遊戯王 ビルドモンスターズ 作:最近の虫野郎
「――連絡は取ったわ。近くの支部の『倫理委員会』が迎えに来るから。それまで大人しくしていなさい」
「……」
……とは言ったものの。正直周りに警察などが詰めている訳でも無し。
万が一にも抵抗する素振りを見せられたら、この中で唯一の男手であるラルに対処をお願いするしかなかったのだが……抱いていた不安とは裏腹に、部屋の隅に力なく据わり込んだ辰三からは、反応は全く帰ってこない。
どころか、俯いたままで。ピクリとも動かない。先ほどまでの気勢も何もかも、すっかりと消え失せて……燃え尽きてしまったかのよう。
「……あの、聞いてる?」
少し心配になって、手を伸ばそうとした所で――伸ばした方の肩へと、ポンと大きな手が置かれる。後ろを振り向けば……何時の間にか背後に立っていた浴衣の姿のラルが、黙ってメイへと首を振っていた。
「メイちゃん、放っておいてあげなさい」
「でも……」
「今の奴にとっては、君の言葉は呪詛にしかならない」
そう告げられ。改めて、メイは座り込んだままの辰三へと目を向ける。
話自体は、聞いていた。けれども……それは、辰三との戦いと、その後の母の引退に至るまでの、あくまで断片的な事だけ。
母と彼に、何があったのか。娘の彼女は、詳しくは知りえない。それでも――戦いの最中、ずっと此方へと向けられていた……その激情を。嫌でも感じさせられていた。
忘れた事などない。ずっと、オマエを。
そう……母に向けて、叫んでいる様ですらあった。
「……ラルのオッサンの言う通りだ。言っても無駄ならほっとけ。それに、ロクでもない事してた悪人だ。心配する必要もねぇだろ」
「せや、ええ薬とちゃいます?」
少し呆れた様子のレイジとマオの言葉も、最もではある。
辰三は、確かに犯罪者で、悪人で、落伍者。それは、メイも意見を翻すつもりは微塵もない、確かな事実ではある。
「……」
……ただの犯罪者と思っていた。どうして母が気にかけるのかとも思っていた。
ただ、こうして出会って、戦って、分かったのは――辰三という男の、ガンプラに対する姿勢だった。
「……女将さん」
「は、はい」
「すみません。宿の一室を、貸していただけませんか」
「それは構いませんけど……何を?」
だから……これは、そんなたった一つの『事実』から目を背けられない。頑固な自分の我が儘である。
「――彼と、サシで話がしたいんです」
……結局。
メイの突然の提案は、紛糾に紛糾を重ね。
大人としてラルが。疲れた女将さんの代わりにミサキが。そしてミサキを一人で(一人ではない)行かせられないとマオが。同行者として名乗りを上げ。そこにメイを加えた計四人で、辰三と話をする事となった。
地上げの影響で手入れが追い付かず、微妙に埃っぽくなっていた部屋。軽く掃除や空気の入れ替えを行ってから、その中心で。メイと辰三が向き合い。後ろに、同行者の三人が控えている形になっている……が。
「……すなよセイ……」
「僕じゃ……母さんが……」
「あんまり声出さないで……」
……聞き耳を立てている人たちは、一旦放っておく事にした。
「――辰三……さん」
「……」
この部屋へと来てからも……辰三の様子は変わりない。燃え尽きてしまった灰のままである。このままでは話を聞く事も碌に出来ないだろう。
どう切り出すか。どうすれば眼の前の男の重い口をこじ開けられるのか。
生中な言葉は傷つける呪詛にしかならない、とラルは言っていた――それならばいっそ。
「母に負けてから――貴方は、どうしてこのような道へ進んだのかしら?」
「…………? は…………あ゛?」
その呪詛で京の都でも焼いてやれば、それが感情を爆発させる火種位にはなるだろう。
自分でもド直球な一言。そして、ガンプラバトルでの敗北の後から、漸く再び開いたその口から漏れだしたのは、一オクターブも低いドスの利いた声――部屋の温度が、一瞬で二度くらい急激に下がったのを感じていた。
後ろの空気も完全に凍り付いている。分かってる。完全に地雷を踏みに行っているのは自覚がある。話をするにしてももう少し遠回りとか、そうするべきなのも。
けれどもそうするには、自分と彼の間に転がっている『爆弾』は余りにも大きすぎる。無視して会話する事は到底不可能だ。
だったらいっそ……その信管に撃鉄を入れる事で会話の起点としてやれば、話題にも困らないし、相手の『やる気』に火を入れる事も難しくない。
「メ…………メイちゃん、さすっ、流石に、そのっ……」
珍しくラルさんが物凄い狼狽えているが。ココで変に怯んでも仕方がない。それに結局の所、自分と彼を繋げるのは……彼の胸に刻まれた傷である。
現に、アレだけ意気消沈していたというのに――この劇薬一つで、辰三のその瞳に確かな光と、焼き尽くさんばかりの焔が、再び宿ったのが見えた。
「はっ、流石はミヤノ・マイの娘か。中々の度胸に、良い性格。よりにもよって、分かり切った逆鱗を毟りに来るとはな」
「どうしても疑問に思っただけ――アレだけガンプラに真摯である貴方が、この様な犯罪行為に手を染める理由がない」
「……何だと?」
――彼女の幼馴染二人にとっての『遊戯王』は、自分にとっては『ガンプラ』だ。
どこまでも真剣に取り組んで来たという自負が、辰三と戦って来た中で浮かんで来たこの事実を見過ごせ『させなかった』――ラルがここまで大切に持ってきた、辰三のアプサラスⅢへと視線を向ける。
「そのアプサラスⅢは……貴方が『かつて』使っていたもので、間違いない?」
それから顔を戻し、正面の辰三へと問いかければ……怪訝そうな顔のまま、少し間をおいて、彼は心底の苛立ちを隠そうともせず、酷く不承不承と言った様子で頷いて見せた。
「……それが、一体なんだってんだ」
「とても丁寧に、手入れがされてると思った――何もせず放っておいたなら、塗装も、プラスチックそのものも……もっとボロボロになっている筈よ」
そも、プラモデルというのは、前提としてどうしても劣化は避けられない物だ。
ケースから出さない様に、大切に保管していても……十年も経てばその美しさは失われていってしまう。放っておいたなら猶更。
そこから考えれば――戦っていた時のアプサラスⅢは、まるで『新品』の様で。
常日頃の手入れを丁寧に行い、尚且つ保存状態にも気を付けなければ……あそこ迄、綺麗に状態を保てるわけもない。
それは、辰三という男が自らの愛機への手入れを欠かしていない、何よりの証拠である。
「私は――このガンプラから、イオリ君達やマオ君、ラルさんにも決して引けを取らないような、ガンプラへの愛を感じた。」
「……」
「良い状態で保管しているだけじゃない……日々、ガンプラの改造は欠かしていなかったのでしょうね。だからこそ、私のガンプラを相手に互角に張り合っていた」
かつて世界に挑戦した頃のガンプラ――相当昔のガンプラが……今、自分が丹念に作り上げたガンプラを相手に、決して劣りはしていなかった。
ビーム兵器を主体とせず、打撃を主な武器とし。素早い動きからの不意打ち特化――遠距離からのビーム攻撃をものともせず、どっしりと腰を据えて圧倒的な火力を押し付け、近づいてくる相手を潰す為の搦め手を備えた空中要塞からすれば、屍鬼は相性最悪の相手だったと言える。
相手から見た相性の苦しさが無ければもっと……苦戦していたかもしれない。
アレだけの打撃を叩き込まれ、装甲をボコボコにされながらも。持ち主の熱意に応えるかのように、最後までアプサラスⅢは砕け散る事なく耐え抜いてみせて。そして……今も、ラルの隣で、綺麗に磨かれた頭部パーツが、部屋の電灯の明かりに鈍く光っている。
「……チッ」
聞こえて来た舌打ちには、何処か力がこもっていない様に聞こえた。
「どうして? 貴方はこんな道へと進まなくても、ファイターとして色々な後輩の道標になれた人の筈。なのに……」
……メイの視線が、真っ直ぐと目の前の男へと向かう。
今でも、こんなにガンプラへと思いを傾けられる人が。どうしてこんな事をしているのだろう。その疑問を……メイは、振り切る事が出来なかった。
辰三の瞳と、視線がぶつかる。険しい表情でメイを暫し睨みつけた男は……不意に、その眉間の険を緩めた。
視線を、窓の外へと逸らし――少し、疲れたように。自棄になったように。
「……ガンプラバトルを引退した、なんざ。言い訳にもなりゃしねぇ」
ぽつり、と。零した言葉は……酷く、静かなものだった。
「一度引退を宣言したファイターが戻って来る事は、珍しくもない。何より……あぁそうだとも、負けたままでなんざ居られねぇ。何時か必ず、再戦する機会は……きっと、来る。その時に、今度は……俺が必ず勝つ。そう意気を上げた」
かつての記憶を……自分の内で燃えていたであろう、その思いを。少しずつ、思い出していって。大切に、掬い上げるように。ぽつり、ぽつりと。辰三は言葉を紡ぐ。
しんと静まり返った部屋の中では。そんな小さな言葉も……いやに、ハッキリと聞こえる気がする。何時の間にか……辰三は、力なくへたり込んでいたような姿勢から。背筋を少し伸ばして、正座姿に居直っていた。
「一年をかけて……あの女にとっての、最大の『武器』に、対策を打った」
ぐっ、と。
辰三が、膝の上で拳を握る。
「建築業の最新技術を参考に、俺が作り上げた渾身の『耐衝撃』複合装甲……例えあの女の拳だって、絶対に一撃じゃ……沈まねぇ。自慢の、改造だった」
……改めて、アプサラスⅢを見つめる。
直ぐに合点がいった。アレだけの頑丈さは……元々、大会への対策というよりも。彼にとって待ち焦がれた、たった一戦を見据えての物――
「……その頃だ。奴が本格的に、倫理委員会の仕事を始めたと風の噂に聞いた。柄でもねぇくせに、講演なんざやってると聞いて……少し、揶揄いに行ったつもりだった」
膝の上で形作られた拳が。一際強く、ぎり、と。握りしめられたのが分かった。
爆発しそうな程に、その声には強い、情念が籠っているのに……俯いたまま震えだしたその大柄な身体は、なんだか少し、小さくなっているように思えた。
……今、目の前で情けなく涙を流してたりしないのは。
辰三の、悪党としての最後の矜持だったのだろうか。
「そこで、説明の為に置かれたガンプラを見て、愕然とした――奴は、大会で使っているのとは、
……知っている。
「倫理委員会の仕事は……激務だ。その間にも……奴は、新たな、武器を……」
知っている。
母は、律義な性格だ。講演の為にというのもあるが。引退した後にも、嘗ての愛機を使い回すという行為に、少し気が引けていた――故に、『自分のガンプラをお休みさせたい』からと、激務の間を縫って……作り上げた。
自分でも納得できるレベルの、新しい相棒を。
母の嬉しそうな笑顔を、覚えている。これで、あの子をちゃんとお休みさせられる、と自分に笑いかけてくれた事を。
「……差を、見せつけられた、気がした」
……単に凄い事だ、と喜べていた小さい頃。でも、今は少し違う。
自分にとっても、大きな先達の母。そんな彼女の輝かしさが……しかし、必ずしも誰かを救ったり、勇気づけたりとするばかりではない。
「どれだけ……追いつこうとしても……軌道線上に……奔る、幻影を……俺は、捉えられない……そう、言われている様な、気がした」
今、目の前で力なくメイの質問に答える男は……確かに母の輝きに、心を折られた人間のひとりだった。
割とこういう理由が切っ掛けで引退したり、歪んじゃったファイターって居そうですよね。