角折りは百薬の長なんですよ
グラナト伯爵領や近辺の森でひと騒動があった翌朝。
伯爵領からやや離れた小さな村の民家の近くで、1人の少女が野草を採取していた。
「これくらい採れば充分かな」
野草や木の実で一杯になった籠を満足げに見ながら
少女は家へ帰ろうとする。
その時、
「────助けてぇ」
草陰から、蚊の鳴くようなか細い声が聴こえてきた。
「…………そこに誰かいるの?」
「…………助けてぇ…………助けてぇ」
「もしかして怪我をしているの……!?」
「……助けてぇ……助けてぇ」
少女は声の方へ呼びかけるが、返ってくるのは同じ台詞ばかりだ。
「……ど、どうしよ。お父さんか……誰か大人の人を呼んだ方がいいのかな……?」
もし相手が大怪我をしているのならば、子供だけで対処など出来ず
大人の手を借りるのが賢明だろう。
「(……せ、せめてどんな状態なのかだけ、ひと目確認しておこう……!)」
しかし、声の主がどういう状態なのか知っておきたいという好奇心に負けた少女は
籠を地面に下ろして草陰へ歩み寄った。
「……助けてぇ……助けてぇ」
「ま、待っててね!今そっちに行くから……!」
「……助けてぇ……助けてぇ……助けてぇ……
……たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ たすけてぇ」
「ヒッ!?」
草陰まで近づいた途端、助けを求める悲痛な声は
動物の鳴き真似のような無機質なものに変わり、少女は怯んだ。
「(え、なんなの……人間……の声だよね……?)」
震えながらも、身の危険を感じた少女はその場から離れようとする。
「きゃっ!?」
が、恐怖ですくんだ足が絡れて転倒してしまった。
「────ッッ!!!」
その瞬間、草陰から一つの黒い影が踊りかかり
少女の上に覆い被さる。
それはアウラであった。
あの後、突き出した岩や岩壁に激突しながら谷底の川を流され続けた彼女は
下流にあるこの村にたどり着いたのだった。
なかなかに酷い有り様で、美しい素肌はあちこち傷だらけな上、
頭の自慢の角は片方がポッキリ折れてしまっている。
「え!?や、やっぱり人だったんだね!それに酷い怪我してる!」
「早く怪我──の、手当──テ──ヲ……ッ」
「──黙れ」
獲物を狩る猛獣の如き荒々しさで飛び掛かったアウラは
怪我の心配をする少女の細い首を全力で締め上げる。
「──く……苦シい……ッ!──や、ヤメ……ッ!!」
「喋るな人間、私は今気分が悪いのよ」
少女が懇願しても
アウラは手を緩めるどころか更に渾身の力で締める。
『魔族の危険性を知らない幼子が餌食となる』
外見以上に殺傷性の高い魔族から人間の子供が身を守る術など皆無であり
大抵は魔族の手に掛かって無残にその命を散らされる。
「(……"コレ"で腹を膨らましたらさっさとこの地をおさらばしないと。いつフリーレンに見つかるか分からないわ)」
何も珍しい事ではなく、この大陸では何万回と繰り返されてきた悲劇の一つに過ぎない。
だが例外は存在する。
「さよなら名前も知らない人間。あなたの肉は私が美味しく食べさせて────」
「……ヴぅ、や……ヤダァッ──!!」
「────もらゴォッ!!?」
『襲ってきた魔族があまりに弱すぎる場合』はその限りではない。
踠き苦しんでバタバタと暴れる少女の膝が、
アウラのむき出しのヘソに勢いよく突き刺さった。
「──お゛ォエ゛ェッ!!」
腹部の鈍痛と、酸っぱい胃酸が食道を駆け登る不快感で
思わず手を緩めたアウラ。
「えいッ!」
「──ッぶッッ!?」
すかさず少女はアウラの身体を押し除け、その際に少女の拳が偶然にもアウラの鼻面を捉える。
「──ッご……こいつゥ……ッ!!」
「だ、誰か助けてェ!誰かァァー!!」
「ッ!?……ば、バカ!!叫ぶんじゃないわよッ!」
大声で助けを求め出した少女を黙らせようとするアウラであったが
強襲で得ていたに過ぎない優位性をもう一度覆す事はなかなか出来ず
少女に近づく度に肘鉄や引っ掻きを喰らって怯まされる。
魔族と人間の間に存在する種族単位での膂力の差が無くなるだけで
このような普通ではあり得ない番狂わせが起こる。
そしてもう一つ、魔族に襲われた人間が助かる術として、
「妹になにすんだッ!!!」
「ギャア゛ァ゛ッッ!!?」
『運良く第三者が駆けつけてきた場合』がある。
野草を採りに行ってからいつまでも戻って来ないのを心配して見にきた少女の兄が
今まさに妹を殺そうとしていたアウラの頭を樫の棒で力任せに殴りつけた。
「お、お兄ちゃん──ッ!」
「大丈夫か!?……この野郎……!よくも妹に酷い事を……ッ!!」
「……い、い゛っだイ────ッア゛ガァッ!!?」
不意に頭部を殴られて悶絶しているアウラを躊躇う事なくガスガスと殴りつけまくる。
「このッ!このッ!!」
「──ッギィッ!?──ッや゛め゛ッ!!」
「──ッが…………あ゛が……が……ッ」
森に木霊する絶叫が止んだ頃には
ボロ切れのようになったアウラがヒクヒクと痙攣して地面にのびていた。
「……ど、どうしようお兄ちゃん……?気絶しちゃったけど……」
「…………取り敢えず、父さんに見せてみよう」
◇
「……魔族なんて生まれて初めて見た」
少女と少年が家に帰ってきた時、2人の父親はギョッとした。
それもそうだろう。
子供達が野生の動物でも生け捕ってきたかの如く、
明らかに人型のソレをふん縛って連れてきたのだから。
少年と少女の父親は、縄で縛り上げられているアウラを
しげしげと観察する。
「父さん、こいつは妹を……ヒルフェを殺そうとしたんだ!領主様につき出そうよ!」
「ユンゲ、落ち着きなさい。……ヒルフェ、本当かい?」
少女──ヒルフェは、兄であるユンゲの背中に隠れながら辿々しく喋る。
「うん……物陰から飛び出して……こう、首を強く」
「もし俺が遅れたらどんな事になってたか──ッ!」
「正直、力はそんなに強くなかったから、すぐ押し除けられたけど、すごい怖かった……ありがとうユンゲお兄ちゃん……ッ!」
「なるほど、よく分かった。……それで、君から何か言う事はあるかい?」
子供達から一通りの事情を聴いた父親は、今度は神妙な面持ちのアウラに話を振った。
「噂にしか聞いた事はないが、見たところ……"魔族"という
エルフやドワーフが人類に含まれている事から、『人種』という表現をした父親。
……実際の所、魔族は人類とは起源が全く違う生物だからこの表現は適切ではないが
そんな詳細な情報は持ち合わせていない。
「…………」
そして、目の前の男が自身を"人類の端くれ"として扱っている好機をアウラは見逃さず
薄ら笑いを浮かべた後に口を開いた。
「私の名前はアウ…………"アルム"と言います」
「(ここはグラナト伯爵領からそう距離が離れていない……私の名前は迂闊に出さない方がいいわね)」
悲しそうな表情と潤んだ瞳による上目遣いで
欺く事に全力な思考とは裏腹な哀れみを誘う仕草をするアウラ。
「私、生まれつき魔法が使えないんです。そのせいで人間にも全然勝てないし、周りの魔族からも疎まれて……」
「お腹も空くから雑草で食い繋いで来たんですけど、それももう限界でした……」
「そんな時、私気がついたんです。『人間と諍い合うのはなんて馬鹿らしいんだろう』と」
「人間と手を取り合えば平和に過ごせるじゃないかって……」
「その考えに至った私は周りの魔族にもそう呼びかけたんですけれど、みんなから益々嫌われちゃって……私って変ですよね?」
息をするように嘘に嘘を積み重ねていく。
普段は女王然とした振る舞いの彼女がいざとなればこんな演技を出来る辺り
魔族という生き物の狡猾さがよく分かる。
「ずっと独りぼっちだったのね……だからあんなに必死に……かわいそう……」
「おいヒルフェ!」
「だってお兄ちゃん、こんなのかわいそうよ!」
「私より大きいけど、まだ子供だし……許してあげたって罰は当たらないわ!」
「(そうよその通り、ちょっとあなたを殺そうとしただけなんだから許しを与えなさい)」
アウラの嘘八百にすっかり絆されたヒルフェは泣きそうになっている。
「騙されちゃダメだ父さん!こいつ絶対嘘ついてるよ!」
「(余計な事を言うなクソガキ……)」
しかし、妹を殺されかけたという事実故に
アウラの身の上話がまるで心に響かないユンゲは今にも棍棒で打ち据えようとする勢いだった。
「(チッ、クソガキが厄介だし……親の方もまだ私を警戒してる感じね)」
「(仕方ない。……やるのは何百年ぶりだけど、"アレ"をやってやろうじゃないの)」
まだ同情を誘いきれていないと踏んだアウラは
"奥の手"を繰り出す事を決心する。
「ゔっ、ゔぅぅぅ………」
大袈裟に顔を手で覆い、嗚咽を漏らし出した。
「うぅ……会いたい……会いたいよぉ」
「お……おかあさん……」
「(…………久しぶりにやると恥ずかしいわね)」
魔族には罪悪感だとか良心の呵責といった概念は欠片としてない。
人間を欺く為ならある事ない事をペラペラ喋る事も厭わない。
しかし、アウラにとって
歳を重ねていない幼魔族がやる様な稚拙な演技をする事は
普段の尊大な振る舞いも相まって多少の恥じらいがあった。
「おいこいつ嘘泣きし出したぞ!」
「(黙れクソガキ……ほら、そんなに言うならお望み通りの涙を見なさい)」
この数週間の配下からの仕打ちや、フリーレンと邂逅した恐怖、今の自分の境遇から来る自己憐憫の涙で
より真に迫った演技を見せつける。
「お父さん……許してあげようよ」
「ヒルフェダメだ!」
「………………はぁ、わかった。アルムちゃんだったかい?」
「父さんまでッ!!」
「ユンゲ、人間は誰しも間違いを犯すものだよ。償う機会くらい与えるのも大事だ」
「……それに丁度畑の手伝いを探していたところだ」
「しばらくは寝る前に鍵のついた納屋に入ってもらうが、それも様子によっては改めよう」
「それでいいかいアルムちゃん?」
「────ッ!……はい!!」
こうして、納得のいかないユンゲ以外はアウラを受け入れる方針で固まった。
◇
「それじゃアルムちゃん、今日から畑の手伝いをしてもらうけど……やった事はあるかい?」
「いえ、畑仕事なんて生まれて初めてです……」
翌朝、父親に連れて行かれたアウラは
早速畑仕事のレクチャーを受けていた。
「まずはクワで土を耕すんだ。こうして十数センチくらい深くまで……そしてこうして……」
「……さぁ、やってご覧。クワの握り方はこうだよ?」
ざっくりと説明した父親はアウラにクワを手渡す。
「重……ッ!?」
「ハッハッ、最初はそんなもんだよ」
片手で手渡されたクワを受け取った途端、その予想外の重みに思わずよろける。
魔力による身体強化の一切が使えないアウラの今の肉体は、年頃の人間の少女と同レベルしかない。
そんな状態で、500年超の生涯で初めて農具を持たされたのだから当然だろう。
「……クワなんて危ねぇもん与えんなよ」
「そんな事言っちゃイカンよユンゲ」
何故か家族の一員のように受け入れられている魔族の女に対し
ユンゲは過剰なまでに疑いの目を向けている。
「(──このクワでクソガキを殴り殺して、そこから男も……いやダメね、リスクがあり過ぎる)」
まぁ、内心こんな事を思っているのだからその懐疑心は的中しているのだが。
「(……仕方ない、素直に耕してやるわよ)」
凶行とそれに伴うリスクを天秤に掛けた結果、アウラは渋々作業に従事する決意を固めた。
「──ふんッ!」
掛け声と共に、アウラの振るったクワが地面を抉る。
「──はぁッ!」
再び掛け声と共に、クワが地面を穿つ。
「…………うーん」
父親はそれを静観している。
そして、アウラがクワを10回ほど振るった頃、
「……アルムちゃん、クワはおじさんが振るうから、君には種まきをお願いするよ」
威勢のいい掛け声に反して、一向に地面が耕されていない様子から
クワの代わりに袋に詰められた小麦の種を手渡した。
「あっ、はい……」
『君がやってたら終わらないから代わるよ』と遠回しに言われたような屈辱を味わいながらも
アウラは黙って、クワで耕された穴に種を落とす単純作業に取り組む。
「──ここは土が貧しい土地でね。私と今は亡き妻は開墾しようとこの地へ移り住んで──」
「はぁ……そうですか」
父親の身の上話を相槌を打ちながら聴き流す。
「……」
「……なによ?」
地面にしゃがみ込んでちまちまと種を撒いて行くアウラをユンゲが見下ろしていた。
そして一言呟く。
「………………ダッセー」
「(──ッッ!!……クソガキ、魔法が戻ったらお前だけは首を斬らずに使い倒してやるわ……ッ!)」
◇
「ほら、寝る時間だからとっとと納屋に入れ」
「言われなくても入るわよ……こっちはもうヘトヘトなんだから」
「お前種まいてただけだろ」
誰でも出来る単純作業といえど、慣れない労働は中々に堪えたようで
納屋に入ったアウラは地べたにへたり込む。
「……言っとくけど俺はまだお前の事信用してないからな」
「はいはい、どうぞご勝手に」
ユンゲを適当にあしらったアウラは、一息つくと
坐禅を組んで瞑想を始めた。
「……なぁ、それ何やってんだ?」
「なにって、魔力の制限の練習よ」
「おまっ……!やっぱり魔法使えんじゃんか!」
「やかましいわね、魔力なんてどんな生物にだってあるし、こんなの魔法ですら無いわ」
フリーレンのように長い年月を掛けて洗練された、完全に近い魔力制限こそ出来ないが
遠方からの探知が不可能なくらいに抑え込む事はアウラにも出来た。
それは魔力の扱いに長けた大魔族だからというのもあるが
力を付けるより昔のアウラが格上の相手から逃げるようにその存在をひた隠しにしていた事も関係するのだろう。
「へぇ、……じゃあさじゃあさ、俺の魔力ってどんくらいか分かる?」
「はぁ?……うーん、そうねぇ……"いまひとつ"って感じかしら?」
「ちぇ、"いまひとつ"かよ……」
「(今の私には自他共に魔力なんて感知できないけど、癪だからそういう事にしてるだけよ)」
「明日も畑仕事あるんだから、しっかり休んどけよー」
「……チッ、"いまひとつ"……」
不貞腐れながら納屋を後にしたユンゲ相手に
多少の気晴らしが済んで気を良くする。
「ふんっ、ざまぁないわね…………それはそうと」
ユンゲが居なくなってから少しして、アウラは己の手首を見る。
「(昨日から色々あって気にする暇がなかったけど……リュグナーは死んだみたいね)」
昨夜まではそこに付いていた筈の真紅のブレスレットは影も形もなくなっている。
それはリュグナーが死んだ事に他ならない。
「(まぁ……残念だわ……能無し2人と違って便利な部下だったもの)」
「(とはいえ、これで助けは完全に見込めなくなった。あとは私がどうにか魔法を取り戻すしかないわね)」
「(最初は隙を見て、この家の人間共を皆殺しにしようかと思ってたけど……どうやら今の私の運動能力は想像以上に絶望的だわ)」
全ての魔族が持っている人間への強い殺人衝動。
アウラもその衝動を持っており、人間など蟻か何かにしか見ておらず、
必要もなく殺す事に何の躊躇もない。
しかし、戦闘能力という点でそこらの人間と同等の土俵にまで引き摺りおろされ
まともな戦闘はおろか、この地から安全に逃げる算段すら無いアウラは
迂闊な行動をする訳にはいかない。
「(いつまでもあんなくだらない農作業に励むつもりは更々ないけど)」
「(取り敢えずはこの家の連中から信頼を勝ち取るのが先決ね)」
元々魔族の中でも慎重にコトを進めるアウラは
この殺人衝動よりも、自身の保身の方を優先した。
「(まったく……ほんとに嫌になっちゃう。目が覚めたら全部夢ならいいのに)」
ある程度の瞑想の後
仕事の疲れと、嫌な現実から目を背けるかのように
アウラは藁の布団で眠りに落ちるのだった。
"原作用語と比べてなるべく浮かないようにオリ単語もドイツ語で統一する"?
おいおい、人類はそんな小難しい事を考えながら
二次創作をしているのか?
俺の二次創作にそんな面倒なものは有る
俺が本気を出せばドイツ語翻訳サイトをひたすら眺めて
いい感じの単語なんて一瞬で書ける
ならば何故そんな事をしているのか?
理由は単純だ、楽しいからだよ