栄冠は君に輝くというが輝かないと俺が死ぬので取り敢えず部員全員に彼女出来るように暗躍しようと思う 作:ハチミツりんご
活動報告にてキャラクター募集をしております。ご参加頂けましたら幸いです。
_______甲高い音が、嫌に響いた。
アウトコースから少し内側に入っていった白球。
狙い澄ました鋭いスイングが、悠々と二塁手の頭を超えてボールを運ぶ。
確信のヒットコース。二塁ランナーが、本塁を奪い取る為に俊足を飛ばした。
県下でも四天王に数えられるチーム、【
そんな彼が、勢いそのまま三塁を蹴ろうとギアを上げ_______コーチャーの必死の静止に、咄嗟に塁上に留まる。
次いで聞こえる、爆ぜたような音。
ギョッとした様子で、本塁側を見る。
キャッチャーミットに収まった白球と、即座に三塁側を確認する捕手。
あの勢いのまま駆け抜ければ、間違いなく殺されていた。
右翼を守る大男が鉄砲肩なのは知っていたが、それにしたって理不尽だろう。
レーザービームと言うよりも、最早バズーカの領域だ。
「マッジで…………油断も隙もありゃしねぇよ、コイツら」
深く息を吐き、グローブを外す。
電光掲示板が示すのは、9回裏の2-1。
扇第一の1点負け、しかし状況はノーアウトの満塁。
俊足強打で鳴らす、扇第一の攻撃偏重野球ならば、逆転してもお釣りが来るような局面だ。
一番打者の自分がフォアボールで出塁すると、二番の山崎がバントからの一塁エラーで生存。
三番打者を担う後輩のキッペーが、相手の甘く入った直球を綺麗に流して、満塁状態。
打席に立つのは、扇第一屈指の長距離砲たる
普通に考えて、これ以上ない逆転のチャンス。
それでも、油断してはならないと本能が警鐘を鳴らしていた。
『
交代を知らせるアナウンスが響く。
キッペーに甘い球を投げていた投手が、遂に限界を迎えたらしい。
控えらしい選手がライトへと駆け、ライトに居座っていた鉄砲肩の大男がマウンドへと駆け寄ってくる。
「マジか、投げるのかアイツ」
どっからどう見ても野手投げだったのだが、まぁ野手が投手をやるなんて珍しくも何ともない。
特に今回の相手………【零園高校】の様な部員数の少ないチームでは、こうやって複数のポジションを回すことなんて日常茶飯事だ。
おおかた、鉄砲肩を買われて投手練習もしていた口だろう。
浅黒い肌に、えらく鋭い目付きの仏頂面。
高校球児全体で見ても、間違いなくトップクラスの身長と体格を持ち合わせたフィジカルエリート。
野球というより柔道とかそっち方面みたいに見えるな、なんてことを思いながら、その大男の投球練習を眺める。
最早ドガン、という擬音を使うべきとも思えるほどに、重量感を感じる速球。
目測だが凡そ140程だろうか。高い身長に、長い腕から打ち下ろされる様なオーバースロー。打席で感じる威力は、数割増だろう。
「(慣れる前にゴリッゴリに力押しで抑え込むのが仕事かぁ?重そうだねぇ、俺じゃ力負けしそうだわ)」
投球練習が終わり、試合が再び始まる。
この大男が、チームの抑えなのだとして。
人数の少ないチーム事情の中で、これだけの速球を投げられる人材をやり繰りしたのは、賞賛されるべき事だ。
並のチームなら、この直球だけで一巡は抑えられそうな程の実力も感じる。
強豪と呼ばれる相手でも、勝負に出られるだけの威力があるのも認めよう。
「_______不運だな。速球は、蟻川の大好物なのにさ」
低めに叩き付けるように繰り出された、大男の直球。
それが、ピンポン玉のように空を裂いて電光掲示板を揺らしたのが、そのすぐ後で。
夏の全国高等学校野球選手権地方大会、神奈川予選。
今年のドラフト候補にも名前が挙がるスラッガー、蟻川 真司の逆転サヨナラグランドスラムという劇的な幕切れにて。
零園高校野球部の夏。
初戦敗退が、決まった。
★★☆
数日後の、商店街。
すっかり夕暮れ時となり、晩御飯の買い出しに来ていた主婦や学校帰りの学生達の姿も疎らになる時間帯だ。
そんな商店街にて、覇気無く歩いている大男の姿が、ひとつ。
「…………おーい、イッシン。何時まで凹んでんだよ、元気出せって!」
隣を歩く男が、バシバシと明るく肩を叩く。
イッシンと呼ばれた大男に比べれば背は低いが、それでも180後半はあろうかという高身長。
体格も良く、特に太もも周りは圧巻とも呼べる太さだ。
明るく朗らかに笑う、人好きされる笑みが特徴的な男だ。
零園高校野球部の扇の要を担っている彼は、日常面においてもみんなの盛り上げ役を買って出るムードメーカー的な存在でもある。
「モリケン、しかしな…………」
「しかしもカカシもなーい!あの試合は、俺の要求したコースも悪かった!イッシン一人の責任じゃねぇの!」
努めて笑顔で、再びバシバシと背中を叩く。
慰めているのだろう。下手にしんみりすればどんどんと凹んでいく相手だと理解しているが故に、多少無理にでも明るく振舞っている。
それが分かるからこそ、この大男_______イッシンは、心配を掛けてしまったとばかりに余計に凹むのだが。
《center》■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
「(……………情けない。試合が終わってからずっとこうだ、皆に気を遣わせている)」
はぁ、ともう一つ大きなため息が商店街に木霊する。
扇第一高校との試合_______先輩達の甲子園最後の挑戦が終わってから、既に数日。
あの試合で最後にマウンドに立っていたこの男、イッシン。
幾ら相手が今年のドラフト候補にもあがるスラッガーだったとはいえ、初球のストレートを完璧に運ばれたのが尾を引いていた。
その重責は、終わって正式にキャプテンを引き継いで尚、イッシンの心に暗い影を差す。
「…………んじゃ、俺こっちだから!マジでテンション直せよ〜、イッシン!練習始まってからそれじゃ、怪我すんぞ!」
「あぁ………モリケンも気を付けてな………」
「おーう!」
てっけてけーっ、と軽い足取りで去っていく友人の背を見送りながら、再びイッシンはため息を吐いた。
わざわざ休日に遊びに誘ってくれた理由は、自分がこうして引き摺っているのをどうにかしようとしてくれたのだろう。
捕手らしく、周りをよく見る男だ。投球練習でも、よく助けられた。
そんな真似をされた上で、未だこうして凹んでいる。
つくづく自分は度し難い人間だと、大きな背中を丸めてまたため息。
「チームの地力は、あると思うんだがなぁ…………」
【私立零園高等学校】。
神奈川に存在する、比較的歴史ある高校だ。
偏差値的には、真ん中よりも上だがトップ層には及ばない程度。バカ高では無いが、進学校とも呼びにくい、そんな位置。
部活動に力を入れており、金持ちで有名な校長が自費で様々な設備を購入するので県下でも有数の部活大国として名を馳せている。
吹奏楽部やチア部は全国区の実力を持ち、昨年度は陸上や空手、バレー等様々な競技で全国出場を勝ち取った確かな実績もある。
総じて、県下では文武両道の学校として親御からの人気が高く。
校長が古い施設を定期的に新設する関係で、古臭くないと学生からも人気のある、そんな学校だ。
そんな零園高校において、ここ十数年間うだつの上がらない部活動こそ。
イッシンやモリケンといった面々が所属する、野球部だった。
「(かつては、甲子園で奇跡的な優勝を勝ち取った黄金世代を排出した名門………それが今じゃ、一回戦を突破することすら出来ない勝ち無しチーム…………)」
設備は、世間的な野球名門校にだって負けない。
運動部が自由に使うことの出来るトレーニングルームには、最新の機器が配備されているし、『弱小の野球部は使うな』といった風潮も存在しない。
チア部や吹奏楽部も、一回戦の野球部を少しでも後押しする為に、全力で応援してくれている。
なのに、勝てない。
なんとも巡り合わせの悪いチーム。
それこそが、零園高校野球部だった。
「…………勝ちたいな…………アイツらと」
部員数こそ多くないものの、その分個々と関わる機会が増え、部員同士の仲はかなり良いと自負している。
部活感覚、適度な汗を流してスポーツ自体を楽しむと言うよりも、苦しい練習を耐え抜いて砂を食んででも勝ちを掴み取ろうとする向上心のある仲間が揃っている。
才能も、努力量も、名門と呼ばれるチームにそう劣っているとは思えない。
それでも、負ける。
どんなに突き詰めようと、勝っていないことは事実。それが巡り合わせだと言われれば、そうだとしか言い様がない。
それでも、仲間達と勝利を味わいたい。
甲子園の舞台に立ちたいというのは、イッシンの素直な気持ちだ。
「………何か、巧い手は無いものだろうか………」
_______何とかしてやろうか?
「…………ん?」
不意に、声が響いた。
周囲を見渡すものの、人影は無し。誰かが声を掛けてきた、という訳では無さそうだ。
何かのイタズラか、疲れから幻聴でも聞こえ始めたか。
さっさと帰って休もう、と歩を早めようとした時。
不意に、字面に落ちていた古いランプが、目に入った。
「…………ランプ?何だこの古典的な………今日日骨董屋くらいでしか見ないだろう、こういうの」
アラジンに出てきそうな、薄汚れた古いランプ。
日本で普段使いするような物ではなく、商店街の道端に落ちているものとしてはかなり珍しい部類だ。
興味が湧いたのか、ヒョイと拾い上げる。
思いの外、重量感がある。振ってみるが、中になにか入っている様子はなかった。
「擦ってみたら、ランプの魔人が願いを叶えてくれる…………なんてな。あるわけないか、そんな都合のいいこと」
怪しい魔人にだって縋りたい気分だが、現実にそんなことは起こるまい。
ある意味いい気分転換だったな、とそのランプをそっと戻そうとした、その時だった。
『_______こ〜すれ、擦れ〜……………♪』
「…………ん?」
『こ〜すれ、こすれ♪擦れ、擦れば、擦ずんb_______』
「著作権ッ!!!!」
音速の投擲が、電柱を襲った。
「あ………危なかった。何故かは分からないが、レベルが5くらいのゲーム会社から訴えられるところだった気がする……………!」
意味の分からないことを口走りながら、手に持ったランプをぶん投げて肩で息をするイッシン。
チームでも一二を争う巨漢の鉄砲肩が、全力で投げたのだ。
電柱にぶつかったランプは、蓋が外れ。カランコロンと、地面を転がる。
そして、蓋が外れたランプの中から…………有り得ないほどの、煙が巻き上がる。
「…………は?」
呆けた声のイッシンを置き去りに、モクモクと立ちのぼる煙は、夕暮れ時の商店街の街並みの中。
寄り集まって、象られる。
次第に煙の中から、胡座をかいた様な人型の何かが、イッシンの目の前に現れた。
「………………………」
宙に浮き、煙の上に座り込む謎の人型。
服装や顔立ち、身体付きから見るに男性的だが、突如として現れたコレが人間だとは流石のイッシンも思えない。
ランプの中から、煙と共に現れる人型………それこそ、漫画や童話に出てくるような、《ランプの精霊》そのものだった。
押し黙り、語らずじっとイッシンを見るランプの精霊。
ゴクリ、とイッシンが唾を飲んだ時。
ランプの精霊は、力強く目を見開き_______
「_______私の精霊力は、53万です」
「封印」
「あ゛ぁーーっ待って待ってぇ!!蓋閉じないでぇぇぇぇーーーっ!!数年ぶりの輩出なのよ俺ぇーーっ!!」
「さぁって!改めてまして自己紹介だぜ、今回の呼び主さぁんっ!」
グルリ、と空中で一回転。雲の上にあぐらをかいた様な佇まいのこの男は、意気揚々とイッシンに声を掛ける。
「ご明察のとぉーっり!俺は【
「なんだコイツ」
仰々しい身振り手振り、やたら高いテンションと口調。
ランプから出てきたところや、空中に浮いていなければ詐欺師やペテン師を彷彿とさせるような胡散臭さだ。
声を掛けられているイッシンも、驚きと困惑と呆れ、その内どれを優先すればいいのか分からなかった。
「まぁ、細っかい話ゃ抜き抜き!そんでだ呼び主さん、
「…………願い事?」
あぁそうさ!と両手を広げてランプの精霊が至極楽しそうに告げる。
「昔っから《ランプの精霊は願い事を叶える》って相場が決まってんだぜ?俺を呼んだあんたは正真正銘のラッキーボーイッ!大それたことでもなきゃ、どんな願いでも一つだけ叶えてやるッ!」
_______曰く、この精霊は人の思いの結晶の様なものらしい。
ランプの中から突如現れて、なんでも願いを叶えてくれる不思議な精霊………そんな都合のいい妄想が、人の思いを受けて具現化した存在。それこそが自分だと。
「富が欲しけりゃ財をやろう。力が欲しけりゃ分野に応じたもんをやる!女ってんなら、アンタの望む女を完璧に落とす最短経路を授けよう!」
ニタリと笑った精霊は、イッシンの眼前まで距離を詰めるとべろりと舌を出す。
「さぁ_______アンタは、何が欲しいんだい?」
「いや………別に何も………」
「ンンーッ!!現代っ子ぉぉぉーーーッ!!!?」
ナイナイ、と無表情で手を横に振るという暴挙に、精霊が衝撃のあまりコンクリートに埋まった。
「ないってこたァ無いだろ!?何でも叶うんだぞ!?《転生》、《突然のテロリスト》に並ぶ学生ならみんな一度は夢見るシチュエーションだゾォっ!?」
「そうか。だが無いものは無いのだが…………」
「イヤンこの子欲が無いわァーーッ!?」
金銭。
確かに魅力的だが諸事情あって生活にも困っておらず、多額の金銭を受け取っても法律上どう対処すればいいのか分からないので困る。
力。
どんな分野の力を受け取るのかもにもよるが、意識と責任が伴わなければ何かしら不和が起きると思っているし、何より自分が成さねばならぬ事くらい自分で努力して挑みたい。
女。
興味が無いなんてことは無いしそれ相応の感情もあるが、今は野球に没頭したいし特段必要だとも今は思っていない。
それ以外にも、何かあるか………と考えを巡らせてはみるが、特段この精霊に頼むような事がらは思い付かない。
金剛寺 一心。
零園高校野球部において、屈指の欲が無い男であった。
「野球にしたって、
「あぁいや、うん。俺もアンタが意図して呼んだ訳じゃねぇのは分かったけど…………なんか変に律儀だねぇ、損するぜぇ?」
「いや、だがコレが手前故な…………礼儀を欠くのは、良くない」
ぺこりと頭を下げるイッシンに、思わず苦笑いを浮かべる。
幾ら意図せず呼んだからと言って、なんでも願いを叶えてくれる精霊を前にして『願いは無い』と口にし、あまつさえ『勝手に呼んでゴメンね』と頭を下げる人間がどれだけいるだろうか。
少なからず精霊がこれまで出会ってきた人間は、ほぼ全員が精霊を従者のように扱う、欲にまみれたロクデナシ達だ。
そんな中で、こんな対応を見せるイッシンという男は非常に物珍しい。
「ほー、ふーん…………なるっほどねぇ。なぁ呼び主さん、アンタ名前は?」
「む?あぁ、済まない。名乗るのが遅れた。手前は金剛寺 一心。イチにココロで、一心だ」
「なぁるほど、イッシン!!いい名前だねぇ、気に入ったぜ旦那ァ!」
律儀に名乗るイッシンに、げらげらと笑いながら気に入ったと口にする精霊。
ひょいと摘むようにして己のランプを持ち上げると、器用にそれを指でクルクル回しながら空中に寝そべる。
「なぁイッシン。アンタ、野球やってんだろ?」
「あぁ。というか、偏見かもしれないがランプの精霊が野球分かるのか?」
「分っかるに決まってんだろォォォーーーんッ!?願いを叶えるためには現状把握!流行を押さえる、コレ大事ですネーッ!」
「何故エセ外国人風………?」
意外そうな顔をする彼に、心外だとばかりにグルグル回転し始める変な精霊。
価値観が過去のまま止まっていると、肝心の願いに対してどうすればいいのかが分からなくなったり、基準がそもそもズレたりするらしい。
それ故、ランプの精霊はキチンと流行を押えて願いを受け入れてくれる。最近は某リンゴな会社のスマートな腕時計を活用しているらしい。
イマイチ最先端とも言い切れないな………という言葉を飲み込んだイッシンはさておき、ランプの精霊は至極楽しそうに言葉を紡ぐ。
「ハッキリ言うぜイッシン_______
「ッ!」
「おおっと、冗談じゃねぇぞ?なんなら、証拠代わりに今の高校野球について語ってやる」
お前らでは勝てない。
初対面の、その上人間でもない相手からそんなことを言われて心地好い人間なんて誰もいない。
ピクリと顔を顰めたイッシンをどうどうと宥めながら、精霊は再び語り始めた。
「昨今、学生のスポーツにおける選択肢は非常に増えた。一昔前みたいな、部活と言えば野球!という風潮は薄くなり………サッカー、バスケ、バレー、テニスにラグビー………球技と呼べる様な物の中だけで、かなり増えた。ここに陸上やら武道系とかも加味すりゃ、選り取りみどりだな」
「それは、まぁ否定しない。うちの学校も、部活動は多数ある」
「だろ?だがな…………
イッシンの周りを旋回しながら、いつの間にか被っていた野球帽を指で触りながら精霊が肩を竦める。
「スポーツに興味が無くても、甲子園は知ってる。プロ野球なんて見ないのに、有名選手はある程度分かる………日本にいて、野球という文化に全く触れない方が難しい。こと学生野球って分野においては、間違いなく世界トップクラスだ。優秀な子供を幼少期から囲い込むことだって珍しくない程、この国の野球熱は昔っから燃えに燃えている」
ランプの精霊の言葉は、間違っていない。
間違いなく日本において野球というのは主要競技の一つであり、日本のスポーツと言えば野球を挙げる国民も多いだろう。
リトルやシニアを通じて幼少期から野球の英才教育を叩き込まれ、そういった子供達を各学校が奪い合う………表沙汰にされないだけで、優秀な子供のスカウト合戦なんて日常だ。
何でこいつこんなに野球事情に詳しいんだ、とイッシンが小首を傾げている中で、構わず精霊は話を続ける。
「まぁ何が言いたいのかっつーと、
整備され切っていない、発展途上の競技ならば才能を努力で越えることが出来るだろう。
サッカーの様に広範囲をリアルタイムで動き回る競技ならば、才能の無い努力家が天才からゴールを奪う場面を作ることだって有り得るだろう。
しかし、野球は球技の中でも非常に特殊だ。
攻守は表と裏できっちりと分かれ。
投手と打者、1vs1の形が連続し。
各ポジション、守備の場面ではどう動くのかを、予めほぼ全てシュミレートして決めておく。
集団vs集団ではあるのだが、根幹には個人vs個人が根強く存在する。
極論、相手打者全てをねじ伏せる投手とそれを捕球出来る捕手さえいれば守備が誰もいなくても勝ててしまう。
それが現実に起こりうる競技が、野球だ。
そしてその野球は日本において長年研究され続け、昔の様な根性主体の論理性が欠けらも無い指導はほぼ廃れ。
論理的かつ科学的に、どうすれば伸びるのかを的確に指導する様になっていた。
「つまり、だ。名門並みに恵まれた設備を持っていながら勝てないアンタらが、どんなに努力したって甲子園優勝なんて夢物語は巡ってこない。お前らより才能ある奴が、お前らより合理的に練習して、お前らより高くレベルをあげるからな」
「…………………」
反論の言葉は出なかった。
イッシン自身、分かってはいる。
努力は報われるとは言うが、それは個人で進む場合、かつ正しい目標に向かった努力は、という前置きが必要だ。
誰かと戦い勝敗を競うスポーツにおいて、全員の努力が報われるなんて事は有り得ない。
片方が勝てば、片方が負ける。トーナメントをやれば、勝ち残るのは1校だけ。
毎年4000を優に超える学校が参加しながら、最後の最後まで勝ち続けて高校野球を終えることが出来るのは頂点というたった一つの枠しかない。
設備が整っていて、部員のやる気も充分。
才能だって、そんじょそこらの選手に負けているとは思わない。
たったそれだけでは甲子園優勝なんて口にするのも憚られる程、日本の高校野球はレベルが高いのだ。
無言で、俯く。前を向けない。
「だが_______あるぜ、方法」
「ッ、なに?」
「あるって言ったんだよ。
はね上げるように、顔が前を向く。
ピッ、と指を立てて、精霊が笑う。
直観的にだが………その顔に嘘があるとは、イッシンには思えなかった。
「願うか?その答えを知る為に」
何となく、後戻りできない予感がした。
これに頼ってもいいのかと、少しだけ思い悩んだ。
それでも、イッシンは心を決めた。
「_______教えてくれ。最後まで笑って終わる事が出来る可能性を」
「契約成立だぜ、呼び主さん」
ニッ、と精霊が笑った。
契約成立、という言葉と共に、イッシンの右の瞳に一瞬焼けるような熱さが走った。
咄嗟に右目を抑え、直ぐに引いた熱さに疑問を覚える。
ふと顔をあげれば、精霊は何処から取り出したのか鏡を持っていて。
「ソイツはサービスだ、必ずイッシンの役に立つ。本当はここまでしねぇんだぜ?だがお気に入りには贔屓しちゃうのが俺流なのよ」
サービス、と思わずイッシンの口から漏れる。
これが何を意味するのか分からないが、兎も角精霊が役に立つと胸を張って太鼓判を押した。
害あるものでは無い事も、何となくイッシンは心で理解していた。
「さて、と。んで肝心のお前らが勝ち残る方法だが_______」
そうだ、それが聞きたかった。
顔を上げ、ゴクリと生唾を飲む。
カッ、と目を見開いた精霊が口にした、次の言葉は_______
「彼女を作れッ!!」
「……………なんて?」
「そしてエッチなことをしろッ!!!」
「だからなんて????????」
なんかもう色々吹き飛んだ。
「んじゃ、言うこと終わったから俺はこれで!!」
「いや待て!!!説明をしろッ!?」
「これが全て!!後はサービスでやったもん活用して頑張れイッシン!!!」
「逃げるなっ!!おい待て、逃げるなキサマッ!?」
ランプを担いでスタコラサッサとその場から飛び去っていく精霊の背を、必死に追い掛ける。
野球部で鍛えた脚力だが、空を飛ぶ相手を追跡する技術なんて磨いているはずもなく。
検討虚しく、ドンドンと距離が離れていく。
「あ、忘れてた。契約の代価として、甲子園優勝出来なかったら死ぬから頑張れよん」
「おい待てぇぇぇーーっ!!サラッと死ぬほど大事なことを流すなァァァァーーーっ!!」
「だぁーっはっはっは!!どうしても困った時は、『教えてニャルニャル出てきてトテップ〜☆』って言えば出てくる可能性が無きにしも非ずだ!」
「それ出てこないヤツだろ!!!」
「分かってんジャーンっ!!んじゃなイッシン、楽しませてくれよォーッ!!」
空の彼方へ消えていく背中を、呆然と眺めながら膝を折る。
拝啓、天国の父さんと母さんへ。
昔から二人の影響で、『栄冠は君に輝く』が好きだったんだけどさ。
_______君に輝くどころか、俺に輝かないと死ぬみたいです。