脱社畜を目指してパルデア1のブラック企業に勤める話 作:永久冬眠
「………それで?どういうことか説明してもらえるかしら?」
「いやー、あはは………色々ぉ、ありましてねぇ」
ジュンサーさん達から無事逃げおおせた僕とコウキ君は、かつての僕のライバルであり、現シンオウリーグチャンピオンであるシロナの元を訪れていた。彼女に全ての事情を説明し、例の資料を見せる。
シンオウに古より伝わりし伝説のポケモン達、赤い鎖について、それらを使って行われる、世界の消滅と再構築。
ギンガ団のトップに立つ、とある科学者が書き上げたソレは何とも荒唐無稽な御伽話に思えた。しかし、シロナは積み重ねられた考古学者としての神話に対する知識と理解から、コヨミは資料に記された緻密な科学的論理に基づく理論から、この御伽話は決して不可能な事ではないと結論付けた。
となると次はこの資料の内容をどうするかという話に変わる。当初の予定通り世間に公表するのか、それともシロナのつてを使って、秘密裏にギンガ団の野望を食い止めるのか、どちらをとっても相応のリスクが付き纏う。
迷いに迷った結果、世間への公表は諦める事にした。理由としては人々が信じるにしろ信じないにしろ、社会への混乱を招きかねないからということと、ギンガ団のトップたるアカギが思い描くこの計画を、そもそもギンガ団の殆どの団員達は知らない可能性のほうが高いということ。
僕がこの資料を見つけたのも本当に偶然だった。研究所でも上位の職員しか入れない、所謂企業秘密が詰まった最重要資料室に入った時のこと。エネルギー研究機関らしく宇宙エネルギーや関連技術に関する大量の資料に埋もれた部屋の中の棚と床の隙間に埃を被ったこの資料は落ちていた。
著者の名はアカギ、ギンガ団のトップその人である。この埃を被った手書きの資料の他にアカギの目的を記したものは一つもなかった。恐らく他にあったかもしれない資料は全て処分されたか、或いはギンガ団の上層部が保持しているかのどちらかだろうと思う。
とまぁ長々と語ったが、最終的に取った手段は強引な力技だった。
遅かったのだ、全てが。僕達が対策をあーでもないこーでもないと取りあぐねている間にもアカギの計画は着々と進んでいた。シロナと会って2ヶ月もしない内には異変が起こった。シンオウ地方でも有数の名山、テンガン山の頂上を中心として。
シロナによればそこには「やりのはしら」と呼ばれるシンオウ神話において重要な遺跡があるのだと云う。
テンガン山に急行した僕達が目にしたのは、神話にのみその存在を語られる伝説のポケモン、ディアルガとパルキア、そして彼らを呼び醒ましたアカギだった。
事態は更に進んで、アカギの行いに何故か怒り狂ったもう一体のポケモン、世界の裏側に住むとされるギラティナが空間を裂くように現れ、アカギを空間の裂け目に連れ去った。
アカギが連れ去られていったこの空間こそがアカギの目的。このまま放置すれば、世界は崩壊、或いはアカギの狙い通り、創り替えられてしまうことは分かっているので、僕達3人は裂け目に入っていった。
アカギはこの空間を「やぶれたせかい」と呼んだ。DNAの螺旋構造のように現実世界と補完・修復しあう世界、そう推測しているのだと云う。
「どうして世界を変えようとするの?」
「貴様らにその事について話した覚えは無いぞ」
シロナからの問いかけにアカギはただ不機嫌そうにこちらを睨みつけ、そう答えるアカギに僕は彼が書き記したであろう資料を取り出して見せる。
「!………成程それでか……処分出来ていなかったのだな」
フンと、ため息を吐いたアカギは腕を組み諦めたように話し始める。
「私はこの世界から、こころという不完全で曖昧なものを消し去り、完全な世界をうみだす。それが私の正義! 誰にも邪魔はさせない!」
「そんなに世界が憎いなら、自分一人、誰もいないところに行けばいいだけでしょう!」
「何故この私が世界から逃げるように息を潜めていきるのだ!?私は負けぬ、あの影のポケモンにも、くだらない世界にも!」
アカギとのバトルは呆気なかった。彼を倒したのはコウキ君だった。この2ヶ月ちょっとの間、僕とシロナと特訓していたコウキ君はメキメキと実力をつけて、ジムバッジを2個しか持っていないとは思えない程に成長した。贔屓目抜きに見てもリーグに挑めるだけの実力があると思う。そんな彼にアカギも良いところまで喰らい付いたが、まぁ勝つことは叶わなかった。
その後、今度は未だ怒りが収まらない様子のギラティナに目をつけられ、追いかけ回されたが、シロナとコウキ君と3人で力を合わせて、とにかく逃げて、逃げまくった。相手は怒り狂った神話の神様、まともに戦っていては埒があかない。ギラティナからの攻撃をいなしつつ、反撃はせず逃げ続けた。
結果的にこの行動は正解だったらしい。怒りが冷めたか、興が醒めたか、大人しくなったギラティナは元の世界へと繋がっているであろう穴を残して何処かへ消えた。
「……戦わない事で、あのポケモンの怒りを鎮めただと!?………そうまでして、この世界を守る理由は何だ!?……そんなに不完全で曖昧な心とやらが大事か!?」
こちらの様子を伺っていたのか、何処かへ去っていった筈のアカギが再び突っかかってきた。
「……うまれた場所、うまれてから過ごした時間、話す言葉はみんな違う。だけどとなりにポケモンがいてくれたから、ポケモンがいることが嬉しいから、知らない人とも………」
「黙れ!!」
シロナの話に被せるようにアカギは子どものように嘆き散らした。
「もういいたくさんだ! だからこころが大事だと言いたいのか!そんなもの今まで幸せに生きてきたと思い込んでいる人間の戯言だ! 今私が感じている怒りも憎しみも憤りも……この醜い感情は不完全なこころのせいだ!…………貴様なら分かる筈だ………コヨミ博士」
何故そこで僕に話を振ったのか、正直分からない。何か彼の中で僕と通じるものを感じたのだろうか、思い当たる節は一個しかない。
「………それは、僕の親友が死んだ時のことを言っているのか?」
「そうだ」
何故そんな事知っているんだと、聞くのは野暮だろうか。僕にしては、いつもより数段低い声が出た。ギョッとしたようにこちらを向くシロナとコウキ君の視線が痛い。
「……貴様は自分のポケモンが死んだ時、思った筈だ…………こころなど無ければこんな苦しみを味合わずにすんだのだと………」
「アンタもそうだったから………か?」
「ッ………」
図星だろうか、アカギは言葉を詰まらせた。
「……確かに、あの当時は思っていたかもな………アンタの言う通りだよ」
「ならば共感できる筈だ!貴様は私と同じだ!」
「こころを消し去ろうとしてるアンタが、よりによって僕に共感を求めるのかい?」
「!」
「それに、何だ?こころを消し去って怒りも苦しみも、無かったことにするって何にも覚えていないのと一緒じゃないか…………それは逃げだぜ?」
「逃げ………だと」
「だってそうだろう?怒りも苦しみも幸せも、酸いも甘いも含めて、大事な誰か、或いは何かとの思い出だろう?アンタは全部無かった事にしたいのかい?その大事な誰かとの思い出を全て………僕はゴメンだね、たとえ辛い記憶であったとしても、親友の事を欠片でも忘れるなんて。」
それから、アカギは一言も発することはなく、やぶれたせかいの何処かへ再び去っていった。
ギラティナの残した穴に飛び込んで何とか無事元の世界に帰ってきた僕達はそれぞれの生活に戻った。ギンガ団はトップのアカギを失い、散り散りになるかと思われたが、幹部の誰かがトップの座につき、どうやら真っ当なエネルギー研究機関として再スタートを切ったようだ。今まで黒い噂とされてきたギンガ団の悪事、施設占拠や爆破など、アカギが成そうとしていた事以外、その全てを公のもとに晒し、謝罪した。被害者達にも正式に支援を表明し、一応はクリーンな組織として再編されていくらしい。
めでたしめでたし。
いやまぁ僕は職を失っている上に、犯罪行為に手を染めてしまっているので元の生活には戻れないんですけどね。
実際のところ、僕に殴り飛ばされたギンガ団員と主任もまた、数々の罪が明るみになり、今頃ジュンサーさんのお世話になっているだろう。今となってはクリーンな組織を目指すギンガ団からの計らいで、僕への訴訟も取り下げられて、元の研究所の椅子もあるから戻ってきて欲しいと言われているが、今更戻るのも何か違うと思った。
それに、漸く親友の事を受け入れられたんだ。あの頃の続きを歩む訳じゃないかもだけど、昔みたいに何処かへ旅をしてみたいんだ。
ついでに僕の新しい仕事も探したい。
実家にいまだ青々と生い茂るモモンの大木。実がなるにはまだ季節は早いが今年も大量の実を落とすだろう。その根本にある親友の墓に向かって何年振りかに口を開く。
「やぁ、親友。今日は挨拶に来たんだ…………僕はまた旅に出ようと思う。いつもの仲間達と一緒に…………今度は、シンオウ地方から出てみようと思うんだ………出来れば君とも一緒に行きたかったけど、まぁ土産話に期待しといてよ…………それじゃ、またね………親友」
別れの挨拶にしてはそっけないって?
バイバイ、また明日ってさ。
永遠にサヨナラって意味じゃないんだからさ。
またねって言えたらそれでいいのさ。
行き先は実は決まっている。色んな旅行雑誌を見ていて、気になる地方が見つかった。
「パルデア?」
シンオウ地方から世界を繋ぐ空港のロビーで、様々な地方から訪れる人やポケモンを横目に、シロナとコヨミは会話していた。
「うん、行ったことある?」
「いいえ………にしてもえらく遠い所まで行くのね」
「んー、ここ数年で一端の科学者になったワシとしては、なかなか興味深い地方なんだよねぇ」
ほほぅとありもしない髭を撫でるかの如く、顎に手をやり、熟練の科学者っぽい雰囲気を演出するコヨミを見て、昔を思い出したようにシロナは吹き出した。
「ふふっふ……何よ、それ……全然似合ってないわよ」
そう言って笑う彼女に周囲の視線が集まっている事に気がついた。そう、何せ彼女はシンオウチャンピオン。ただでさえシンオウ地方では知らぬ人などいない有名人である事に加え、その美貌が彼女の人気に拍車をかける。
周囲の何人かが、シロナの存在に気づき出した事を察知したコヨミは、これ以上目立つ前に話しておきたい事をとっとと話す事にした。
「……シロナは……これからどうするの?って聞くまでもないかな」
「そうねぇ、まだまだ調べていない遺跡は沢山あるし、そろそろチャンピオンとしての仕事も久々にやってきそうだわ」
「あー………コウキ君か、もうバッジ7個目だったっけ?………どう?勝てそうかい?」
「あら、まだまだ負けてあげるつもりはないわよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべて、気合いを漏らすシロナを見て、まぁほどほどにねーと宥めるようにコヨミは声をかける。そろそろ飛行機の時間が近くなってきた。
「あ、そうそう忘れる所だった」
そう言うとシロナはこちらに向き直って僕の顔を見つめる。
「何だい?改まって」
「…………」
「おーいシロナさーん?」
「……やっぱり、変わらないわね………10年経っても」
何が、とは言わない。コヨミの見た目か、精神性の話か、二人の関係か、それとも…………シロナの気持ちか。
「え、馬鹿にされてる?」
「さぁ、どっちかしら……」
あなたの10年間止まっていた時計が再び動き出したと言うのなら、私のこころで10年間燻っていた想いにも火が灯るとでも言おうか。
このままパルデアへと飛んでハイサヨナラとは許さない。コヨミに対してもう決して逃げられないように楔を打ち込むと決めてここに来ていた。
「ねぇ、10年前本当はリーグに挑む前に貴方に言いたい事があったの」
真っ直ぐにコヨミの目を見つめるシロナ。普段とはまた違う妖艶な雰囲気にコヨミも周囲の人間も息を呑む。
「な………なに…むぐぅ………!!」
シロナに聞き返すコヨミの言葉を待たずして、何も言わずに唇を重ねる。コヨミは驚愕といった様子で目を見開き、周囲の人だかりからは黄色い悲鳴が上がる。数秒続いた口付けは二人の間に周囲からは見えない程の細い銀糸を残して終わった。
「はぁ………ふふっ……何だと思う?」
明日のシンオウ新聞の一面は決まった。
やっとプロローグ終わりかな?