遊戯王 ビルドモンスターズ 作:最近の虫野郎
「はいという事で、第一回、イオリ・セイ先生に学ぶ、猿でも分かるプラモデル塗り講座、はっじまーるよー!!!」
「いぇええええええええええぉおおおおおああああ!!!!」
「……い、いぇーい?」
僭越ながら音頭は俺が取らせていただいた。
そうだ。
今、我ら三人の目の前に屹立するは、組み立てたプラモデル二つ……ブルーアイズとエクゾディアの二体だ。今から俺達が挑戦するは――このプラモデルを色塗りする……その前段階! 塗装についての最低限の知識の習得!
後ろには今日の為に買っておいたホワイトボード(中古品)が一つ。かなり気合入れて興に臨んだ。
当然も当然、我ら素人なのは承知も承知。
されども俺達は……後攻引いてしまった時の手札に来てくれた『拮抗勝負』に匹敵する程の、力強い味方を引き入れることに成功したのである。
「今日はこちらの二体のプラモデルを塗装する為の基礎を、此方におわす、プラモデル……と言うかガンプラの専門家である、イオリ・セイ先生をお招きして、学んでいきたいと思います!!」
「はい拍手!!」
「え、えっと……ぱちぱち……?」
そうそれこそ――目の前の机の奥、胡坐書いて拍手喝采しているリュウザキの隣に正座で座っている青い髪の小柄な少年。
「一応、模型屋でも自己紹介したけど……改めて。俺はマリク」
「リュウザキや!」
「「よろしくお願いします! 先生!」」
「い、イオリ・セイです……」
イオリ・セイくん……否、イオリ・セイ『先生』である。
彼は、俺達が通う『私立聖鳳学園』に入りたての中等部の一年坊で、俺達の二つ下に当たる少年なのだが。ガンプラ通の委員長をして『模型部に勧誘したい大型新人』と言い切れるほどにガンプラについては詳しい、らしい。
『ちょっとした選手権で見かけたことがあるのだけど……ビルダーとしての腕は、間違いなく一流以上だと思うわ』
との事らしい。委員長は、間違いなく俺の知り合いの中で一番ガンプラに詳しい。その彼女が太鼓判を押す少年……正に、ガンプラと言うかプラモデルに疎い俺達にとって黄金の果実にも等しい人物だ。
そんな彼を、我が家の客人にして『師匠』として、お招きする事が出来た。
俺達にとっちゃ、塗装と言うもの全てが未知数。何が間違っているのかすら、満足にはわかりゃしない。今の俺達が、一刻も早く次のステップに上がるために必要としていたのはそう――『師』だ。
『――と、塗装について教えて欲しい?』
『そうだ。頼めねぇか……いや、お願いできませんか、イオリ『先生』!』
『先生!? えっ!? あえっ!?』
俺は、イオリ・セイ先生にその可能性を見出した。ので、店の中で熱烈歓迎した。手を握りしめて。あう、とか。あの、とかしか言えない先生に拝み倒して圧し切った。
後から考えると告白したみたいだった。イオリ先生がなまじサイレント・マジシャンみたいな可愛いタイプの男子だったからその景色を後で思い出し、部屋のベッドの上で膝をついて崩れ落ちた。
……まぁ、そんなどうでもいい悲劇は置いておいて。
「あ、あのー、お招きいただいて、ありがとうございますとか、お土産とか、あの先ずは、改めて話をぁぁぁぁぁああああ」
「そういうのは! 取り敢えず! 後で! お聞きしますんで!」
「お、〇屋の羊羹。美味しいんよなーコレ」
時間が惜しいので。若干、まだ戸惑った様子の先生の背中をグイグイと押して、ホワイトボードの前へと誘導し、位置に着いてもらってから……俺は入れ替わりで、イオリ先生が座っていた位置、リュウザキの隣に移動して、席に着いた。
イオリ先生としては、一旦落ち着く時間が欲しいのだろうが。しかしデュエルに置いて相手に体勢を立て直す暇を与えるのは愚行だ。一度攻めると決めたならば、そこでキメるのが一流である。残念ながら、このまま押し切らせていただく。
「あのー、そのー……本当に僕で良いんですか? 一応、ガンプラにはそれなりに詳しいんですけど……人に教えた事なんて一回もないんですよ」
「何言ってるんだ、アンタがいいんだよイオリ先生!」
自信なさげに此方を見るイオリ先生……だがしかし。残念ながらその反応をするのが数日遅い。最早事ここに至って俺達二人はイオリ先生を逃がすつもりもない。
当然ながら……委員長から聞いた評判、という前提も、ある。あるのだが……しかしながら。
彼は、あの模型屋で『店員』として仕事していた。
しかも、あの時に関して言えば、一人で。俺達よりも二つ小さい少年が……つまりはだ。若いながらも、ああして店番を任せられる位に、ちゃんと接客が出来るのだ。お客に説明出来るだけのコミュニケーション能力があるという事だ。多分。
それに、俺達に塗料の使い方の実演をしようとしていた時のイオリ先生は……まるでそれを至極当然の様に口にしていた。意気込むでもなく、得意げにでもなく……ごく自然にである。
彼にとっては、塗料の扱いは『慣れたもの』で、特技とすら思っていない。それくらいに経験を積んでいる、という証拠なのではないだろうか。
ガンプラについて詳しい事はほぼ間違いなく、その中でも塗料の扱いに関しては、素人目では『玄人臭い』と判断できた。
ちゃんと此方に説明できるだけの能力は揃っている……即ちは、教師役としてかなり相応しいのではないか、と咄嗟に判断した。
「自分の目で見て『この人なら上手に教えてくれるかもしれない』と、自らのデュエルタクティクスで判断した事だ。悔いも無ぇよ」
「俺は判断してへんけど……まぁマリクがそこまで節穴とも思えんし?」
「うぅ……強い……」
最早、どう口を開こうと逃げられないと悟ったのだろう。観念したように肩を落とすイオリ先生。
「……うぅ、分かりました。えっと、じゃあ……このホワイトボード、使って大丈夫なんですよね?」
「おう。好きに使ってくれ」
そのまま、ホワイトボードに向き直って、こちらに肩越しに振り返って、ちょっと自信なさげに見ている。
それを確認してから二人して、買ってきたノートにシャーペンを構える。普段の授業以上に真剣に聞けるかもしれない。
これも俺達の組み立てた遊戯王モンスターたちに命を吹き込むため。その為の試練であれば、多少の苦労はどんとこい。この勝負、遊戯王スイッチの入った俺達に負けは無い!
「……それじゃあ、先ず塗装に使う道具とかから、説明を始めていきますけど、良いですか」
「「ウス!」」
「えっと、じゃあ先ずは――」
「ふぅ……取り敢えず、こんな感じで――お二人とも、どうかなっていやぁぁああああ燃え尽きてるぅウウウウウウ!?」
「「――」」
イオリ先生には勝てなかったよ……先生はこっちみてムンクみたいな姿勢になってるのにな……どっちが負けたのかこれもう分かんねぇな……
へ、へへっ……シモッチバーン並に焼き尽くして来るじゃあねぇか……まさか、俺達がここまでライフを削られるとはよ……
「見ろよ、リュウザキ……ボードが黒くなってるぜ……」
「へへっ、何言ってんのやマリク、ありゃあイオリ先生の書き込んだ文字やないか……」
「おぉ、そうだな……俺達のノートも、あのレベルになってるな……」
そう。
イオリ先生がホワイトボードに書き込んだ、『塗装』という事に関する情報の圧倒的な物量は、差し詰め理想の手札から一切の妨害無しに周りに回ったBFか、はたまた悪名高い全盛期の六武衆か、さもなければ芝刈りの通った六十枚デッキのティアラメンツか。
スラスラと淀みなくホワイトボードに文字を書いていくイオリ先生。おお、やはり俺の勘は間違っていない。これは間違いなく有意義な時間となるだろう、等と無駄にカッコつけながらその景色を見ながら板書を行い――しかし、その文字の量が、ノート一ページ分を優に超え始めた辺りで、漸くその異変に気が付いた。
……そして、そのままイオリ先生を止めるタイミングも意外と見当たらず。
只管にイオリ先生が書き上げていく文字を追いかけた結果として……この、机に突っ伏してダウンした、哀れな敗北者二人が出来上がった。
「ご、ごめんなさい。出来る限り簡潔に伝えようと、思ったんだけど……」
「おい聞いたかリュウザキ、簡潔に書いてこれだってよ」
「ジョークだと思いたいがなぁ……」
しかし。
俺達の事を心配してくれる目の前の誠実な少年が、そんな笑えないジョークを今挟むとは到底思えず……即ちは、この全てが『塗装』と言うモノを学ぶのに最低限必要な知識である事に、疑う余地はないという事だ。
「コレが……コレがガンプラと言うモノの業か……!」
「いやそんな大げさなつもりは無いんですけど……」
取り敢えず、体を起こしながら……イオリ先生に向き直る。板書は終わった。そしてまずやる事は……ちらりとノートを見つめる。
エクゾディアとブルーアイズを完成させるため。その一念で書き切った板書。しかしながらただ書いていた訳ではない。その端には……幾つかの質問事項もメモしてある。
「はぁ……取り敢えず、休憩がてら、質問いいすか」
「あ、はい。えっと、どの辺り?」
「えっと、ノートのここで……そうそう、ここで――」
……そう。
前提として。ただ板書に書かれただけなら、俺達は『どう質問して良いのか』すら分からなかったが……しかし。
イオリ先生は、その経験に基づいての、分かりやすい例や、具体的にどうすればいいかをちゃんと説明してくれたから……『分かる所』と、『分からないで質問すべき所』が、ちゃんと頭の中に浮かんで来た。
びっくりするのだが……アレだけガッツリと書かれていて、割と詰め込みペースだったにも関わらず……知識が頭に入っている。
例えば……塗料に様々な種類があって、その用途と言うのは、色乗りだとかの見た目だけではなく、パーツによって相性がある、という、プラモ素人からして見れば寝耳に水な新事実も、何とか頭に入っているのだ。
それは間違いなく、プラモを作っていた時の経験則……それこそ、色塗りの『失敗談』まで交えた、イオリ先生の具体的な説明だからこそ、よくわかったし、すぅーっと俺達の頭に染み込んできたのだと思う。
ド素人の俺達でも分かる。ポンポンと飛び出すイオリ先生の経験の数々。それはどれだけ目の前の少年が、ガンプラってもんに熱中して来たかの証拠だ。遊戯王とガンプラ……道は違えど、彼は俺達と同じ『馬鹿野郎』だ。
「へへ……イオリ先生」
「は、はい」
「アンタに頼んでよかった。無茶なお願いしたとは思うが……すまねぇ、もうちょっと面倒見てくれねぇか」
そんな尊敬できる『馬鹿野郎』に敬意を込めて、一つ頭を下げた。
「――いやいや! ガンプラの事を知りたいっていうなら、教える事は全然。先生なんて呼ばれるのが、ちょっとってだけで……あはは」
そんな俺に対し。イオリ先生は、鼻の頭をちょっと照れ臭そうに指先で掻いてみせながら、そう返してくれた。
もう一つ。この少年は、間違いなくお人よしで、善良だ。俺達みたいな面識もなかった奴らの頼み込みに折れてしまって、その癖、頼まれた事はここまできっちりこなしてくれる。
知識も、そして……人柄も。どっちも、間違いなく信頼できる。
「……よし! イオリ先生、この後はアンタの家に向かいたいんだが、良いかい?」
「え? うん、それは大丈夫、だけど……どうして?」
「何言ってんだい。アンタのご実家で塗料を買い込みたいんだよ! やっぱ、知識だけじゃなくて実地もしないといけないからなぁ」
「お、せやな。先生が折角ご指導してくださった事を活かさんといかん! バンバン金落としたるさかい!!」
「――あっ! えっと、了解! まいどあり!」
その誠実さには、彼の実家に金を落とす事で返す事にする。こんな人がいる店だ、とても信頼できる。きっと塗料に関しても良いものが揃っているだろう。
ラッキーだった。良い教師に、信頼できる店。素人の俺らに取っちゃ、灰流うらら、増殖するGにも匹敵する大きな宝を、二つも手に入れられたのだから。
「せっかくだ。先生おすすめの塗料、紹介してくれないか? 折角買うんなら、イイものが欲しいからな……よろしく頼む!」
「わかった! 任せて!」
にっこりと笑うイオリ先生に、釣られて俺達も笑う。
いきなりで、無理矢理で。それでも何とか繋げた縁。ガンプラ世界大会出場への道のりは何とか、頓挫せずに済みそうだった。
こうして、イオリ・セイ先生という強い味方を得た俺達、マリク、リュウザキコンビ。
しかし、イオリ先生の指導を経て、塗装と言う山をひとまず制覇した俺達は再び知る事になる。ガンプラ世界大会への出場を目指すという事が、俺達の想像を遥かに超えて、長く険しい道である事を……
実際ビルドファイターズの中で誰が一番教えるの上手そうかって、イオリ君かラルさんの双璧がまずトップに来ると思うんですよね。