後宮の下女たちが今日も働いている。あかぎれが見える手で駄弁りに身を投じる下女が出る。
洗濯小屋の裏で木箱に座り、毒殺騒ぎについて語り合う二人。一方の語り手と違い、淡々と聞いている者にとって当事者でもある為、話半分に聞いていた。
「
「そうだけど」
語り手の下女は
「じゃあさあ。簪とかもらったりした?」
「一応」
マオマオが簪を見せ、簪の意味を聞いていると…表の方が騒がしくなってきた。話すのを止め、互いに見に行くとマオマオにとって印象深い人物が侍女を連れて下女たちと楽しそうに話していた。
歳こそ近い者が集まっているが、身分の違いは明白だ。一つ間違えば下女の首は飛んでいく、命の価値が違うのだ。問題の人物にそんな気が無いとしても、恐ろしい現場に出くわしたと思った。
(うわ、会いたくない)
化粧を落とした姿を見られたが、そばかすがあるか、ないかでも印象は大きく変わる。今の自分なら他人の空似で誤魔化せるかもと後退する。何より面倒事は関わらないに限る。
「あ、里樹妃様だ!」
兎の如く浮かれているシャオランに疑問を投げかける。
「里樹妃様を知っているのか?」
「うん、偶にお菓子を配ってお話をしに来るの」
(…なるほど、情報集めと基盤作りを兼ねているのか)
あの後、大まかにリーシュ妃についてジンシから教えられていたマオマオ。イラついた様子で話す姿にしてやられたのだな、と察していたが…随分と派手に動く手合いのようだ。どこぞの、やり手婆を彷彿とさせる手際に関心したものだ。
「猫猫も会いに行こうよ」
「私はいい」
「ええ、どうして?」
「面倒はごめんだ」
「酷いわ、面倒だなんて」
ゾッとする感覚を背筋に覚え、歪んでしまった顔を戻せず相対してしまう。こちらの気を知ってか知らずか、傍から見たら優しい笑顔で見守っていた。マオマオから見たら、まるで狩りをする捕食者が爪を隠しているように感じた。
「あら、貴方は新顔さんね。私は徳妃の里樹よ、気軽に呼んでね」
そう言われたが、マオマオは袖に腕を隠し礼をしながら頭を下げ返した。
「お言葉をかけて頂くだけでありがたい事です。これ以上の恩赦は受けれません」
「恩赦だなんて大げさね。貴方の名は?」
「猫猫です!里樹妃様」
(バカ、徳妃の言葉を遮るな!)
シャオランが話しずらい様子のマオマオに変わって発するが、普通なら打ち首になってもおかしくない行為だが…本人も傍に控えている侍女も気にした様子が無い。
「ありがとう、小蘭。
侍女が包から見せ、目を輝かせるシャオラン。
慣れたような態度から既に何度か会っているのだろうとマオマオは察した。
「他の子たちに配って来てくれないかしら?」
元気よく返事をして行ってしまう…一瞬の出来事で自分もついて行く事が出来なかった。
マオマオは迂闊と思った矢先、リーシュ妃の表情を見てマオマオは分断されたと瞬時に理解してしまった。
答え合わせのように侍女が表への道を閉ざすように動き出した。
「始めましてでいいかしら?毒見さん」
この場で毒見と伝えて来る時点で逃げられそうにないと諦める。
「このような場まで来訪されずとも、いつかお会いできたかと」
「それじゃあ、他人行儀になってしまうじゃない」
遠回しにギョクヨウ妃経由、翡翠宮で会えるだろと伝える。
(何で毒見の私に興味を持った。壬氏様が喋ったか?)
本人が聞けばムスっとされる事を考えた。一瞬の思考の内にリーシュ妃は鼻先まで迫って、歪んだ眼で自分を観察しだした。
その行動に鳥肌が立つなか、リーシュ妃から香る匂いに僅かな疑問が湧く。
(この香り…)
「あなた…化粧が上手いのね」
「え、ああ、よく言われます」
「良い腕ね。どうかしら、これから金剛宮でお話でも?」
これはマズいとマオマオは思った時、リーシュ妃の侍女とシャオランが話している声が聞こえ出し、助けを呼ぶ。
「あー小蘭!私の分も残ってるか~」
だいぶ失礼な行為だが、今まで接した態度から罰せられることは無いと思い逃げを選択した。
聊か強引だったが、リーシュ妃の方が折れたように歩み出す。
「お友達と食べた方が美味しいわよね。そろそろお暇するとしましょうか、今度は友達として語り合いましょう?」
「そんな、恐れ多い」
礼を欠かさず、あくまで他人行儀を崩さない相手に薄ら笑いをしながら侍女と共に見えなくなると…マオマオはやっと一息入れる。
(こりゃあ、壬氏様も疲れるな)
「何を話していたの?」
「月餅のこと」
「美味しいもんね!はい、猫猫のぶん」
「あんがと」
月餅の甘さが身に染みる。無駄に頭を使った分余計に美味しく感じる…実際に高級菓子なので美味しいのだが。
(…柑橘系の香水でわかりずらかったが、僅かに香る刺激臭と性…知る必要がないか)
口に広がる甘味で嫌な事を忘れようと集中した。食べ終わった後、マオマオは簪を上手く利用し、久々の里帰りに心浮かすのだった。
金剛宮のとある一室。お香を焚かれ女たちの甲高い声が響いていた。
「うふふ、あの子。気づいてたわね」
アァァァン!
風を置き去りにする音が響き、同時に女の声が鳴ると、木霊ように伝染していき、一つの歌のようにリーシュ妃を包んでいた。
「もういいわ。あれは処分しなさい」
侍女の一人が乱れた体で礼をしながら、とあるご禁制品を持っていく。
「試しに商人から買ったけど、張り合いがなくなってつまらないわ。それに副作用が面倒ね」
少量だけ使用し、試しに豚に使ってみたが…リーシュ妃からしたら興味が湧かない物だったようだ。
「あ、毒物に興味があるなら色々と渡そうかしら!」
今も鳴く豚を足蹴に年相応の笑顔で浮かれるリーシュ妃なのであった。
ご禁制品…古代中国で既に医療用としても用いられていた。