第壱節:決着(ながれ視点)
──────生か、死か。
今この瞬間、それが決まる。
なぜなら、私の頭部に鬼の左手が振り下ろされようとしていたからだ。
ただし、私の頭部が破壊される前に鬼の首を両断すれば私の命はつながる。
だが、間に合わなければ鬼は生き延び、私は命を落とすだろう。
そして、これは分の悪い賭けだ。
現に、さきほど私が鬼の首に叩きつけた刀身は、半分程度までしか進んでいない。
私は懸命に力を籠めるが、無情にも鋭い爪は私の瞳のすぐ先まで迫った。
(間に合・・・)
死を、覚悟した。
──────その刹那だった。
鬼の手はぴたり、と静止した。
(・・・天暗さんが呼んだ増援か?)
と鬼の攻撃が止めた者の正体について思案したが、私の目に飛び込んだのは、さきほど死んだはずの人間だった。
(新吾!?)
彼は、鬼の左手を、自身の歯や左腕、両足も駆使してがっしりと固定していた。
腹部の傷は止血をしているようだが、あとどれだけ持つか。
ただ、どんな形であれ、生きていることに安堵を覚えた。
そしてその感情も一瞬のこと。
瞬時に気持ちを切り替える。
もう二度と来ない好機を逃がすまいと、私はで死に物狂いで刃に力を籠める。
しかし、運命はさらなる試練を私たちに与えた。
──────鬼の鬼血術が回復したのだ。
胴ほどの触手がメキメキと鬼の身体から生えると、私たちを包み込もうと迫る。
(どうしよう・・・どうしよう・・・)
進まない刃と、刻刻と近づく死の気配。
私はすでに、恐怖と焦燥に支配されていた。
だが、そんな時だった。
ふわり、と身体が浮いた。
かと思えば、鬼から遠ざかる方向に投げ出された。
突然の出来事に、頭が追いつかない。
しかし、視界に飛び込んだ"彼"の姿、そしてその表情で、すべて理解した。
(新吾が・・・私を・・・!)
そうして、触手は新吾の身体を包み込んでしまった。
◇
第弐節:灰の呼吸(新吾視点)
ながれさんと入れ替わるようにして、鬼の首に食い込む刀を握る。
触手から分泌される消化液で全身に激痛が走るが、今はそんなことを気にしている時ではない。
自分でも信じられないほどの力が発揮されているようで、みるみると刀身が進んでいく。
そんな状況下で、目の前の鬼は、だんだんと目尻を吊り上がらせていく。
「こんのガキ・・・!なんで生きてるんだよ・・・心臓止まってただろうが・・・!」
そう言って睨む鬼に、俺は眼を反らさず睨み返した。
とは言え、正直自分でも驚いている。
"灰の呼吸 終の型──────火の鳥"
(まさか、本当に"黄泉帰る"とはな)
この技は、心停止後に一定時間蘇生し、二百を超える心拍数で肉体の限界を引き出しながら"燃え尽きるまで戦う"というものだ。
・・・こんな話、誰が信じるというのか。
なんせ死人に口無し、だ。
誰かがこの技を成功させたところで、伝える手段が無い。
こうしている間にも、鬼の消化液による火傷、右腕と腹部からの出血、そして、自身の出力に耐え切れず自壊していく肉体。
凄まじい勢いで死へと再び向かっていることが分かる。
(もうすぐだな・・・だからこそ、ここで・・・!)
◇
第参節:暴瀉の最期(ながれ視点)
(間に合って・・・お願い、神様、どうか・・・どうか)
新吾を包み込むように丸くなった触手の中に、私は右腕をねじ込んでいた。
酸の浸食に耐えながら、新吾と自身の刀を探す。
激痛の中で、骨と肉が露出した、ゴツゴツしたものが自身の手のひらに触れたのを感じた。
(新吾の・・・手だ・・・!)
変わり果ててしまっても、彼だと分かった。
死闘の最中だというのに、少しだけ安堵を覚えた。
だが、それも束の間。
──────柄を握る彼の手から、力が抜けた。
その瞬間、絶望と悲しみ、怒りが私の心を支配し、体中を凍えさせた。
そして、涙で視界がぼやける中鬼の触手が私を包み込んでいく。
新吾の死と、敗北の現実が私の中に突き刺さり、目の前は暗闇に包まれてしまった。
(新吾、ごめんなさい。私は弱虫だ。いつの日か私に言ってくれた、"好き"だという言葉。あなたの気持ちはうれしかった。でも、関係を深めるのが怖かった。あの夜と同じ思いは二度としたくなかったから。だからね、新吾。お互い生き延びて、出来ることなら上弦、もっと欲を言えば無惨を倒して、全部終わらせることができたなら、私の方から"好き"だと言いたかった。でも、手遅れになってしまった。そして私は結局、姉さんとの約束も果たせず・・・ここで・・・)
心には後悔と罪悪感が渦巻き、私は自分自身を責める思いに囚われた。
そして、すべてを諦めかけた、その時だった。
──────刀身に、微かな力が加わった。
そっと添えられたその力は、目には見えなかったが、私の手に伝わる感覚が明らかに違った。
華奢な女性の存在を想起させるその力は、私にとって十分すぎるほど、勇気と力を与えてくれた。
さらに不思議な現象は続く。
鬼の身体は何故か、私の日輪刀をさらに食い込ませるように、動き始めたのだ。
すると、鬼の首にみるみると刃が進んでいく。
私は自身が発揮した力と、予想外の鬼の挙動に驚きながらも、その命を終えるまで力を緩めない。
「ハアッ!・・・アアアアァァァァァァ!!」
「くそ・・・クソクソクソクソクソ・・・稀血で酔って身体が・・・この縄もなんだよ・・・!チクショウこの俺様が・・・こんな奴らにィィィィィィィィィ・・・!」
そして、鬼の魂からの叫びとともに、斬り裂く音が響き渡った。
暴瀉は、新吾の血肉を吸収したことで、稀血酔いしてしまいました。
それにより自身の身体や"呑み衣"の操作が上手くできなくなっていました。
稀血にこだわった暴瀉が、稀血によって敗北することに。
それと、新吾か使った"灰の呼吸 終の型 火の鳥"
これは、心停止後に短時間だけ使用できる"痣"みたいなもんです。
暴瀉が最後、ながれに首を差し出すように動いたのは、天暗が暴瀉の頭部と胴体を縄で引っ張っていたことが原因です。
天暗は元々、戦闘に参加する予定はなかったのですが、ながれと新伍の必死に戦う姿に心を動かされ、こういった行動に出ました。