「うわ、うわぁぁぁ!」
「なんなんだこいつは! 気味がわりぃ!」
屈強な軽装歩兵たちの怒号が、見晴らしのいい草原にこだまする。
熟練の軽装歩兵たちが泡を食って逃げ惑うその姿には、少なからず恐怖の色が見えていた。
「よしっ…命中! …ひぃぃ!?」
「…………」
火矢によって瞬く間に立ち上がった大きな炎の中から、ぬるりと少女の影が姿を現す。
本来ならその身を焼き尽くすはずの灼熱すら意に返さない様子で、薄汚れた衣に身を包んだ少女はゆっくりと歩みを続ける。
「…………」
燃え盛る炎のような赤い髪をした少女は、太陽を背にし、三白眼の大きな目で軽装歩兵たちを一瞥した後、用はないとばかりにのそのそと歩みを進めていく。
「おい、あんなやつ相手にしなくていい! さっさと逃げるぞ!」
「だが…逃げたやつらが…!」
「命あっての物種だ! 早くしろ!」
「分かったよ! くそぉぉ!」
少女が追ってきていないかを確認するべく、背後を振り返る。
「………」
そんな兵士の目に映った少女はただ無感情に。
それでいて無表情に逃げる男たちを見つめるのであった。
★
「………ニ、ゲタ」
男たちの姿が完全に消えたことを確認した少女、もとい精霊は少し離れたところにある岩陰に潜んでブルブルと震える青年に声をかけた。
「…え? 本当に君が倒してくれたの? びっくりしたよ! いきなり現れて隠れとけ、なんて言うんだから」
声をかけられた青年はピタリと震えを止めると同時に振り返り、震える声で精霊に訊ねる。
「ソウ」
片言な言葉で答える精霊の少女。
その表情は無表情であるが、微かに勝ち誇った雰囲気を漂わせているように青年は感じていた。
「良かった……助かったよ」
そうは言うものの青年の表情はあまり喜んではいなかった。
むしろ困惑の色が強いように見える。
それもそのはず。
年端のいかない少女が、彼をずっと追いかけていた追っ手を追い払ったのだ。
強靱な肉体があれば可能かもしれないが、そんな屈強な身体つきをしているわけではない。
そんな小さな身体でどうやって大の大人である兵士たちを退けたのか、青年には想像すら付かなかった。
「アノ、サ」
「え? ああ……ごめんごめん」
訝しむような視線を感じた精霊が青年に呼びかけると、青年は軽く謝罪をしてから何用かと訊ねる。
「コレカラ、ドウスル?」
「……さあね。僕には帰る家なんてないからなぁ」
「ナ、ンデ?」
首を傾げる精霊。
青年はそんな問いかけにどこか気まずそうな表情を浮かべた。
「その…驚かないで聞いてほしいんだけど…僕は国を追われた身でね」
「……」
青年の言葉に精霊は表情を変えずにただ無言を貫いていた。
「その……つまり僕はとある国において……まあ、犯罪者なんだ。いや、逃亡者といったほうが正しいかな……」
「ドコへ……イク?」
「え? ああ、行き先か……もう長い間逃亡生活を続けてるからな…特にこれといって目指す目標地点はないかなぁ。 まぁ、いつか平和に暮らしたいとは思うけどね」
言い淀む青年に精霊が問うと、青年は力なく苦笑する。
まるで何かを誤魔化すかのように、それでいて何かに怯えたような笑みを浮かべる。
「…ソレガ、ネガイ?」
「…願い? ……まぁそうなるのかな」
「……イイ。ワタ、シがカナエル」
精霊の言葉に青年はキョトンとした表情を浮かべると、すぐに微笑みを浮かべる。
「……うん、そうだね。きっと君が僕の願いを叶えてくれるんだろうね。心強いよ」
青年は苦笑してそう答えた。
精霊には青年の言う「願い」は、ただ生きるということにしか聞こえなかった。
けれども精霊はその思いを汲み取り、青年が望むのならそれを叶えようとするのであった。