113年前の上弦   作:白澄星火

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第参話:上弦の陸 暴瀉(ぼうしゃ)

第壱節:上弦の陸 暴瀉(ぼうしゃ)

 

肉の塊によって一度は阻まれた隆寿郎の刀だが、彼の執念によって少しずつ肉を裂いていった。

 

すると、怪物のうめき声がかすかに響く。

歯を食いしばり、全身の血管を浮かび上がらせる怪物は、死の恐怖から懸命に逃れようとしている。

 

・・・かのように見えた。

 

「なーんつってなァ!」

 

怪物は挑発的な微笑を浮かべ、舌を出して隆寿郎を嘲る。

 

触手が急激にしぼみ、怪物の身体に吸い込まれるように戻っていくと、その身体は自由を取り戻した。

 

その後怪物は間髪入れず、足で隆寿郎の横腹を蹴り飛ばす。

 

そして、受け身も取れずに地面へ転がった隆寿郎を見下したまま、怪物は口を大きく開いた。

 

「俺様の血鬼術、呑み衣は出すのも仕舞うのも自由自在なんだよォ!もしかして、このままいけると思ったかァ?ええ!?」

 

怪物の言葉とともに、肉の塊で覆われていた怪物の素顔が姿を現す。

 

顔の形状は鋭く、凛とした特徴を持っているが、その表情は険しく、悪意に満ちた目つきをしている。

その瞳に刻まれるのは、陸という数字、そして上弦という文字。

 

そして何より、頬まで裂けた大きな口はまるで、絶対的な捕食者のようだった。

その口からは鋭利な牙が無数に並び、生命を貪るために存在しているかのように見えた。

 

鬼の躯体は迫力に満ち、力強さと獰猛さを感じさせる。

その筋肉は細部まで緻密に描かれ、まるで彫刻のような美しさも備えている。

 

「げへへへっ、この瞳、アンタら知ってンだろ?そう、俺様は上弦、名前は暴瀉(ぼうしゃ)っつーもんよ」

 

素顔を現した暴瀉は、そう自分の名前を告げた。

 

だが、隆寿郎は目の前の鬼は上弦と分かって尚、身体を起こし、冷静な表情を保ち続けた。

 

「上弦の鬼か。ならば今まで手にかけた人間は百か、二百か」

 

刺々しく問い詰める隆寿郎。

対する暴瀉は苦笑いを浮かべる。

 

「ああ?だからなんだってんだァ?何人食おうがアンタには関係ねェなァ。俺様に報いを受けさせるかァ?どう考えても俺様が勝つだろうから無理だろうがなァ」

 

そう言い捨てると、暴瀉は隆寿郎をのぞき込むような態勢になり、口元を歪ませながら言葉を続ける。

 

「アンタ、自分がどんな状態かわかってんのか?顔も、体も、俺の消化液で溶けてボロボロ、痛みで立ってるのもやっとだろ?」

 

そう暴瀉が口にする内容は事実だ。

 

満身創痍な隆寿郎と上弦の鬼、結果は誰の目にも明らかだった。

しかし、暴瀉に対峙する隆寿郎は臆することなく、刀を構えた。

そこには一切の迷いは無かった。

 

そんな隆寿郎の姿を見て、暴瀉は僅かに眉を動かす。

 

「・・・あれで悲鳴を上げないのは、アンタが初めてだ。死に様ぐれェは選ばせてやっても良いがなァ」

 

そう告げる暴瀉の声色は落ち着き払っており、先程までの酷薄な態度とは打って変わって、真剣な表情だった。

 

暴瀉の言葉に隆寿郎は「最期は特に決めていない。」と短く答える。

 

「そォかい。んじゃァな」

 

暴瀉の身体から触手が複数飛び出すと、それらは一体化し、大きな肉の塊となっていく。

 

「鬼血術──────蟒蛇(うわばみ)

 

その言葉と共に、捕食者は大きく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎と臓腑(ぞうふ)、完。

 

 




炎と臓腑(ぞうふ)編 完結です。

ついに上弦の登場です。
一見、無敵の血鬼術ですが、玉壺の神の手と相性最悪なので陸に留まります。
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