113年前の上弦   作:白澄星火

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第壱章:遊郭に舞う
第壱話:遊郭潜入


第壱節:鬼と鬼殺隊

 

──────鬼。

多くの伝承で怪物や超自然的な存在として描かれる彼らは、単純に「悪」や「善」に分類できる存在ではなく、多様な姿や役割を持つ。

 

だが、それはあくまで、伝承上の話である。

 

時は享和2年(西暦:1803年)──────

鬼は確かに存在していた。

しかしそれは、人間を捕食する怪物として。

 

鬼の身体能力は人間を遥かに凌駕し、傷は瞬く間に癒える。

その力は人間にとって圧倒的な優位性を持つものであり、鬼の存在は社会において深刻な脅威となっていた。

 

だが、人間も被食者の立場で甘んじているわけではない。

一部の者達は鬼に対抗するため、鬼殺隊という幕府非公認の組織を立ち上げていた。

 

彼らは、陽光を吸収した鉄から造られた"日輪刀"と呼ばれる特殊な刀を装備し、鬼の弱点である首を斬ることで鬼を葬る。

また、鬼との肉体的な差を埋めるために、呼吸という特殊な技法を用いて身体能力を強化することも重要な要素となっていた。

 

それでも・・・人間たちがどれほど策を練ろうと、体を鍛え上げようとも、依然として鬼が優位であった。

鬼は日光を避ける夜行性である。そのため、鬼殺隊の活動は必然的に夜に行われる。

闇夜の中で行われる鬼との戦闘は極めて困難であり、鬼殺隊の異様とも言える高い殉職率の要因の一つでもあった。

 

 

第弐節:羽柱 弥源次(やげんじ)

 

同年12月24日(西暦:1803/01/17)──────

鬼殺隊の一員、弥源次という男は夜にもかかわらず幻想的な光に包まれた場所にいた。

 

寒風が頬をなぞる中、彼は緊張した表情で石畳の道を歩く。

道の両側には風情ある建物が連なり、格子戸から漏れる暖かい灯りが通りを照らす。

 

建物の一階には茶屋や座敷があり、客引きをする遊女たちの姿が見える。

彼女たちは鮮やかな振袖や帯姿で装い、楽し気な笑い声や楽器の音色を街に響かせる。

弥源次は彼女たちの姿を一瞥(いちべつ)するものの、すぐに目をそらす。

 

「遊郭は苦手だ・・・」

 

弥源次の声は風にかき消されそうなほど小さく、ただ自身の内心を漏らすようにこぼれ出ていた。

 

弥源次の身にまとった衣装は鬼殺隊のものとは異なる。

鶸茶(ひわちゃ)色の小袖に身を包み、背中には"滅"の字が入った印は見当たらない。

さらには腰には刀が見当たらず、一見無防備に見える。

 

鬼殺隊として、遊郭に潜入捜査中であった弥源次は、遊女から情報を収集しようとしていた。

彼の恰好も、遊女から情報を集めるための策なのだろう。

 

遊郭の人々は揃って口にする。

"遊郭(ここ)では人が頻繁に死ぬ"、と。

それが鬼の仕業なのか、それとも人々が織りなした悲劇なのか。

今まで鬼殺隊は明確な手がかりを掴めずにいた。

 

弥源次の最初の目的地は華やかさとは対照的な場所だった。

 

──────遊郭の最下層、羅生門河岸(らしょうもんがし)

 

 

"最も格の低い切見世"と呼ばれる"小見世"に、病や加齢により客をとれなくなった遊女たちが並ぶ。

彼女らは"お客の腕をつかんだら、たとえ取れても離さない"、と言われており、"本当に鬼が出る"と、

初めて訪れる人々がこの言葉を耳にしたならば、疑う余地もなく信じ込むことだろう。

 

弥源次が足を踏み入れたのは、そんな場所だった。

 

弥源次は通りを歩く。

すると、遊女たちは切見世から飛び出し、競うように近づいていった。

事実、弥源次は情報収集のため大金を手にしており、彼女たちの嗅覚の鋭さが伺える。

いつの間にか小さな人だかりができると、"遣手(やりて)"※1の女まで出張ってきた。

※1:『遣手』とは、遊女を監視・監督する立場の者のことである。

   年齢的に客を取れなくなった遊女がなることが多い。

 

弥源次と遣手の女の視線が交差する。

すると、彼女は弥源次を手招いた。

対して弥源次は頷くと、複数の遊女たちを連れて、建物に入る。

 

「主さん、金払ってまであちきたちの愚痴を聞くなんて、きさんじ※2なもんだね」

※2:『きさんじなもんだね』とは。現代語訳で"やばいね。"というニュアンスで解釈して良い。

 

茣蓙(ござ)に腰を下ろすと、早速遊女は弥源次を茶化した。

 

遊女たちは弥源次が変わった男だと面白がり、自らの苦悩や困難を彼に打ち明ける。

下級と呼ばれる遊女たちは生活が厳しく、梅毒や中絶の危険がつきまとう現実に直面しているのだという。

さらに、命を落とした遊女の死体は寺に弔われるのではなく、

彼女らがいる羅生門河岸の近くに流れる川に捨てられるらしい。

弥源次は遊女たちが話す遊郭の闇の側面を、真剣に耳を傾けている。

 

しばらくすると、遊女たちはゾロゾロと自分の持ち場に戻っていった。

愚痴を吐き出し、満足したのだろう。

 

そして、遣手の女と二人きりになると、弥源次は彼女にさらなる情報が無いかと詰め寄る。

弥源次の姿はそれまでの遊女への態度と違い、必死さを感じさせた。

 

理由は明白であった。

遣手とあれば、長く遊郭に身を置き、人脈も広いため、貴重な情報源であるためだ。

 

彼女は口を開く。

 

付廻(つけまわ)しや昼三(ちゅうさん)の方でも物騒な話があってねぇ」

 

「・・・彼女らでさえも、そんなことがあるのか」

 

弥源次の呟きに対し、「まぁそんなもんよ」と軽く答えた後、遣手の女は言葉を続ける。

 

彼女の口からは、いわゆる高級遊女たちが働く場で、若く美しい遊女が突然いなくなる現象が語られた。

遊女にとって、自身の身請けや借金返済など、生活の都合で退職することはも珍しくはない。

ただ、失踪する前に、遊女たちの口から浮ついた話を聞かないということに、遣手の女は違和感を覚えているようだった。

 

弥源次は彼女の話を熱心に傾聴していた。

 

 

第参節:重い足取り

 

「もちっといなんし」

 

「いや、遠慮しとくよ。今日はありがとう、そよさん」

 

遣手の女はの名前は"そよ"といった。

彼女は、立ち去る弥源次を、名残惜しそうに見送った。

 

羅生門河岸での調査を終えた弥源次は、足早にその場を離れて、再び華やかな通りに戻っていく。

周囲の明るさと喧騒が、弥源次の心に深い対照を生み出したのか、暗い表情で通りを歩く。

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