<Infinite Apocrypha>   作:Mk.Z

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第三話 奇跡の覚醒(めざ)

 ■曳航連邦・イザール

 

 柚子(ユーリス)中佐は焦っていた。

(そう時間を掛けてはいられませんか)

 奇跡が激しい勢いで流れ出ていくのを感じる。“同化”しての戦闘では、悔しいが敵手のほうが少しだけ奇跡操作技術は上手のようだ。

 もし、奇跡を使い果たしてしまったら、この敵の眼前に無防備な<天使(マラーク)>の本体を晒すことになる。そうなる前に、片を付けなければならない。

 禁止の<天使>、オセルの目で、彼は敵の姿を見つめた。

(同化している契約者ごと、<天使>の心臓を一息に破壊する。それしかないが、そう容易くはありませんね。何より、僕の奇跡はあくまで“禁止”、破壊ではない。どうにかして心臓部に“爆”を決められればいいんですが)

 

 “黒”の敵は螺子に縫い留められていたが、まだその奇跡は健在だった。あの渦の“目”は厄介だ。至近距離に開かれると螺子も吸い付けられてしまう。

 辺りに開いた“目”に吸われて、思うように動けないオセルをどうにか動かしながら、中佐は更に思索を巡らせる。

(旧市街なんかどうだっていいんですが……これ以上壊されるのはまずい。既に、恐らく、都市下層への採掘口(コリドーシル)がどこか、というのは人の動きで判ってるでしょうからね。やはり、あの神話級が地下にあるという情報も持っている)

『ネズミめ』

 中佐は小さく悪態をついた。連邦にいながら連邦を裏切る、敵よりも忌々しい連中だ。叶うならこの手で八つ裂きにしてやるものを。

『《封鎖禁(オセル)――』

 怒りのままに中佐はまた奇跡を使おうとし、しかしふと、それを取りやめた。

 違和感を覚えたからだ。

 何かがおかしい。何かは上手く解らないが、絶対に気にしておかねばならないことがあるように思う。  

 “黒”もまた動きを止めていた。空気が張り詰めている。

 そして、微かにだが青空のそれとは違う光が差した。すぐ近くからだ。

 リソースが動いている気配がする。途方もなく大きなリソースが。

『何か、来る』

 光は強さを増し、視界を埋め尽くした。

 

 ◆

 

 ■曳航連邦・南端都市イザール中枢管制塔

 

 “黒”と“蒼白”の激闘の音も、この場所までは届かない。

 だが、機学博士(シェジウ・ダ)は口髭を弄いながら立ち尽くした。

 北東、今まさに襲撃を受けている都市船尾右舷の浜のほう……二柱の奇跡が食い合う場所に、光が迸っていた。それは天を衝き、やがて環になってくるくると回り始めた。

「た、大佐、ご覧下さい、あれを!」

 老人は慌てふためいて言った。

 

 光の環の内側から、大きな影が舞い降りようとしていた。それはヒトの輪郭に似て、しかし背に両翼を備えている。それを覆っていた砂岩のような石化現象は罅割れ、崩れ、光の塵になって消えていた。

「“転移(シフト)”でございます!スペクトルは、あぁ、あぁ!」

「落ち着け、どうした」

 錬大佐は双眼鏡をひったくって吠えた。

博士(ダー)、なんだあれは」

 肉眼では純白のはずの光は、レンズ越しには真昼の空のような真っ青だ。

「スペクトル、“青”!神話級でございます、あぁ、なんということか」

「馬鹿な」

 大佐は思わず舌打ちした。

「なぜだ?あの神話級は地下で、しかも完全に不活性化していたはずだ」

 そう口にしてから、大佐は我ながらなんて馬鹿なことを口走ったものかと顔をしかめた。案の定、老人はぜえぜえと喘ぎながらわめき始めた。 

「何故ですと!決まっております、呼び出されての“転移(シフト)”、石化の解除!契約者が現れたのですよ、新たなる神話級の!」

 光の環の内から降臨した<天使(マラーク)>はその身を捩り、石化の名残を払い落とすと、背の翼を広げた。光の環が窄まり、頭上にて《円環》へと変じる。

 

 金属を擦り合わせるような、高らかな歓喜の叫びが大気に響き渡った。

 

 ◆

 

 ■【葬送奇跡 ハルヴァヤー】

 

 アゲハは、空の穴から降りてきた<天使(マラーク)>を見上げた。

 <天使>の常として、その体躯は粘土細工とも、土人形とも……機械構造のように見えたかと思えば、次の瞬間には風雨に削られた自然岩のようにも思える。金属なのか、石なのか、樹脂なのか、あるいは生き物の皮膚のような生々しさにも感じられる。

 鋭角を張り合わせたような刺々しい装甲は、焼きしめた粘土のような淡い土の色だ。それを縁取るように朱の幾何学模様が刻まれ、顔には口も鼻もない。

 人ならば目があるはずの場所には、翡翠のような光が点っていた。まるで、朝の海のような色だった。

「ハルヴァヤー……」

 アゲハはその名前を呼び、裂けるように笑った。諸手を掲げ、<天使>を見やる。

「来い!」

 そしてその手は解けて崩れた。

 アゲハの身体は光の塵に変わっていた。それは光の川になってハルヴァヤーの胸へと流れてゆき、溶けるように染み込んで消えた。

 “同化”したのだ。

 アゲハの感覚は、今や<天使>ハルヴァヤーの身体を通して世界を捉えていた。そよぐ風は水のように濃く、すべての色は鮮烈で、聴こえる音は複雑に響き渡っては消えていく。

 これが、<天使(マラーク)>か!

 アゲハは本能的な歓喜に酔って、確かめるように五指を動かした。<天使>はアゲハの意のままに、本来の矮小な肉体に代わってその役目を果たしていた。

 

『なんだ?』

 それを見るオセルは軋みながら、中佐の声で言った。

『援軍か……?どこの部隊ですか?この都市の<人間イカリ>はすべて出払っているはず。まさか、敵の後詰めか』

 <人間イカリ>自体はどこにいてもおかしくない。この状況で出てくるのだから、敵の黒い<天使>に加勢する腹づもりかもしれない。

 だが、当の“黒”は慌てふためいていた。

 螺子に貫かれた身体で、“黒”は憎々しげに顔を向けると、“目”に命じてその新手、三体目の<天使(マラーク)>を襲わせた。

 “目”は喜び勇んで飛びかかった。ちかちかと瞬きながら脈動し、次の瞬間にはその中身をぶち撒けて爆発した。

 

 しかし、ハルヴァヤーは怯みもしなかった。

 アゲハは朦朧とした意識で、<天使>と同化した身体に漲る力を味わった。それは熱に似ていた。胸の底から湧き出しては四肢を巡り、心臓が脈打つように揺らめいては強まっていく。瓦礫など、痛くも痒くもない。

 眼の前には二体の<天使(マラーク)>がいた。蒼白のものと、そしてあの黒いものが。

『よくも、おれを――』

 ハルヴァヤーが両掌を広げた。

『――殺してくれたな』 

 《円環》が柔らかな音を立てて回りだす。ハルヴァヤーの爪先が地上を離れ、身体は空から見えない紐で吊り上げられたように浮き上がった。

 そして、ハルヴァヤーは“黒”に向かって空を蹴った。

 石を連ねたような翼が開いて、日を遮った。振り下ろされた拳が、黒い体表を打ち砕く。

 “黒”は防ごうとしたが、無駄なことだった。螺子に動きを“禁じ”られた体躯をハルヴァヤーが蹂躙する。むしられ、ひしぎ、《円環》同士が擦れ合って甲高い叫びを奏でた。

『凄い』

 中佐は思わず呟いていた。

『奇跡を使わない素の馬力で、これとは』 

 “黒”は吹き飛んだ。《円環》があるというのに、地上の街へ墜ちてもんどり打って転がっていく。瓦礫が舞い飛び、天使から落ちた泥くずのような破片が転がった。

 黒い<天使(マラーク)>は力無く、半ばから砕き断たれた左腕を突き出した。同化した契約者のものだろう声が、異国語で唸るように何かを毒づくと、怒りをにじませた口調で再び宣言した。

『……《渦潮(アルボル)》』

 途端に、ハルヴァヤーの動きが縫い留められたように止まった。四つの“目”が四肢を引き付け、渦に吸い込もうとしていたからだ。

(そうだ、やつにはこれがある)

 中佐は軋むオセルの躯に目をやった。

(あの渦の奇跡は厄介ですね。僕のオセルよりも制圧力と同時展開数にリソースを振っている主天使(ドミニヨン)か。手間取ったその間に益々押し込まれてしまう)

『《渦潮(アルボル)》』

 “黒”はまた四つ、“目”を開くと、ハルヴァヤーを渦巻く引力で縛り付けた。渦の“目”どうしが手を取り合い、八角形を空に刻んでいる。その中心に捕われたハルヴァヤーは、苦鳴を上げるように軋んでいた。    

『《八つ裂の陣(アルボル・ピツル)》』

 渦の“目”は共鳴しあい、力を増していた。神話級の肉体を引き裂かん、<天使(マラーク)>を砕けた泥人形のようにしてしまわんとして。

 

『まだだ』

 アゲハは呟いた。

 <天使(マラーク)>と同化した躰は全能感で満ち溢れていた。とめどなく、体の奥から熱が湧いてくる。痛いほど強く、熱く、また輝かしい奇跡のエネルギーが指先まで張り詰めている。

『馬鹿にするなよ、おれだって、手に入れたんだ!あんたらと同じ、<天使(マラーク)>の力を!簡単に斃されてやるなんて思うな!』

 アゲハは叫んだ。周囲では、八つの“目”が内向きの環になって回っていた。

『ハルヴァヤー!』

 神話級<天使(マラーク)>は、その叫びに呼応するように瞳を燃え上がらせた。透き通る、淡い翠の光を。

『もっと寄越せ、もっとだ、もっと、もっと!』

 身の裡から、怖いほどの熱が湧き上がってくる。だが、アゲハは止まれなかった。

 もっと高められる気がした。もっと焚べられる、もっと燃やせる。どこまででも、なんでも出来るような錯覚がアゲハの意識を酔わせていた。

 まだ、この力には先がある。

 

『【葬送奇跡(ハルヴァヤー)】』

 

 そう呼ばわったとき、ハルヴァヤーが燃え上がった。

 

 ◆

 

(リソースが揺れた)

 中佐はハルヴァヤーをじっと眺めていた。

(この存在感(プレッシャー)、まさかこの<天使(マラーク)>は……いや、それよりも)

 ハルヴァヤーの周りを取り囲んでいた“目”は、次々と消えていっていた。吹き飛ばされたり、螺子で縫い留めるのとは違う。それらは砂か灰のように変わっては、崩れて流れ落ちていた。

 目を凝らせば、ハルヴァヤーの足元もそうだった。

 <天使(マラーク)>に触れ、掠めただけで、地上の瓦礫、街、都市構造体、地面でさえもまた、同じように灰化して脆く崩れていく。

『熱や衝撃ではない。もっと、もっと純粋で貴いレベルの破壊だ……まさか、これがやつの奇跡だと言うのか』

 中佐は戦慄していた。

 

 アゲハは笑っていた。

 楽しくて仕方がなかったからだ。

 人間だったときの身体は、あまりにも小さすぎたし、脆く儚かった。それがどうだ!今では<天使(マラーク)>の肉体で生きている。天上のもの、高次の存在として動いている。

 肉体は堅く、感覚は鮮烈で、その身には奇跡が漲っている。軽く近づいただけで、触れるものすべてが虚しく消滅していく。

 その破壊に応じて、奇跡が凄まじい勢いで流れ出ていくのをアゲハは感じていた。

 だが、まだだ。まだ出せる。もっと燃やせる。見たことのない場所へ、まだ知らぬ境地へ!

 アゲハは絶叫した。その歓喜とともに、力を振るう先を求めて“黒”を睨んだ。

 あいつは敵だ!さっき自分を殺した。塵芥のように、気にも留めずに踏み潰したのだ。ちっぽけな存在として、ただ当然のことのように払い除けたのだ。

『思い知らせてやる』

 言うなり、ハルヴァヤーは突進した。

 “黒”はなおも奇跡を展開したが、詮無いことだった。“目”は容易く押しのけられるか、灰化の奇跡に壊されて消滅するだけだ。

 街をざらざらと削り取りながら、ハルヴァヤーは翼を拡げた。振り抜いた拳は狙い過たず、“黒”の傷ついた頭を首から捩じ切った。

『ざまあみろ』

 アゲハは頸を投げ捨てた。

 頭は地面にめり込み、そこで灰になって消えた。

 首無しになった<天使(マラーク)>は、耳障りな金切り声を上げながらも逃げようとした。《円環》が回り、その身体を背後へ滑らせる。

 

『《(オセル)》』

 その足を、飛んできた螺子が地に縫い止めた。

『逃がすとお思いで?』

 中佐は鼻で笑った。

 “黒”はひしぎながら助けを求めるように身を捩り、そしてハルヴァヤーは高らかに勝利の雄叫びを上げた。

 その左腕が、黒い<天使(マラーク)>の胸を貫いた。

 傷口からは灰が溢れ、<天使>は肋と脊椎のような白いものをへし折られてバラバラに分解した。両腕が肩から外れ、腰は崩壊し、背が突き破られて地に飛び散った。そのどれもが、人間一人よりも大きな破片だった。アゲハの小さな勝鬨が聞こえる。

『勝った』

 そして、ハルヴァヤーが動きを止めた。

 アゲハは急激な喪失感を覚えていた。躰の端から胴にかけて、あの“熱”がどんどんと退いていくのがわかる。体の奥にある泉は、涸れてしまったようにその勢いを失っていた。

『まだ』

 アゲハはか細い声で言った。

『まだ、だ……』

 そして、ハルヴァヤーは左腕を突き出したまま沈黙した。

 

 ◆

 

 力尽きたのだろう。

 あたりはさっきまでの躍動が嘘のように静まり返っている。破壊された“黒”も、勝ち誇っていた“ハルヴァヤー”も、石の像のように動かない。

『状況、終了か』

 オセルは手を持ち上げ、掌を胸に翳した。

 そこから光の塵が溢れ、人間の輪郭を形作っていく。まず足が、続いてくるぶしが、屈む脚と肩、そして顔がもとに戻る。

「いつになっても嫌なものですね、再構成の感覚は」

 そう言って、中佐は五体満足で立ち上がった。

 その体には汚れ一つなく、撫でつけられた金髪さえ“同化”直前のままだった。服の乱れも傷も、あれほど“目”にやられたというのに、何一つない。

 中佐は銃を抜くと、オセルの掌に触れた。それはヒトのそれに似ていたが、大人一人が腰掛けて尚余るほどの広さを有していた。

「オセル、もう少し動けますか」

 オセルの腕が動く。軋みながらもその掌はハルヴァヤーの拳へと近づいて、止まった。 

 

 ハルヴァヤーの左手は、“黒”の体躯からその心臓を掴み出していた。

 <天使>には心臓がある。それは決まって深い真紅の、艶のない真球だった。まるで土を焼いたように硬くきめ細やかな表面だ。だが、“渦”の<天使(マラーク)>の心臓は、ハルヴァヤーの指に握られて砕けていた。

 紅く丸い果実のようなそれのひび割れた内部からは、何者か、人間の身体がまろび出ていた。<天使(マラーク)>を操っていた敵の本当の肉体だ。

 もう少しハルヴァヤーが力を込めていれば、その肉体も灰になっただろう。運のいいことだ。

 中佐は首を傾げた。

「心臓ごと破壊される寸前に奇跡が尽きたのか……それとも同化に耐えられなくなったのか……」

(僕の予想が正しいなら、この()()は初めて同化を経験したはずですからね。あり得なくはない)

 そう独りごちて、その大きな掌の中、黒い<天使>の“心臓”に、中佐は銃口を向けた。

「目は覚めているはずですよ」

 

 そこにいたのは、自らも黒いぼろに身を包んだ女だった。  

「心臓が割れて、人間態も再構成されたようで。好都合ですね」

 ひび割れた心臓から身を乗り出すさまは、まるで卵から孵る雛鳥のようだ。

 肩には目の模様をあしらった布を纏い、顔面にはざらついた石の面をつけて眼差しを隠している。顕になった額には、渦巻く黄色の紋章が見えた。その真っ赤に紅を引いた口元が、醜く歪んだ。

 その顔を中佐は睨みつけた。

「まともな人語を解せるのか知りませんが、一応言っておきます。誰の差し金か、ネズミは誰か、洗いざらい吐かなければ酷い死に方をすることになりますよ」

 中佐は努めて穏やかに言った。が、敵の女は異国語でなにか呪詛のようなものを呟き、中佐に向けて唾を吐いた。

 中佐は無言で引き金に指をかけ、銃の出力を上げた。装填電力は充分だ。

 

 女は唇を引き結んでいたが、やがてそれを震わせて口を開いた。一瞬、残酷で頑なな敵兵の容貌の下から、ただの女の臆病な顔がちらついて、消えた。

『【渦潮奇跡(アルボル)】』

 女はそう言うと、慈しむようにひび割れた“心臓”をひと撫でして、口の奥で何かを噛んだ。

 それは一瞬だった。女の体はみるみる海水とは違うものに溶け落ちて、黄色っぽい煙を上げて肉がどろどろと垂れた。嫌な匂いがして、体の輪郭が崩れていく。あとには、焼け焦げたように黒ずむ骨だけが残されていた。

 

 そして、大破した<天使(マラーク)>が震え始めた。傷付いて張り裂けた体躯の破片が、さらにひび割れて砂のように崩れ、浮き上がった。

 頭上では《円環》がその速さを増し、回転しながら口を広げていた。青空が見えるはずのその内側は、“転移(シフト)”のときのように何処か別の場所に通じているようだった。

 <天使>は粉々になりながらその空の穴に吸い込まれていった。主を失った《円環》がそれ自身をも呑み込みながら次第に収縮していくのを、中佐は心底蔑んだ目で見上げた。

 

「ふん、蛮族が」

 

 ◆

 

 オセルは身を屈め、崩壊したアルボルのいたところに中佐を降ろした。あの神話級、【葬送奇跡 ハルヴァヤー】が、石像のように屹立している。

 ハルヴァヤーの奇跡で破壊されたものの成れ果ての灰は、雪のように降り注いでいた。あたりの傷と、砕けた街が、白く掠れて消えていく。

 

 その<天使>の足元では、光の塵が寄せ集まってひとりの人間を再構成していた。

 中佐は灰を踏みながら、それを確かめた。

「軍人ではない。どこの誰だ?」

 気を失っているアゲハの顔を認め、中佐は舌打ちした。

 民間人だ。それも、おそらくは非正規市民だろう。よりにもよってそんな人間が、神話級<天使(マラーク)>を手にするとは!

 そう、中佐は既に確信していた。この<天使(マラーク)>はあの神話級だ。イザールの地下にて発掘されたあれだ。よく見れば、少しばかりなら面影すら感じ取れるほどに似ている。

「なによりあの奇跡……あの存在感(プレッシャー)

 

 <天使(マラーク)>の契約には見境がない。人の立場や利害など関係なく契約者を選ぶのが<天使>だ。彼等は、矮小な人間など超越した天上の物質なのだから。

 

 重い駆動音がした。軍用車両が列を成し、現場へと向かってくる。それが残らず見えるほど見通しは良かった。なにせ、あたりの都市構造体は残らず灰に変えられていたのだから。

 車両から降りて整列を始める軍人のうち、現場指揮官らしきものを適当に捕まえると、中佐は言った。

「失礼。僕はこういうものです」

 身分証を一瞥しただけで、その下級士官は恐縮のあまり立ちすくんだ。中佐は気にも留めず続けた。

「周囲一帯800ヴルを封鎖。あの未確認<天使>は速やかに遮蔽を。機密に接触した恐れのある非正規市民がいれば直ちに射殺して構いません。あぁ、この灰は吸わないほうが賢明でしょうから、防護服の用意を……それと、あの少年」

 中佐はアゲハを指さした。その身体には、灰が降り積もろうとしていた。

「あれを確保し、基地内に移送して下さい。【混乱薬】の投与を忘れずに」

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 ■???

 

 誰かの気配がした。

 ものが擦れる音と、動かない空気から、なんとはなしに部屋の中にいるのだとわかった。薄く目を開ければ、オレンジ色の明かりが左の方から差してくる。

『お目覚めかね?』

 前から、流暢な連邦の共通語が聞こえた。

 

 アゲハは顔を上げた。頭は眠りの名残にぼうっと霞んでいて、身体が温く重かった。

 感じた通りに、そこはもう屋外ではなかった。

 手狭な、寒々しい一室だ。殺風景な部屋の中にはこれまた素っ気ない机が中央に据えられていて、古ぼけたいくつかの椅子がその周りに置かれていた。

 

 眼の前にいたのは男だった。幼気な童顔だが髭など生やして、厚手のコートを羽織っているさまはなにか滑稽にも見える。

『私は、曳航連邦軍の特務兵(イレギュラー)統括官、(レン)大佐だ』

 軍人だ。それも士官。アゲハは不審そうに、机の向こう側の大佐なる男を眺めた。

 大佐は指を組み、落ち着いた声で言った。 

 

『突然だが……君は、死刑にならねばならない』

 

 To be continued……

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