正門には多くの見物人が集まっていた。大袖と裳をはいて、懐かしくも遠い存在となったと感じる冠を壬氏に渡す阿多妃。
ある意味で見納めとなる辺りを見渡すと、手布を噛む若い女官たちが目に映。
(来ないか)
阿多妃はどこか残念に思いながら、上級妃としての任をおりた。後宮の門まで歩みを進めると、緑髪のあの子が女官に交じり眺めているのを発見した。
言葉にしないが、あの妃が魅入られた少女の未来を思いながら後宮を出て、南の離宮に向かった。柘榴宮と比べればみすぼらしいが、今の自分には丁度よいと扉を開ける。
「遅かったですね?阿多様」
「…何でいるんだい」
「会いに行くとお伝えしましたが」
「妃が後宮を出ている事態だよ」
後宮に存在する物は皇帝の所有物に等しい。何より妃が勝手に後宮外に出るなど、皇帝に離反しているようなものである。
「阿多様は今後、皇帝の相談役になられる方。一言挨拶にと皇帝にもお伝えしましたわ」
(…早く出て行かせようと、よく考えなかったか)
皇帝は確かに許可を出した。しかし、南の離宮まで挨拶に行くなど思わなかっただろう。
「今後ともよろしくお願いします」
「困った娘だよ、お前は」
礼をされ、礼で返し、他者が見れば互いの身分など置いて話し合う親子のような顔がそこにあった。
「お世話になりました」
「は、え、猫猫?」
「私は解雇されましたので、ご挨拶に」
「待って!壬氏を解雇するから行かないで!」
それは突然だった。正確には毒殺騒ぎの主犯の家系含む、後宮で関わった者達を一掃するための大量解雇は知っていた。でもまさか、壬氏が特別視している猫猫まで解雇するなんて思わなかったのだ。
「落ち着いて下さい」
普段では見せない慌てぶりに内心驚きながら…壬氏を解雇する発言を聞いて、やはり関わる輩ではないと改めて理解した。
「…後宮を出たら、猫猫はどこで働くのよ」
「それは…」
花街の緑青館…妓女になる道か、薬売りとしての道か…猫猫はやり手婆の手腕で、自分は高級妓女に育てられそうだと考えた。
妓女にも位があり、上に行くには、見た目の美しさだけでなく知性も求められる。その点、猫猫は両方持っていた。
「薬売りでしょうか」
猫猫は妓女になる可能性は伝えなかった。理由は言わないが、目の前の人物なら欲しい物があれば必ず手に入れようと確信する何かを持っていると感じた為だ。
「だったら私と個人契約で」
「後宮に出入りするほど名声を得てからとなります」
「侍女に」
「玉葉妃に仕えていた身、他の妃様にお仕えできません」
「もう!お友達なら話ぐらい聞いてよ」
(私は了解していないが?)
そのまま行ってしまう猫猫に何度もぶつかりながら、無駄だと悟った里樹妃は、目標を変えた。
扉を開けた時、陰気な空気を醸し出す男を見て、内心ため息を吐きながら、煮えたぎる思いを言葉にした。
「この根性なし!」
「いきなり何だ!」
「猫猫の件よ、少しは自分で動きなさい。止めることは出来たはずよ!」
突然の訪問者に面を食らい、抑制していた感情を表に出しながら答えた。
「あいつが選んだ事だ…こちらがとやかく言う事ではない」
「でも居てほしいでしょ!なら動きなさい、何のための立場よ」
「…後宮を正す立場だが?」
「こんな時に正論はいいの!」
互いに平行線の物言いで終わりが見えず、その様子に高順が割って入る。
「落ち着いて下さい。手続きは既に済ましてしまいました…今更撤回は」
「なら…猫猫がどこに行くか教えて。薬売りなら場所はある程度決まってるはずよ」
「彼女の引受人は娼館を経営していたはずですが」
「…何ですって」
里樹妃の反応で言うべきではなかったと後悔する。
「ああ、そういう事…随分と知恵を回したようね?壬氏様」
「…いや、何のことだ」
「ふふ、いいわよ。私も頑張るから」
不気味な笑顔で去っていく存在に背筋をゾっとさせながら呟いた。
「何だったんだ…」
後宮で男女問わず噂になる妃がいる。その妃に魅入られた者は、一夜の夢から抜けられなくなるという。
「ふふ、よく考えたわね。妓女にしてから買うだなんて…壬氏様もやるじゃない」
その妃はまだ幼く、皇帝から通りもない。妃としての地位は下と見える。
「逃がさないわよ、猫猫?」
先の長い妃が、閉ざされた後宮で羽ばたくかどうかは…とある少女が見届ける事になりそうだ。
完