遊戯王 ビルドモンスターズ 作:最近の虫野郎
西日が眩しい。
『竹屋」に用意された部屋は当然ながら一人部屋だった。
年若い少女が一人部屋、というのは旅館の人達からも心配(多分法律的な部分も含めて)されたが、親からの同意等はおりているので問題は無い。それはそれとして、ちゃんと心配してくれる、女将さんと娘さんは良い人達だと思う。
……まぁメイとしては、本来此方と同じ宿泊客の筈なのに『惚れた』という理由で旅館を手伝っているヤサカ・マオの方にこそ思わず目を剝いてしまった訳だが。想像していたより、何倍も情熱的らしい。あの少年は。
『心形流』らしい、と言えば、らしいか。
「……珍庵さん、お元気かしら」
ラル大尉や、自らの『母』の戦友にして、心形流の師範――小さい頃、可愛がって貰ったのを覚えている。
……その弟子である彼の思い人がこの旅館にいるというのであれば。その頃の恩を多少なりとも返す事は、出来るだろうかと。
そう思いながら――頭の芯をすぅっと静かに、冷たく、凍てつかせる。
視線の先、茜差す旅館への道のりを、無遠慮に飛ばす軽トラが見えた。そしてそこに乗っている、大柄な男の姿も――アレが母の言っていた『地上げ屋』だろう。
「……確か『灼熱の辰』だったかしら」
あの勢い……このまま旅館の入り口をぶち破る腹積もりだろう。
弁護の仕様もない、明確な犯罪者としか言えない。初めてその話を聞いた時、普通に警察へと持ち込むべきではないかとは提案したのだが――とはいえ、母としては相手の才覚を、上手に『利用』したいとの事らしい。
警察が動くにはタイムラグがある。そのタイムラグを自分達が埋める形だから大丈夫だなんて言ってはいるが……我が母ながら、本当にロクでもない。
――どっごぉおおおんっ!!
「……さて、行こうかしら」
旅館全体を揺るがす、地響きと轟音。
それを『スイッチ』として、ゆっくりと立ち上がる――バッグを開け、その中から小ぶりなアタッシュケースを取り出して。片手にぶら下げて部屋を後にする。
廊下を向かう間に、ゴキリ、と首を回してコリを取り。階段を下りながら軽く深呼吸をして、身体から緊張を抜く。相手は、紛いなりにも『世界』を知っているファイターだ。変な力が入っていたら勝てる試合も勝てなくなる。
……下から声が聞こえた。ラルさんのものだろう。どうやら、嘗ての知り合いだったと見える。と成れば――心情的に、今がチャンスか。
「これが……今の俺の仕事なんだよっ! 部外者はすっこんでろっ!」
「――残念だけど、そうはいかないわね」
玄関に足を下ろし。
若干散らばっているガラスを、スリッパの爪先で蹴っ飛ばし。
一歩一歩、玄関に集まっている皆の下へと歩み寄れば――その視線は一斉に此方へと集まってくる。
種類は、様々だ。
強い反抗心と怒りを交えたもの。緊張の中にも僅かな勇気を光らせるもの。
困惑と恐怖に彩られたもの――それでも尚、子供達を守ろうとする意志を強く見せるもの。冷静に、かつ豪胆に状況を俯瞰するもの。そして……苛立ちに焔を燃やすもの。
「め、メイさんっ……!?」
「……なんだ、オマエは」
その目の奥の焔を――地上げ屋、辰三は此方へと油断なく差し向けてくる。その視線を遮るように、浴衣姿のラルがその間へと立ち塞がったが……大丈夫、と声をかけた。
今にも掴みかかって来そうな勢い。あの太い腕に殴り飛ばされたら、この細身では大けがでは済まないかもしれないが……深く、腹の奥にその恐怖を呑み込んで、寧ろ強く此方から睨み返してやる。
「この旅館は、ガンプラバトル世界大会の優勝賞品として、正式な契約が為された施設であり――大会の間、『ガンプラバトル倫理委員会』の預かりでもあります。このような横暴がまかり通るとは、思わない事です」
しかし。その名前が出た途端、辰三は怒りを滾らせるどころか……その厳めしい顔に、動揺を露わにした。
「なっ――倫理委員会だとぉっ!?」
「コレは、委員会の『総会長』からの書類です。私が代理として、此方にお持ちしました」
アタッシュケースから取り出したのは……母から預かって来た『書類』である。指差した場所には、しっかりと捺印迄押された、正式なものに間違いない。それを目撃した辰三のその眉間に、更に深い皴が寄った。
彼としては、恐らく悪夢の様な状況だろう。その仕事に横やりが入れられたのもそうだろうが。しかし、それ以上に……この『総会長』の名前には、思う所もあるだろう。
「ば、馬鹿な……あの、『ミヤノ・マイ』が、またっ……!?」
……さて、何時切り出すべきか。
どずん、と重たい音を立てて地面に片膝をついた辰三。ここまで感情を露わにしているのであれば、餌を撒けば直ぐにでも――
「……なぁセイ」
「どうしたのレイジ」
「ガンプラバトル倫理委員会ってなんだ?」
――ひゅぅ~……
「……れ、レイジはん、本気でおっしゃってます!?」
「おう、知らん」
「えっと、ごめんね? レイジ君と一緒で私もあんまり~……」
「あの、私も……すみません」
……思わず、眼鏡がずり落ちそうになった。
まぁ……ガンプラバトルのファイター当人ではない、関係者のお母様とチナが知らない事については、置いておくとして。アレだけバリバリにガンプラバトルをやっているレイジが一切知らない、というのは。そこの関係者として、凄い微妙な気分になるというか。
思わず突きつけた書類が、指先から抜けて何処かへ飛んでいってしまいそうになった。焦った。何とか堪えたが。
「え、えっと……ガンプラバトル倫理委員会っていうのは、簡単に言うと……あの、ガンプラバトル全体の、良い空気を守ろうって活動している組織なんだ」
「へぇー、良い奴ら、って事で良いのか?」
「まぁ、うん、雑に言えば……」
「いやそない雑に括ってえぇトコとちゃいますけどぉ!?」
……レイジのとぼけた様子、セイのちょっと困った様な喋り口調、マオの鬼気迫る表情も合わせて、最早コントだろうか、と思ってしまう。実にテンポがよろしい。
「えぇですか!? ガンプラバトル倫理委員会っちゅうのは、その名の通りにガンプラバトルの『倫理』や『モラル』を司るっちゅう国際機関なんです!」
しかし、そんなマオの真剣な喋り口調にも、やっぱりレイジの反応は薄い……というよりもピンと来ていない様子で。彼は辰三と共にやって来た地上げ屋二人が最早、若干ドン引きし始める勢いでさらにボルテージを引き上げていく。
「活動の範囲はもうそれこそ大海の如し! ガンプラバトルに関して倫理が問われる事なら広告から大会運営まで広く関わり、ガンプラバトルの選手やビルダーは勿論、腕のいい職人さんやらウチら心形流みたいな流派への保護まで行ってるんですよぉ!?」
「お、おぉ……なんか本当にすげぇな」
「そうですよ! 国際ガンプラバトル公式審判員が、ガンプラバトルにおいての『法』の番人なら、倫理委員会は『良心』の守護者ですわ! 一番お世話になるウチらが『知らん』は一番アカンのですよ!」
……そこまで詳しく説明してくれなくても大丈夫なのだけれども、と胸の中で呟きながらも。しかしながらまぁ、逆にそこまでしっかりと説明して貰えたことに対して、文句を言える訳もなく……ずり落ちかけた眼鏡をかけ直し。改めて辰三へと視線を向ける。
今ここで重要なのは……『表』で大きな権力を持つ組織が、ガンプラバトル倫理委員会である、という事実だ。
「……貴方も、その事はご存じでしょう。貴方達が行った事に関しては、倫理委員会が事実を調べてから、改めて『報告』をさせて貰うつもりです。これ以上、不利な材料を作るのは本意ではないのでは?」
「ぐっ……!」
唸り声を上げながら……辰三は明らかに、目の前の少女に対して『怯んで』いる。というより、正式に発行された倫理委員会からのその書類に対して。
知識が無ければ出来ない行いだ。実際、辰三の取り巻き二人は、マオの言葉を聞いた後でも尚、それがどうしたとでも言いたげで、深刻な表情をしていない。
それで確認は取れた――目の前の男も、間違いなくビルダー、そしてファイターとしての魂を未だに持っている。だからこそ……倫理委員会についても、しっかりと情報を仕入れ続けていると考えた方が良い。
――釣れる。
「……ですが。倫理委員会としては、貴方達の様な小悪党に睨みを利かせるよりも、大会にご協力いただいた『竹屋』さんの保護を優先したいのも確かです」
「何だと……?」
「故に――こうしませんか、『灼熱の辰』さん」
ここまでは……ほぼ、母の思い描いたシナリオ通り。
「この旅館には、ガンプラバトルのシミュレーターがあります――それを使って、バトルで決着を付けるというのは」
「……っ!」
――顔色が、変わった。
明らかに、表情が息を吹き返している。ほぼ破滅の未来が確定していた状況で、万が一にも生き残る可能性が見えて来た。倫理委員会の規模をしっかりと把握しているからこそ、このチャンスを見逃す事はしないだろう。
……ほぼ確定はしているが、しかしながら追い詰められた人間には万が一がある。故に次の釣り針は――更に奥深くまで、突き刺さる物を。
「もし貴方が勝ったなら……この旅館に二度と近寄らない事を条件として。今回『だけ』は見逃しても構いません。会長からも、そう言った指示を受けています」
「ほう……お嬢ちゃんが相手をしてくれるのか?」
「えぇ――『母』の代理として来ましたので」
……此方に向けられた、にやけたその視線が――ほんの一瞬、見開かれ。
直後……睨みつける瞳の奥に、その異名に違わぬ剛の烈火が滾り始める。
「お前……ミヤノ・マイの娘かっ!」
「どうしてこんな小娘に……という疑問の答えにはなりましたか、『灼熱の辰』さん」
「あぁ、十分に過ぎるとも――その勝負、乗った」
最早、セイ達も、取り巻きたちも、何なら本来の標的である竹屋もその関係者も、その前には映っていないだろう――無表情ながら、事が上手く運んだ事に内心ガッツポーズを浮かべてしまった。
そも、倫理委員会の名を出した時点で竹屋の保護という最優先の目標は達成できた。ここから先は、母から『出来れば』と言われていた事。そこまでキッチリとやり遂げれば、少しくらいはその負担も軽くしてあげられるかもしれない。
土足のまま、荒々しく室内へと上がり込み。辰三は此方を見下ろすと共に、その睨みつける視線に怒りの焔を纏わせた――ぎり、と。拳を握りしめる音が、聞こえてくる様だった。
「あの日の屈辱、ここで晴らさせて貰うぞ小娘……っ!」
「私も世界大会を控えた身です――そのレベルを、肌で感じさせて貰うとしますよ」
うぉおおおおビルドファイターズにあっても不思議じゃない組織を一つまみ!!