」
元より個人主義が強く交流が殆どない魔族の中でも、とりわけ他者と馴れ合わず、ぶっきらぼうを絵に描いた様な寡黙な男であった。
勇者ヒンメルに敗れて北方へ敗走した際にも彼と出会ったが、その遠慮会釈のない物言いには流石のアウラも一触即発の状況になりかけた。
「どんな魔法が得意だったの?」
「"
「……お喋りが嫌いなのに黄金は好きなんだ……なんだか金稼ぎに夢中ながめつい成金みたいで、私なら会いたくないなぁ」
「成金?…………ぷッ!……そうねぇ……フフッ、アイツは成金ね」
「え?今の笑う所あった?」
『成金』というワードから、ギンギラギンの着飾った服装のマハトを想像したアウラは軽く吹き出し
特に否定する事なくズレたマハト像をラオベンの中に刷り込む。
社交性皆無で性格が宜しくない彼の人物像が、たった今面白おかしく脚色された事を小気味良く思った。
そんな含み笑いをする大魔族を眺めながら「成金といい目の前のコイツといい大魔族は変人が多いのか」という仮説をラオベンは抱き始めていた。
「大魔族って変な人が多いんだね…………じゃあさ、他にはどんな魔族が居たの?例えばアウラの仲間とか」
「ブフフ……ッ!え、私?」
「そうそう、魔王軍の最高幹部だったなら部下とか沢山居たんじゃない?」
まさか自分の事に話が移るとは思っておらず、一旦笑うのを辞めたアウラは少し考え込む。
「部下ねぇ……」
居るには居たが、300年前のグラナト伯爵領でのいざこざを思い出すと、アレらを部下と呼んでいいものなのか。
そういう疑念が湧き、ラオベンの問いに対する返答に窮してしまう。
「……たしかにいたわね。配下が」
頬杖を突きながら熟慮したアウラはようやく口を開いた。
「ほぉ、例えばどんな?」
「まずはリュグナー、配下のまとめ役みたいな奴だったわ。そしてとても
使う魔法も相まって耐久性が高く、無茶や我儘にも黙々と従う。
アウラにとっては非常に"便利"な存在であった。
「べ……便利って……もうちょい何かないの?何が好きだったとかさ」
「さぁ……?あまり考えなかったし、聞いた事もなかったわ」
「ん゛〜〜…………じゃあ他は?」
便利という言い草といい、その無関心さといい
あまりにドライな態度故に閉口しかけるも続けて問う。
「あとはリーニエ。私より小柄でデカい斧を振ってた女魔族ね。いつもリンゴをかじってて、無口だったわ。………
………あぁ、でも最後は、意地悪で嫌な奴になったかも」
いつもシャクシャクと林檎を頬張っていた少女の魔族。
物静かで、リュグナーに比べて礼儀がなっていない幼い魔族。
…………そんな印象であったが、ある日を境に性格が一転、己を舐め腐ったような態度やおちょくる様な言動を繰り返すようになった。
そんな性悪な姿が、それまでのリーニエという無垢な魔族の印象を嫌でも塗り潰す。
「嫌な奴?仲が悪くなったの?口喧嘩でもしたとか?」
「いえ?仲が悪くなったかと言われれば、まぁ……なったわね。私が魔法を使えなくなった時から」
「…………魔法が使えなくなると仲が悪くなるの?」
「魔族なんてそんなものよ。自分より魔力で負けてる相手はすぐ見下すもの、そこは別に不思議じゃないわ。…………妙な嫌がらせの意味だけは、いまでも理解できないけど」
魔力や魔法で劣っているものを見下し、偉ぶるという魔族特有の行動原理は当時のアウラにも理解出来たが
リーニエが嫌がらせの際に織り交ぜた"回りくどい言葉遣い"や時折り見せた"歪んだ表情"の意図だけは
ついぞ理解できなかった。
そんな過去をなんて事はないように語る姿にラオベンは少し唖然とする。
「何というか……魔族って独特な思考なんだね。全部が魔力や魔法を基準に回っているというか。………だけどアウラって魔王軍の最高幹部なのに、部下が二人しか居なかったんだ」
「んーん、もう一人いたわよ。ドラートっていうのが。……アイツも私が弱くなったら刃向かうようになったけど、あれはただ単に私を舐めてただけでしょうね」
「まだ他にも逆らう奴が居たんだ……」
ここまで来るとアウラ個人が舐められていたのか、それとも魔族全体の組織性に問題があるのかのどちらなのか。
「(本当に魔王軍ってちゃんと組織として動けてたの?仲間意識とか友情とか、全然無さそうだけど)」
アウラやフリーレンと出会うまで"魔族"という存在そのものに対して懐疑的であったラオベンだが
これまでの旅の道中での二人からの昔話を通して
それが御伽話の類ではなく確かにあった史実の存在という事を認識できてきた。
「(やっぱり"魔族"って……なーんか色々と気になる部分があるんだよなぁ)」
しかし、魔族への理解が少しずつ深まるにつれて今度は別の疑問が浮かび始めていた。
それは『魔族という種族のチグハグさ』である。
一つの魔法の修練に生涯をかける生き様や、飛行魔法の会得が当たり前という種族としてのアベレージの高さだけ見ても
魔法という分野における魔族に在り方は非常に無駄がない。
だが、それ以外の部分には不可思議な点が幾つもあった。
例えば『人類への侵略行為、及びその目的』などだ。
同じ人間同士でも戦争は幾らでも勃発するのだから普通に考えれば不思議な事ではないのだが
村や街を滅ぼした魔族が、そこを占領して活動拠点にしたという記録はあれど、"魔族の村や街"を作ったという記録が見当たらない。
つまり、集団生活していく為のインフラなどを自力で整えた形跡がないのだ。
また、魔族特有の文化遺産や文字・工芸品・信仰などの情報も一切見つからない。
あっても精々、"魔王城"という古城くらいのもので『魔族の文明』と呼ぶべき痕跡は歴史の何処にも現れてこない。
人類と概ね同じ姿形をしていて、共通の言葉で意思疎通を図れるだけの知性を持っていながら
同族間での付き合いや交流の為の生活基盤がまるで無いという、あまりに異質で異様な────
「……でも、そーいう人たちもいるって事……なのかな?」
小難しい事を考え込むのがあまり好きではないラオベンはそこで思考を止めた。
「(決めつけや先入観はよくないしね。確かドワーフなんかも、私たちがイメージするほど地底暮らしじゃないみたいだし)」
妙に引っ掛かりを感じる要素も、価値観の違いなだけで当人達にとって当たり前の可能性もあるのだろう。
若しくは人類の記録に残ってない未知の部分もあるのかもしれないという事も考慮して。
「今何か言った?『そーいう人たち』とかどうとか……」
「ううん別にー。『種族の違いの何たるか』について、深〜く考えてただけー」
多様性に理解のある大人びた自分を誇らしく感じながら、ラオベンははぐらかす。
そんな歳不相応の背伸びをした彼女の少しニヤついた様子を「またコイツは変な事でも考えてるのか」とアウラは不思議そうに眺める。
「あっ、それより!また別の人の本も持ってきたんだよ。ほらほら!」
話を逸らすように、別の分厚い歴史書を積み上げた本の山から引き抜いたラオベンは
アウラの目の前にどすんと置いた。
「昔に活躍した色んな戦士や騎士達が沢山載った本なんだけどさ……ほら!フリーレンがちょいちょい名前に出してた『戦士シュタルク』について!」
「ここ、ここ」と指差したページをアウラも覗き込む。
【シュタルク】
出身:中央諸国クレ地方
生年:◯◯◯年
没年:◯◯◯年(享年99歳)
『世界最強の戦士アイゼンの高弟。
戦いにおいてはただの一度も膝を付かず、
生まれてこの方血を流した事すらない。
皮膚は鋼鉄の如き強度で、骨は金剛石よりも硬い。
戦意が高まると頭髪は炎のように燃え上がり、額の古傷からは暗黒竜の瘴気が溢れ出る。
得物とした戦斧は熱を帯びて光り輝き、そのひと振りは巨大な峡谷を大地に穿ったという。』
出身地や生没年のすぐ後に書かれてる、その人物を象徴する謳い文句。
仰々しい単語の羅列を一通り読んだアウラは少し呼吸を置いて、
「んー……、なんだかこれ、盛ってない?」
「ちょっと、夢のない事言わないでよ!……いや私も殆どは嘘だと思ってるけど!」
歴史の偉人の逸話に尾鰭が付くのはよくある事だとは分かっていても
人間というよりは魔族や魔物みたいなテキスト文は流石に盛り過ぎだろうと、二人とも思った。
「たしかに昔いた戦士にはすごく強いのは居たには居たけど……暗黒竜の瘴気は無いでしょ」
「え〜〜、でもでも、フリーレンと一緒に冒険してたんならそのくらい強くても可笑しくなさそうじゃん。それに戦士アイゼンの弟子で…………あっ!あとほら、奥さんには魔法使いフェルンも居て、娘も著名な戦士だしさ!」
「誰の弟子だからとか身内も有名だからって、大げさな言い伝えが本当な証拠にはならないわよ?」
家族構成の項目で他の著名人の名前を見つけたラオベンが自信満々に並べ立てるも
未だに半信半疑なアウラに軽くいなされる。
「……むぅ〜〜……」
「そうムクれないでよ。……まぁ、昔の英雄には『竜を素手で倒した
「……それほんと〜〜?嘘じゃないよね〜?」
「ホントよホント。私が直接出会った人間なんだから」
大魔族と対峙した冒険者────語り手であるアウラ本人が今この場に健在な時点で
その武道僧がどういう末路を辿ったのかは想像に難く無いが、アウラはそれを詳細には言わない。
別に嘘を言うつもりは無いし、フリーレンに釘を刺された『人間を美味と思うか否か』と違って
『負かした相手にどういう"処置"を施したか』も
今回はたまたま
そんな魔族の末恐ろしい面を奇跡的に回避したラオベンは腕組みしながら考える。
「へぇー、竜を素手でねー、……んじゃ案外、戦士シュタルクの逸話も事実に基づいてるのかねぇ〜」
「それで、私に見せたいのはコレだけなの?」
「ん?……あ、いやまだあるよ!…………フフフ、しかもとっておきのがね〜〜」
用が済んだのなら早い所自らの読書に戻りたい所であったが、それをラオベンは引き留めた。
「へぇ……それは楽しみねぇ」
まだこの雑談が続くのかと言いたい気持ちもあったが、"とっておき"とまで言われたからには聞かずにはいられない。
「ちょっと待ってて〜、確かこの後の方のページにぃ……」
ラオベンがシュタルクのページからパラパラと後ろに捲っていく様子をアウラも目を見開いて追っていく。
【シュトルツ】
生没年:◯◯◯年
『戦士シュタルクの実兄。血塗られし軍神リヴァーレと────』
【ヴィルト】
生没年:◯◯◯年
『北側諸国三大騎士オルデン家の騎士。魔族の将軍と────』
【ムート】
生没年:◯◯◯年
『北側諸国三大騎士オルデン家の騎士。亡き兄ヴィルトの意思を継ぎ要塞都市フォーリヒを守護────』
【レーラー】
生没年:◯◯◯年
『南側諸国の戦士。◯◯◯年の紛争を境に行方不明────』
【アイゼン】
生年:◯◯◯年
『勇者ヒンメル一行の戦士。堅牢堅固な肉体は槍をも容易く弾き砕き────』
【ラーゼン】
生没年:◯◯◯年
『北の果ての英雄。帝国の国土の三分の一を────』
【フォル】
生没年:◯◯◯年
『600年間己の村を守り抜いた老戦士。緩急自在な剣筋は相手の意識外から────』
編纂者の気紛れなのか、頭文字順ではない並び方で偉人の名前が移り変わっていく。
「…………あった!ほらこの人!」
そしてとあるページで手を止めて指差す。
「どれどれ……?」
アウラもそこを覗き込む。
そこにはこう一言、その人物の名前が記されていた。
【ゴリラ】
「…………ねぇラオベン、これって戦士や騎士の本よね?」
少しの沈黙の後、アウラが口を開く、
「そうだけど?」
「……動物の図鑑じゃあないわよね?」
「そだね?」
平然とそう言うラオベンを他所に、アウラは頭を捻る。
凡そ人名とは思えないその奇天烈な存在が載っている事の意味を何とか捻り出そうと苦心する。
「……ちょっとちょっと!ちゃんと人物名だってば!」
明らかに人ではなく獣か何かと思っている様な微妙な反応に、ラオベンは続きの部分を見せる。
【ゴリラ】
本名:不明
生没年:不明
『ゴリラは戦士ゴリラである。北側諸国を中心に活動した戦士ゴリラであった。』
「前に『爺ちゃんから聞いた変な異名』のアレだよアレ!挿絵の肖像画も一応人間でしょ?」
ゴリラが連発する簡潔な紹介文と、そこに添えられた
「……
「ちょっとちょっと〜、何その反応は。アウラも『笑う準備はもう出来てる!』って楽しみにしてたじゃん」
「…………たしかに言った気はするけれど、うーん……」
だいぶ前に自身がそう発言したのは覚えてはいるが
その時は会話の枷が外れた駄弁のようなものであった。
図書館で知見を深めようという心持ちの今のアウラは
当時よりも気持ちというか、思考がふわふわとはしていない。
その時のネタの続きを今更見せられても反応に困る。
「そもそもゴリラ呼ばわりされてるなんて、本当にすごい戦士だったの?嫌がらせじゃない?」
「当時の人からは慕われてたっぽいし、ゴリラって名前は自分から名乗ってたらしいよ」
備考欄には民草から慕われていたと書かれている。
戦士としての腕前は不明だが、気立ての良い好人物ではあったのだろう。
「……なにをやったのか知らないけど、インパクトのある名前以外なにも残らないなんて虚しいわね」
人間一人の手柄話や武勇伝など、数百年も経てば大抵は人々の記憶から風化してしまう。
かつてアウラに敗れて物言わぬ首無しの軍勢に成り果てた者達も、民衆の記憶には殆ど残っていないだろう。
それでもこういう本には"記録"として偉業が残っている。
このゴリラとやらは"記録"すら朧げである。
「でもさ!名前のインパクトのお陰で『こんな人が居たんだ』ってことをちゃんと覚えて貰えるのって、何か悪い気分じゃなくない?」
「そういうものかしらねぇ……」
楽観的なのかポジティブなのか、ラオベンの考えにアウラは賛同しかねる。
「……まぁいいわ。戦士ゴリラっていうのが居たのは分かったから」
アウラは再び、手元の本を読み始める。
別に戦士の事など調べに来た訳ではない。
昨日から知りたかった、『人類の魔道具について』などの本は粗方読み漁った。
そして、今目を通しているのは人類史に残っている魔法使いについての本。
決して、戦士などに興味は────
『俺は、この土地の開墾だけで一生を棒に振るつもりはない』
『今はまだ下手だけど、いつか北側諸国一の弓使いになるんだよ俺は』
「………………あぁ、戦士といえば」
いまいちな反応しか貰えずに、やや不満気な様子でゴリラの書を元の棚へと持っていこうとしたラオベンを、アウラは引き留めた。
「……そういえば、『戦士ユンゲ』ってのはどこかに載ってない?」
なぜ、その名前を口にしたのかアウラ自身にも分からなかった。
「戦士ユンゲ?聞いた事ないけど……なんでまたそんな」
地下牢から出た直後に村の資料館で耳にした単語。
この街に来るまで、その名はアウラの記憶の底に沈み
調べようという執着すら湧かなかった筈だった。
「そいつヒルフェの兄だったのよ。……で、フリーレンから戦士になった話を聞かされたから」
「……ちょっと探してみるね」
戦士達の名前が載った歴史書を捲るラオベンを、アウラはどこか他人事のように眺めていた。
何故、こんなしょうもないしどうでもいい質問をしたのか、自分でもさっぱり分からない。
「(きっと、戦士ゴリラとやらを聞いたから思い出したんでしょうね)」
ふざけた名前の戦士を耳にしたから芋づる式に思い出したのだろう。
そう自分に言い聞かせ、アウラは心に生じた小さな引っ掛かりを取るに足らないものとして切り捨てる。
本を捲る軽やかな音を聴きながら、あやふやな疑問はそのままに
ただラオベンの指先から「ユンゲ」という名がこぼれ落ちるのをぼんやりと待ち構えていた。
「なさそうだね……あっ!でも『ユンゲ』って名前なら、さっき別の本に載ってた気がする」
「ほんと!?」
アウラ自身も驚くほど弾んだ声が出た。
静かな図書室に響いたその声量は、しょうもないしどうでもいいと思っていたはずの問いに対して、あまりに不釣り合いな熱を帯びている。
「うん、すっごいつまらなさそうな本だったからすぐ読むの辞めちゃったけど」
「つまらない本でもいいから、ほら何処なの?早く見せてちょうだい!」
「えぇ〜、ちょっと待ってよ。さっき適当にそこらへんに積んじゃったから、どれだったかなぁ……。ほら、この山の中に埋もれてるはずなんだけど。あ、これじゃない、それも違う……。あーもう、どこ行っちゃったの、ユンゲ!」
二人のやり取りは、白熱するにつれて知らず知らずのうちにボリュームを増していった。
しんと静まり返った図書室の中で、彼女たちの声は場違いなほどに響き渡る。
周囲の利用者たちが眉を顰めて迷惑そうに視線を向けていることにも、今の二人は全く気づいていなかった。
「……すまないが、二人とも」
やはりというべきか、公共の場で際限なく熱を帯びていく二人に対し、待ったをかける声が響いた。
図書室の空気を断ち切るような、静かな重みのある声だ。
熱狂の渦にいた二人のやり取りは、冷や水を浴びせられたようにピタリと止まる。
背後から降ってきたその声には怒りこそ混じっていないものの、幾星霜もの年月を積み重ねてきた者にしか出せない、静かな凄みが宿っていた。
「館内ではもう少し声を落としてもらえないか。司書の老婆が困り果てて、俺に注意を頼みに来たものでな」
足音もなく、いつの間にか背後に立っていた男。
その低く落ち着いた響きに、ラオベンは「ひっ」と短く喉を鳴らして肩を震わせた。
「(やばっ、怒られる……!)」
マナー違反を自覚していただけに、心臓が跳ね上がる。
ラオベンは反射的に身を縮こまらせ、叱られた子供のように勢いよく頭を下げた。
「す、すみませんでしたぁ……っ! すぐ、すぐ静かにしますから……!」
謝罪の言葉を捲し立てながらおっかなびっくり、亀のような鈍さで顔を上げる。
せめて相手の機嫌を伺おうと、恐る恐るその視線を上へと辿らせていく。
「…………えっ、嘘、マジ?」
だが、捉えた「声の主」の顔を見た瞬間、萎縮しきっていた彼女の表情は、驚愕のあまり劇的に崩れた。
「どうしたのよそんなに縮こまって………うわ、ほんとだわ」
ラオベンとは対照的に平謝りするつもりなど更々なく
太々しく男の方へ振り返ったアウラも同様に固まる。
そう、例えるならば
つい先ほどまで本の中で眺めていた人物が、紙面を飛び出して目の前に現れたかのような
あまりに現実味に欠けた……
「「戦士ゴリラだッ!?」」
「ゴリラとは心外だな」
あまりの衝撃に、謝罪の言葉も、反省の心も、すべてが脳内から消し飛んでいた。
背後に立っていたのは、ついさっきまで読んでいた本に出ていた、戦士ゴリラその人……と、見紛うばかりの男であった。
「変態呼ばわりされた事はあれど、ゴリラ呼ばわりは生まれて初めての経験だ」
男は気を悪くするでもなく、いきなりのゴリラ発言に困惑した表情を浮かべている。
「ゴリラ……ッ!いやでも大昔の……されどもゴリラの生き写しが…………んん?」
そんな様子を見ている内に、動転していたラオベンの精神もようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「…………改めて見ると、部分部分で顔のパーツが違うような……」
落ち着いてみると、挿絵の肖像画と目の前の人物の顔は微妙な違いがある。
「えぇそうね。それにねラオベン、さっきのゴリラは……ゴリラかは置いておいて、どう見ても人間だったけど」
然程慌ててもいなかったアウラは、加えて本の挿絵と目の前の人物との差異を指摘する。
本の登場人物、"戦士ゴリラ"は恐らくは人間であったが、
「こいつはエルフよ」
目の前の男は耳が長い……つまりフリーレンと同じエルフである。
「俺は