第壱節:岩柱 善覚
「なんだ、ここは・・・」
男は驚きを隠せぬまま、周囲を見渡した。
壁に刻まれた不気味な経や、薄暗い灯りが不安を煽るようだった。
回廊は、十六間(約30メートル)の直線に伸びた歩廊を複数個、直角につなぎ合わせたような形状で、合計六十六間(約120メートル)の全長に及んだ。
そして、男と対峙するように立つ
「うまくかかってくれたわねえ。ここに誘い込まれて生きて帰った鬼狩りはいないわよお」
偈擂は自信満々に言い放った後、左手を上から下へ振るう。
「血鬼術──────
その瞬間、偈擂の背後に再びふすまが現れ、ひとりでに開かれる。
そして、中から勢いよく、身体中に刀身が生えた野犬が飛び出した。
獣は血走った目で、唾液を口から飛び散らせながら
逃げ場は無い。
なぜなら、男の背後からも野犬が迫っていたからだ。
そして何よりも、回廊の構造。
長い全長に反して、歩廊の幅は7尺(約200cm)と狭い。
武器を振るう空間も限られているのだ。
だがしかし。
鬼殺隊士が黙って狩られるはずが無かった。
「岩の呼吸・参ノ型──────岩軀の膚」
男は三節棍を、自身の周囲に振り回し、野犬たちを薙ぎ払っていく。
そして、その様子を静かに観察する鬼。
「手数をもっと増やさないと、ね」
偈擂は冷ややかに言い放ち、獲物の動きを封じるように次々と野犬を送り込む。
幸い、男はまだ手傷を負っていない。
──────数十匹の獣に四方から襲われても。
そんな中で。
「血鬼術──────獄引門」
女の声が響き、善覚の背後にふすまが現れた。
次の瞬間、偈擂はそのふすまを通じて一瞬で移動し、男の背後をとる。
振るわれる鋭い爪。
偈擂の攻撃が男の背中に迫る。
しかし、男は天井付近まで跳躍し、その攻撃を避ける。
巨体に似合わぬ敏捷性。
鬼は目を剥いた。
そして、男は回避行動だけでは留まらない。
空気を目いっぱい吸った後──────
「岩の呼吸・伍ノ型──────瓦輪刑部」
空中から勢いよく振り下ろされた三節棍。
偈擂はその攻撃で下あごを吹き飛ばされたものの、鬼にとって致命傷である首への攻撃は避けた。
そして、再びふすまを使ってその身をくらませる。
再び敵の姿を見失った男は、着地と同時に残りの野犬を全て肉塊へと変貌させた。
そして、男から十分距離が離れた場所でふすまが開き、傷を回復された偈擂が姿を現す。
「その強さ・・・柱ね?」
そう尋ねる偈擂。
すると、男は一息置いた後。
「拙僧の名は善覚。鬼殺隊の岩柱である」
そう口にした。