鐘が鳴り響いた
顔面蒼白で人々が逃げ惑っている。
そして遠くでは怒号と悲鳴が聞こえる。
「冒険者は至急組合へ!!一般市民は壁内へ急げ!!荷物は持つな!衛兵隊は墓地へ急げ!」
馬に乗った兵が叫ぶように声を荒げる。
「何かが起こっているようですね、冒険者は組合へとの事です。急ぎましょう!」
一行は人の波に逆行し、組合へ走る。
組合に辿り着くと無数の冒険者達は皆顔を青くし静粛が場を支配している。
負傷した者もおり、血を流す者、包帯で巻かれている者、天井を仰ぎ見て何かブツブツ呟く者。
皆疲弊と絶望の顔をしている。
静粛を破り、口を開くのはアインザックと呼ばれる組合長。
彼の顔色も良くない。
「…時間がない。状況は分かっていると思うが、簡単に今一度説明する」
聞いた話だと墓地でアンデッドが発生。
それ自体は珍しい事ではない。が、今回は異常事態だという。
墓地の壁が突破され、近くに居た冒険者達も迎撃に向かったのだが、
住民にも多少の被害が出ており、家具等を使用し簡易的な壁を作り防衛しているが時間の問題だという。
「以上が現状だ。衛兵により住民の避難は行っているが完全ではない」
「諸君らにはすぐさま迎撃に出て貰いたい。低位のプレートの者は衛兵と協力し
「銀以上のプレートを持つ者は
「ミスリル級が不在なのは痛いが…そうも言ってられん!私も戦う!今こそ冒険者としての力を奮ってくれ!」
──以上だ!行ってくれ!
恐れの表情を持った者、使命感に駆られる者、自己利益を計算している者
様々な感情を持ちながら冒険者達は街へ飛び出していく。
・
どうして…こんな…。
家の隅で震える夫婦は絶望の表情を浮かべる。
家の外には数え切れない量のアンデッドが衛兵に──衛兵だったモノに群がっている。
壁一枚の向こう側から肉を租借するような音と鉄をひっかくような音がする。
どうして…私達が何をしたというの…。
ドンドン!
「ヒッ…!」
扉が叩かれる音がする。
何かが扉を叩いている。死の音がする。
思い返せばあまり幸せとはいえない人生だったかもしれない。
生まれ、畑を耕し、収穫物を収める。
誕生日には小さな焼き菓子を作ってもらった。
そして隣の畑の子と恋をし、夫婦となった。二人で少しずつお金を貯めて家を買った。
家と言えば聞こえが良いが、小さな小屋のようなものだ。
不便だったが幸せだった。日々の小さな幸せを神に感謝した。
何時かは子供が欲しい。そんな話をした。できれば娘と息子が一人ずつ。
だから仕事も今までより頑張った。お金を貯めた。
そして、やっと授かった。嬉しかった。
子供に付ける名前を考えた。やっと幸せをつかんだ。そう思っていた。
──バキバキバキ
扉が開き、
──え?
瞬きをした時、
代わりにそこには、女神が居た。
私にはそうとしか思えなかった。
美しい銀色の髪、染み一つない美しい服。見た事もないような整った顔立ち。
美しく光る赤紫色の瞳。
「こっちにもおったぞ!ん?そちら番かや?番であろう!?安心せよ、此方が守ってやろうぞ!」
──何を言っているのかよく理解できなかった。
ただ、守ってやる。その言葉だけは理解できた。
彼女が笑顔で放ったその一言。力強いその言葉。
安堵が押し寄せ大粒の涙があふれ出る。
「かみさま…」
気が付くと口からその言葉が出ていた。
・
──少年の人生は酷い物だった
母は幼い頃に死に、父は酒に逃げ暴力をよく振るった。
一生懸命働いても父の酒に消え、いつもお腹を空かせていた。
友達はいなかった。遊ぶ暇なんてなかった。少しでも働かないと生きていけなかったから。
そんな父も去年徴兵されて死んだと聞いた。ざまぁみろ!そう思った。だけど少し寂しくもあった。
パン屋のおじさんが雇ってくれた。
盗みを働こうとしたが捕まって、事情を知って助けてくれたんだ。
この世は糞だ!そう思っていた時期もあった。でも、そんな中でもいい事もあるんだなって。
そう思った。いい人も世の中にいる。そう思いたかったんだ。
だけど、違ったのかもしれない。
おじさんは俺を庇って…化け物から何か悪い物をもらったんだ。血を吐いて動けない。
必死で助けを求めた。でも誰も足も止めてくれない。こちらを見てすらくれない。
この世は糞だ。
おじさんを必死で店まで引きずった。
悲鳴が聞こえる。こわい。でも少し違う。おじさんが目を空けてくれないのが怖い。
おじさんは俺が初めて作ったパンを食べて笑顔で不味いと言った。
だから、おじさんが美味しいと言ってくれるようなパンを作りたかった。
こっそり何度も練習した。上達した。後で食べて貰おうと懐に入れておいた。
おじさんはもうパンを食べてくれないだろう。
懐から手に取ったパンを見て、涙が出た。
──グゲゲ
扉から
酷い臭いがする。死ぬんだ。でもおじさんだけは生きてほしい。
そう思いながらおじさんの顔を見つめる。
最後くらい、本物の父さんのようなおじさんを見ていたかった。
パシャッ
…冷たい。水?
顔を上げ、目を見開いた。
僕らの前に水の膜のようなものがあり、
「まにあった」
小さい女の子が浮いている。
羽衣のような…綺麗な服を着た、僕よりずっと年下の小さな女の子。
おじさんを助けて!そう叫んでいた。こんな小さな子に。自分でも不思議だった。
「こっちの人は…異物が混ざってる。たぶん毒。長くはもたない」
おじさんを見て少女が言った。
お願いします。!助けてください!何でもします!
大切な人なんです!世界でたった一人の、大切な──
年端も行かない少女に頼み込む。馬鹿げているだろう。しかし気が付いたらそうしていた。
少し悩んでいるように見えた少女だったが、抱えていたパンを指さした。
「それ、ちょうだい」
意味が分からない。何故と思いながらも差し出した。
「柔らかくておいしい。なかなかの食感」
少女が指を振るう。
おじさんの傷口から紫色の液体が、水に包まれ浮かび上がり、シャボン玉のように弾けた。
「あんまり干渉するのはよくないけど。パンのお礼。ワムはれいぎ正しいので。でもこれはないしょね」
その後の事はよく覚えていない。
ただ、少年には彼女が女神に見えた。
・
「おおおお!力──死を感じるぞ!!フハハハハ!!なんだこの死のエネルギーは!!
街から流れ込むこの力は!!死だ!死そのものだ!!!」
墓場で歓喜の叫びを老人があげている。
周りには無数のアンデッド。更に増えている。
その手には異様な輝きを放つ宝珠が握られている。
「素晴らしい!!これなら…これならばあああ!」
「来い!
「行ける…行けるぞ!2匹で限界を感じていたが…これなら、これならば!!5…いや8!!!」
老人が掲げる宝珠──死の宝珠が異様な輝きを放つ。
老人の目が虚ろに陰り、更に輝きは増していく。
「コれでワシのユめ!もクテきはなサれル!」
「ワシノ…ワシは…?ワがヒガンの…」
「ワ…シは…ナンダ?ナニを…死…シヲ…」
「シ、そうだ…死ヲ!
虚ろな瞳をした老人には、もう何も感じられなかった。
大きな歓喜の感情。ただ、忘れてはいけない何かがあったような──大切な何かが。
宝珠の光が強くなるにつれ、大切だった何かは歓喜の波に飲まれて消えていく。
・
「ちょーっと話が違うんじゃないの~?」
「あんなのが居るとは聞いてないだけどー?
まぁこのクレマンティーヌ様の敵じゃないけどね~」
屋根の上から街を伺うボブカットの女性が誰に言うでもなく、独り言のように呟く。
その目線──街中では冒険者達とアンデッドの戦いが起こっている。
目に留まるのは4人と一匹だ。
冒険者達もその光景に唖然として手を止めている。
一人は漆黒の鎧を身に纏い、巨大な二振りの剣を振り回しアンデッドを紙切れのように薙ぎ払う。
黒髪の女と、その後ろに巨大な獣が続く。
銀髪の長身の女はアンデッドを素手で紙切れのように屠っている。
その横には子供がふよふよと浮き、複数の水の玉のようなものが漂っている。
その玉から出た紐のようなものがアンデッドを屠っている。
(あの黒鎧は…何とでもなる。腕力は凄いが戦士の動きじゃない。
黒髪女は少し厄介そうだ。隙がない。軽装…
チビガキは隙だらけだ。あの魔法は見た事ないけど…どうにでもなるだろう)
が、問題はそこじゃない。
(あの銀髪デカ女…ヤバい)
彼女の直感が告げる。
アレはヤバい。身のこなしや腕力、速度に目が行くがそこじゃない。
通常──攻撃する時には殺意や殺気、気迫が籠るものだ。達人であれば隠すことはできるが消せるわけではない。
だがアレにはそれがない。まるで息を吸うように攻撃を繰り出している。一見隙だらけだが隙がない。
それに"何も感じない"チビガキもそうだが、強さを感じられない。
最も危険視する所はそこだ。何も感じない。これが彼女に警戒心を植え付けていた。
「…まいっか。なーんかカジッちゃんも壊れちゃったみたいだしー?
面倒に巻き込まれる前にとっととトンズラしますかねー。丁度いいのも来たしー?」
背後から8つの巨大な影が──街に幕を下ろすように飛翔する。
・
「ふん!!」
モモンの投擲した巨大な剣が
「おー。モモ、かっこいい」
「それがしも殿のお役に立つでござるよ!!」
モモンに続きハムスケも奮闘している。
蛇の様な尾が的確にアンデッドの数を減らしている。
その一方でフェディエルは片っ端から殴り潰している。
こちらもこちらで冒険者達から歓声が上がっているようだ。
一通り数が減ったところでフェディエルはワムデュスに小声で話しかける。
(しかし多すぎやせんかや?こう、街ごとパパーっとやれんのか?主なら容易であろ?)
(あんまり干渉するのはよくない。そうじゃないと世界が壊れる。)
(此方達が戦っとる地点で既に十分干渉しとるであろう?)
(そうだけど。この世界の事はまだよくわかってないし、ワム達が暴れるのはよくないと思う)
小声で話し、やれやれと首を振りモモンに目をやる。
ふーむ。アンデッドを屠るアンデッドか。面白い存在よの。
アンデッドでも灯を継ぐのかや?興味深い存在よ。
・
「多いな…」
一体何が起こっているんだ?まぁ冒険者モモンとしては名を売れるチャンスだけどさ。
倒しても倒してもキリがないぞ…まさか無限湧きか?うーん…不毛だ。
っと、今は冒険者モモンとして働かないとな。
「ご老人!無事かな?」
アンデットに囲まれていた老婆に声をかける。
「お、おぬ、お主!!ンフィーレアが雇っていた冒険者じゃな!?」
「ご老人は?」
「わしはリイジー・バレアレ!ンフィーレアの祖母じゃ!!」
「あの子が!!あの子がおらん!!頼む!探してくれ!!!」
「ご老人、この状況を見られよ。人一人を探せると思われますか?」
「頼む…!わしの大切な孫なんじゃ!わしに出来る事なら何でもする!!だから頼む!」
(…例の薬師か…ポーション制作実験に利用できそうだが──…現地人の危険性も上がった今、そんな場合じゃないんだよなー。いや、待て。ここで事故を装って両方始末したら…ポーションの情報を抹消できるかもしれない。ンフィーレアに至っては俺の正体に気づいてしまったしな)
「そうは言われましても──」
言いかけ、口を閉じる。
ふと、白い鎧の聖騎士と小さな少女が頭に浮かんだのだ。
そして少し…己に恐怖する。
始末する…俺は今そう考えたのか?この孫を探す老人とその孫を?
情報を抹消する…それだけの為に…?この必死で孫を探している老人を…?
ふぅ…と一つ息を吐き、思い返す。
困ってるから助けてあげる…か。
「…わかりました。善処しましょう。私を信じ、避難してください」
「恩に着る…!ンフィーレアを…どうか頼んだぞ!」
「ナーベ、安全地帯まで守ってやれ」
頭を下げ、御意の意を示しリイジーと共にナーベは駆けていく。
・
「す、
「そ、それも…8匹!?」
「不味い!別れるぞ!」
冒険者達から悲鳴が上がる。
巨大な影が落ち、
「ど、どうします!組合長!!」
悲鳴のように指示を仰ぐ冒険者達
必死で思考するも、どう考えても戦力が足りない。
「正面は我々で何とかする!必要な分だけ率いて北と南を何とかしてくれ!」
叫ぶように指示を出す。最早どうしたらいいのかアインザックにはわからない。
「お待ちください、組合長」
威厳ある声が響く。
皆がその声が発生源である黒い鎧を着た戦士に目を向ける。
「私が正面を突破し、恐らく発生源である墓地へ向かいます。組合長は皆を率いて北と南をお願いします。」
馬鹿な!と言わんがばかりの表情で皆が凝視する。
「き、君一人で何とか出来るというのか!?」
「問題ありません」
問題ないわけないだろう!!そう言いたいが、先に
「し、しかしだな…」
では任せる!とは言えない。もし彼が死亡したら戦力が大きく削れてしまう。
それは何としても避けなければ。しかし他に妙案もない。
「では此方も行こうぞ。あちらに何やら感じるものがあるでな」
銀髪の女性も一歩前に出る。こちらも同じく軽々とアンデッドを屠っていた女性だ。
稀に見る強者二人に、これなら行けるかもしれない…そんな予感が浮かぶ。
「…
「じゃあ北はワムが行くから。皆は南にいくといいよ」
「馬鹿な!!」
今度は声に出してしまう。
それを知っているから余計にだ。
見て居た所、この子は見た事もない魔法を使う
正直こんな子が
更に、かなりの数のアンデッドをいとも簡単に屠っている。確かに実力だけで見ればかなりの物だ。
しかし魔法に耐性のある
そもそもこんな10歳にも満たないような子に任せられるわけがない。
「では、ハムスケを貸し出しましょう。ハムスケ、ワムデュスを守ってやれ」
「任されたでござるよ!!組合長殿!それがしを信じるでござる!!」
確かにこれは強大な森の賢王という魔獣だ。これなら…とも思える。
しかし子供と魔獣に大局を任せる事などできるわけがない。
だが今は時間がない…。
「…では
号令の下、皆が駆ける。
・
「お前が黒幕か?」
墓地に一人立つ影に剣を向ける。
墓地に辿り着いた二人の前には老人が一人居る。
周りにアンデットの姿はない。
「死ヲ…死よ…今…死ヨ…」
ブツブツと口にしている老人の目に生気は感じられない。
(妙な気配の元はアレかや)
老人の握る宝珠に目をやる。
紫色の光を放つその宝珠はより輝きを増している。
「サ、サ…
黒い杖を振りかざすと2体の
「アレの相手は此方がしようぞ。モモンとやらは彼方を見て参れ。何かまだおるやもれぬ」
霊廟を指さす。
「…了解した。」
追う意思はないと判断し、霊廟へモモンは駆ける。
「…はー。干渉か…これは此方のせいと考えるべきなのかや…」
少し頭を振り正面の3人…1人と2体を見据え──ふっと姿が消える。
気が付けば
立ち尽くしている老人の顔に優しく手をそわせ、顔を覗き込む。
「…古き風が闇に虚ろったかや。灯を失い闇を彷徨うは辛かろう。安寧に眠るがよいぞ」
子供に言い聞かせるように優しく声をかけ、頬をなでる。
その言葉に安らかな表情を浮かべた老人は──砂のような物へと形を変えていく。
身に付けた服と握った杖、握りしめた宝珠が──確かにそこに居たと述べるように静かに転がった。
「安らかに安寧を受けるがよい。さて──」
ひょいと宝珠を拾い指でつつく。
すると脳内に響くように声が聞こえる。
『ああ…偉大なる"死の神"よ…。否、"死の化身"よ。貴女様の絶対なる死の気配に敬意と崇拝を』
「そうか。此方が何か分かるか」
『感じます。死を司る神…死よ。ああ…この世界の全ての死に感謝を──
貴女様を近くに感じるだけで私には力が沸き起こる──今までにない力が。
どうか──どうか私に貴方様に仕えるお許しを──死の側に侍る事のお許しを』
「先のヒトの子に干渉したのは主かや?」
『そうです。私はより多くの者に死を与えるために生み出されたと思っておりました。
彼の者はその為に利用した、ただの駒。貴女の気配を感じ分かったのです。
──私は貴女様にお会いするべく生まれたのです。
死の傍にて死を見続ける。その事だけが私の望みです──』
「そうか」
『!!!お、お待ちを!私は貴女様に絶対の崇拝と──』
──グシャリ
「此方は死を、安寧を、終焉を、絶望を統べる竜ぞ。
死は灯を継ぎ、輝き、役目を終えた古き風に訪れる安寧。
其方の言う死はその灯を潰え、輝きを奪う物。其方には絶望を与えようぞ」
手の中で砕けた宝珠を見つめる彼女の瞳は、暗い暗闇よりも、より暗かった。
他の依頼中だった現ミスリル級、後に無能と住民から判定されたとかなんとか。
クレマンティーヌは無事逃亡。