どらごん・ふぁんぐ ―お前を喰って進化する―   作:RauD

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第十五話 未知との遭遇

 

 エルフさんたちが通った道を辿って歩いていく。

 この道は、ただの森に溶け込んだ風景の一部かと思いきや、実のところそうではなかった。

 

 高低差で見えにくい場所にあったせいか、突然目の前に出てきて転びかけた……人の高さよりも深く窪んだ地面、そしてその底に流れる浅い沢。足を取られるほど水が深くもなく、沢沿いに歩けば簡単に地上からの視界を遮ってくれる。これは明らかに便利な道だ。

 

 沢を進んだ先から続いている、土と巨木の根っこが重なりあってできた天然の壁で左右が隠された一本道。ここも中々良い安心感を得られる、視界を通さない壁の高い道だ。

 高所に小袋が何個か吊るしてあったけど、何の意味があるんだろうか。

 

 一本道の途中に空いた横道からすぐに行ける、背の高い藪が左右に連続して生えている、波打つ坂の道。少し身をかがめれば、見た目だけなら完璧に森と一体化できそうだ。

 

 そんな感じで隠れながら進めそうな場所が次から次へと顔を出す、面白い地形の道のりだった。だからこそエルフさん達はこの道を使っているんだろうね。むしろ、そういう道を自分たちで作ったのかな? なんかこう……賢さを感じる。道から。

 

 しかし現時点で、エルフさん達を見送ってから、おそらく一時間以上は経過している。

 

 もう既に足跡なんかの痕跡は見失ってしまった。今はなんとなく、エルフさんの通りそうな道を選んで歩いている。今のところ自分にとっての脅威には出会ってないから、オレの予想は正しかったと信じたい。

 

 でも今も正解の道を辿れている自信も無い。犬並みの鼻があれば完璧に追跡できたかもだけど、ドラゴンと言えども、そんなに性能の良い鼻は持っていないみたいだ。人間の頃よりかは良いと思うけどね。

 

 それはともかく、お腹が減ったよ。怪我を治すためにも栄養補給をどうにかしておきたいところ。

 でもコンディションはとっても悪いから、なるべく戦闘しないで済む方向で考えたい。つまりは、目を光らせて食べ物を探し回る……森の恵みガサガサタイムだ。あの島の森みたいに、探せば何か食べられるものが少なからずあるはず。今の安全そうな道の周辺をガサガサしてみよう。

 

 少しでも体力を回復させるために、よくわからないけど食べられそうな若木の芽や、しなびたイチゴみたいな木の実などを片っ端から摘んでいく。オレの中の本能さんがやる気なさそうに反応するものは、手当たり次第に植物中心に収穫した。大体そんなにおいしくないけど、ほどほどに食える味だったし大丈夫だ、たぶん。食べても問題ないと思うたぶん。

 

 そのへんを這っている謎のカミキリムシみたいなのとかも「食えるよ」って本能が主張してくるけど、それに関してはオレはとてもすごく葛藤している。今追い込まれているのは事実だけど、それはそれとして、精神的に虫の生食はまだまだ抵抗がある……。死ぬまでこの感覚は抜けないかもしれないなぁ。

 

 そんなこんなで食料を探してガサガサしていたところ、オレを高きから見下ろす存在に気がついた。

 そいつは離れた位置から、巨木の根っこで地面が小高く持ち上げられた足場の上、こちらを静かに見つめていた。

 

 わずかに緑がかった白い体毛と、病的なまでに青白い顔。なかなか強烈な色合いをしたそれは……大猿か、あるいはゴリラのように見える生き物だった。体型としては大猿のほうが近いかもしれない。

 太くてがっしりとした手足と、オレよりも明らかに大きな身長をしたそいつは、軽い身のこなしでぴょいとオレと同じ高さの地面まで飛び降り、のっそりと歩いて近寄ってきた。

 

 大猿……猿か。

 猿には今のところ良い思い出しかない、特に白い猿には。ついつい警戒を解いてしまいそうになるけど、こいつは一体、どうなんだろうか。話が分かるヤツだと嬉しいんだけど……。

 目の前で立ち止まってボーっとこっちを見てる大猿に、まずは気さくな挨拶から入ってみよう。

 

がうっが(おいっす)!」

 

 返答は拳だった。

 

 咄嗟に防御した右腕から鈍い音が鳴った。それだけでは勢いは止まらず、空中に高く吹き飛ばされた後、なんとか翼を使って急停止をかけることができた。

 

 期待は幻想だったみたいだ。白い猿なら、あの島で出会った猿みたいに友好的かもなんて思っていた。オレの純情を踏みにじりやがってぇ……ゆるせねぇ! 

 

 怒って爪を振りかぶろうとしたら、途端に右腕の外側に激痛が走った。

 えっ、まさか今の一発で腕が折れ……? いや、いや、まだギリギリ動かせそうな感じだし、折れてはいないんじゃないか。となるとヒビ?

 

 ……お、思ったよりもヤバいヤツかもしれない。防御したのに、たった一発でこうなるのは想定外だって。 

 あいつは、相変わらず何を考えているのかわからない顔で、ただぬぼーっとその場に突っ立っている。いっそ恐ろしげに見えるほど、感情が読み取れない。

 

 ……い、いや、まだ弱気になるな! 

 

 あいつには、一発殴られただけだ。一発とはいうけれど、その一発だけでもう腕はガタガタになってる。でもまだ動けるし、一発当たって即死するような威力なんかじゃない。金属鳥の斬撃は首あたりに直撃したら死にかねなかったし、ボス狼の咆哮を最初に食らった時は、もっとどうしようもないものに思えた。

 

 オレはまだ、こいつ相手に死力を尽くしていない。

 

 こんなところで逃げ癖なんてつけてちゃ、あの黄金(・・)を狩れるようになるわけないだろ――!

 

『ギャオオオオオオオオン‼︎‼︎』

 

「!」

 

 もはや意地だけで本能に任せて叫ぶ。弱腰な自分に対する情けなさ、あとこの意味不明な猿ヤローに対しての怒りを込める。まだ冷静になる必要なんてない。そういうのはもっとやれる事をやり尽くした後で良い、そんな段階はまだまだ来ちゃいない。

 風を蹴りつけて空中から真っ直ぐ飛びかかり、最速でコイツに喰らいつく――!

 

 ――動き出しが遅れた大猿が、防御のために掲げた丸太のような左腕に深く噛み付いた。

 

 噛み付いた。しかし噛んだ感触に違和感。コイツの腕、かつてないほど弾力があって、頑丈すぎて噛みきれない……! あまりにも太いゴムの束を噛むような、初めての感触だ。まさかこれが筋肉? 

 それでも諦めてやる理由にはならない。全力で噛み込むと、ブチブチと音を立てて筋肉にキバが埋まる感触が伝わる。それと同時に、大猿の目の色が変わった。明確な怒りの表情だ。

 

 ――衝撃。たぶん横からアゴを殴られて、腕から引き剥がされた。一瞬意識が飛ぶ経験にも慣れてきたなチクショウ。

 頭がちょっとグラグラするしアゴもいてぇけど、まだやれる。なんてことないぜ。

 

 お返しの反撃にと、踵落としの動きで、右足の踵に生えた爪を鋭く振り下ろし大猿の肩口を大きく切り裂く。殴られた直後に反撃されたことが予想外だったのか、大猿は防御もせずにオレの爪を受け毛皮が引き裂かれる。

 

 そして大猿が傷に構わず拳を握り込むのが見えた。攻撃した直後に無理して回避するのは危険そうなので、覚悟を決めて左の翼をマントのように左半身に纏い、風を集めて受けに備える。

 

 ――パァン!

 

 またも衝撃。しかし今度は派手な音こそ鳴ったものの、受けたダメージは明らかに小さくなった。風による防御と、余裕を持って構えて受けたおかげで、ヒビすらなく凌ぐことが出来たみたいだ。

 不意打ちされたらヤバいけど、予想できていれば大したことはなくなる。備えあれば嬉しいな。そういうことなんだとハッキリと今、理解できた。あれ憂いなしだっけ? 

 ともかくそういうことなら、やることは決まった。パンチの動き出しを見逃さないようにしながら、なんか良い感じに動く。これだ。

 

 リーチの長い足先の爪で、空中で回転して回し蹴りを打ち込み、大猿の顔と目を浅く切り裂く。ついでにもう半回転して尻尾の先を顔に叩きつけ、怯ませながら空中へ離脱する。たまらず腕を振り回す大猿の動きは見え見えだ、そんなの当たるわけがない。背後に回って、腕の振りの隙間を縫って後頭部を強く蹴り付け、また離脱する。

 

 もはやマトモに殴り合うことすらない華麗な動き、どうよ!

 空中でドラゴン流・ドヤ顔をかましたところ、大猿の顔色が変わっていることに気がついた。もっと青白くて具合の悪そうな顔色してたはずだけど……戦っている間に徐々に変わっていたのか、今はダルマか、酔っ払った飲兵衛のごとく真っ赤な顔色をしている。

 

「ブオオオオオオッ‼︎!」

 

 飛びつき、やべ。

 

 速。

 

 死……なない死なない、あっぶねー避けたって! 目が良くてよかった‼︎ ドラゴンサイコー‼︎ 

 大猿の猛烈な飛びかかりを咄嗟に跳ねるように飛んで避けた瞬間、鋭敏化された感覚が、コマ送りのように大猿の動きを捉える。

 大猿が手を伸ばし、低い位置に取り残されたままの、オレの尻尾を掴んだ。

 

「グルガアアアアアア‼︎‼︎」

 

 こっ、コイツ、馬鹿力すぎて離れない……ぐあああああああ振り回すな! このままじゃミンチにされる! 

 走りながら両手ではちゃめちゃに振り回され、地面に樹木に丘に茂みにと叩きつけられる。巨木以外の全てのものを薙ぎ倒しながら大猿は爆走し続けている。

 

 ハンバーグの気持ちをぐえっ味わうとは思ってなかった、一生食べる側だと思っていたのにっ! うごっ! 

 硬い岩石が周囲に無かったおかげか、ぐわっあるいはオレが一度噛みついてぶえっ腕を負傷させたおかげか、派手な音と見た目ぬわっよりかはダメージが少ない。けど酷いことにぶほっなってるから、すぐになんとかする必要がある。気合いで動け、覚悟を決めろ! 

 

 大猿が次に腕を振り回す方向を予想して、風を操って無理やり自分が振られる角度を変え、その太い腕に組み付く。一度噛みついた左腕だ。

 

 血の匂いが完璧に傷跡の位置を教えてくれる。

 今度こそ確実に、いただきます――! 

 

 全力で噛み付くと同時に、自分に風を纏わせて(まわ)す。自分の身体が、噛みついた場所を中心にして回り始める。

 追加でダメ押しとばかりに、全霊で叫んだ時のように噛んだ口のあたりに気合を入れて、ついでに実際に叫んでみる。

 

もごもがあああああ(どんなもんじゃあああ)‼︎』

「ゴッ……‼︎‼︎」

 

 バヂリ、ブヂリと腕の筋肉が断裂し、骨も一気に噛み砕く。そしてついに回転により、ネジ切れるように大猿の左肘から先が宙にぶっ飛んだ。流石の大猿もオレの尻尾を離したので、もぎ取った腕を空中でキャッチして体勢を立て直す。大猿の巨腕まるごと・骨付き肉、一丁上がり! ついでに味見しちゃお。もぐり。

 

 ……ほわーなんともパワフルな味。筋肉のボリューム感もすごいけど、何よりも血がすごい。濃厚な果汁100%ジュースに炭酸を加えたかのような、沸き立つようなテイスティ。

 まさしくパワーが相当に付きそうな逸品。それが目の前に本体丸ごとタダで置いてあります。じゅるり。

 

 ……とはいえしかし、オレもちょっとボコボコにされすぎたし、そろそろ普通に倒れそう。振り回しはしっかり効いたよワハハ。

 大猿の方も血が抜けすぎたのか、元の青白い顔色に戻って、ドバドバ出血しながら傷口を押さえて佇んでいる。戦うか引くか悩んでいるのか、それとも自分の腕を目の前で少しずつ食い続けるオレにドン引きしているのか。真相はどっち。

 

 ――やがて自分の中で何か結論が出たのか、大猿は弾かれたように突然背後に飛び、木立の中に消えていった。

 

 ……いやぁ、正直助かったよ。戦い続けたらお互いに死ぬことも十分ありえたし、オレはもう逃げるのも厳しいかなって思ってたんだ。意外と理性的で助かったけど、できればその理性は挨拶の時点で発揮して欲しかったなあ。

 

 ああ、でもこれからどうしよう。人間だったら切り傷、刺し傷、んー全身打撲、あと右腕にヒビ、出血多量、ついでに寝不足……一言でいえばフラフラだ。ちょっとは休ませてくれぇ。

 

 抱えた腕を食べ切ったあと、ふらふらと着陸して、巨木の根元に座り込む。

 おらぁもう疲れたよ……。この森でゆっくり休める場所なんて、あるんだろうか。いや、少し戻って、安全そうな道で休めば……。……大猿に掴まれたまま暴走されたから、いまいち道がわからなくなってしまった。

 そもそも、あの安全そうな道はエルフっぽい人たちの通り道だから、休んでる間に見つかって、今度こそ弓で攻撃されるかもしれない。そうなってしまった時、オレは……。

 

 暗い下向きな考えがじわりじわりと湧き出してきた頃、全く予想だにしていない方向から突然――

 

 ――声をかけられた。

 

『ヨウ、ソコのドラゴン……ワタシの言葉ハ通じテるか?』

 




【アサシンオウル】
 深い森などに棲む、足の長い夜行性のフクロウ。闇色の羽根と、とても恐ろしく見える形相を持つ。肉食を好み、大きさは翼開長二メートルを超える。
 夜闇の中、音もなく静かに空中から忍び寄り、獲物を鋭い足の爪で素早く仕留める森の暗殺者。

 生息域で無防備に野宿や夜間行動をする人間が稀なので、遭遇例は少ない。
 遭遇する可能性のある地域で野宿をする必要があるのなら、テントを張ってしっかりと頭上を守って寝るか、夜通し明かりを絶やさないようにすること。見張りが居ても、明かりが不十分だと、気が付かないうちに仲間が減ることになるかもしれない。

 特徴的な闇色の羽根は装飾品として需要がある。
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