113年前の上弦   作:白澄星火

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第弐話:因縁

第壱節:因縁の相手(ながれ視点)

 

「美女と二人っきりにしてくれたなんて、気の利くガキだねェ。アンタのような気の強そうな女を見てると、俺様の女房を思い出しちまうなァ」

 

私を見る鬼の目からは獰猛な光が踊っていた。

 

その後、鬼の口から発せられた言葉は最悪の一言だった。

この鬼が人間だった頃は、気の強い妻に尻に敷かれ、そこそこ真面目に働いていたらしい。

しかしある日、仕事で失敗した上に賭け事に負けて気が立っていた。

 

そんな時、妻に小言を言われたため、腹が立ったため何度も殴ったらしい。

 

「あの気が強い女房が許してください、許してくださいと懇願してきてよォ」

 

鬼は人間の頃の話を楽しげに口にしながら、その表情は異様な喜びに満ちていた。

 

彼の顔には邪悪な笑みが広がり、口角からは舌が垂れ下がるようにして露わになっていた。

眼差しは快楽に満ち溢れ、獣のような喜悦が輝いているように見えた。

 

「良いモン見れたと思って、俺様もとっくに機嫌も直っちまったんだが・・・楽しくなってきたんで殴り続けた」

 

続けて鬼の口から漏れる言葉に、私は強い嫌悪感と怒りの感情を抱く。

 

しかし、鬼の表情は、歪んだ喜びとは別に、段々と哀愁が浮かび上がってくる。

そして、突然鬼は泣き始めた。

 

「そしたら死んじまった・・・なんで死んじまったんだよォ・・・千代ォ・・・」

 

そう言葉にする鬼の瞳は冷酷さと虚ろさを同居させていた。

 

私は、鬼の言動や表情に、理解が追い付かないでいた。

だが、鬼と分かり合うことは未来永劫無いことを私は思い出し、心を切り替える。

 

「最低な昔話をありがとう。おかげで心置きなく殺すことができるよ」

 

そう言って私は鬼との距離を詰め刀を振り抜く。

 

しかし、鬼は瞬時に体をねじり、斬撃を見事にかわす。

大柄な肉体からは想像できないほどの身の軽さと俊敏さに私は目を見張った。

 

間髪入れずに私は再び斬りかかるが、鬼はしなやかな身のこなしでさらに回避する。

私の刀は虚空を切り裂き、空しく響く音が私の不甲斐なさを物語る。

 

そして、鬼は余裕を保ったまま口を開いた。

 

「げへへっっ遅いねェ、前戦った炎柱の攻撃よりも遅えェ」

 

その言葉が私の耳に届くと、どす黒い感情がこみ上げ、身体中を駆け巡る。

そうして今、全身を満たす憎悪は、私自身も驚くほどのものだった。

 

「薄々分かってたけど、やっぱりそうか。隆寿郎を殺したのは、お前か」

 

知らず私の右手に力が籠ると、握りしめる手からはじわりと生暖かい感触が広がる。

対する鬼は、純粋な喜びを表すよう、瞳に輝きを宿らせる。

 

「へェ、正解正解。あいつは面白かったぜェ?。最後は美味しく食ってやったからよォ、安心してくれや」

 

その鬼の言葉で、私の中の何かが弾けた。

 

(──────ようやく出会えた)

 

今、目の前に隆寿郎、そして姉さんと文吉さんの命を奪った鬼が立っているのだ。

鬼に対する憎しみが増すほどに、私の神経を研ぎ澄まされ、一振り一振りに鋭い殺意を乗せる。

 

すると鬼からは満足げな反応が返ってくる。

 

「おお、ちょっと速くなったじゃねェか、良いね良いね、ちょっとは楽しめるかねェ。げへへっっ」

 

「皆の無念を晴らすために、この戦いで必ずお前を討つ」

 

「そォかそォか、じゃあそんなアンタにちゃんと応えてあげないとねェ」

 

突如、私の身体は味わったことのないほどの悪寒に包まれた。

目の前の存在を前にして、本能が告げる。

一挙手一投足、全神経を集中しなければ、確実に死ぬ、と。

 

鬼の体からメリメリと音を立て、肉の塊が隆起する。

すると、胴よりも太い触手へと成長し、続けて一本、二本と現れた。

 

それらは暴力的な生命力に溢れており、不気味に蠢く。

 

隆寿郎でも文吉さんでも駄目だった。果たして自分の力は通用するのだろうか。

ふと、悪い想像が脳裏を過るが、必死に振り払う。

 

結局のところ、今までの自分を信じるしかないのだ。

 

私は刀を構え直し、冷静に思考を巡らせる。

何通りもの相手の出方を想定した。

それに対して一つ一つ、呼吸の技、刃を当てる時の角度、力の入れ方などの最適解を導き出す。

 

(さあ、どこまでやれるか、私)

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