■【
人間の身体は“
――天使学者ハティファース(10600?)
◆
■交差都市ユディト
<
真っ黒なローブにすっぽりと覆われた彼らは、不気味なほど静かだった。男か女かもわからない。見えるのは黒だけだ。あたり一面、黒、黒、黒。いっそ、木立に引っかかったぼろ切れが、風にそよいでいるだけのようですらあった。
対して、それに混じる戦士たちは豊かな感情に満ちていた。
怒りだ。
連邦の軍人に対する怒り、侮蔑、敵意、そして今しがた放たれた奇跡の一太刀を胸のすく思いで見るよろこびが彼らを揺らしていた。具足を打ち鳴らす音、はためく軍旗の音、荒々しい喝采と笑い声が。
「《
持てる限りの【聖環】を素早く右手に嵌めるやいなや、彼女はその五つの指環に向かって、“累ねのことば”を唱えた。聖異物が多重解放され、五重の物理結界がふたりを包む。力を吐き出しすぎたのか、最初の指環がため息をつくような音を立てると、砂に変わって崩れ落ちた。
重ねられた物理結界は、ひとつひとつは歪んだガラスのように見えたのだが、もはや霞みに霞んで霧の塊のようですらあった。その外側の一枚を、またあの奇跡が斬り裂いた。
軍服はすっぱりと斬り裂かれていた。まるで鋭利な刃物を当てて勢いよく引きずったように。
その下では傷口が桃色の肉を晒していて、驚くほど鮮やかな赤い血がとめどなく溢れていた。
「まずい」
両手を広げたくらいの範囲が、沼地のように柔らかくなっていたのだ。
「なにをしてる……奴らを始末しろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないと思うなぁ」
息も絶え絶えの
「<人間イカリ>。それもかなり戦闘向きだ。退いて立て直さないと、死んじゃうよ、ユーくん。それに、<
責めるようなその口ぶりに、
「あれは<
だが、二人はいなくなっていた。
柔らかくなった地面は震え、ため息をつき、飲み込んだ口を閉じるところだった。戦士たちは剣を抜いて殺到したが、それは彼らにとっては硬い珪素の石にすぎなかった。切っ先と石がぶつかり、火花を散らす。
<
<人間イカリ>の男は余裕そうに二言三言呟き、手首に巻きつけた金属の飾りを弄んだ。
それは“鳥籠”を象っていた。
◆
人体は
それは王国に似ている。人間の身体を支配しているのはその魂で、奇跡がそれを侵すことはできない。ちょうどよそから来た旅人が、その国の兵士たちにどれだけ偉そうな口調で命令しても、見向きもされないように。
どんなに強力で無法な奇跡であったとしても、たとえば心臓をいきなり燃やしたり、肺を握り潰したり、骨を溶かしたりすることはできない。これは絶対のことだった。
人間を傷つけるためには、どんな奇跡であっても外から侵略しなくてはならない。ガフリートがまず皮膚を溶かすように、ハルヴァヤーがまず触れたところを灰化させるように。つまるところ、国を攻め滅ぼすのに似ていた。
そして、自分自身のこととなると、これまた少しばかり話が違ってくる。
「《
オセルは主天使系統だ。
自分と他人、その両方に奇跡を起こせる<
血が止まらない。
鮮血とともに意識まで流れ出ていくようだ。眠気にも似た不快なそれが
「しっかり、しっかりして!」
ふたりがいるのは、都市峡谷に面している外壁だった。ざらざらした断崖にあるくぼみのようなところだった。温い風が谷底から吹き抜け、独特の有機的な匂いが鼻をついた。
普通の手当では、もう助からない。
「ユーくん」
「“許可”して」
「いいから。あたしを信じて」
その剣幕に、中佐は曖昧な頭で、上ずった声で言われるがままに答えた。
「“許可”する」
その瞬間、
まるで暴れる濁流のようだった。それは彼女の内側から溢れ出し、与えられた許可に従って
聖域を侵しているのだ。
太腿のメイミィの紋章が瞬き、
「《
傷が歪んだ。
まるで水面のようにそれがざわめいたかと思うと、お互いに溶け合ってくっつき、傷口を閉じた。水を斬り裂いた時のような波が肌に立ち、傷を囲む痕になって静止した。
治癒の奇跡はこの世で最も珍しいとさえ言われる。ものを壊すこと、作ることは容易いが、直すことは桁違いに難しい。
「あたしのは本物の治癒じゃないよ」
それを見通したかのように、
「身体を柔らかくして、傷を塞いだだけ。大事なものは繋がってると思うけど、身体の中は斬られたまま変わらないから、痛みは消えないし治るには時間がかかるよ」
「上等ですよ」
ひきつれたような痛みと違和感はあったが、身を起こしても腹が破れるようなことはなかった。彼はうまく力の入らない身体を無理矢理に動かして立ち上がった。
血が足りない。シャツを引き裂き、中佐は自分の腹をぐるぐるときつく縛った。
「奴らは、<
「狂信者どもの理屈など知ったことか」
苛ついた口調で中佐は吐き捨てた。
「ですが、あの契約者のことなら見当はつきます。あれは、<
「ここに来て、おかしなことばかりだ。<
「本当なんだね?」
「あれがアシタ人だっていうのは」
「あの旗には太陽の紋が染め付けられていた」
中佐は頭の中でアシタ皇国に関する知識を探った。
「あの戦覆い、革鎧、それにあの真っ直ぐな剣。ひょっとしたら、あの獣化人間もアシタ人だったのかもしれない。だいたい、嘘をついてまでアシタ人を騙る意味なんかないでしょう」
中佐は言った。
「だが、それと<
「アシタ人があんなに生き残っていたなんて知らなかった」
「アシタは、消えたんだよね?」
「それが命令でしたからね」
「僕もこの目で見たわけではありませんが。アシタ人は貴族も戦士も、幼子に至るまで殲滅されたはずです。船は全て沈められ、海域は封鎖された。生き残ったものはごく僅かで……」
そこで、
「そうだ。なぜ、あの少年はイザールにいた?」
「標的のこと?」
「そうですよ。どうせあのアシタ人たちも神話級を狙っているんでしょうが、そもそもがおかしかったんだ。奴は、あんなところにひとりきりで、なぜ?」
「アシタの残党が生き延びていたのは……驚くべきことだが、わかります。連邦軍の眼を掻い潜って逃げることもできたでしょう。アシタ皇国の外にもアシタ人はいたでしょうから。でも、それは組織だからです。なぜ、やつはひとりきりで生き延びることができたんでしょう?いや……」
「いいや、違う、なぜ
そして、天を仰いだ。
「静かに」
だが、
頭上を舞っていたのは、紙で作られた鳥だった。本物の白い植物紙だ。それは風に乗って高度を上げ、やがて通り過ぎていった。
強いリソースの気配がした。奇跡を帯びている。きっと敵の偵察だ。
「急ごう。見つかる前に
二人は断崖に足をかけ、足の幅よりも狭い階段を歩き出した。奇跡は使わなかった。リソースが騒いでしまうから。
◆◆◆
■ユディト丘陵地帯
港で借りた
「着きましたよ」
運転手が言った。無愛想なものだ。その目は本国から来た士官を興味深げに品定めしていた。まるで陰険なサメのようだった。ここまで連れてきてやったのだ。飲み代の小銭くらい貰えないものだろうか、とでもいうふうだ。
「お一人で?」
「あぁ。ここで待っていてくれ」
大佐はゼータ硬貨をさり気なく何枚か座席の上に置くと、重たいレバーを捻って扉を押し開けた。
砂の匂いのする涼しい風が吹いてきた。
深く息を吸うと、肺から淀んだ車内の匂いを入れ替えるような気持ちになった。足元では褪せた色の硬い草が朽ちかけている。運転手の兵士が硬貨に驚くほど素早く手を伸ばすのが見えないふりをして、大佐は扉を閉めた。
丘の上には、こじんまりした屋敷が見えた。本当なら上品な門構えだったのだろうが、生憎とその半分ほどは崩れ落ちていて乱雑に補修されている。石を積み上げる重い音が聞こえた。
大佐は最後に運転手をちらりと振り返ると、丘の道を登り始めた。ところどころ大地が掘り返されて白い砂が溢れている。まるで、なにか大きなものがそこら中を暴れまわったかのようだ。
(ここに、<
大佐は一瞥して歩を進めた。
五つの指のあと、踏み荒らした荒れ地の傷、どれも人間などよりはるかに大きい。大佐はちょっと立ち止まって、なにか特別な気配を感じ取れないか目を凝らしてみた。
<天使>のような力ある存在は、その痕跡を空間に焼き付けるものだ。感覚の鋭い人間なら、一挙手一投足から奇跡の種別まで手に取るように理解できるという。
だが、契約者でもない大佐にはなにも分からなかった。荒野は平穏そのもので、無機質な風の香りだけがあたりを吹き抜けていった。
まぁ、期待などしていなかった。
大佐はまたすぐに、ゆっくりと歩き始めた。踏み固められた道はうねりながら丘の上へと続いている。
門扉は壊れていた。
まるで殴り倒されたような凹みが、その硬いはずの金属に残っていた。大佐はそれを踏まぬよう跨ぎ越すと、荒れ果てた庭に足を踏み入れた。金の飾り文字で刻まれた『
「失礼」
大佐は小さく声をかけた。
「失礼!」
その声に、ちょうど庭の石を片付けていた銀髪の老人は、矍鑠とした様子で立ち上がった。
歩き方がぎこちない。右足を引きずっているようだ。
「お客様ですかな」
老人は礼儀正しく言った。
「生憎とご覧の有り様で、大したおもてなしが出来るかどうか。お恥ずかしい限りです。いや、これは失礼。まずはお名前を伺いませんとな、どちら様で?」
「覚えていらっしゃいませんか」
大佐の言葉に、その老執事は表情を崩した。記憶を探っているのだろう。その眉の上げ方に、思わず
「何年前だったか。サダルスード攻略戦以来です」
老人の目が見開かれていく。それを面白く眺めながら、大佐は深く息を吐いた。
「本当にお久しぶりですね、
久々に口から出たその単語に、
◆
「酒はないぞ」
老執事はそう言うと、顔を出した中年の女性を手だけで制した。使用人の一人だろうか。家の中も荒れ放題だったが、取りあえずはと言うべきか、埃や塵は綺麗に掃き清めてあった。突き破られた壁から、鉄の骨が覗いている。
『
けれど、今やそれも過去の話だ。曳航連邦では、都市国家の貴族も王族も名誉以上のものではない。衰えれば血筋に依らず絶える。
勧められた椅子に、大佐は躊躇いがちに腰を下ろした。老人も向かいの椅子に座った。水の入った椀を机に置く。
「精悍になった」
「それは、どうも。貴方は変わりませんね」
「既に十分老けきっておるからな」
執事は笑った。いつもの上品な笑みではなく、どこか荒々しく若い表情だった。皺が深くなり、一瞬だけ好々爺ではない戦士の面立ちが現れて、消える。
「貴方が軍を辞めて執事になると聞いたとき、正直に言って驚きましたよ、私は。なにかの比喩かと思った」
大佐はまず、そんな話から始めることにした。
「貴方には何度も殴られましたね。あのときの私は不貞腐れたろくでなしだった。無理はない。いつも誰かを睨んでばかりいた」
「今や佐官か。出世したな」
老執事は静かに言った。
「その若さで大したものだ。私が君の歳の頃は、まだ中尉止まりだった」
「貴方のお陰ですよ」
「君は優秀だった。それが認められるようになったのは何よりだ。誰か、いい後ろ盾が見つかったのかね」
老人の言葉に、大佐は曖昧に頷いた。
「ええ、まぁ。まず立場を固めよ。嫌悪する相手とこそ飲め。これも貴方の教えですよ」
「新しい部隊を作ったそうだな」
老人は軽やかに言った。大佐は眉一つ動かさなかったが、その沈黙はむしろその感情をよく伝えていた。
「驚いたかね?これでも昔の友人から噂話くらいは入ってくるのだよ、もうあまり、健やかに生きてはおらんが。
「そうでしたか?」大佐は何気ない手つきで、口元に手を当てた。「隠していたつもりでしたが」
「見え透いておったとも、私には。君の理想の部隊というわけか」
「いえ……どちらかといえば、逆でしょうか」
大佐は言葉を探して黙った。嘗てと同じように辛抱強く、老人は待っていた。こういうふうに、まずこちらの話に耳を傾けてくれる人だった、と大佐は思い出した。
「連邦という国は大きくなりすぎた」
大佐は静かに言った。
「
「どうにか?」
「曳航連邦の“理想”にそぐわぬ人間にも立つ場所を与えたかった。そうするべきだと思っていた。異国の民や非正規市民も、征服されてしまえば同じ連邦市民のはずだ。それが支配者の傲慢であり、果たすべき責務でしょうから」
「跳ね返りの部隊だと聞いているよ」
大佐は苦笑して頷いた。けれど、それこそが彼にとって大事なことでもあったのだ。
「間違ってはいません。ですが、多少問題があるからと言って彼らの資質や、奇跡を……才ある<人間イカリ>を腐らせておくことはこの国のためにならない」
大佐は断言した。
「この国では、零れ落ちるものが多すぎる。切り捨てられた人々はどうなります?今は無力だとしても、少しずつ、きっとこの先には大きなうねりになって牙を剥くはずだ。そうなれば国は割れる。もう、今までのやり方ではこれ以上進めないところまで来ているとは思いませんか」
大佐はそこで顔をこわばらせた。けれど、この老人の前では、たとえ話しすぎたとしても拙く取り繕うよりはましだと思ったのだ。
「それとも、また、私を叱りますか。昔のように」
だが、大佐のその挑むような言葉に、老人はただ微笑んだ。
「それを決めるのは私ではない。こんな老いぼれ執事を捕まえて聞くことではないよ。君と、その周りの人間が答えを出すだろう。時を掛けてな。何事も、時間が必要なものだ」
老人は言った。
「人は愚かだとよく言うがね、私は違うと思う。変わってしまうだけだ。状況も、自分でさえも。その時だけの正解などなんの意味もないし、また同時にそれのみが信じられるものだろう」
大佐は肯んずることも、否定することもしなかった。ただ、彼は沈黙のままに座っていた。それを許してくれる相手だと思っていたから。
だが、それも長くは続かなかった。
「懐かしい時間を楽しんでいたいですが。今回、ここに来たのはある任務のためです」
やがて、大佐は口火を切った。
「アシタ人の少年を知っていますか」
本題に入るとき、大佐は少しだけ声音を変えた。かつての、若かった己を塗り込めるように。話し方も毅然として、硬いものになった。
あまり気の進まない仕事だ。
「軍の<
「簒奪者か」
老執事は繰り返した。
「アシタ人。簒奪者。それは君の言う、連邦の理想にそぐわぬ人間ではないのかね。それを追い立てることが目的か」
「ええ。私は軍人ですから」
大佐は断言した。
「ご存知ではありませんか?“葬送”の<
老人は首を振ったが、それは否定の意味ではなかった。
「解るだろう、
「……その名、憶えていて下さったのですね」
大佐は驚嘆を込めて頷いた。
そのとき、大佐の背後で扉の開く音がした。
だが、大佐の後ろに扉はなかったはずだ。後ろは壁だった。薄青い壁紙を貼った、ただの壁だったはずだ。
「お待たせしましたね」
その声は若く、幼い。けれどその口調には、凛とした冷たいものがある。
大佐は立ち上がり、穏やかに振り向いた。
やっぱり、そこには扉なんかなかった。そこにいた隻腕の子供は、年格好に似合わぬ冷徹な表情を湛えていた。非情なふうではない。ただ、微笑みに温度が伴っていない。
似たものを知っている、と大佐は思った。首都の議員や貴族たちはよくこういう顔をする。心の内を隠している顔だ。好悪もなにも、その表情から読み取れないように。
為政者の
「僕が、
子供はそう言って、軽く首を傾げた。
◆
■ユディト・
この街がそう呼ばれるのは無数に交差する道ゆえにだった。それはなにも、地上の道のことだけではない。
壁に刻まれた階段状のへこみが、ずっと上まで続いている。ひとたび足を踏み外したら下へ真っ逆さまのそれも、この街ではれっきとした道の一つだった。
100ヴルおきぐらいに、電動昇降機のワイヤーが上下に伸びている。上を見れば、尖塔や角ばった屋根が群れ集まったキノコみたいに空を目指して背比べをしていて、その最上層では未だに建造が続いていた。反面、下層には日の光すら届いていない。まるで、昼に洗い流しきれなかった夜が溜まっているみたいだ。
その縦の構造を繋ぐように、小さな橋や滑車がいくつも架けられている。足を乗せたらへし折れそうなほど拙い作りだ。実際、
どこも空から明かりが来ないので薄暗かった。それでなくてもこの
道は人一人通れるかどうかというものばかりだった。道というより、足場といったほうが良いかもしれない。灰色の壁に彫刻された石段を踏むたびに、小石の欠片がぞっとするほどの高さから蒸気に煙る下へと落ちていった。
(この街は隠れるのにもってこいですね)
簒奪者“アゲハ”はいい隠れ家を見つけたものだ。まるで蟲の巣のようなこの街の路地、通路、昇降機、あるいは壁に刻まれた階段のひとつひとつまで、調べ尽くすのは無理というものだろう。きっとユディト軍でさえ、殆どはろくに把握していないはずだ。
そんな場所でも用心深い非正規市民たちの人影が、幾つも見え隠れしては薄暗がりの奥へ消えていった。
「“
ここの住民たちは、みな立体的な生活に慣れていて、その上、軍人を嫌っていた。上下左右から粘り付く視線にはかすかな敵意と恐怖が、そして強い好奇心が乗っていた。非正規市民の中でも貧しい者たちが、連邦のイヌである軍人を嫌うのはよくあることだ。
「
ようやく見つけた電力と水のパイプは、褪せた石壁に沿ってよろよろと這い上っていた。基幹系からは遠いのだろう、掌でつかめそうなほどに細い。浄水管はところどころで穴が空いていて、滴り落ちる清水が階段をくだり、細やかな滝になってはるか下へと流れ落ちていた。その水を糧としてか、苔とカビが小さな森のように背を伸ばしている。
「ありましたよ。ポートです」
その前にいた浮浪者が、やはり
「あんちゃんよう、ここは……」
「下衆め。さっさと失せたまえ」
男は口答えしようとした。
その瞬間、
その男は一瞬信じられないという顔をしたあと、藻掻きながら都市の谷へと落ちていった。どこかでなにかに引っかかる音がした。
「通信機は?」
「周波数は合わせてあるよ、こんな末端だと、ノイズが多そうだけど。ねえ、出会う人全員に喧嘩を売らなきゃ生きていられないの?」
「生きてればいいけど」
「非正規市民がどうなろうが知ったことか。邪魔なだけです」
「できたよ。あと数秒で、軍港に通信が繋がる」
そのとき、ふたりの耳元で嫌な声がした。
『《
ほぼ同時、金属で出来た棒きれが、しぶきのように
何本も、何本も、光沢のあるそれが伸び上がり、二人を取り囲みながら手をつないで格子を作る。驚きから覚めたのは、
けれど、それは止まらなかった。光沢のある檻が“鳥籠”のような輪郭を作り上げていく。
(既に条件が発動してしまっているのか)
だが、その“鳥籠”はオセルの螺子を容易く弾き飛ばした。
「まさか、僕の奇跡が力負けした?」
とうとう完成された鳥籠越しに、
都市の断崖に刻まれた道に、びっしりといつの間にかあの<
一方のアシタ人たちは、空を飛んでいた。
紙で作られた大きな鳥が、アシタの戦士たちを載せて旋回しながら降りてくる。何羽も何羽も、数え切れないほど降りてくる。
(紙を操作対象とするタイプの奇跡……主天使系統だな。本当の実物を媒介に使ってるぶん、出力勝負じゃ分が悪いか)
中佐はその紙を睨みつけた。
「見つけた」
あの<人間イカリ>の男が、鳥籠を象ったペンダントのようなものを振りかざしながら、紙の鳥に乗って近づいてきた。怒り狂った
だが、なにも起こらなかった。
触れられもしなかったのだ。中佐の手は籠に近づくほど遅くなっていき、遠ざかっていくようだった。まるで目の錯覚が現実になったみたいだ。すぐそこにあるのに、どうしても触れられない。
「
中佐は呆然として呟いた。
「時間、止まる。壊せない。まじない、逃げ出す、籠、捕まえる」
途切れ途切れの辿々しい
「この亜人が。口も利けないうすのろのくせに、この僕によくも罠など仕掛けたな。時間ですって?」
中佐は悔しそうに呟いた。
「時と空間に干渉できる異物は、第一級以上にしか存在しないはずだ。お前たちのような屑が、そんな」
「なるほどぉ、
彼がこれ以上ひどい悪態をつくのを遮って、
「なるほどね、あたしのメイミィも通じないみたい」
その手では、奇跡が力なく萎んでいくところだった。
「力が届かない……
ものを柔らかくする力は、無数の紐のようになって金属製の檻を舐めていたが、とうとう触れられずに萎びて消えた。
「人間未満の蛮人如きが、不相応なものを」
「貴様たちは何を狙っている?絶滅主義の<
「お前達、国、壊した」
アシタ人は言った。その短い言葉に、計り知れないほどの憎悪を込めて。
「だから、殺さない。お前達、<
「何を言っている?」
「僕らの<
「違う」
男は嘲笑を込めて、ゆっくりと言った。
「お前達、こころ壊す、使う」
『《
鳥籠に一部分だけ穴が空いた。すかさず男がそこに指環を嵌めた拳をあてがった。
『《
指環から紫色の煙が噴き出した。甘い香りがする、と思ったときには、もう二人の意識は昏睡に沈んでいた。
To be continued…