「……うぅん」
頭がわれそうだ…。
鬼太郎が立った事が嬉しくて、皆んなで朝まで酒盛りをしてしまった。
「ぅぅん」
きもちわりぃ……。
頼りない足取りで出勤する。
もう呑まねぇぞ……。
二日酔いになる度に吐いてる台詞だ。
「はぁ〜」
煙草を咥えて、マッチで火をつけた。
フハァァーーーーー
酒精を出すように煙を吐く。
…もうのまねぇぞ………。
なんとか遭難せず会社に着いた俺は、午前中の仕事を悪戦苦闘して終わらせた。
昼休みになり、働き蟻達は思い思いに飯を食っていた。
俺は飯も食わず…食えずに机に突っ伏していた。
皆んなは大丈夫だろうか…。
親父さんなんか、何升呑んだか分からなかった。
よくあんな小さな体に入るものだ…。
はぁ……。
「二日酔いかな?水木くん」
隣にぬらりひょんさんが座っていた。
「…ええ」
驚く元気も無かった。
「ハハハ。随分やっつけられたねぇ」
笑いながら、煙管を燻らせる。
見知らぬ老人が堂々と喫煙してるにも関わらず、誰一人として、こちらを注目する者は居なかった。
「……」
俺も煙が恋しくなったので、懐からPeaceの箱を出す。
しかし、箱しか無い。
「………」
切ない。
「これをどうぞ」
隣の愛煙家が、細い葉巻を差し出してきた。
「…お高いのでは?」
「さぁ?値は知らない。知り合いがくれたんだが、私は浮気出来ない質でね。どうぞ、やってくれ」
一途だなぁ。
「…頂きます」
行儀が悪いが、端を齧って咥え、マッチで、ゆっくり丁寧に火を点けた。
濃厚で甘い煙が口中に広がる。
フゥ〜〜
悪くない。
「美味しいです。ありがとうございます」
「そりゃあ良かった」
「…それで…何の御用でしょうか?」
まさか、一緒に喫煙する為でもなかろうし…。
いや…ありそうだな、このヒト。
「赤ン坊連続誘拐未遂事件」
今の俺には物騒な話題を言い出した。
「今日の夕刊の見出しだよ。まだ出てないが」
「誘拐未遂…内容は?」
「この地域一帯で不審者アリ。背の高く髪の長い女。朱い着物。乳母車や母親の手から、赤ン坊を奪う。しかし、赤ン坊の顔をジロジロ見るなり大きな声で、“ちがう!ちがう!ちがう!”と言って突き返す」
「驚くべきはその執念だな。ここ一週間で五十件の通報アリ」
「……ただの狂人でしょう?お縄につくのも時間の問題では?」
「…ここからは新聞に載らないんだが、その女、足がすこぶる速いらしい」
「…それがなんでしょう?」
「子供達が目撃したのだが、走ってる車や電車を追い抜いたのだと」
「えぇ…」
「しかもハイヒールでね。そして、顔も見たらしいんだが、その女…」
「口が耳まで裂けていたんだと」
「…妖怪ですか?」
「何とも言えない。私は日本の妖怪なら、全て把握している自負があるんだが…どの妖怪にも当てはまらないんだよねぇ。微妙に似ているのはいるんだが、断定は出来ない」
「むぅ…」
「念の為、気をつけろ」
「それを伝えに来たんだ」
「まあ、明日から警察も大々的に動くだろうし、人間ならそれで、とっ捕まって終わりだろうがね」
「…分かりました。わざわざ有り難う御座います」
「苦労をかけるね……実は、こうして会うのも当分は厳しいのだよ」
「何かあったのですか?」
「面倒な仕事さね……大陸の大馬鹿共に不穏な動きがあってね」
「大陸…」
フゥーーーーーー
長く煙を吐き出している。
余程の事なのだろう。
「はぁ…イカンな。愚痴を吐いてしまった。忘れてくれ」
ぬらりひょんさんが、見た目の割にスッと立ち上がる。
「すまんが、鬼太郎ちゃん達を頼むよ。水木くん」
俺の肩にポンと手を置いた。
「お任せ下さい。お仕事、お気をつけて」
「フフフ。有り難う」
もう一度ポンと肩を叩いて、綺麗な足取りで去っていった。
フゥ〜〜
頭痛はいつの間にか収まっていた。
朱い夕焼けの中に影が二つ。
革靴の固い足音を、柔らかく、纏わりつく足音が追いかける。
「………と言う化け物女、知らないかい?」
「しらないなぁ」
会社からの帰路、いつもの同行者に聞いてみた。
街中を練り歩いてる、べとべとさんなら知っているかと思ったが、当てが外れた。
「こんどから、おおきいおんなのひとについていくようにするよ」
「いやいやいや、大丈夫だよ!もし妖怪なら、べとべとさんが危険だ!」
「しらないの?おばけはしなないんだよ?」
「…そうなのか?」
「そうだよぉ、しんだことないもの」
「…奇遇だね。俺もだよ」
「おそろいだぁ」
「ただいまあ〜………」
…随分静かだ。
寝ているのか?
靴を脱いで上がり、居間に入ろうとした。
………………………何だこりゃ!
居間の床が極太の茶色い綱で埋め尽くされていた。
「おーい鬼太郎ぉ、親父ぃ、いるかぁーー?」
未だ姿が見えぬ、同居人に声を掛ける。
すると、極太綱の真ん中に毛玉が浮き出て来た。
「みじゅきぃ」
毛玉がゆらゆら揺れている。
「鬼太郎か?お父さんはどうしたぁ?」
居間の外から声を掛ける。
「んんん」
毛玉が力む声を出すと、綱がまるで生きている様に蠢いた。
暫く、波立てていた。
「ぉうっ!」
鬼太郎が声を上げると、部屋の隅の綱が持ち上がった。
うねうねと蠢いて、その隅の綱がこちらに向かってきた。
綱の先端が、まるで蛇の様な形になると、頭をブンブン振った。
バサッ!バサッ!バサッ!
何度か振っていたら、蛇の口から真っ白な親父が飛び出して来た。
鞄を放って、目玉を捕球する。
「…大丈夫かい?」
「みっみ、みずぅきぃ…うおぇえぇぇ」
大丈夫ではなさそうだ。
投げられたのも効いたのだろうが、恐らく未だに二日酔いに苦しんでいるのだろう。
手の上で、ずっとえずいている。
…見てるこっちが、吐きそうだ。
「ぐぇえぇ…もっも…う…のま…んぞぉ」
…人生何十回目の台詞だろうか。
水をしこまた飲ませて、寝室に寝かせる。
この苦しみは、よく分かる。痛い程。
「お休み」
「す…すまぁん」
「いいから」
さてと…。
居間の入り口に戻り、中に生えてる、上下に揺れる毛玉に声を掛ける。
「鬼太郎ぉ〜!他に誰かいるのか〜?」
毛玉がモソモソ左右に動く。
探ってくれてる様だ。
毛玉になっても愛い。
「いなぁい」
「分かったぁ〜!動かず待ってろよぉ!」
「あぁい!」
元気の良い事だ。
厚厚の絨毯の上を進み、毛玉に辿り着いた。
「鬼太郎。ばんざぁーい」
「ばんあい」
毛玉から小さい手が生えた。
手を頼りに、鬼太郎を抱き上げる。
いつもの数倍重かった。
多量の毛が、サラサラと地面に落ちて、毛玉の中から鬼太郎の顔が覗かれた。
「おあえりぃ」
「はい。ただいま」
極太の綱は、やはり鬼太郎の頭から始まっていた。
一旦、発掘した鬼太郎をその場に置いて、ハサミを装備してから、また秘境に戻る。
「じっとしてろよぉ」
おっかなびっくりで鬼太郎の頭から、長めに髪の毛を切る。
「じっ!」
手元が狂うから可愛い事を言わないでくれ!
やけに硬い髪の毛を切断し終える。
安全第一で切った為、腰ほどの長さだ。
長髪の鬼太郎を台所に避難させる。
……同じ髪型だと、微かにご母堂の面影を感じる。
鬼太郎にミルクを手渡す。
「ありあとぅ」
「いいえ」
まだ、作業は終わってない。
鬼太郎を台所に置いて、また居間に戻る。
「しかしなぁ……どうするかなぁ」
部屋を埋め尽くす、髪綱をみて首をひねる。
このまま外に出そうにも、重くて持てない。
…かと言って、小さくするにしても、手持ちのハサミじゃ力不足だ。
先に鬼太郎を散髪した、ハサミは、よく見たら刃毀れしていた。
…明日、金物屋で剪定鋏でも買おうかしら。
段々、問題を先送りにし始めていた。
「くえぇ」
……鬼太郎ぉ。随分、鳥の真似が上手くなったなぁ。
足元の幼な子に目を向ける。
…鬼太郎であってくれぇ…。
…………また…出た。
よく知っている幼な子ではなく、知らねぇ烏がいた。
その烏には、手が生えていた。
……それだけなら、まだしも、その手は、よく切れそうな鋏だった。
鋏は鈍く光っていた。
…………………。
「くえぇ」
鳴いてるなぁ。
せめて、話が通じれば良いのだが。
巻いてある腕時計を目視してから、しゃがんで烏と目を合わせる。
「今晩は」
「くぇ」
言葉は分かるか。
「何の御用ですか?」
「くえ」
鬼太郎の髪綱を鋏で指している。
「……まさか…欲しいのか?」
「くえ」
……果たして、譲っていいものか?
そもそも、どうする気だ?
…鬼太郎の髪の毛だ。はい、どうぞとは、いかない。
「仕方ない……」
「えー…烏さん」
「くえ」
良いのか。烏で。
「付いて来てくれ」
「くえくえ」
苦しむ親父さんの枕元に座る。烏は俺の左側だ。
「親父さん…親父さん、起きてくれ」
「う〜ん。何じゃあ、水木ぃ」
「また妖怪が家の中に出た」
「な何じゃとぉ?」
グワングワンと揺れながら、起きあがろうとする親父。
「寝てていいから」
布団を被せる。
「大人しい妖怪だよ」
今の所は。
「そそうは言うてもぉ」
…布団から一厘も上がれてないぞ。
「今、連れて来たから何の妖怪か教えてくれ」
「お…おぅ」
「じゃあ失礼して」
「ぐえ」
烏を抱き上げ、親父さんに見せる。
「うん?鳥ぃ?……………………」
頭を押さえて必死に考えてる親父。
「鬼太郎の髪の毛が欲しいんだと」
「髪の毛ぇ?………そうか!『髪切り』じゃ!!」
「くえくえ」
烏がうなづく。
「『髪切り』?何をする妖怪なんだ?」
「その名の通り、髪を切る。それだけじゃ」
「……?じゃあ、何で髪を欲しがってるんだ?」
もう、髪は切れてる。
「……………さぁ?……食べるんじゃないかのぅ?」
「くえくえ」
また、うなづく髪切り。
髪を食うねぇ………喉に詰まりそうだ。
「起こして悪かった。お休み」
布団をかけ直す。
「う…うん。おやすみぃ」
髪切りを、抱えたまま居間の入り口に戻る。
なすがままの髪切りを床に下ろす。
「………悪意は無し?」
「くえくえ」
うなづく。
「本当に食べるだけ?」
「くぅえ」
深くうなづく。
「食べた後に何も起きない?」
「くえくえくえ」
首を素早く上下に振る。
………………。
「…………」
「…………」
…………嘘は言ってないな。
「よし」「お上りよ」
「くえ!」
深くお辞儀をしてから、居間に入る髪切り。
…礼儀正しい烏だ。
髪の毛の荒れ野を掻き分けて、鋏で一束、一口大に切る。
そのまま、嘴に運んで食べる。
切る、食べる。
切る、食べる。
…食い切れるのか?
切る、食べる。
切る、食べる。
同じ調子で散髪と咀嚼を繰り返す髪切り。
………放って置いて良いか。
「宜しく頼むよ」
「くぇ〜」
ハサミを振って、開墾作業に戻る髪切り。
良い食べっぷりを見たら、俺も腹が減った。
夕食にしよう………余ってる素麺を茹でるか。
台所で、自分の髪の毛を弄り回してる鬼太郎を見ながら、麺を啜った。
「邪魔だろう?いつもの長さにするか?」
「や〜」
さいですか。
その後、一緒に風呂へ。
洗髪がいつもより、長くかかった。
しかしながら、素晴らしい触り心地で指がスルスル通ったので愉快だった。
その感触は、ちゃんちゃんこに似ていた。
……いつか、鬼太郎の毛も、ちゃんちゃんこに加わるのだろうか。
いつも通り、一緒の布団に入り、眠った。
鬼太郎の髪の毛は肌触りも心地よく、サラサラとした感触は俺を眠りに誘い、深い夢の中に引き摺り落とした。
ご拝読ありがとうございました。