アウラを人類と共存させてみた   作:やわら烏

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私は旅の僧侶です
この村は妙齢の未亡人のような風貌でニッチな需要がありそうな魔族に滅ぼされました
冒険者様方も貴重なアウラのおねショタ回に祈っていってはくれませんか


閑話.ヴィルじゃない

〜勇者ヒンメルの死から1年前〜

-北側諸国 グラウベン山麓-

 

穏やかな起伏の山々が連なる山岳地帯。

その山間(やまあい)の麓にポツンと在る村落。

石造りの鐘楼を囲う様に、十数棟程度の家屋が建つ、こぢんまりとした村である。

 

そんな村の中の一軒の家から、一人の少年が飛び出した。

 

「それじゃあ行ってきます!」

 

年齢は10歳か、それより少し上程度。

元は大人が着る為の物を子供用に仕立て直した形跡のある服は、所々が体格に対して余分でダボついている。

 

「…………」

 

まだ幼さの残る元気な挨拶に対して

家の中からは返事のひとつすら返ってこない。

少年を無視しているのか、そもそも屋内には誰も存在すらしていないのか。

 

悲しいほどの静寂に対しても少年は笑顔を崩す事なく

そのまま玄関を閉めて村の中央通りを歩いていった。

 

────コツッコツッ

 

日が傾き始めた時間帯で、通行人が少なくなった道を少年は行く。

片手には杖が握られており、前方の足元を何度も小突きながらゆっくりとした足取りで歩く。

どうやらこの少年は目が見えないらしい。

 

「あら、こんな時間に出掛けるのかい?」

 

「…………あっ、おばさんこんにちは!はい、日が昇っている内では鳴かない鳥がいるので!」

 

買い物帰りの婦人に声をかけられ、ワンテンポ遅れて返答する。

 

「そう、気を付けるんだよ。あんまり夜遅くになると、山には獣や魔物が出るからね」

 

「はい、気をつけます!」

 

そう言って婦人と別れた少年は、そのまま村の出入り口の門を潜り、山奥へと続く道をひたすらに歩いていく。

 

「ふぅ……ふぅ……!」

 

どれほど歩いただろうか。

この山道を登るのは少年にとっての日課であったが、目の不自由な彼にとって

足元に小石や木の根が無数にある山の中を進むのはかなりの重労働で

うっかり転ばない様にと、覚束ない足取りでゆっくり、慎重に進んでいく。

 

やがて少し開けた場所に辿り着いた。

周りに木々が生い茂る森の中、一箇所だけ草木が生えていない空間。

 

「よいっ……しょっと!」

 

中央には大きく平たい岩が横たわっており、手探りで岩を探し当てた彼は

その上にどっかりと腰を下ろす。

 

「…………キレイだなぁ」

 

しみじみとした表情でそうボヤく少年。

夕暮れ時の茜色の光が降り注ぐその光景は幻想的であると同時に、何処となく物悲しさも感じさせる。

 

もちろん目の見えない少年がそんな景色は知覚できる筈もない。

彼が「キレイ」と称したのは"視て感じる物"ではない、"聴いて感じる物"である。

 

────ピー……キョキョキョッ……

 

遠くで囀る鳥の鳴き声。

求愛行動か、縄張りを示す為かは定かではないが

懸命に鳴く鳥の声には小さいながらも命の力強さを感じさせる。

少年はその鳴き声に耳を傾けながら、此処で時を過ごすのが楽しみなの()()()なのだ。

 

そして、()()()()()の楽しみは……

 

 

 

 

「あら?今日は早く来たのね、ヴィル」

 

もうひとつの楽しみである"声の主"は、少しして現れた。

 

「……!……お姉さんの方こそ、今日は早いんですね!」

 

少年────"ヴィル"と呼ばれた彼は、待っていた人物の到来に声を弾ませながら尋ねた。

 

「えぇ、今日はいつも以上に退屈だったから」

 

女性の声と思われるその人物は、本当に退屈で退屈でしょうがなかったという

うんざりした感情に満ちた口調である。

 

「そうなんですか。てっきり、冒険者のお姉さんはもっと忙しいのかと──」

 

「いつも忙しい訳ないじゃない。たまには暇な時というのが出来るものなのよ。……それで、今日はどんな話を聞かせてくれるの?」

 

声の主は、急かすように…………同時に、どこか話の主題を逸らすようにヴィルに催促した。

 

「あっ!そうでしたね、それじゃあ今日は……」

 

そこからヴィルは、己の知識を披露し始めた。

鳥がどうして鳴くのかだとか、渡り鳥はいついつの季節に何処から何処へ向かうのかだとか。

 

「それでこの時期は繁殖期と重なるから──。天敵に狙われてでも鳴かなければいけない、いわゆる命懸けの──。」

 

「へぇ──。ふんふん──。そう、成る程ね──」

 

年齢に見合わず非常に博識な彼の蘊蓄に対して、声の主は時折り相槌を打つ。

 

ヴィルは"声の主"の素性を知らない。

ほんの数ヶ月前、日課であるここへの来訪の折に、たまたま鉢合わせたのだ。

以来彼は、"彼女"に対して自分の持っている知識を披露している。

両親を亡くしている彼にとって、誰かと話すという機会は非常に代え難いものであった。

また、"彼女"は冒険者であるらしく、様々な冒険の話を聞かせてくれた。

目が不自由で遠出はできない彼には、遠く離れた地方での冒険の話は心踊らされるものがある。

 

「────で、今話したのが、この時期に鳴いている鳥についてです。どうでしたか?」

 

「えぇ、中々楽しめたわよ。それじゃあ次は私の番ね」

 

やがて、今度は"彼女"が冒険の話を聞かせる番になった。

それにヴィルは目を輝かせる。

白濁した眼を見開き、胸元で握りしめた拳をソワソワと動かしながら、餌を強請る子犬のように。

 

「そうねぇ、今日はどの話にしようかしら……」

 

幼い身でありながら不自由な身体にされた少年の心を満たし癒す、"彼女"のお話。

 

「……ああ、丁度いいのがあったわ。それじゃ今日は──」

 

そうして、"声の主"は…………

 

 

 

 

…………七崩賢、断頭台のアウラは、ありもしない即興の冒険譚を語り始めた。

 

 

 

 

「これは私が中央諸国にいた時の話。大きな街を襲った悪い魔族から、人々を守った時の──」

 

嘘である。

大魔族であるアウラが、魔族から人間を守る筈がない。

寧ろ村落や城塞都市を幾つも攻め落とし、大勢の命を奪ってきたのは彼女の方だ。

 

「これは私がもっと北の地方にいた時の話。竜を素手で倒す武道僧(モンク)と、北側諸国三大騎士の一人と肩を並べて、迷宮(ダンジョン)を探索した──」

 

嘘である。

魔法に関連した物品を求めて、迷宮(ダンジョン)に潜ったこと自体はあっても、人類と共に冒険などする筈がない。

……いや、ある意味では嘘でもない。

竜を素手で倒した武道僧(モンク)や、誉れ高き北側諸国三大騎士。

どちらもアウラが打ち負かし、支配下に置いた後に首を刎ねて殺した英傑だ。

()()()を引き連れて探索をしたからだ。

 

「これはずっと昔……北部高原で見た戦い。南の勇者が魔王軍と戦った時の話よ。南の勇者はあの七崩賢を前にしても──」

 

これは嘘ではない。

魔王軍の前線部隊を片っ端から壊滅させた南の勇者が、僅か1年で北部高原の最北端まで到達。

そこで魔王の腹心『全知のシュラハト』と七崩賢の内の三人を道連れにするという大快挙を成し遂げた戦い。

……問題は、それを目撃したアウラが"魔王軍側"にいたという事だが。

 

「すごい!あの南の勇者の戦いだなんて!……あれ?でも、南の勇者って50年以上昔の人ですよね?……それをお姉さんが見ていたんですか?」

 

「私も小さかったからよくは覚えてないわ。戦ってる最中の様子は危なくて近くじゃ見れなかったし殆ど記憶に無いけど、戦いの跡が凄かったのだけは確かね。……あと、女性に歳のことは聞くものじゃないって前に言ったでしょ?『乙女の──」

 

「『乙女の秘密』、ですよね!分かってます、無理に聞くのはやめておきます」

 

以前話した時に指摘された事を思い出したヴィルは、少しませた顔で笑いながら

その話題を追及する事を辞めた。

 

「……」

 

簡単な嘘に騙された少年を、アウラは面白そうに眺める。

 

「(いい加減な事を言うだけで、コロっと騙されてるんだから面白いわね)」

 

即興で考えたものや、殺した人類の功績を勝手に拝借して組み直したもの。

虚偽と欺瞞で構成された、譎詐(けっさ)百端(ひゃくたん)な冒険譚でヴィルを欺く事に

アウラは欠片の罪悪感すら抱いていない。

 

彼女にとって目の前の盲目の少年は、嘘偽りを代価に

様々な知識を喋ってくれる面白い玩具だ。

 

「(本当に、退屈で退屈でしょうがなかったわ。この50年という歳月は)」

 

かつて勇者ヒンメルに負わされた傷が未だに癒えず、はや半世紀。

数百年は生きてきた大魔族のアウラには、本来なら何てことのない刹那の一時であるが

怪我のせいで人類の村や町を襲うような大それた事の出来ない50年は非常に歯痒かった。

 

「……そうだ。冒険譚ばかりじゃ味気ないし、たまには私も珍妙な雑学を教えてあげるわ」

 

「どんな事ですか?お姉さんは色々旅をしているから、きっと僕の知らない事なんだろうなあ」

 

そんな中で訪れた、この少年ヴィルとの"お話し"の時間。

 

「人類や動物の眼って、光を伝える沢山の"筋"が束になって繋がっているそうなのよ。それが眼球の中を通って、裏返しに接続してるの」

 

「へぇ」

 

「眼球から入った光がその筋を伝わって、それが"視界"になるんだけど、筋が束になっている一箇所だけは光が映らないそうよ。そこを"盲点"って言うんですって」

 

「そうなんですか。……僕も目が見える内に、"盲点"がどんななのか知りたかったなぁ」

 

人間と出会ってもすぐに戦闘になって殺すか、怯えて命乞いしているところを殺すか。

その二択しか無かったアウラがこのように人間と対等に話し合う機会というのは今まで一度として無い。

 

「そう落ち込む事はないわ、変な話はここからなの。

……なんでも、"タコ"や"イカ"という海の生き物は、その盲点が無いそうなのよ」

 

「えっ、どうしてですか!?」

 

「偶々よ。人類や動物と同じように視力を持っているのに、その構造が違うから盲点が無いんですって。全く別の進化をしてきたのよ」

 

「……す、すごいッ!僕は鳥のことしか知らないのに、お姉さんはそんな難しい話も知っているなんて!!」

 

「たくさん冒険をしているからよ。貴方も将来、冒険していく内に色々なことを知れると思うわ」

 

まだ出会って数ヶ月足らず、しかも日没までの僅かな間の雑談を毎日しているだけだが

既に彼女にとっては10年か100年以上の月日にも勝る、とても貴重な体験に感じられていた。

 

 

……もし仮に、人間と衣食住を共に過ごす様なことがあったなら、更に濃密な時間に感じられるのかもしれない。

 

「(まぁそんな機会は一生訪れないでしょうけどね)」

 

所詮はヴィルとのこの"お話し"も、退屈を紛らわす以上の意味はない。

 

「(ヒンメルに負わされた深手も、あと少しで癒える)」

 

怪我が治れば、目の前の少年を殺して喰らうだろう。

もし腹が空いていなくとも、恐らく殺す。

殺す以上の価値がないと判断したら、何とはなしに殺す。

魔族というのはそういう生き物なのだ。

 

「僕もいつか、お姉さんみたいな強い魔法使いになって、たくさん冒険をしたいなぁ」

 

話し相手がくだらない雑学と同時並行で物騒な思考をしていることなど露程も思わず、ヴィルは呑気に言う。

 

「(確か私は、『とても強い魔法使いの冒険者』……って事にしているんだったわね)」

 

"とても強い魔法使い"な事には違いない。

魔族の中でも上澄みに位置する、七崩賢の一人なのだから。

 

「えぇ、きっとなれるわ。確か……『一級魔法使い』?とかやらにも」

 

ヴィル経由で知った、"一級魔法使い"。

ヒンメルに敗北してからずっと人里から離れて隠居していたアウラは何も知らない。

 

遥か大昔から生きるエルフの大魔法使いが、『大陸魔法協会』を立ち上げた事だとか。

 

その協会の中でも最高峰の称号である"一級魔法使い"の存在だとか。

 

これっぽっちも知らない。

 

「(今この場で私が殺さなかったとして……コイツは強い魔法使いに……"一級魔法使い"になれるかしら?)」

「(…………なれないわね。まずそもそも、大人にだってなれないでしょう)」

 

どうやらヴィルには魔法使いとしての才能はあまり無いらしい。

しかしそれ以前に、『視力』というハンデを背負っている彼が、無事に成長して大人になれるとすらアウラは思っていなかった。

 

「(山の中で獣に襲われ逃げられず惨死。道から逸れた事にも気が付かず森の奥で迷って衰弱死。……あるいは何もない所で躓いて頭を打って……?)」

 

この常に死と隣り合わせの盲目の少年が、何の危難にも逢わずに大人になれるなどとても叶わぬ願いだ。

『たくさんの冒険』をして世界を見て回るなど更に論外だ。

 

「僕も強くなりたいなぁ」

 

だが、アウラはそんな酷な現実は突きつけない。

魔族とは言葉で人を欺き、嘘を吐く生き物だ。

 

…………それは優しい嘘などではない。

 

 

「なれるわよ、頑張ればね」

 

心にもない、その場凌ぎの

鳴き声に等しい嘘なのだ。

 

 

 

 

数週間が経った。

 

「さてと、今日はどんな面白い話が聞けるのかしら?」

 

そんな事を口にしながら、アウラは例の広場へと向かう。

 

仮拠点であるボロ小屋にいる、リュグナーとその他配下2名を適当にはぐらかしてここへ訪れる毎日。

 

「(あの二人は兎も角、リュグナーは妙な所で聡いから気を付けなきゃね)」

 

仮にリュグナーに勘繰られたら、面倒なことになる。

もしこっそり着いてきて、ヴィルと自身が談笑している場面を目撃されたらどうなるか?

 

「殺すなと命じれば殺さないでしょうけど、何をしでかすか分からないわ」

 

絶妙なバランスの上に成り立っている人間との"お話し"。

折角の楽しみを奪われたのでは堪ったものではない。

 

そんな事を考えながら歩いていると、いつもの場所が見えてきた。

既に岩の上にはヴィルの姿もある。

 

「…………あら?」

 

だが、その様子が少し変だ。

僅かに肩を震わせながら俯いているヴィル。

耳を澄ませると、若干の啜り泣く声も聴こえてくる。

 

「どうしたの?」

 

「わわっ!?」

 

突然声を掛けられ、驚いたヴィルがアウラの方を向く。

見るとその目元には泣き腫らした跡があった。

 

「泣いていたの?」

 

目が見えない分、耳が良い筈の彼だが

周りに意識が向かないくらい咽び泣いていたらしい。

 

「……すみません、今日はお母さんとお父さんの命日でしたので」

 

「確か魔族に殺されたんだったわね」

 

ヴィルの話だと、5年程前に

父親と魔法使いであった母親が村を襲った魔族に殺されたらしい。

ヴィルの目もその時の魔族の攻撃で視力を失ったのだとか。

 

「前にも聞いたけど、魔族は憎いのよね?」

 

1ヶ月ほど前に、"お話し"の過程でアウラは同じ質問をしていた。

 

「…………そう、ですね。憎いか憎くないかで言えば、憎いです」

 

だいぶ長い沈黙の後、ヴィルは口を開く。

 

「(……魔族が憎い、そりゃそうでしょうね)」

 

 

殺意や恐怖、悲しみや怒りといった感情はアウラには分かる。

当然憎しみも。

 

 

「なのに『良い魔族』がいるかもしれないって、今でも信じているの?」

 

その問いに対しては、ヴィルは迷う事なく即答する。

 

「はい。世界は広いんですから、『良い魔族』もいる筈です、きっと」

 

 

しかし、()()は分からなかった。

()()というのは、ヴィルの"言い分"ではない。

ヴィルの言い分の支柱となっている、"確固たる意思"だ。

 

「(……『信念』、だったかしら)」

 

言葉として、知識として知ってはいても、共感はできない。

一応、どのような魔法を好むかや行動の基準となっている『信条』は分かる。

 

だが『信念』というもののイメージは出来ない。

人類の捕食と魔法の研鑽を旨とする、言葉を話す獣同然の魔族には不要な代物だ。

もし仮に、心の内にその概念がふと湧いたとしても実感にまでは至らないだろう。

イメージ出来ないものは実現できない。

 

「……なぜ、世界が広いと『良い魔族』がいるの?悪い魔族だけで満たされている可能性もあるでしょうに」

 

分からないなりに、質問は続けてみる。

元より退屈を紛らわす為の雑談だ。

 

「なぜって……うーん……そうだなぁ…………」

 

ヴィルは再び悩む。

今度はかなり悩み込んでいるらしく、数十秒近く頭を捻って長考していた。

 

 

そして、一頻り唸った後に、

 

 

 

 

「……女神様がいるから、でしょうか……?」

 

「………………はぁ?」

 

意味が分からない、という感じの気の抜けた声を漏らしたアウラに対してヴィルは続ける。

 

「だって、全知全能の女神様が世界を創ったんでしょう?女神様はこの世界の隅々まで見渡しています。……もし魔族がみんな悪い奴らなら、放っておく筈がないと思うんです。ほんの少しとはいえ、良い人も混じってるからだって」

 

「…………」

 

「最初の方の台詞は、教会の神父のお爺さんが言ってたことそのまんまですけどね。『いかなる時も信仰心を忘れてはいけない』って」

 

そうやって村の大人から聞いた事を交えた自論を述べるヴィルに対して、アウラは開いた口が塞がらない。

 

「(いざ尋ねてみれば、驚くほど楽観的で、呆れ返る理由)」

 

女神信仰が浸透している人類とは基礎の部分から思考回路の異なるアウラは

何一つ理解が出来ず、根拠に乏しい言い分にしか思えない。

 

「(さっきまで興味を湧かせた『信念』とやらも、蓋を開ければこの程度?)」

 

やや冷めた気持ちになりながらも、会話だけは続けてみる。

 

「……女神が人類じゃなくて、魔族の味方だとしたら?」

 

「まさか!聖典や女神の加護をもたらしてくれる方なんですよ。死んだ人を天国へ連れていってくれるのも女神様なんです」

 

「人は死んだら、無に還るんじゃないの」

 

人は死ねば無に還る。

元々は数千年前の人類の間で主流だった思想らしく、今では伝統を重んじる傾向があるドワーフくらいでしか流行ってはいない。

魔族には伝統はおろか文明も文化も無いが、

死ねば肉体が魔力の塵と化して霧散する魔族にとっては一番理解しやすい考え方だ。

 

「『無に還る』……だなんて、そんな悲しい事はないと思いますよ。一生懸命に生きてきた人は、最後には報われる筈ですから」

 

悲しげな顔で、しかし確かな自信の籠った口調のヴィルの真っ直ぐな眼。

それをただぼーっと、アウラは眺める。

 

「僕のお父さんとお母さんも、女神様のもとにへ…………天国に行ったんです。良い事をたくさんしてきたから」

 

「良い事を、ねぇ……」

 

「はい、だから僕も良い事をしないと。悪いことばっかりしていたら、天国に行ってから女神様に怒られるかもしれませんしね」

 

そう言い終えるとヴィルは目を瞑って

虚空に向かって手を合わせた。

両手の指を交差させてしっかりと組んでいる。

 

アウラはその動作を知っている。

祈る時にするものだ。

目の前で命乞いをする人間がよくしていたから知っている。

 

「それは何?なぜ手を合わせるの?何に祈っているの?」

 

「女神様にですよ、『お父さんとお母さんが天国で幸せに暮らしていますように』って」

 

試しに手を合わせてみた。

 

「……」

 

何も湧いてはこない。

 

「(やはり駄目ね、何の気持ちも湧かない。『信念』も……『信仰心』も、…………死後の安寧を祈る"習性"も)」

 

 

大魔族と人間の少年。

この歪な交友関係にもいずれは終わりが来るのだろう。

 

そして、その終わりの時が来ても

更にその先の未来でも

自身がそれらの意味を理解する日など来ない。

 

 

アウラは心のどこかでそう思いながら

形だけの祈りを続けるのだった。

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