リーシュ妃がサドに目覚めたら   作:記憶破損

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過去への思い

 

 猫猫(マオマオ)柘榴宮(ざくろきゅう)にいた。朝一という事もあり、まだ侍女も起きて来ていない時間の物静かな道すがらに足を進める。

 

(どうしてこうなる)

 

 教えられていた間取りを思い出しながら、とある一室の前まで着くと扉を叩いた。どうか叫んでくれるな…と内心穏やかじゃないマオマオが待っていると扉が開かれる。

 その人物は花簪(はなかんざし)で髪をまとめ、朝一でありながら桜色の衣を着、いつでも動ける衣装に身を包んでいる。

 

「貴方は…中へいらっしゃい」

 

 中にいた人物は一瞬、知らない顔に動揺した様子だったが、マオマオの服装を見て冷徹な眼をしながら中へ入れた。

 現在のマオマオは里樹(リーシュ)妃の侍女の黒い服装を着せられてここにいる。この意味を理解している時点で黒だと、内心でため息を吐いた。

 

「あさげはまだかしら?」

 

「…いえ、お気遣いなく」

 

「ふふ、お客様を丁重におもてなしするのも侍女として当然でしょ?」

 

 当初の雰囲気は鳴りを潜め、自然な流れで設置されている台所で準備しだす。どうやら種火は事前に起こしていたようだ、日の出が射しこむより前から。

 暖まる雑茶に饅頭(マントウ)を添えられた。上に果実のはちみつ煮がかかっており、熱によって甘い匂いが鼻を刺激する。

 

 あの徳妃に連れられ、何も食べてなかったマオマオ。腹の虫が鳴り、その誘惑に負けて手が伸びる。雑茶のほろ苦い味で舌を慣れさせ、はちみつの甘さで舌を刺激する。

 

(うまい)

 

 実質徹夜のマオマオにとって、その甘さは最も欲していた。

 

「こんな朝早くから、どうしたの?」  

 

 危機感がまるでない訪問者に呆気を取られ、優しい声音で聞いてくる。

 それに八ッとしたマオマオは手ぬぐいで拭き、改めて相対する。

 

「失礼しました。風明(フォンミン)様…あまりに美味しかったので」

 

「ふふ、お口に合ってよかったわ。それで?徳妃から何か…」

 

 相対する人物の名はフォンミン。阿多(アードゥオ)妃の侍女頭をしている人物だ。

 

「…これからお話するのは考察が入ります」

 

 一言入れ、徳妃からほぼ説明もなく突撃させられた手前、マオマオもこれが正しいのかわからなかった。

 

「毒殺騒ぎの件はご存じですね?」

 

「…ええ、最近よく調査が入るようになって大変よ」

 

「犯人はあなたです」

 

「・・・・・」

 

 現状、証拠を何も持っていないマオマオ。徳妃からのお願いとはいえ、柘榴宮に不法侵入している自分の方がマズい状況なのは理解している。だからこそ、相手から引き出すために勝負に出る。

 

 犯人と決めつけた言葉を聞き、優しそうな顔は消え、能面のような笑顔を浮かべ出した。

 

「証拠はあるのかしら」

 

「…ありません」

 

「話にならないわね」

 

「ですが、動機ならある程度」

 

 フォンミンは立ち上がり、明らかに動揺しているのがわかった。自分に教えられた経由、犯行動機は穴だらけの虫食い状態だ。

 徳妃は今回の事件について詳しく調べさせようとしなかった。掘り返したくない理由があるのか知らないが、今ある情報で何とかするしかない。

 

「阿多妃の第一子ですね。当時の事は詳しく知りません…ですが、難産だったと聞いております」

 

「…ええ」

 

「現在も皇帝から通りがある阿多妃が新たな子を儲けないのは…初の出産時に子を産めなくなったから」

 

「事件から遠のいているのではなくて」

 

「貴方は第一子の乳母の役目をしていた。難産、しかも出産後の母体は体調が崩れやすいものです。その間、貴方が代理を務めていた…違いますか?」

 

 瞳孔が開き、口を閉ざす。その様子を見て続ける。

 

「そして…赤ん坊に食べさせては毒となる物を食べさせた」

 

 マオマオはここからだと思考を回す。現状何を食べさせたかはわからない、だが意外なところで思い出す。

 

「はちみつ…ですね?」

 

 険悪な雰囲気が増す。一言一句、そして相手の反応を探りながら会話を続けるのに弱った頭を何とか回しながら言葉を作る。

 

「花の中には、毒があるものも多い。附子(とりかぶと)蓮華躑躅(やれんげつつじ)のように。その蜜にも毒性がある」

 

「知っているわ」

 

「でも、当時は知らなかった」

 

 憶測や考察で出来上がった物語。推理にもならない語りで、真実に辿り着くには一手も二手も足りない。

 

「不愉快だわ、貴方の考察は全部間違ってる!」

 

「…はちみつに毒があると教えたのは、里樹(リーシュ)妃です」

 

「違う!私は最初から知って…しって…ちがう、ちがうのよ」

 

 熱のように湧き上がる感情のまま、言葉にすれば終わった事。それがフォンミンにできなかった。

 マオマオはその様子を見ながら…真実を話す。 

 

「貴方は知らなかった。自分が毒見をしても大丈夫だと、滋養にいいと与えていた薬がまったく逆効果だったとは思わなかった」

 

「・・・・・」

 

「阿多妃に知られたくなかった。だから、里樹妃を消そうと考えた」

 

 リーシュ妃と交流があったのか、アードゥオ妃との関係は、そもそも証拠は…靄がかかった状態で目的地まで来てしまった感覚に、マオマオ自身も心が晴れない。

 

 少し間を置き、冷たい視線を送る女がそこにいた。

 

「ほしいものはなに?」

 

(マズいな…自棄になってる)

 

 フォンミンのピリピリとした雰囲気から、こちらの息の根を止めようとしているとわかった。現状、証拠不十分であり、一人の侍女さえ消せば言い訳が立つ状況なのがフォンミンの思考を単純化させていた。

 連日、壬氏(ジンシ)からの調査が入り、事情を知っているリーシュ妃からの使者まで来ている状態で一人の侍女が消える…冷静に判断すれば逃れられないとわかるだろう。だが彼女にとっての真実さえ無事ならと行動に移す瞬間…閉めていた扉が開く。

 

「そこまでよ、風明」

 

「えあ、ああ…阿多…様…」

 

「大丈夫?猫猫」

 

 扉から入って来たのは、アードゥオ妃…そしてリーシュ妃だった。混乱しているフォンミンを尻目に困ったような笑顔でアードゥオ妃がマオマオに語りかける。

 

「ここからは私が引き継ぐよ…里樹妃、これでいいね」

 

「ふふ、後はお任せします。行きましょう、猫猫」

 

 流されるまま、リーシュ妃に連れられ柘榴宮から出ていく二人。その間、マオマオはやっと肩の荷が下りたと感じていた。

 

『じゃあ、お願いね?犯人が自供してくれるまで頑張って』

 

『は?何を』

 

『私は阿多妃とお話をしながら向かうから』

 

 そう言われ、柘榴宮に来て早々別れるという。漠然と始まった一人芝居を要求される事態にじだんを踏んで、侵入を開始したのだ。

 

(やっと解放される)

 

「ありがとう、猫猫…私だと駄目だったの」

 

 笑顔の裏に切なそうにする様子を見て、つい声をかける。

 

「真実は話さない気ですか?」

 

「それは、私達が決める事ではないでしょう?」

 

 酷な事をと心に思う。よりにもよって、その役目をアードゥオ妃にさせる。

 

「煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。風明さんにとっての煩悩を私は良い物と見ているの、だから阿多妃に任せただけよ」

 

「…仏教についてはわかりません」

 

 その言葉に笑顔で答えた。

 

「悩みを持っていても、救いはあるってだけよ」

 

 

 

 

 

 数刻後…ジンシの下へ、二人の主従の者が訪れるが…今の彼女達には知らない事だった。 

  

 

 

 





 終始、巻き込まれただけの猫猫であった。

『煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり』→親鸞聖人の言葉です。煩悩(悩み)があっても、さとり(心のやすらぎ)は得られるよ。
※親鸞聖人は1170年代の方なので、あくまでリーシュ妃の言葉として受け取ってください。
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