第壱節:並び立つ(新吾視点)
もはや触手というより、"伝記に登場するような蛇の怪物"とも呼べるその塊は、大きく口を開く。
そして、中には吸い込まれそうなほどの深い闇が広がっていた。
「これで隆寿郎を殺してやった。アンタしぶといからこれで丸呑みしてやんよ」
そう口にする鬼は高揚した様子だった。
(肌で感じる。この血鬼術は危険だ。)
ながれさんの方を見ると、すぐに目が合い、表情からは強い焦りが伝わってきた。
ながれさんが俺を必要としているのか、もしそうでなくとも、彼女すら他人に助けを求めたくなるほどの攻撃がこれから来ることだけは確かだ。
その瞬間、俺は使命を燃やした。
巨大な触手が凄まじい速さでながれさんに迫る中、身体中の力を込めて、俺は飛び出した。
そして俺は彼女の横に立ち、二人で同じ技、同じ太刀筋を繰り出す。
「「水の呼吸 陸ノ型──────ねじれ渦」」
すると、巨大な触手は横に反らされ、それを目にしたながれさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。
「新吾、今のは・・・」
ながれさんが驚くのも無理はない。
俺の本来の呼吸は"灰の呼吸"。
炎の呼吸から派生した呼吸だ。
だが、俺はこの"灰の呼吸"では、強くなることができなかった。
頭打ちというやつだ。
もちろん、呼吸自体が悪いのではない。
悪いのは、この呼吸を使いこなしてやれなかった俺だ。
だから俺は、"とにかく手段を増やす"ことに専念した。
具体的には、あらゆる呼吸から、満遍なく型を習得するというもの。
尤も、適正な呼吸ではないため、肉体への負担は大きいし、練度にも限界があるが・・・
「驚いたでしょう?後で話します」
「・・・いや、新吾なら何もおかしいことはないよ。ありがとうね」
彼女の柔らかな声が耳に響くと、安堵に胸が満たされた。
(・・・ながれさんを、守ることが出来た。)
ながれさんにとってもそうだが、何より鬼にとって予想外の出来事だったらしく、鬼は目を剥いて固まっていた。
「・・・おお?・・・この技を真正面から防がれたのは何十年ぶりだ?・・・やべェ、楽しくなってきた」
鬼がさらに高揚した様子で述べた後、巨大な触手はおびただしい数に分裂し、再び襲い掛かかる。
鬼の攻撃はさらに激しくなった。
ながれさんと共に受け流すが、俺だけ消耗が激しい。
体中がギシギシと悲鳴を上げている。
(今にも肺が破裂しそうだ・・・ながれさんはこんなことを今までやっていたのか)
少しでも刃の当て方、剣の軌道を間違えば、鬼の触手を傷つけ、酸が彼女に当たってしまう。
針に糸を通すような精密さと、常に全力疾走しているような運動量を求められる。
だが、そんな事を続けていてると、身体が限界を迎えたのか、ほんの一瞬、体に力が入らなくなる。
(まずい、死・・・)
鬼との戦いではその一瞬が命取りである。
しかし、俺の目の前まで迫っていた触手をながれさんは巧みに受け流した。
俺は驚きと同時に、再び戦いへの意識を引き戻した。
改めて間近で見ると、ながれさんの技は見事としか言い様が無かった。
彼女の動きは、剣術の極意が結集したものであり、さらに自らの力を限界まで引き出し、俺を守ろうとしているのだ。
そしてながれさんに負担をかけている状況に、俺は焦りと共に身体中の力を引き締めた。
助けられるばかりではいけない。
彼女と共に戦い、役に立つことが俺の使命だ。
そんな中、鬼は挑発を始めた。
「どォしたどォした!?女に守ってもらうよォじゃよォ!ダメじゃねェか!」
「・・・ッ!」
何も言い返せない。
だが、俺の真横にる人は違うようだ。
「ハッ・・・!、こっちは欠伸が出そうだけど?」
挑発を挑発で返され、煽られた鬼は、あろうことか無数の触手を引っ込めた。
「げへへへっ、言ってくれるねェェ!」
表情に怒りは見えない。
ただ、戦いと言葉の応酬を楽しんでいるかのようだった。
そして。
「鬼血術──────
呪いの言葉と思えるほど、おぞましい声が響く。
◇
第弐節:蝕魂焦骨(新吾視点)
鬼の体がぶくぶくと膨らみ始める。
皮膚は張りつめ、筋肉がむき出しになり、鬼の体表には裂け目が走った。
その裂け目からは異様な色の液体が滴り落ち、地面を侵食し始める。
するとながれさんは勢いよく俺がいる方へ振り向いた。
「逃げて!」
彼女の必死の呼び声が聞こえた。
鬼の身体は最大限の緊張と圧力に耐え切れず、いつ爆発してもおかしくない状態にまで達していた。
まるで破壊の渦に巻き込まれる寸前の、文字通り一刻を争う事態。
心臓は激しく鼓動し、息が詰まっていく。
(このままじゃ、二人とも死ぬ)
俺は直感した。
俺はながれさんの身を身を守るため、前に出ていた。彼女の意に反して。
そして、鬼の体内から一筋の異様な輝きが広がり、破裂音とともに恐怖の瞬間が訪れた。
爆発の衝撃によって、鬼の体内に溜まっていた強酸が一気に解放されると、猛烈な勢いで周囲へと飛び散った。
その光景はまるで地獄の噴火のようだった。
強酸の液体が瞬く間に広がり、周囲の空気を腐食し始めた。
俺はながれさんに当たらないように、身を挺して庇う。
猛烈な勢いで飛び散る液体は、すぐに身体に触れてしまう。
そして激しい痛みが肌に走り、強酸が侵食していった。