第壱節:下弦の参 厭蟻(ながれ視点)
鬼の小袖の柄が目に入ると、私は目を見張った。
事前に情報を得ていた鬼の存在と重なったためだ。
そんな中で、鬼は不満げに口を開く。
「食事の邪魔が入ったのう」
「お前、知っているぞ」
「ほう、お目が高いのう」
「町の人間、特に所帯を狙って拐い、食っている鬼だろう」
・・・運良く逃げ出せた男からこの鬼の所業を聞いた。
彼の口から語られたのは、目の前で、子供、妻の順番に斬り殺されていく話だった。
私は気分が悪くなり、その話の途中でぎり、と奥歯が鳴ったのを覚えている。
そして、鬼の返答は予想通りの内容だった。
「あのときの男の話か...あの表情は愚かだった。食い損ねたのが悔やまれるが」
「お前がどれだけ下種かはもう分かってる。そして、実際に会ったら納得したよ。噂通りだ」
「哀れよの。弱き者をいたぶる愉悦を──────」
「もう良い、不愉快だからその口を閉じろ」
聞くに堪えないため、私は鬼の言葉を遮り、刀を構えた。
それに呼応するように鬼が手のひらを掲げると、私の周りに見えない力が発生した。
「吾輩の血鬼術は、女子供は近づけ、男は遠ざける。さぁ、おなごや、こっちに来い」
その言葉ともに、私は体勢を崩し、そのまま身体が鬼の方へと引き寄せられていく。
だめもとで抵抗を試みるが、身体はどんどん鬼の方へ。
どうやら、この力に抗うのは不可能のようだ、と早々に割り切った。
鬼との距離が完全に縮まると、私の胴体目掛け鬼の爪が迫るが、空中で身をひねり、攻撃をかわす。
当然、回避行動によって、体勢がさらに不安定になる。
しかし、透かさず鬼の首を狙いを定めた。
「水の呼吸 陸ノ型──────ねじれ渦」
半身を捻り、回転の力とともに私は刃を横一文字振るう。
しかし、見えない力によって鬼の首の近くで阻まれた。
「クカカカッ!吾輩の首の回りは血鬼術により斥力を発生させておる。斬れんよ。おなご」
鬼の顔には冷笑と高ぶった自信が見て取れる。
だが、鬼の血鬼術が解かれたのか、私の身体には自由が戻る。
鬼が半歩下がると、丁度私の刀が届く範囲のギリギリ外側まで距離が開いた。
次に鬼は自らの首に手を伸ばす。
そして、私に指先を向けると、光の塊が鬼の手のひらから指先へと移動し、その輝きはますます強くなっていった。
続けて鬼が指を弾くと、凄まじい速さで力が解放された。
私はその瞬間、嵐のような衝撃と共に身体が吹き飛ばされ、そのまま樹木に体をぶつけた。
木々が揺れ、枝葉が舞い散る中、膝が地面に着くと、血が滴り落ちる音が静かな森に響き渡きわたる。
(くそっ…両腕さえ使えれば、さっきの攻撃で首を斬れていたのに…)
私は口惜しさと苛立ちを強く覚えながら、立ち上がる。
それを見ていた鬼はせせら笑った。
「惨めじゃのう。惨めじゃのう。・・・しかし、鬼殺隊の剣士を近づけさせるのは迂闊じゃった。おなごだと油断していたが、おぬしを近づけるのはやめておくことにするかの」
一見、嘲ったような態度を保っているように見えたが、誤解だったようだ。
鬼の言葉の節々からは戦術的な分析が透けて見えた。