後宮シェヘラザード   作:釘豆腐3世

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 死んで転生すると、そこは中華ファンタジーの世界だった。私は「(しゃ)」という家の娘として生まれ落ち、(れい)と名付けられた。

 

(えっチソチソないやん!)

 

 全くの異世界に転生したことよりも、性別が変わってしまっていたことの方に驚いた。まあこの世界では最初から女だから変わっているというのはおかしいのかもしれないが、少なくとも前世の記憶を受け継いでいるので戸惑いは大きかった。

 

(……まあなっちゃったものは仕方ないか)

 

 だが3歳になるころには仕方ないと踏ん切りをつけることができた。流石に赤ちゃんからずっと育っていけば、女としての生活にも慣れる。ちなみに紗家は大商人の家でいい服を着せてもらったり、暇つぶしの本を親が買ってくれたりしたので生活に不満はなかった。

 

 そんなわけでまあ楽しく暮らして来たのだが、14歳のあたりから両親による嫁に行こうぜ攻勢が始まり、それには閉口した。

 

「ほらほら、見合い話はどっさり来てるのよ、礼。この人はウチよりも大きな商人の息子」

 

「うーん、お金よりも学と地位のある人がいいな」

 

「そうか、ではこちらの男はどうだ。科挙に一発合格してる」

 

「ううーん……それに加えて、優しいイケメンがいいかな。いないでしょ」

 

「いるんだなあそれが。ほら、この人は都の長官で金持ちで優しいと評判で、顔もいいぞ」

 

「あー……やっぱりさっき言った条件全部ウソ」

 

 私がそう言うと、母親は首をかしげた。

 

「いったい何が不満なの?」

 

「ううーん……」

 

 男とヤりたくないんだよ!!!と言いたくなるのを必死に我慢しながら、私は言葉を濁した。いくら女としての生活に慣れたとしても、男として生きて培われた感覚は残っている。男に抱かれるなんて、想像しただけで吐きそうだ。

 

 せめて自分の容姿がアレだったらそんなに苦労はしなかったのだろうが、都合の悪いことに、私は両親の遺伝子が変にうまく働いたせいで、絶世の美少女になってしまっている。

 

 これはナルシスト的な発言ではなく、客観的に見てそういう容姿だということだ。だいぶ引きこもっていたので肌は抜けるほど白いし、黒髪も艶やかだ。栄養バランスの概念を知った上でご飯を食べているので身体も健康。おそらくこの世界における「理想の女」という奴なのだろう。

 

 感性が普通の女の子だったら、「こんなにいろんな殿方から求められて大変♪」などと言えるのかもしれないが、私にとっては苦痛でしかないのだ。『紗礼酱哦哦 我早餐也想吃酱 只是在开玩』(意:紗礼チャン、オッハー❗朝食といっしょに紗礼チャンのことも、食べちゃいたいナ〜(笑)✋ナンチャッテ)という怪文書が送られてきたときは、ちょっと寝込んだ。

 

 まあそういうわけで、嫁には行きたくない。だが、両親は今まで本当によくしてくれたので、そういうことを直接言うのは憚られる。私がもごもごしていると、母親が全てを察したような顔をし、そして真剣な顔持ちになった。

 

「今までの言葉の意味……氷解したわ。まさか礼、あなたがそこまで野心家とはね」

 

 ちょっと待て、何を察した。そう思った直後、嫌な予感は的中した。

 

「後宮に行って……皇帝の后になるつもりだったとは」

 

 違う違う違う違う……ちゃうねん。金にも権力にも興味ないし……単に精神的BL状態になりたくないだけやねん。

 

「何? しかし後宮は本当に競争が激しい場所だぞ」

 

 父親は難色を示した。そうだ、もっと言ってやって、誤解を解いてくれ父上。そう思っていると、父親は立ち上がった。

 

「……そうとなれば今すぐ礼を後宮にやらねば。待ってろ」

 

「は?」

 

 次の瞬間、両親は部屋を飛び出していった。私が呆気に取られている間に後宮担当の役人を呼ばれ、諸々の準備をされ、気づけば後宮にぶち込まれてしまっていた。

 

「は?」

 

 手渡された荷物を割り当てられた部屋の中で開くと、綺麗な衣服、化粧品、その他高級そうな品々が入っていた。えっマジで後宮暮らししないといけないんですか???

 

 しばらく私は呆然としていた。が、少し考えると別に後宮暮らしはそんなに悪いことばかりではない気がしてきた。何せ私は「皇帝の女」なのだ。誰かに求婚される心配はないし、親に引け目を感じることもない。

 

(……むしろラッキーだったかも)

 

 怪我の功名だ。私は(ベッド)に寝転び、安堵の息を吐いた。皇帝に目をつけられないようひっそりと生活すれば、夜伽をさせられる心配もない。後宮には数え切れないほど美しい女がいて、皇帝に呼ばれるのを待っているのだから。

 

 ずっと抱えていた悩みが解決した。今にでも踊りだしたい気分だ。

 

(そういえば旅芸人がやってたな)

 

 西の草原からやってきた旅芸人の一座が、紗家を訪れたときにやっていた舞を思い出した。私はそれを一つずつ思い出し、ノリノリで踊り始める。

 

「あ、あの……っ!」

 

 そのとき、うわずった声が聞こえた。私が舞うのをやめ、声のした方──部屋の入口の方を見ると、地味な格好をした私と同年代の少女が立っていた。そばかすが目立つ以外は平々凡々といった感じだ。

 

「誰?」

 

 下手くそな踊りを見られた。私は羞恥に震えながら、しかし表面上はすました顔で訊いた。

 

「わっ、わたし……楚花(そか)です。紗礼様のお世話をするよう言われています」

 

「世話……ああ、宮女なのね」

 

「はっはい! 身の回りのことは何でも仰せつけてください!」

 

 楚花と名乗った宮女は、そう意気込んだ。

 

(……実家の圧力か)

 

 後宮の后には個人用の宮女が付くが、後宮に入りたてで皇帝にお目見えもしていない女に宮女が付くと言うのは聞いたことがない。おそらく、紗家が手を回し、彼女を私に付かせたのだろう。

 

 適当に後宮で生活して人生を終わればいいかと思っていたので、これは思わぬ伏兵だった。私が渋い顔をしていると、彼女は首をかしげて質問してきた。

 

「ところで、さっきは何で誰も見てないのに踊っていたのですか?」

 

 そこ聞くんかい。てっきりスルーしてくれるかと思ったのに。私は少し考え、もっともらしく聞こえる言い訳をした。

 

「……舞の練習よ。どういうきっかけで帝の眼に留まるか分からない以上、芸事にも精通していなければならないでしょう?」

 

 そう言うと楚花はいたく感心したようで、目を輝かせた。

 

「なるほど……流石ですね。後宮に来たばかりなのに自分磨きを欠かさないとは」

 

「当たり前のことよ。ところで、来たばかりで後宮のことは何も知らないから……ここのこといろいろ教えてくれない?」

 

「わかりました! ついてきてください!」

 

 楚花はうなずき手招きをした。私はその場をごまかせたことにほっとしながら彼女の後についていった。そこで王妃たちの居室や後宮の設備について話を聞いていると、何だか偉そうな女性が現れた。

 

 青地の中華風ドレス(?)を来た美人で、白い肌と金色の髪。白人の血が混じっているのか、ハリウッドに出てきそうな風貌だ。

 

(へ~。やっぱりこの国って広いんだなあ)

 

 彼女はかなり世話好きなたちらしく、私が後宮で目立ちたくないということを伝えると、その手伝いをしようと言ってくれた。

 

 その言葉に甘えようかと一瞬思ったが、何かを言いたそうに楚花が控えているのに気づいて私は断った。

 

(楚花の案内がまだ途中だったよね)

 

 他にも後宮独自のマナーもあるかもしれないし、それを教わる前に他の后のところに行くと恥をかくかもしれない。私は丁寧にお礼を述べると、白蘭夷と別れた。

 

 

 

 

 

 紗礼。彼女を見た瞬間、楚花は自分とは別世界に生きる「后」としての資質をありありと感じ取った。理知的な目。長く流麗な黒髪。薄く色香の香る唇。睡蓮(スイレン)のように滑らかで白い肌。

 

 そんな美少女が、薄く光の差し込む部屋で異国の舞を踊っているのだ。あまりにも現実離れした幻想的な光景に、楚花は息をのんだ。

 

(……こんな綺麗な人がいるんだ)

 

 後宮で宮女として勤め始めてはや数か月。美人を見慣れて来たところだったのだが、彼女は選りすぐられた後宮の女性の中でも飛びぬけて美しかった。

 

 舞に見惚れていたせいでしばらく入口の前で突っ立っていたのだが、流石にそろそろ声をかけなければまずい。そう思った楚花は、意を決して彼女に話しかけた。

 

「誰?」

 

 帰って来たのは、低いが清涼感のある声。じっとこちらを見つめてくるその眼に何か並々ならぬ魔性のものを感じ、楚花はごくりとつばを飲み込んだ。

 

 自己紹介を終えてからさっきはなぜ舞っていたのかと訊くと、彼女は自己研鑽のため、と当たり前のように言う。その答えを聞いて楚花は確信した。

 

(この方は絶対、帝の目に留まる)

 

 恵まれた器量や実家の力に驕らず、たゆまぬ研鑽を当たり前だと言ってのける。そんな紗礼は、楚花の眼には自分の全てを賭けるに足る主のように映った。

 

 後宮の案内をしている間もちらちらと彼女の様子を観察していたが、その所作は一つ一つ洗練されている。非の打ち所がない。

 

「ここが厨房ですが、紗礼様は立ち入ることがないでしょうから説明は省きます。あちらは『四后』の一人、白蘭夷(はくらんい)妃の居室です」

 

 楚花がそう言って指さすと、紗礼は首をかしげた。

 

「四后って?」

 

「皇后さまの他に皇帝からの寵愛の篤い4人の宮妃様のことです。私のような女官を五~十人ほど連れているのが普通で、男子を産めば入れ替わりで皇后になることだってできます」

 

「ふうん。偉い人だっていうなら、まあ一応覚えておこうかしら」

 

「そうですね、特に白蘭夷妃は覚えておかなければいけません。というのも……」

 

 楚花が説明しようとしたそのとき、建物から何人もの侍女が出て来た。最後に現れたのは、白蘭夷妃。金の刺繡をあしらった青地の衣装を身に着けている。

 

 彼女は話していた楚花と紗礼に気がつくと、なぜか紗礼の方に近づいてきた。思考を読まれないよう用心しているのか、西域出身特有の彫の深い顔からは何の情報も読み取れない。

 

「……貴女、名前は?」

 

「紗礼です。そういう貴方は、白蘭夷妃ですね」

 

「ええそうよ。でも貴女みたいに綺麗な子、これまで見たこと無かったのだけれど……新しく入って来たの?」

 

「はい。ですから今、楚花に後宮のことを教えてもらっていました」

 

 表面上は何でもない会話のように見えるが、白蘭夷妃の声は無機質。紗礼がライバルたりえるかを観察しているのだろう。白蘭夷はちらりと楚花を見て、そしてつぶやく。

 

「最初から侍女がついてるなんて、よほど期待されているのね」

 

「……別に。誰かが気をきかせてつけてくれただけです。貴方が思うほど私はたいした女ではありませんよ」

 

「ふうん? 王妃の座にも興味ないの?」

 

「ありませんね。変に目立つと謀略にはめられそうでしょう。私は目立たず生きていきたいだけなのです」

 

 肩をすくめ、紗礼はそう答えた。

 

 おそらく今の時点で彼女に目をつけられたくないので、そう言ってこの場を切り抜けようというのだろう。だがその言葉は欺瞞だとすぐに見抜いたらしく、白蘭夷はにやりと笑った。

 

「ふふ、後宮に来ておいて王の寝室に呼ばれたくないなんて、変な子ねえ。……そうだ、そんな綺麗なお顔だと王からお呼びがかかってしまうわ。目立たないようにお化粧してあげる」

 

 彼女からほのかな悪意を感じ、楚花はぞくりと寒気を感じた。

 

「若姫潰しの酸鼻王妃」。紗礼には説明し損ねたが、多くの女官は白蘭夷をそう呼んでいる。というのも彼女は寵姫になる見込みが高そうな者を自分の居室に招き入れ、二度とみられないような姿にする「事故」を引き起こす常習犯だからだ。

 

 当然白蘭夷と傍付きの女官たちの仕業だということは皆なんとなく知っているが、被害者たちも頑なに事故であると主張するため、それを咎められたことはない。おそらくあの居室から解放される前に、喋ったら殺すとでも脅しをかけられているのだろう。

 

(ここに来る前に白蘭夷の異常性を解説しておけば……)

 

 楚花は自分のうかつさを呪った。このまま紗礼がほいほいついて行けば、酸か毒で顔をぐちゃぐちゃにされるだろう。かといって変に突っぱねると、嫌がらせをする口実を与えてしまう。

 

 どうするのだろうと不安そうに見ていると、紗礼はこちらを見てくすりと笑うと、白蘭夷に向き直って頭を下げた。 

 

「すみません、ご好意はありがたいのですが、私はここに来たばかりで後宮の作法も知らないもので、落ち着いた後にあらためて伺わせていただきます」

 

 どうやら紗礼もこれを罠だと見抜いたらしい。楚花はほっとした。

 

「……そう? 見苦しいところがあったら私が教えてあげてもよくてよ?」

 

 食い下がる白蘭夷に、紗礼はごく自然な笑みを浮かべて答える。

 

「いえいえ。貴方のお手を煩わせるのは申し訳ありませんから」

 

 のらりくらりとかわし、紗礼はその場を離れた。そして二人きりになると何事もなかったかのように楚花に笑いかけた。

 

「さ、案内を続けて」

 

「あの、今のは、大丈夫でしたか……?」

 

「何が? ただ挨拶してただけでしょう」

 

 平然と言う紗礼に楚花は驚愕した。今の恐ろしいやりとりを挨拶と言ってのけるとはとんでもない胆力だ。

 

「ところでさっき、白蘭夷妃について何か言おうとしてたけど、何?」

 

「……さっき紗礼様が見た通りですよ」

 

「そう。なら解説する手間が省けて幸運だったわね」

 

 あの恐ろしい白蘭夷と相対して出る感想とは思えない。楚花は新しい主の強靭すぎる精神力に驚嘆しながら、結局何も行動ができなかった自分をふがいなく感じた。

 

(……自分も、この人に見合うような侍女にならないと)

 

 ぱんと自分の頬を張って気合を入れると、楚花は紗礼について歩き出した。

 

 

 

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