遊戯王 ビルドモンスターズ 作:最近の虫野郎
辰三が――ゆっくりと、顔を上げる。
「……貴様に勝てば、何か変わると思っていた」
瞳に浮かぶ……その、深い諦観が。
一度はその身体に宿った焔を、再び、ゆっくりと、鎮めて行くのが分かる。一度、逆鱗を踏んで尚……その頃の想いを引きずり出しただけで。容易く、焔は消えていく。
「が、戦ってみればこのザマだ……あの頃に、ファイターとして貴様の母親に挑んでいても結果は分かり切っていたか」
何処か、捨て鉢に。ヤケクソ染みた言い方で、此方を見つめながら……辰三はくつくつと嗤った。しかしそれは……目の前にいる因縁の女の娘を見ながらも。まるで、自分自身の事を嘲るような笑い方だった。
一つ、小さく。ため息を吐いて。そこから何かが『抜けていった』様な雰囲気。
「……同情出来る様な話の一つでもあると思ったか?」
「……いいえ」
「そうか……まぁ、こんな旅館を脅す様な人でなしのゴロツキの人生なんてのは、こんな物だ。人生の先輩からのご講釈は満足いったかよ、小娘」
……威圧的な態度は、何処かわざとらしさすらも感じさせられる。掌を返すように、同情を誘おうとするでもない。やろうと思えば、背後の全員のお涙頂戴を狙う事も出来た筈だろうに。ただ一点……目の前の少女に向けて、弱々しく牙を剥く。
メイは――そんな辰三へと。ただ、静かに頷いてから。ありがとうございました、と。
そう口にしたのを聞いてから。少し鼻を鳴らし、辰三は……初めて、背後に控えるラルの方へと向き直った。
「……ラル大尉」
「なんだ」
それから……正座を崩さぬまま――背筋を伸ばして、ゆっくりと頭を下げた。
「勝手ですが、そいつを……俺のガンプラを、お願いします」
「……分かった。大切に、預かっておく」
ラルがそう返したのに対して。辰三は何処か――申し訳なさそうに。『ありがとうございます』とだけ告げてから……ちらりと窓の外を見た。
聞こえたのは、車のブレーキ音。メイも少し背伸びするようにして外を覗けば、宿の前に停まった車から、委員会の人と警察官が何人か降りてくるのが見えた。
辰三はそれを確認してから、自ら腰を上げ。
メイに……というよりは、背後のミサキたちへと向けて、ゆっくりと頭を下げた。
「今更だが……すまなかった。もう二度と、アンタ等の前に姿は現さねぇ」
その謝罪と共に、辰三はラルへと一声かけて……そのままラルに連れられて、部屋を後にする。先ほどまでの様な、燃え尽きた、と言った感じではなかったが、しかし。ただ、少し背を丸めたまま。何も言わずに静かに宿の鴨居を潜る姿は、最初の頃の凶暴な犯罪者という印象からはかけ離れたもので――
「……なんやねん。急にしょぼくれおって」
マオの、何処か不満そうで……少し困惑した様な、そんな声が聞こえる。
振り返った先で、ミサキは少し複雑そうな顔をしながら立ち去っていくその背中を見つめている。例え、自分達の生活を脅かした犯罪者と言えど、同じ様に苦悩して生きて来た人間であると分かってしまったが故に、だろうか。
伸ばされた手が……何処か不安げに、隣のマオの手を握ったのが見えた。
「……大丈夫や。もう、大丈夫やでミサキちゃん」
「……うん」
そんなミサキの手を……ゆっくりと、マオは握り返す。
あの男から無理に話を聞こうと言ったのは自分だ。責任を取って何かしらのフォローを入れるべきだったか、と思った所だったが……どうやら珍庵の後継者の少年は、想像以上に漢気に溢れていたらしく。これなら、ここは任せても大丈夫だろうか――と
「――ごめん、イオリ君。レイジ君。ちょっと跨ぐわね」
「えっ――うわっ!?」
「っぶねぇ!?」
部屋に入るかどうするかを悩んでいた二人を跨いで、玄関へと降りていく二人を追いかけた。聞くべき事は、まだ残っている。
……丁度、辰三とラルは階段を下り切る直前だった。その背に、声をかける。
「――待って」
「……何だ」
「『Gシステム』――今、何処に置いてあるの」
その問いに。辰三は振り返る事もせずに『自分の事務所だ』と素っ気なく答え。それから再び、玄関へと歩いていく。
携帯の電源を入れ、チャットアプリを起動――『二つの部屋』にメッセージを入力してからすぐに閉じた。これで……『緊急』の件も含めて、自分の仕事は全部おしまい。明日にここから帰るまで、旅行を楽しめばいい。
辰三は――後は、自分次第だろう。
「全く……『ギリギリまで見極めろ』なんて。無茶言うんだから、お母さん」
「――降りろ。ここで乗り換えだ」
「……あぁ?」
そう言われ。思わず、自分の傍らを固めていた警察官に怪訝な視線を向けてしまった。
妙な事を言う。このまま、最寄りの警察署にでも連れていかれると思ったのだが……こんな人気も無い海岸付近で、乗り換え。護送車でも態々持ってきたというのか。
ここまで委員会の車で運んで来たというのに……ご苦労というか。
まぁ、別に何でもいいか――そのまま、言われるままに車を降り。背中を押され。
そこで初めて目に入ったのは、近くの路肩に停められた一台のパトカー。一般に使われているのとは違う、大分スタイリッシュな高性能車の様だ。
「こんな辺鄙な田舎にしちゃ、贅沢な迎えだな」
「……良いから乗れ」
ばし、と背中を叩かれ。はいはいと開けられた扉を潜り、改めて座席に腰を下ろす。
扉が閉じられる音と共に、そのまま体を預ければ……背中が沈み込むような心地の良い感覚。流石に高級車、シートの座り心地も中々と言った所か――
「――元気そうね」
「――っ!?」
助手席の方から聞こえて来た声に、喉の奥から悲鳴が漏れそうになった。
「なんて声を出してるの……大の大人が」
少し低め声。その内から滲み出て来る、聞いているだけで此方の背筋を正していくようなこの苛烈さは――聞き間違いようもない。ねばついた、酷く嫌な汗が、こめかみを伝っていくのが分かる。
講堂で聞いたあの声。決着の後の挨拶。戦う前の、あの……遡っていく記憶が、頭の中で渦を巻き……視界がぐらついていくような気がする。
その中で。助手席のシート越しに、此方を見つめる。刃の様に鋭い瞳。
娘と似た顔立ちではあるが……しかし、迫力は段違い。相も変わらずの形相は、パンツスーツスタイルへの『戦う社会人』という形容に『(物理)』が付いて来そうな武者の如きソレ。
「なんでテメェが此処にいやがる――ミヤノ・マイ!」
「……随分な言い草ね」
ガンプラバトル倫理委員会が『総会長』の地位に座る女――辰三にとっては、思い出したくも無い、苦い記憶の中核を成す人物であり、忘れられない仇敵。
もう二度と会う事も無いだろうと思っていた所だったというのに――そんな苛立ちも込めて怒鳴りつけても。まるで鋼の如くマイは小動もしない。
「……考えりゃおかしな話だ。あの娘が、警察ではなく倫理委員会の方に連絡を取って。そしてそれに呼応するように、倫理委員会の連中まで来た――お前の指示か」
「えぇ。支部の人達の目的は『Gシステム』。アレは少し、『きな臭い』噂があってね。出来ればその筐体がサンプルとして欲しかった」
あくまでも静かに。マイはそう言葉を返して。けれど、と。言葉を繋げる。
「私の目的は其方ではない」
「何だと?」
「ガンプラバトル倫理委員会は、道を外れたファイターの更生も行っているの。知らない訳でもないでしょう――『灼熱のタツ』」
振り返り向けられたその視線は。苛立ちを隠しもしていない辰三の瞳を、恐れを知らぬかのように真っ向から覗き込んでいる。
相も変わらずだ。
その戦い方からして、相手と小細工無用の真っ向からの『どつき合い』を一番のファイトスタイルとしていたクソ度胸と、鋼の如き強い芯が無ければ、倫理委員会の長など努めていられないだろう
「……バカな、俺は今から取っ捕まる身だぞ。このタイミングで俺と顔を合わせてどうなると言うんだ貴様!」
「更生の方法は、何も真っ当な手段だけじゃない、という話――倫理委員会の人手が不足に関しても解決する為の、一石二鳥のやり方があるのよ」
――そして。
それだけ強い芯を持っていなければ……こんな提案は絶対に出来ないだろう。
何の躊躇いも無く吐き出されたその一言に、思わず二の句が詰まってしまう。
運転席に視線を向ければ……そこに座っているのは、分かりやすい制服を纏った男性の警察官だ。間違いない。しかし、男は今の話を聞いてもまるで反応する様子が無い。
聞こえていない訳がないだろう、と成れば……
「……話は通ってるってか」
「えぇ――先に言っておくけれど、貴方が私の提案に乗って、『仕事』をしたとしても刑務所に送られる事には変わりない。その代わり、貴方が外へ出て来た後の仕事は私達、倫理委員会が責任をもって斡旋してあげる」
もう一度ちらりと警官を見ても……やはり、何も言わずにハンドルを握っているばかりで何も口にしない。
……成程、感嘆するレベルの細やかな手回しと言って良い。あくまで、刑期が終わった後の仕事の斡旋をする、という方向なのも倫理委員会らしいやり方か。
倫理委員会の長として、正しくやり手と言うしかない仕事ぶりだろう。
「……俺が本当にそれを受けると思っているのなら。随分とおめでたい頭になったな」
しかしながら……我が事ながら、ここまで心が躍らないとは思わなかった。
普通の犯罪者であれば、それこそ刑期を終えた後の保証が出来るという提案に、一も二もなく飛びついているだろうが。
自分にとっては、どれだけありがたい提案であっても……目の前の女からの施しと思っただけで、反吐が出そうになってくる。
「断るに決まっている――話は終わりか」
「……全く、頑ななこと」
「貴様ら……いや、貴様の施しを受ける位なら、一生刑務所にでも入ってた方がマシだ」
……身勝手な恨みではあるのは自覚している。
しかし、嘗ての挫折の原因から手を伸ばされ、そしてその手に縋って立ち直る等と。それが一人の元ファイターとしてどれだけの屈辱か。せめて……その手を払いのける程度の意志を見せなければ。
自分に……ほんの少しだけれど、残っていたものすらも――
「随分と恨まれたものね」
「……」
「敗者としての……それ以前に、ファイターとしてのプライドかしら」
夕日が沈む海岸に視線を向けながら、ぽつりとマイは『それも当然か』とだけ呟いて。
此方は明後日へ視線を逸らしてだんまりを決め込んで。無事にブタ箱にぶち込んで貰えればそれでいい――そう思っていたのだが。
「けれど、そんなファイターとしてのプライドが、まだあるのなら――受けた方が良いわ」
「何……?」
ミヤノ・マイは……やはり、揺るがず。気まずい無言の時間になりそうな空気すら、自分から打ち砕いて見せた。その上。次いで口にしたのも――想像だにしていない様な一言。つい返事をしてしまった。
「貴方が相手をする事になるのは、世界のトップクラスになる事が『確定している』ファイター。彼女との戦いを経験すれば間違いなく貴方は『強く』なれる」
「意味が分からん。それが、何故俺が受ける理由に――」
「――私に勝ちたいのでしょう」
――ずぐり、と。
酷く深い所を、刃で抉られたような感覚がした。
彼女の娘にも、旅館内で同じような事をされたのを覚えているが。しかしながら――当人にされると、『ここまで』違うとは思っていなかった。
「貴様っ……!!」
「あら。そんな顔をしなくても良いじゃない――私が貴方相手にそんな甘い『情け』をかけると思ったかしら。其方こそ、随分と温くなったのではなくて?」
心外、と言ったように此方を見つめてくるマイ。
口元が――これ以上ない程に吊り上がる。笑みを形作る。愉快な訳がない。むしろその逆だ。臓腑が焦げついていくような感覚すらしてくる。いっそ悲鳴すら上げたい程だ。
一周回って、最早笑う事『しか出来ない』。
こめかみに走った青筋とは裏腹に……否、笑顔とは本来攻撃的な物である、とは誰が言った言葉だったか。ある意味、合っているのかもしれない。この表情が一番。
咬み合わせた歯が軋む音を聞きながら。シート越しに此方を横目で見つめるマイを強く強く、睨みつける。
「あ゛ァ゛……泥ではなく、顔面にクソをぶちまければ、挑発に乗ると思ったか。はっ、頭の良い事だな、大正解だよミヤノ・マイ……っ!!!」
他人に言われたからこそ。自分の下らない生き様を、嫌でも客観視出来た。いい加減自分という人間の潮時はこの辺りではないかと、あの頃の青臭い思い出と共に、落ち着いて考える事だって出来た。
だが……今は、その真逆だ。
千の言葉よりも。そのたった一言が。こうして、胸に火を点ける――いや、腸の中を恨みの焔で埋め尽くす。
「私も、嘗ての様に禍根を残すのは本意ではありません――今度は、改めて完璧に叩き潰します。その上で、しっかりと更生を促しますので」
『お互いに禍根の残らない様に――全力で、叩き潰します』
脳裏に鮮明に蘇って来るのは。かつての敗北の頃の記憶。冷たく、歪まない鋼鉄の瞳。
「良いだろう……貴様の思惑に乗ってやる。お前に勝った歓喜と共に獄門の中で高笑いを上げてくれるわ……っ!!」
今――あの頃のまま、そっくり向けられたその視線を受け止めながら。辰三は掌を強く握りしめる。潔く『最期』を決めた筈が……その蓋の下から噴き出した溶岩が、男の内を灼熱に焼き尽くしていく。
掌で踊る事になったとしても。
ここで下がる事だけは、出来なかった――
クソ難産で草ァ!!
次はサクッと……サクッと……書きたい……(希望)