TS転生してアイドルになった少女の話 作:コンソメ
昔から、いや前世の時から、何かを演じるのが得意だった。特別な誰かを演じれば周りが褒めてくれて虚勢を張って 笑みを作って ずっと猫をかぶって生きてきた。転生してからも変わらないらしい。
TS転生というものをした。前世は男だったが、今世は女になったようで顔も悪くないため困りはしなかった。
転生した影響なのか、何かを演じるということについてさらに得意になったようで、最初にそれを自覚したのは映画のエキストラでバイトした時だった。
偶然それを見に来ていた一人の男にアイドルにならないかと言われた。
正直、アイドルというものに興味は全くなかったのだが、自分が嫌いだと思っている人間の顔が思い浮かんだ。
幼馴染の女であり、彼女もまたアイドルを目指していた、いや、この表現を適切ではないだろう。目指していたというよりも、アイドルになるべくして生まれてきたというべきだろうか。俺よりも少し前にスカウトされアイドルになった彼女はまさに完璧だった。自然体で、普通にいるだけでアイドルとして成立する。
磨くまでもなく輝いており、手入れをして、見せ方を少し変えるとさらに光だす、そんな少女。それが当たり前だと思っている。俺は彼女があまり好きではなかった。
自分がどうしようもなく、偽物だと自覚させられるから。
アイドルになってから俺も人気が出るようになった。しかし、それは特別な記憶にある誰かを模倣しているから。
俺自身が、評価されているわけではない。誰も本質的な俺は見ていない。俺が演じている虚構を見て誰も彼もが称賛をした。
演じることで愛される俺とそのままで愛される幼馴染み。
きっと出会うべきではなかったのだろうが、俺たちは出会ってしまい、だからこそ彼女が憎くどうしてもその顔を歪ませたくなった。
だから俺はこの空虚な芸能生活を続けているのだろう。
カクテルライトの光が、向いているステージの上で、1人の人影が歌い踊っている。
神無月歌恋。一世を風靡するアイドルである。ソロで活動しておりユニットを組んでいないのにも関わらず、その人気は会場を犇めくペンライトの海が物語る。
儚さを内包したステップと可憐さを内包した姿。
歌声は、暗がりの中で音の一粒一粒が光になって見える。旋律が染みだす。普段は可憐な少女が、マイクを持つと神聖な雰囲気を纏い舞う。自分で作詞作曲し、他人の曲を歌わないスタイルが、独特な雰囲気を更に醸造している。
一瞬、音の色が変わる。
マイクを通じて、会場内のありとあらゆるものに静電気が飛散する。空間を貪欲に食い、広げていく息の長い旋律に、観客たちは息をのみ絶句する。
何と言う激情。
なんて特別な歌なんだ。
素晴らしい技術だ。
誰も彼もがそう思う中、彼女は嗤う。ただの模倣、猿真似。この世界にはいない誰かの模造品。誰も自分を見てはいない。滑稽だ。何もかも。少女の爪が手の平に食い込む。
曲が終わり、やがて静けさが帰ってくる。他の全ての音が空気に吸い込まれてしまったのを確かめてから歌い終えた少女は照れくさそうにはにかんだ。完璧に計算された、他人を魅了するためだけの笑みだ。
「私の新曲、『クロッカス』でした。ありがとうございました!」
万雷の拍手が響く。少女は丁寧に頭を下げた。そこに少女の感情はなく色も温度もない…ただ伽藍洞だった。
「いえーい!平伏しろ、熱狂しろ、美少女様のお通りだー」
事務所の扉が乱暴に開かれ、そこから一人の少女が現れた。現れた少女は、自身を美少女というだけはある人形じみた容姿をしている。腰まである銀髪は、常軌を逸して艶やかだ。琥珀色の瞳は妖艶に輝いており色香を感じさせる。年齢にしては少し小柄だが、道を歩けば間違いなく、百人が百人振り返る美少女だ。
服装は凄まじくあざとい。シンプルながら可愛らしい灰色に加え、フードには猫耳を模した飾りがついているパーカーを着ている。ショートパンツとニーハイは少女のすらりとした長い脚と真っ白で柔らかそうな太ももを同時に強調して、見事な絶対領域を作りあげていた。
男心を把握している女だからこそできる格好だった。
「慎みを持ってください、歌恋」
溜息と共に振り返ったのは、少女が所属する芸能事務所のプロデューサーだった。やり手と有名な彼だが、目の前の少女のコントロールはできなかった。
少女が少女であるが故に。
「………ライブお疲れ様でした。1週間程休暇を取っていただきましたが、リフレッシュにはなりましたか」
「もっちろん!私ってば美少女だから何処へ行っても目立っちゃうんだけど流石に海外に行くとマシだね!はい、これお土産」
そう言って歌恋はプロデューサーに赤い紙袋を差し出す。彼は紙袋を机の下に仕舞いながら、彼女に問いかける。
「ところで、ダンスのレッスンには早いですが、何か御用ですか?」
「アハハハハハハ、面白いこと言うじゃん。あの女と鉢合わせないために来たに決まってるだろ?」
声のトーンが変わり、口調が乱れる。少女が猫を被っていること、偽りでアイドルをしている偶像であると彼だけは知っていた。16歳の少女をこの道に引きずり込んだのだ。
「デビューから2年。貴方はトップアイドルと勝負できる偶像になった。それでも
「成り果てたんだよ、プロデューサー」
自分とは決して相いれない彼女をイメージして、歌恋は嘲笑する。
「俺は愛されるアイドルになったんじゃなくて、偶像を被る道化に成り果てたんだ」
鬼灯の花を模した髪飾りに触れながら、歌恋はプロデューサーを眺める。
ドロドロに濁った彼女を見て、男は再度書類に視線を落とした。見ている書類にしわが寄り指先に自然と力が入る。
「後悔、していますか………」
「してないよ。この仕事かなり稼げるし。ソロで活動しているから報酬も多いしね」
「………」
「それに、あの女の顔を歪ませてないし」
「………きっと歌恋はアイドルに向いてない」
「それを君が言うのはダメでしょ」
一切ハイライトのない彼女に、彼は拳を握り息を吐く。
「…私はアイドルになる以外に貴方が救われる道がないとあの日言いました」
彼は少女を見つけた、否少女に魅入られた瞬間を思い出す。直感だった。素晴らしい演技をする彼女の瞳はあまりにも空虚で、血を吐きながら身を引き裂く
「………言われたな」
「あの日の意見は揺るぎませんが、それでも後悔はあります。歌恋はアイドルになるべきではなかった」
「かもね」
彼の顔が歪む。大人の仮面に罅が入り激情があふれる。
「能力的には芸能界は貴方の居場所だ。だけど、貴方の性格は致命的にアイドルに向いていない」
「それでもスカウトしたのは君だろ」
「ええ、アイドルとして輝けば救えると確信しています。しかし「その話さ」!」
「長くなるなら今度でいいかな。私そろそろレッスンの時間だから、ね」
そこにはいつも通り明るくてお調子者で、魅力満点の偶像がいた。プロディーサーは思う。アイドルの道は彼女にとって祝福でもあり呪いでもある。背中を押した自分は責任を取れるのだろうか。
簡易キャラ設定:
神無月 歌恋。
・素とプライベート、仕事用とライブ用の三つの性格を使い分ける。
・プライベートは明るく、お調子者。ライブや撮影はミステリアスで神秘的な人物を演じている。