第壱節:いざ、宇随家へ(ながれ視点)
享和2年 03月10日(西暦:1802/04/12)──────
思いついたが吉日。
早速、大金を手に宇随家の屋敷へ向かった私は、全集中の呼吸による走法で、日の出から移動を開始した。
にもかかわらず、すっかり日が暮れてしまった。
(それにしても、遠かった・・・)
屋敷は、霧が深い山道を進んだ場所にあった。
過去に一度、案内されて訪れたことがあったが、二度目である今回は私たった一人。
迷いそうになったし、たどり着いたのはほぼ奇跡。
屋敷の入り口である、大きな門の前には誰もいないが、殺気が至る所から感じられる。
(道中も感じたけど、この殺気・・・この数・・・全部が忍か・・・)
私は警戒しつつも、扉をゆっくりと押した。
扉は重い。だが、鍵はかかっていないようで、ギイと音を立てて、開く。
すると、扉の先、屋敷の入り口には、人影が一つだけあった。
「久しぶりだねぇ、ながれ」
年は三十半ばほど、真っ白な髪と、無精ひげを生やした男が柔らかい口調でそう言った。
すると、今まで至る所から感じていた殺気は一気に消え、私は拍子抜けしてしまった。
「・・・以前はどうも。それにしても、忍なのに、まるで武士みたいな恰好ですね、今日は何かあったんですか?
私がそう指摘する通り、男──────天輪殿は武士階級とも見間違える、平袴を身にまとっていた。
「いや、別にいつも忍び装束ってわけじゃないよ?俺たち」
天輪殿はそう言って、ケラケラと笑い始めた。
本当に、忍だとは思えないほど、人間臭い人だ。
今でも彼の仕草は、こちらを欺くための演技には全く見えず、心の底から楽しんでいるように見えた。
そして彼は、しばらく笑った後、無精ひげを触った。
それと同時に、ピタリと笑い声が止み、神妙な顔つきになった。
「ながれ、お前さんが何をしにきたか、俺には分かる。鬼狩りを手伝ってほしいんだろう?」
「・・・お見通しですが」
「勿論、そんで、乱波の件で俺たちが世話になったことを理由に、協力を持ち掛けに来た、と」
「お金なら、いくらでも」
「いや、金の問題じゃないんだよ。鬼は強い、次期当主である俺でされ、刃が立たないほどにな。それに、乱波の件は俺たちが金を払った。だからその件については終わったことだ」
「・・・戦闘での協力は求めません。私がお願いしたいのは、情報収集で・・・」
「それも無理だな。最悪の場合、鬼に勘付かれて、俺たちまで狙われることになる。そうなりゃ家の存続に関わるぜ」
天輪殿は、こちらを睨みつけながらそう言った。
それは、忍の者の眼。一切の妥協を許さない、そんな強い意志が籠っていた。
私は観念したかのようにため息を吐いた後、頭を下げた。
「分かりました。今日はいきなり押しかけ、すみませんでした。失礼します」
そう言った後、頭を上げて踵を返す。
すると、呼び止めるかのように、天輪殿の声が響いた。
「待ちな、"俺たち"は協力しない。だが、お前さんに協力できる奴を一人、知ってる」
その言葉が耳に入ると、私は天輪殿の方へ振り返る。
「・・・え?」
「私情を挟み、依頼主を殺した奴だ。とっくに破門しているが、腕は確かだぜ」
彼は真剣なまなざしで私を見つめていた。
◇
第弐節:問題児(ながれ視点)
享和2年 03月11日(西暦:1802/04/13)──────
ここは江戸。
さらに言えば、何の変哲もない蕎麦屋だ。
私はそこで、一人の男に向けて長々と話をしていた。
「──────と、いうことがあったんですが、協力して下さいませんか?」
「いやいや、まずよぉ・・・なんでアンタ俺の場所を知って・・・」
怪訝な顔を浮かべるこの男こそ、宇随家の問題児──────宇随
黒色の髪に、少し吊り上がった切れ長で細い目、瞳の色は暗い茶色。
どうやら変装しているらしく、実の兄である天輪殿の髪の色や瞳などの特徴とはかけ離れていた。
たしかに、この点だけ見れば、まさに忍と言える徹底ぶり。
そんな彼だが、まさか江戸の街に住んでいるとは。
しかも、魚・青物などを、てんびん棒でかついで売り歩く
"依頼主を殺した問題児"、そう聞いていたため、凶暴な顔つきかと思ったが、どちらかと言うと荒事を好まないような見た目だった。
勿論、変装している、という点も忘れていない。
しかし、それを考慮しても、人柄というのは隠し通せないようだ。
そして彼は先ほど、追放された家から自身の居場所を特定されている、と言う事実を知ったのだ。
悪夢以外の何物でもない。誰だって泣きたくなる。
だが、私は交渉を円滑に進めるためにも、彼の不安は取り除こうと考えている。
「安心して下さい。天輪殿しか知り得ない情報です。年の離れた弟として、随分可愛がっていたとお聞きしましたし」
「まあ確かに、年が離れているからこそ、兄弟間の殺し合いにも巻き込まれなかったからな・・・兄者とはそれなりに仲良くやってたけどよ・・・」
「勿論、鬼と戦うことは求めません。天輪殿もそれだけは禁じています」
「なるほど、じゃあ本当に鬼の捜索だけなんだな?」
「勿論です」
「・・・分かった。勿論、報酬はいただく。一生食うのに困らないくらいはもらうぞ?」
「・・・はい!ありがとうございます!」
「それと、その依頼は顔を変えて臨む。お前たち鬼殺隊との連携は特にするつもりは無い。それでも良いか?」
「勿論です!よろしくお願いします!」
私はそう言って、頭を深く下げた。