第壱話:開戦
第壱節:やわらかな時間の中で(ながれ視点)
享和2年 12月14日(西暦:1803/01/07)──────
雪が舞うようになり、日は短くなっていた。
少し白みがかった木々も、日が沈み始めると、夕焼けを背にして黒く形が浮かび上がる。
そんな景色の中で、私は小さい女の子を背中に背負い、雪山を下山していた。
本当の目的は、鬼の痕跡を追うことだったが、迷子を見つけてしまっては仕方ない。
ここで放置すれば、鬼に襲われる前に凍死してしまうだろう。
もうすぐ日が落ちる。
今鬼に見つかってしまえば、戦いにくい。
だが、女の子は安らかな眠りに落ちており、寝息を静かに立てている。
そんなあどけない姿が微笑ましくもあった。
そして、背中に体温を感じながら、彼女の安らかな休息を見守った。
◇
第弐節:破壊者(ながれ視点)
予定外の出来事だったが、この子のおかげで久しぶりに気分が癒された。
(このまま無事に家まで送り届けて、あとは任務を遂行しよう)
そんなことを思っていたが、突如として現れた存在に、私の安らぎは一瞬にして打ち砕かれた。
「よォ、鬼狩り」
暴力的な声が右の鼓膜に響き渡る。
横を向き、声の主を見れば、六尺を優に超えるであろう長身と筋肉質な体に、私は圧倒された。
そして、彼の鋭く尖った顔立ちは、威厳と冷酷さを兼ね備えていた。
両の瞳にはそれぞれ、陸という数字、そして上弦という文字が刻まれており、吊り上がった目尻は私たちに対する残忍な意志が滲み出ている。
しかし、何といっても彼の容姿の最大な特徴は、頬まで裂けた大きな口であった。
肉が抉れ、獰猛な牙を見せながら凶悪な笑みを浮かべており、一見すると、まるで地獄から這い出てきたような存在のように見えた。
そんな怪物と対峙すれば、誰であろうと平静を保つのは困難であろう。
背中に背負っていた女の子は目を覚ましたようで、ガタガタと震えている。
そして、私もまた鉛が胸に重く沈む感覚を抱いていた。
何故ならば、一目見ただけで、この鬼は私が今まで戦ったどの鬼よりも格段に強く、困難なものであることを確信したからだ。
私は女の子を降ろし、ここから先は一人で帰るよう、伝えた。
すると、コクンと頷き、この場を後にした。
一方、私は鎹烏である紫に増援を呼んでくるよう目配せした後、鬼との壮絶な戦いに立ち向かう覚悟を決め、その身を鬼に向けた。
対する鬼は、背中から細い触手を3本、素早く出す。
1つは紫、1つは女の子、そしてもう一つはどちらでもない、茂の中へ。
私は迷うことなく、その内の1つである女の子へ向かっていく触手を追う。
するとその触手は鬼から分離して、一匹の蛇のように自立して動き始めた。
(紫はこの際、諦める・・・女の子は助けるとして、せめて・・・)
私は触手に狙いを定め、日輪刀を投擲。
すると、樹木に縫い付けられるようにして触手に刺さり、動きを止めた。
すぐさま刀を抜き、振り返ると、肩をすくめた鬼が立っていた。
「鴉は殺した。でも、ガキと忍は殺し損ねたな。ま、安心しろって。アンタを殺した後、アイツらも殺してやっから。すぐにあの世で会えるぜ」
「私は死ぬつもりはないよ」
私は自分に言い聞かせるように、言葉にした。