第壱節:
俺は黛家という、刀鍛冶の名門一家に生まれた。
だが、黛家はどうしようもない家だった。
俺がそう評する理由は、彼らが鬼殺隊への貢献などではなく、自らの名声を高めるための作品として日輪刀を利用していたためである。
確かに黛家の技術は刀鍛治の里でも屈指であり、鬼殺隊へ大きな貢献を果たしていたことは事実だ。
しかし、結局のところその技術は彼らが名声を得るための道具であり、技術の共有や刀鍛治の里の発展には全く興味がなかったというのが実態だ。
その証拠に、鬼殺隊の隊士にさえも刀を打っている所を見せなかった程だ。
勿論、同業に対してはさらに排他的で、火事場に寄せ付けないどころか交流を持とうともしなかった。
それに加え、黛家に嫁いできた女は部外者扱いで、仕事中の夫とは一切の接触を禁止し、尚且つ軟禁状態に置いていた。
そのため、彼らは里の他の者たちから忌み嫌われる存在となっていたのだ。
そんな家に、俺の父──────新太郎は生を受けた。
父さんは黛家の次期当主として、幼少期から刀鍛冶としての教育を受けていた。
いや、教育というより、洗脳に近かったかもしれない。
「一家の名誉のため」「我々は選ばれた者たち」
それらの言葉は、父さんの耳にはとても低俗なものに聞こえただろう。
数年が経つと、黛家の技術は断絶の危機に晒されていた。
父さんは平凡な刀鍛冶に過ぎず、爺さんは持病で身体が弱り、長くないことが分かったからだ。
時間も才能も、父さんに味方しなかったのだ。
そしてさらに、無力感に苦しむ父さんを追い詰めたのは爺さんのとある言葉だった。
「もういい。私の代で歴代最高の作品を作り上げる。お前は里を下りろ」
俺が七歳になったある日、爺さんは父さんにそう告げた。
爺さんは自分の残りの時間をすべて自身の作品に費やすつもりだった。
父さんは里から下りた後、新しい仕事を探した。
しかし、まったくと言って良い程上手くいかなかった。
・・・無理も無い。
ずっと刀を打ってきて、それ以外の生き方など知らなかったからだ。
父さんは酒に溺れ、昼間は家で脱け殻のように過ごし、一方で母さんは仕事をいくつか掛け持ちし、家庭を支えていた。
母さんは夜遅く、疲れた表情で家に戻ってくることが多かった。
母さんが帰ってくれば、二人は口論が絶えず、時には激しい言葉のやりとりが続いた。
そしてある日の夜、父さんは母さんに手を上げた。
それを見た俺は怒りに身を任せ、父さんを殴り飛ばした。
すると、まるで軽い風に触れるような感覚が体を走り抜けた。
俺はその時、驚きと同時に、父さんに対する哀れみと悲しみが織り交ざった感情を覚えた。
以後、家族で過ごす時間は完全に無くなった。
あの夜の出来事が決定打だったのか、俺たちの家庭は完全に崩壊した。
──────そして遂に、母さんが家を出て行った。
残された父さんは完全に壊れ、夜に一人で徘徊することが増えた。
そんなある日のことだ。
いつも通り父さんは酒に溺れ、夜中になるとぶつぶつと独り言をこぼしながら扉をガラリと開け外に出て行った。
対する俺は布団にくるまりながらため息をつくだけで、父さんを止めようともしなかった。
そして悲劇は起こった。
父さんが鬼によって命を奪われてしまったのだ。
◇
第弐節:追憶(新吾視点)
母さんを奪った父さんが憎い。だから父さんを無視し続けた。
そう自分に言い聞かせてきた。でも違った。
──────父さんが母さんに手を上げたあの夜のことを思い出す。
子供に殴り飛ばされる情けない父親の姿が焼き付いていた。
だから、そんな父さんを直視できなくて、向き合うのを避けていた。
でも、弱くても、どんなに情けなくても父さんは俺の大切な家族だった。
涙で天井がぼやける。
父さんと話し合う機会を逃してしまったことを後悔し、一人嗚咽を漏らした。
俺はまだ里に居て、刀鍛冶として励んでいた父さんの姿を思い出した。
父さんが刀を打つ姿を見るのが好きだった。
仕事を終えた後の父さんの話を聞くのが好きだった。
あの温かく、どこかくすぐったい、そんな時間はもう戻ってこないのだと、深い喪失感が俺の心を支配した。
──────なんて馬鹿で、未熟なんだろう。
気づいたら涙が止まらなかった。
次々に込み上げてくる涙はきっと、本来であれば大切な人を亡くした時に湧き上がるのだろう。
しばらく俺は立ち直ることが出来なかった。
◇
第参節:危篤(新吾視点)
そしてそのまま、一年が経過した。
俺はある日、爺さんが危篤であるとの知らせを受けた。
急いで里に戻ると、衰弱しきった爺さんが床に伏せていた。
爺さんの近くに寄ると、縋るように俺の手を握り、涙を流しながら懺悔を始めた。
爺さんは黛家の呪いに縛られるのは自分で最後であり、父さんには自由に生きて欲しかったらしい。
しかし、結果的には父さんを苦しめる結果となってしまった、と後悔していた。
──────俺も、父さんも、爺さんも、三人揃ってひどく不器用だった。
俺は爺さんの手を強く握りしめようとするがその手は力なく、するりと俺の手のひらから抜け落ちた。
◇
第肆節:使命(新吾視点)
こうして、黛家に伝わる刀鍛冶技術は、断絶した。
だが、全てが無になったわけではなかった。
爺さんは俺に、形見を残した。
刀鍛冶屋だから、当然、日輪刀だ。
とは言え、一度でも使えばダメになる代物で、爺さん曰く失敗作。
こんなもの、鬼殺隊に出しても恥をかくだけだと、自虐気味に言った。
だが、"ここぞという時に使えば、大きな力となる"らしい。
これを、俺が認めた鬼殺隊士に託すのが、爺さんからの最後の願いだった。
そしてあの夜、俺はついに見つけたのだ。
この刀を託すべき人を。