リーシュ妃がサドに目覚めたら   作:記憶破損

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容疑者と壬氏

 

 高順(ガオシュン)に連れられて楽しそうに歩む者がいた。任意同行に近い形なのだがと、ガオシュンはやや困惑気味である。

 今回の件もわざと我々の目に留まるように動いた可能性を考え、正直やめてほしいと思った。うつ伏せで仕事をしている主を思い浮かべ、内心ため息を吐く。 

 

「徳妃…壬氏(ジンシ)様は毒殺騒ぎの件で」

 

「それだけじゃないでしょ?他の宦官達からの嫌がらせに苦しんでいる、あ!あと猫猫がいなくなって意欲喪失気味とか」

 

(この方は、はぁ…)

 

 知恵があり、先も長く、これから羽ばたく者がいる。ガオシュンの息子と同い年のジンシに対し、親心を持って接するあまり今回の件は穏便に終わらせたいと切に願った。故に少しだけ立場的にできるギリギリのやり方を試す。到着前に事情を聞きだせば終わらせられるからだ。

 

「歩きながらで失礼。この時期にあれだけの荷を手に入れる理由を聞いても?」

 

 今回の事情聴取は必然と言ってもよかった。里樹(リーシュ)妃の侍女頭が、大量の薬草や毒物、それらに使う道具を購入しているのを発見したのだ。

 ただでさえ、外部から刺客の可能性も視野に入れて動いている時にこれだ。怪しんでくれと言ってるようなものだ。

 

(単なる嫌がらせなら、ここで答えてほしいが…)

 

「その前に、購入した品は後宮内に持ち込める?」

 

「駄目です。入れられるとしたら薬草が少々かと、残りは…医者のところで精査します」

 

「あらそう。まあいいわ、できれば直接欲しかったけど」

 

 残念そうにするリーシュ妃に、毒に興味があったのか?と疑問を持った。そして、同じく毒に興味がある人物を思い浮かべた。彼女がいたら喜んで精査に協力しそうだと思った時。

 

「猫猫に直接渡したかったわ」

 

「…彼女をご存知なのですか」

 

「最近、友達になりましたの!」

 

 嬉しそうに答えた徳妃を見て、顔を覆いたくなった。

 

「…それでは、贈り物として購入したと。では」

 

「でも、それだけでは容疑は晴れませんわね?事件について詳しくお聞きしたいわ」

 

(申し訳ありません。壬氏様…)

 

 事件について公然と喋る訳にもいかず、かといって被害者でもあり加害者にも見える人物を放っておくのも職務放棄になってしまう。何より本人が乗り気では、己の立場でこれ以上は限界だった。

 

「で、来ましたの」

 

「お帰り下さい」

 

「壬氏様!?」

 

「うふふ、いいわよ。今回は一人で来ましたし、容疑者ですから」

 

 意欲喪失気味だったジンシの前に現れたリーシュ妃は劇薬になった。

 

 嫌々ながらジンシは事件について詳細な情報を伝えていく。態度を崩したままなのは、隠す気力も無いほど疲れているせいなのかは不明だ。補足の説明をするガオシュンは内心でその様子を焦りながらリーシュ妃とジンシを交互に見ていた。

 

「…なるほど、あの時出された食事から全て(・・)毒物が。汁物にだけ?」

 

「はい。その為、妃を狙った内部と外部、双方の可能性を視野に入れて調査しています」

 

「徳妃は誰かに狙われる事でもしましたか?」

 

「う~ん…どのことかしら?」

 

(…腹が)

 

 笑顔で目をそらし不思議そうにする様子を見て、ジンシもまた笑顔で追撃を加える。

 

「そういえば、徳妃。政務で人事に関する法を立案する話が出ているのをご存じですか?これが通れば高官含む、我々も才ある者を外部から雇い入れる事ができる案なのですが」

 

「あら、いい事じゃない。人材不足はどこも起こりうる事ですものね」

 

「私もそう考えておりましたが…この案を通すと後宮に出入りできる者が出て来るやもしれないと考えまして、却下する次第です」

 

「そう、残念ね。良い法ができることを願っているわ」

 

 当初はジンシも賛成気味だったが、提案してきた若手の官職を調べると…徳妃との接点があることに気が付いた。それから改めて法案を見ていくと、補充する人物の蘭で曖昧な部分があるのに気づく。

 一見、全体に利がある法の穴を理解した上で提出してくるからタチが悪い。目の前の人物に何度危ない橋を渡らせられたか…ジンシは積年の恨みが隠しきれなくなっていた。

 

「思い当たる事があるなら、狙われているのは徳妃かもしれませんね」

 

 いい笑顔で言い切るジンシに落ち着いた様子でリーシュ妃は対応する。

 

「そうですわね…あの時、口にした各毒見の様子は覚えてますか?」

 

 意外な反応にジンシは訝げに答える。

 

「それがどうしたのでしょう?」

 

「あの毒は遅効性の麻痺毒の類でしょ?それに使われる魚介類は私にとって蕁麻疹がでるぐらい食す自体がマズいのよ」

 

 当然のように毒について知っているのは置いておき、リーシュ妃の苦手とする物が毒物その物を使っていることに驚いた。

 

「まあ、あくまで知見ですが…毒見の中に躊躇いが無かった者がいたの、阿多(アードゥオ)妃のところがね」

 

「阿多妃が…だが、それと様子に何が。毒とわかっていたら躊躇するはず」

 

「毒見とはいえ、命は欲しいもの。あの時は私の毒見と猫猫が先んじて手を出してたけどね、阿多妃の侍女の子は忠誠心が高いじゃない?引けない理由でもあったんじゃないかって思ったのよ」

 

「…なるほど」

 

 リーシュ妃の説明で当たり前として受け入れていた命の価値。その意味を自分は見落としていたと感じながら、言葉の中に違和感を覚えた。

 

「猫猫?」

 

「友達になったので」

 

「認めんぞ」

 

「うふふ、それは貴方が決める事ではなくってよ」

 

 一線を引かれた対応にまたも腹の虫がおさまらなくなったが、冷静に事件について聞く。

 

「徳妃、貴方の知見だと梨花妃のところも候補に挙がるのですが、どう思いますか?」

 

 嫌な人物だと理解しているが、その観察眼は時に頼りになると判断しているジンシ。このまま事件について聞いてしまおうと割り切る。

 

「大前提でまず、内部犯だと思うわ。全体に毒を入れたのは容疑者を増やす意味合いもあるわね。あくまで個人的にと言っておくけど、私を狙うなら阿多妃のところだと思っただけよ」

 

 そう言い切ると出口の方に向かって行く。

 

「まだ話は」

 

「私への容疑は毒物を所持していた件でしょ?あとは貴方達の仕事よ」

 

 肝心なところで切るな!…口にしても答えないだろうと、ため息を出しながらガオシュンに護衛を命じた。

 

「そういえば、玉葉妃(ギョクヨウ)鈴麗公主(リンリーひめ)可愛らしいわよね。私も早く、皇帝から寵愛を受けたいですわ」

 

 最後にそう言いながら見えなくなる背を眺めつつ、ジンシは思った。

 

(抱かれる気も無いだろ、あいつ)

 

 そのままジンシは頭をかきながら、残った仕事に手を付ける事にした。薬屋が戻ったら伝える事を思いながら。

 





 この世界線だと、個人に毒物を入れていない設定。
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