■曳航連邦・南端都市
海中を行ったのは不死者の入れ知恵だろうか。少なくとも、これで哨戒艦は役に立たなくなった。<
今すぐ追わないといけないのは分かっていたのだ。けれど、眼の前にいるこれを見逃すわけにもいかなかった。
「逃がすと思うなよ、“不死”」
大佐のそれに、
「捻りのない言葉選び。思ってなきゃここに来ないよ」
「いいえ、覚悟をしたほうがいいですよ」
中佐がフラフラと立ち上がった。軽く脳震盪じみたものを起こしている気がする。
だが、不死者の動きは決して目で追えないようなものではなかった。ろくに格闘術を知らない素人のそれだ。いくら死なないとはいえ、中佐なら制圧できる。
たとえ海中に逃げようが、今しがた逃げたあれも“同化”すれば追える。<
「僕がただ殴られているだけの人間だとでも?」
「いや?殴られた上に一級の囚人を取り逃す能無しだと思ってるよ」
その時の中佐の顔たるや、激怒のあまり赤と白が交ざりあった珍妙な顔色になっていたが、激情型の彼にしては珍しく何も言わなかった。
「《
ひとつの宣言を除いては。
「……
あたりの瓦礫から、螺子が湧き立つように溢れる。
それは雲霞のように、中心に居た
本物の金属ではない、奇跡で具現化されたものにすぎないそれは、だからこそむしろより直裁的に“禁止”の力を表現している。
「さっき転げ回った隙に仕込んでいたのか」
「君、
「普通なら、これでもいいんですけれどね」
中佐は吐きそうな顔で言った。余裕の顔が消えないのがなにより不快だった。なんとしても絶望と後悔の表情をさせてやりたい。
「あなたの奇跡はどうやら規格外らしい。なので、こっちも相応の手札を切らせていただきましょうか」
そう言って、中佐は懐から小箱を取り出した。
美しい木製の装飾品だ。植物を象った立体文様がその表面を多い、盛り上がった葉には葉脈の透かし模様すら入っている。
中佐はそれを持ち上げ、
「《
そして、小箱は音を立てて開いた。
すぐさま、
その表面の彫刻が消え、平面的なただの紋様になっているのを見て、中佐は溜息をついた。
「本当はあの簒奪者に使いたかったんですが」
「それは」
大佐は尋ねた。
「それも君の奇跡か?」
「いえ……【聖棺ゲラーレ】。人間を閉じ込める力があります」
中佐は本当に気分が悪そうだった。
「やつの奇跡は驚異的ですが、攻撃力に欠けている。ましてや僕のオセルの奇跡も組み合わせたうえで使いましたから、この箱は壊せませんよ。不死の奇跡と言えど、封印に閉じ込めてしまえばケリがつく。この失態も、不死者を連れ帰れば少しは埋め合わせになるでしょうか……」
「その幽閉はどれほど続くんだ?」
大佐の言葉に、中佐は力無く答えた。
「さぁ、僕の奇跡との掛け合わせがどうなるか判りませんが。とはいえ、螺子を57
中佐は箱を見、心底残念そうにそれをしまった。
そして、馬鹿みたいに口を開けた。
「やぁ!」
さっき箱に吸い込んだはずの
いや、立っていたというのは少し違っていた。まだ足がなかったからだ。何も無い空中から身体が生え、頭が生え、肉体が再生していっている。ご丁寧に、さっき身につけていた服までもが。
「そんな……なんなんだ、お前は!」
中佐は金切り声で絶叫した。その手元の箱には傷一つ無かった。
「馬鹿げている、馬鹿げているぞ!なぜ【聖棺】が壊れていないのに外へ出られる!不死の奇跡なんて、土台それだけでリソースが足りないはずなのに!余計な技なんて使えるはずが――」
「いや、だからさあ」
「半永久的な封印なんて、“死んだも同然”だろ?」
今度こそ、中佐は我を失った。小箱を投げ捨て、拾っておいた銃を抜き、流れるような滑らかさで乱射する。
そして、
「終わりかな」
傷口が閉じ始めた。血が止まり、肉が埋まり、皮膚が繁茂する。零れ落ちた血の痕さえいつの間にか薄れて消えていた。
中佐は狂ったように引き金を引いたが、拳銃の充填電力はもう尽きていた。連射速度制限すれすれで撃ち尽くした銃身は熱く、夜の空気に煙を上げている。
「不死の奇跡。そんな力、ヒトの領域を超えている」
中佐のヤケになった言葉にも、
「僕はただの旅人さ」
「たちの悪い冗談だ」
大佐は静かに言った。
「まさか、ここまでの奇跡の使い手とは思いもしなかった。実に不本意だが、我々の武装では止められないということも分かった」
そして大佐は銃を下ろした。中佐が水から揚がった魚のような顔で目を見開いた。
「行くがいい」
「本気ですか、大佐」
中佐は顔をしかめた。
「それこそたちの悪い冗談でしょう。“不死”ですよ」
「大真面目だ。不死の<人間イカリ>より、あれを追ったほうがいい。癪だが時間の無駄だよ」
大佐は皮肉を込めて不死者を睨んだ。
「そちらもだ。時間稼ぎはもう十分だろう?」
「うん?あぁ、あぁ、僕はこれ以上いたずらに干渉する気はないよ。
中佐はまだ銃口を構えていたが、
「無駄だって。だから、物理的損傷じゃ僕は殺せないったら」
そう言って
中佐は決死の形相で歯を食い縛りながら言った。
「いったい、貴方は何が目的なのですか……神話級を唆し、連邦の支配を乱し、我々を嘲って!」
「あぁ、是非聞かせてあげたいけどね」
「でも、君じゃ駄目だね」
一瞬だけ、
「何もかも足りないもの。それはあのアゲハだって同じことだけど。今、僕がすべてを明かしても、君ではその半分も理解できないし、そもそも解らないほうが君のためだよ。
知識は力だ。過ぎた力は災いになる。それはよく知っているだろう?君も<人間イカリ>なんだから」
顔をしかめるだけの中佐に手を振って、
「じゃあね」
そして、
「……それで、どうなさるおつもりですか?」
中佐は死にそうな声で言った。実際、あまり生きた心地もしなかった。
オセルを喚び出す気ももう無かった。単身追ったところで既に追いつけまい。軍艦が要る。
「失態だ。神話級を失い、その契約者までも取り逃がした。上は赦しませんよ」
「過ぎたことを嘆いている暇はない。それに“不死”の介入は完全に想定外だった。だが、やつは……少年はまだ<人間イカリ>としてこの上なく未熟だ。つけ入る隙はいくらでもある。特に、奇跡にはな」
中佐は力無く笑った。自嘲的な笑みだった。
「あなたの子飼いの
大佐は黙ってその場をあとにした。遠くから、慌てふためく兵士たちの声がやっと耳に届き始めた。今更来たのか、と、大佐が呟くのが聞こえた。
中佐は落ちていた軍帽を拾った。
「そうでしょう?<人間イカリ>たちの司令塔……
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