113年前の上弦   作:白澄星火

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第陸話:焦骨(しょうこつ)

第壱節:役目(新吾視点)

 

飛び起きるようにして目を覚ます。

 

どうやら、鬼の破裂による強酸攻撃が収まったようだ。

 

そして最初に全身に巡る激痛、その直後に強烈な臭いが鼻腔を襲う。

次に、まるで終末の世界に取り残されたような錯覚を覚えるほど荒廃した光景が目に入った。

草花は枯れ、根元から腐り落ちている。

木々も例外ではなかった。酸の飛沫が枝葉を焼き尽くし、幹が腐食されている光景が広がっていた。

 

俺は、自然の命が酸の恐ろしさに屈したことを思い知らされた。

 

だがすぐに、それすら覆いつぶす程の絶望が降りかかることになる。

 

「よォ。稀血」

 

突如として鬼の声が響くと、俺は心臓が飛び跳ねるほど驚いた。

 

そして、鬼の姿を見た瞬間に俺の身体は固まり、思わず弱音を吐いてしまう。

 

「なんで・・・さっき破裂したはずじゃ・・・」

 

驚くべきことに、先ほどまで何倍にも膨れ上がり、破裂したはずの鬼の体は、一瞬にして元通りになっていた。

この奇跡的な再生力は、目前の敵が上弦の鬼であることを如実に物語っていた。

 

そして、鬼はひび割れた手をひらひらと振り、傷ついた体を見せつけた。

 

「ああ、さっきのは俺様もあんまり使いたくなかったんだがねェ。しばらく体がヒビだらけになっちまうのよ」

 

鬼はゆっくりと近づいてくると、俺の疑問に造作もなく答えた。

 

鬼は傷だらけの手を見せながら、その表情に微かな悦びを宿しているかのようだった。

その姿に、俺は戦慄を覚えた。この鬼との対決は容易ではないことを改めて思い知らされたのだ。

 

そんな中鬼はさらに近づいてきたが、俺の身体は思うように動かない。

そして目の前まで迫った鬼は、尻をついて固まっている俺の顔を覗き込むように座った。

 

「みじめだなァ、女に守ってもらうなんてよ」

 

その言葉に驚き、周囲を見回す。

すると、ながれさんが地面に倒れているのが目に入った。

 

(・・・おかしい。俺はながれさんを庇った筈じゃあ・・・)

 

すると、そんな俺の心の内を見すかのように鬼は鼻で笑った。

 

「ああ、確かにお前はカッコつけて女を守ったなァ。でもすぐに痛みで気を失って、そっからは女がお前を庇ってたっつーわけよ」

 

そう言った後、鬼は肩をすくめる。

 

鬼の言葉に対し、俺の心によぎる不安。

 

(鬼の言葉が本当だとしたら・・・?)

 

俺は、ながれさんの安否を今すぐ確認せねばと立ち上がろうとする。

しかし、それも突然訪れた激痛により遮られた。

 

「ぐっ・・・があああああああああ!」

 

焼かれるような痛みが腹部を襲い、今まで発したことのないほどの悲鳴が自分の喉の奥から発せられる。

 

そんな中、鬼は苦痛にもだえる俺の姿をみて笑った後、興味深そうに傷口を見つめた。

 

「消化液による浸食が浅い。やっぱ肉体強度は相当だな。よォし、お前を食ったら、俺はもっと強くなれそうだわ」

 

「・・・俺の考えが、甘かった」

 

「はァ?鬼狩りなんてそんな奴らばっかりだろ。何言ってんだ?」

 

俺はその言葉に何も答えないまま、少し離れた場所で横たわるながれさんへと視線を向けた。

 

腰には、俺の爺さんの形見である日輪刀が差されている。

 

もしもの時、この刀を使ってほしいということは、ながれさんに伝えている。

一度の戦いでしか使えない、ということも。

 

(嗚呼、まだ死にたくない・・・)

 

欲を言えば。

 

彼女が、"その刀"を使って戦う姿が見たかった。

 

曲がりなりにも、鍛冶屋の息子だからだろうか?

 

(・・・いや、違うな)

 

俺は、ながれさんが好きだ。

叶うことなら、ずっと隣で彼女を支えたかった。

 

そしていつか・・・一度くらいは、良いところを見せたかった。

 

だが、結果はこの有様。

彼女には守ってもらってばかりだ。

 

だが、どんな形であれ、俺の役目はこれで終わった。

あとは、この命が消えるまで、戦うだけだ。

 

「さぁ悪鬼よ、俺が相手してやる。俺を食うには、少し骨が折れるぞ」

 

「面白ェ・・・やっぱり鬼狩りはこうでなくっちゃなァ!」

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