第壱節:上弦の陸
肉の塊によって一度は阻まれた隆寿郎の刀だが、彼の執念によって少しずつ肉を裂いていった。
すると、怪物のうめき声がかすかに響く。
歯を食いしばり、全身の血管を浮かび上がらせる怪物は、死の恐怖から懸命に逃れようとしている。
・・・かのように見えた。
「なーんつってなァ!」
怪物は挑発的な微笑を浮かべ、舌を出して隆寿郎を嘲る。
触手が急激にしぼみ、怪物の身体に吸い込まれるように戻っていくと、その身体は自由を取り戻した。
その後怪物は間髪入れず、足で隆寿郎の横腹を蹴り飛ばす。
そして、受け身も取れずに地面へ転がった隆寿郎を見下したまま、怪物は口を大きく開いた。
「俺様の血鬼術、呑み衣は出すのも仕舞うのも自由自在なんだよォ!もしかして、このままいけると思ったかァ?ええ!?」
怪物の言葉とともに、肉の塊で覆われていた怪物の素顔が姿を現す。
顔の形状は鋭く、凛とした特徴を持っているが、その表情は険しく、悪意に満ちた目つきをしている。
その瞳に刻まれるのは、陸という数字、そして上弦という文字。
そして何より、頬まで裂けた大きな口はまるで、絶対的な捕食者のようだった。
その口からは鋭利な牙が無数に並び、生命を貪るために存在しているかのように見えた。
鬼の躯体は迫力に満ち、力強さと獰猛さを感じさせる。
その筋肉は細部まで緻密に描かれ、まるで彫刻のような美しさも備えている。
「げへへへっ、この瞳、アンタら知ってンだろ?そう、俺様は上弦、名前は
素顔を現した暴瀉は、そう自分の名前を告げた。
だが、隆寿郎は目の前の鬼は上弦と分かって尚、身体を起こし、冷静な表情を保ち続けた。
「上弦の鬼か。ならば今まで手にかけた人間は百か、二百か」
刺々しく問い詰める隆寿郎。
対する暴瀉は苦笑いを浮かべる。
「ああ?だからなんだってんだァ?何人食おうがアンタには関係ねェなァ。俺様に報いを受けさせるかァ?どう考えても俺様が勝つだろうから無理だろうがなァ」
そう言い捨てると、暴瀉は隆寿郎をのぞき込むような態勢になり、口元を歪ませながら言葉を続ける。
「アンタ、自分がどんな状態かわかってんのか?顔も、体も、俺の消化液で溶けてボロボロ、痛みで立ってるのもやっとだろ?」
そう暴瀉が口にする内容は事実だ。
満身創痍な隆寿郎と上弦の鬼、結果は誰の目にも明らかだった。
しかし、暴瀉に対峙する隆寿郎は臆することなく、刀を構えた。
そこには一切の迷いは無かった。
そんな隆寿郎の姿を見て、暴瀉は僅かに眉を動かす。
「・・・あれで悲鳴を上げないのは、アンタが初めてだ。死に様ぐれェは選ばせてやっても良いがなァ」
そう告げる暴瀉の声色は落ち着き払っており、先程までの酷薄な態度とは打って変わって、真剣な表情だった。
暴瀉の言葉に隆寿郎は「最期は特に決めていない。」と短く答える。
「そォかい。んじゃァな」
暴瀉の身体から触手が複数飛び出すと、それらは一体化し、大きな肉の塊となっていく。
「鬼血術──────
その言葉と共に、捕食者は大きく口を開いた。
炎と
炎と
ついに上弦の登場です。
一見、無敵の血鬼術ですが、玉壺の神の手と相性最悪なので陸に留まります。