キィイイイイイイインンンン
鬼太郎を抱えている馬鹿女と対峙する。
背が高い。長く乱れた黒髪。古ぼけた黒い着物を着ている。
顔は赤い襟巻きでよく見えない。
何が嫌よ…だ。巫山戯やがって!
……クソッ!!
おめおめ、寝てんじゃねぇよ!
役立たずが!!
自分に悪態をつく。
鬼太郎が奴の手にある今、下手な手は打てねぇ。
どうする!どうすれば!!
「うぅん」
鬼太郎が身動ぎする。風が冷たいのだろう。
「あぁ!寒いのね!よしよし大丈夫よ」
阿婆擦れが、襟巻きを鬼太郎に巻く。
ギギギ
奥歯を噛み締める。
「風邪引いちゃうわ」「じゃあねぇ」
「待てぇ!!!」
女が玄関から、飛び出す。
俺は、そのままの姿で靴も履かずに追いかけた。
……襟巻きを外して見えた女の口は、耳まで裂けていた。
だが、そんな事どうでも良かった。
カッカッカッカッカッカッ
女のハイヒールの音が、夜に鳴り響く。
嘘みたいに足の速い女に必死に追い縋る。
まずいまずい!まずい!!このままじゃ撒かれる!!
寒さで痛む素足が、言う事を聞かなくなってきていた。
足など捥げても良い!!
今、今追いつかなくては!!
待ちやがれ!!待て!!!
待ってくれぇ!!!!
鬼太郎!!!!!
「水木ぃーーーーー!!!!」
後ろから、呼び声が聞こえたと思ったら、肩に誰かが飛び乗ってきた。
「親父!!」
「鬼太郎は!!!」
「あの女に奪われた!!」
「なっ!?…阿婆擦れがぁ!!」
「水木!一度跳べ!!」
疑問も持たずに前に跳躍する。
タンッ!!
足に板が滑り込んでくる。
カラン!!!!
「下駄か!!」
「頼む!!追いついてくれぇ!!」
「言われるまでもねぇ!」
コンッコンッコンッコンッコンッコンッ
どんな靴よりも俺の足に合っていた。
少しずつだが女との距離が縮む。
「ハァハァ…どうやって来た親父!」
「ちゃんちゃんこじゃよ!!」
バサッ!!
身体に、ちゃんちゃんこが覆い被さってきた。
刺す様な寒さが、和らぎ、呼吸も少し整う。
下駄も、ちゃんちゃんこも、力を貸してくれていた。
「フゥッフゥッ」
コンッコンッコンッ
二尺程まで距離が縮んできている。
「彼奴は何じゃ!!」
「さっき顔が見えた!!ハァハァあいつが口裂け女だ!!」
「何ぃ!!……じゃがっ!!妖怪なら!下駄達と儂が気付く筈だ!」
「水木!あの女!人間かも知れん!!」
「ハァハァどっちでもいい!!!」
カッカッカッカッカッカッ
コンッコンッコンッコンッ
夜の森の中に、下駄とハイヒールの音だけが鳴り響く。
「ハァハァハァ待ちやがれぇ!!!!」
「キャハハハハハハハーーーーー!!!」
女の馬鹿笑いが聞こえる。
舐めやがって…!!
呼吸が乱れ始める。
…クソッタレ!!
ようやく縮んだ距離が、また離れてきていた。
「水木!!頑張れ!!頼む!!頼む!!」
親父の鼓舞する絶叫が耳に響く。
「ハァハァハァハァクソッ」
何か、あの女の足を止める方法は!?
頭を、グルングルン回すが、走りながらでは、どの方法も無理だった。
フヒュウウーーーーーーーー!!
突如、澄んだ音が森を揺らす。
あの音色は…!
「水木!横に避けろぉ!!!」
走りながら斜めに跳躍する。
パァアアアン!!!!
聞き馴染みのある声が、銃声が、俺の真横を通り過ぎた。
「グキャアア!!」
女の足に着弾した。
好機!!
信じられない事に女は転びもしなかったが、走る事はもう出来ない様だった。
血を流す足を引きずって進んでいる。
コンッコンッコンッ
「ハァアハァア」
女の肩を掴む。
「手前ぇ!!返せぇ!!」
一撃。顔面に拳を叩きこむ。
「ギャアッ」
「水木!!鬼太郎を!!」
ぶっ倒れる女の腕から、鬼太郎を引ったくった。
「むにゃ」
夢の中の鬼太郎には、傷一つ無い。
良かった。
急いで、鬼太郎にちゃんちゃんこを着せて、化物女から距離を取る。
「よくやったぞ!!水木ぃ!!」
「安心するのは、まだ早い!」
「ァアアアアアアアアぁぁあ〜」
女が、地面をのたうち回っていた。
「ちゃんちゃんこ!!鬼太郎を頼めるか!!」
ちゃんちゃんこが、ブルリ、と震えて答える。
「後ろに下がっててくれ!!」
鬼太郎を包んだまま、フワリ、と浮いて下がり、木々の中に隠れた。
「親父も!」
「何を言うとる!!一連托生じゃ!!」
「頑固親父が!」
「そっくり、そのまま返すわ!!」
ヒュルルルルルルル
俺達を仲裁する様に風を起こす程の回転で三八式が飛んできた。
「おっと!いい射撃だったぜ!笛さんよ!」
「いい仕事じゃ!」
ヒュウ
一鳴きして、三八式歩兵銃が俺の手に収まった。
よく手に馴染む。
ずっと腕時計として一緒にいたからか、俺の好みを読み取った様だ。
「弾は…?」
三八式が、ジワリと熱くなる。
……要らないのか………超技術だな。
「空気を打ち込んでおるのじゃろうよ」
「………便利すぎる…」
…ふぅ。
切り替えて、構える。
口裂け女は、ユラユラと立ち上がっていた。
………もう足の血は止まっている…。
「あ゛ぁ゛あ」
「…………」
「痛いじゃない。女の人に暴力は、いけないわ」
「…………」
お前を女と誰が呼ぶか…。
「さっ。返してちょうだいな」
「大切な大事な我が子を」
「…………何言ってんだ手前ぇ?」
「ふふふ。信じ難いのは分かるわ!でも残念!その子は私の子なの!私が、お腹を痛めて産んだ子なのよ…」
「そんな訳ねぇだろうがぁ!!!」
「五月蝿いわねぇ………いいわ。ちゃあんと教えてあげる。その子はね、私の子の生まれ変わりよ!!そうなの!私の子はねぇ、お腹の中で死んじゃったのよ!!悲しいわぁ!!悲しかったわぁ!たった一人の家族が!会う前にいなくなっちゃったんだもの…でもね…私気づいたのよ。私の子は何処かで生きていると…昔、お坊さんから聞かされたもの…人間、この世から、さよならしたら、また生まれ変わるんだ、とね。だから、だからね!私探したの!探して探して探して探したのよ!でもねぇ…私の子は隠れん坊が上手だった。探しても探しても探しても見つからなぁい。だから、だからね!灯台下暗し、と言うからね!お墓に行ったの!空っぽのお墓!だぁれも入ってないお墓!お腹の中でいなくなった子がお墓の中かもって思ったの!そしたら!そしたらねぇええ!その子がいたの!!片目の子!私の子と同じ片目の子!!嬉しかった!!!嬉しかったわぁあああ!!やっぱり私の子は生きていた!!生まれ変わっていた!!!!うふふふあはははははキャハハハハハハハ!!!だから!返してよぉ。私の子をぉ!私に返してぇ…また産まなきゃなのぉ!産まれ直さなきゃあ!
口も大きくしたのよぉお!!ちゃあんと!傷一つ無くお腹に入れる為にねぇ!!痛かったのよお!!あの子の臍の尾を切った鋏で切ったの!痛かった!痛かったんだからぁ!!でも…でもね。本当に痛かったのは、あの子の方よねぇえ!だから!我慢出来た!我慢でひたのよおおお!!頑張ったの!わたし!頑張ったんだから!返して!!返せえええええええええ」
…………………………。
…………なんだ…唯の…狂った女だったか…。
フッ…。
「やなこった!」
「あっそう、じゃ、いいわ。あんた、いらなぁい!!」
「かみさまぁあ!たすけてくださぁい!!」
……何を言い出してんだ?
ブワアアァ!
…哀れな女が浮かび上がった。
ちっ!唯の人間のままで、いろよぉ!!
「ギャハハハハハハハ!!」
馬鹿でかい鋏を振り回してこちらに飛んで来る女。
肩を狙う。
パァアアアン
速い!空中で翻して銃撃を避けやがった。
「はああ゛あ゛っ!」
振り翳す鋏を地面に転がって避ける。
やべぇ!肩に乗ってた親父が!
「親父!」
「大丈夫じゃ!」
髪の中から出てくる目玉。
どうやったんだよ。
「水木!前!前じゃ!儂は気にするなぁ!!」
「見えてるよぉ!!」
さっきよりも、引きつける。
「逃げるなあああああ!!!!」
「逃げねぇよ」
まだ。まだ。まだ。
よし!今度は避けれねぇぜ!!
パァアアアン パァアアアン パァアアアン
三段撃ちだぁ!!
ギギギギキキイイィイン
嘘だろ!!鋏で三発とも弾きやがった!!
…だが!!鋏も宙に弾け飛んだ!
攻撃手段が無くなった!
俺に肉薄する女の腹に、拳を叩き込む。
ゴッ
ぐぁ!
女は、俺の拳を膝で受け止めた。
そして、裂けた口を広げて、俺の右肩に噛み付いた。
「んんぐんんんんんんんん」
「がああああ!!」
「水木ぃ!!」
肩が、吹き出す血で濡れる。
何とか左手で、腹や胸を滅茶苦茶に殴りつけるが、女は離れない。
「ぴちょぴちゃぐぐぐ」
嘲笑いながら、更に歯を食い込ませてくる。
「はなせぇ!!!ぐああああああああああぁぁ!」
「水木!下駄じゃ!下駄を放れ!!」
「ぐぐぐう」
下駄を片方、飛ばす。
すると、下駄が物凄い速さで上空に上がると、女の顔面に向けてそれ以上の勢いで急降下する。
シューーーーーーーーーー
メキャンッ
下駄が女の顔面にめり込んだ。
「ぐぅぎゃあああっっ」
大きく吹き飛ぶ女。
一撃かました下駄が俺の足に戻ってくる。
カラン
「大丈夫か!!!」
「ハァハァ…ぐっ」
軽く触れる。穴は空いてるが、千切れてはいなかった。
「ハァハァ。へっ……風通しが…ハァ…良くなったよ」
「言うとる場合か!!」
その通りだ。右手が動かせねぇ。
地面に落ちた三八式が、俺の左手に入り込んで、拳銃に変化した。
「いいか!水木!!どれだけ痛くとも、笛や下駄に意識を送り込めよ!!
でなきゃ援護が出来んぞ!!」
「…ハァ了解」
…難しい注文をしてくれる…。
……やるしかないが。
「あ゛あ゛ぁあ!!もぉおお!!痛いって言ってるでしょう!!」
「五月蝿え馬鹿」
ズドオゥン ズドオゥン ズドオゥン
もう、何処に当たっても知るか!
数撃ちゃ当たれだ!!
ズドオゥン ズドォン ズドォン
しかし、女は舞う様に空を飛び回り避ける、避ける。避ける。
左手では、狙いづらい!!
当たれ!当たれ!当たれぇ!!
ズドォンズドォンズドォンズドォンズドォンズドォン
「んもぅ!!しつこいわねぇ!!」
「なんだか面倒になっちゃった!!」
「ぜぇえんぶ燃やしちゃおぅ!!」
!?何言った!あの阿婆擦れ!
女が手を振るう。
すると…。
ゴオオオォォォ
巨大な火の玉が、俺に向かって飛来した。
やべ。
反応が一手遅れた。
そんな俺を置き去りに、下駄が俺の足から飛び出る。
ゴッパアアアアアン
下駄が火の玉に特攻して、真っ赤な花火が咲いた。
「下駄ぁ!!」
ヒュウウウン
…何事も無く、戻ってくる下駄。
そして、俺の頭を小突く。
「悪い!」
「!!また来るぞ!」
「そらよ!!」
今度は、二つの下駄で相殺する。
ゴッパアアン
「んん〜〜〜!!なんなのよ!あんたはぁ!!!」
「こっちの台詞だ!!」
ゴッパアアアアアン
「………足が速い…口が裂けてる…否、口は自分でやった、と……」
親父さんがブツブツ呟いている。
ゴッパアアアアアン ゴッパアアアアアン
花火は咲き続けている。
ズドォンズドォンズドォン
隙を見て、銃撃。
しかし、当たらぬ。
「子を攫う……それも違う…それは人間の時の…」
「空を飛ぶ……火を投げる……火……女………女か!!」
「解ったぞ!!!水木!!」
「何がだ!!」
ズドォン
「『飛縁魔』じゃ!!彼奴の正体は『飛縁魔』じゃあ!!」
「『飛縁魔』ぁ?あの女、純粋な妖怪なのかぁ!?」
ゴッパアアアアアン ゴッパアアアアアン
ズドォン
「違う!恐らくは子を失った母親が!その心の痛みで夜叉憑きになり!飛縁魔に成り上がったのじゃ!!」
「??簡単に言ってくれぇ!!!」
ゴッパアアアアアン
ズドォンズドォンズドォン
「おんなが、鬼になった!!」
「…良くある事だな!!」
ゴッパアアアアアン
ズドォン ズドォン
「クソッ!!埒があかねぇ!!」
「………ウフフアハハハハハ」
………何を笑ってんだ、あの鬼?
すると、鬼が目線を変える。
俺の後ろを見て………!?野郎!!
「不味いぞ!!」
ズドォンズドォンズドォンズドォンズドォンズドォン
「キャハハハハハハハ!!そぅれ!」
小さい火の玉が、俺の後ろの森に放たれた。
「馬鹿野郎!!殺す気かぁ!!」
下駄を火の玉に飛ばす。
しかし!火の玉の方が速い!!
!?だから、小さくしたのか!!
パァアアアン パチパチパチチチ
見る見る間に、森に火の手が回る。
「きたろおおおおぉぉ!!!!」
「よせ!!!水木!!」
火の森に飛び込む。
「水木!戻れ!!」
すぐに、縞々の繭が見つかった。
「こっちに来い!!」
繭が俺に飛んで来る。
左手で銃を持ったまま受け止めた。
「大丈夫か!!」
ブルリと震えるちゃんちゃんこ。
「大丈夫じゃ!この程度の火なら、なんて事ない!!」
「良く聞け!!水木!!あの女の狙いは!!鬼太郎を見つける事じゃ!」
「キャハッ!ミィつけた!!」
鬼女が炎の中、揺らめいていた。
「ウフフ!!子供思いね!!嫌いじゃないわよ!」
しまった……。
周りは火の海、鬼は目の前。
絶対絶命。
「そ・れ・に・良い事聞いたわ!!その繭の中にいるのなら、焼いても大丈夫そうね!!」
「それじゃあ!!!皆んな仲良く、こんがり焼いてあげるわ!!」
「させるかぁ!!」
ズドォンズドォン
くるりと回って銃撃を避ける女。
「フフ!それ!」
女が手を払うと、周りの火が俺を掴んだ。
ジュウウウウウ
自分自身が焼ける嫌な匂いが広がった。
「うぎゃあああああ!!」
「水木ぃ!!!!」
笛も下駄も地面に転がり落ちる。
「アハハハハハ!!まだ生焼けね!キャハハハハハハハ!!」
「ぐうううう……畜生」
熱い熱い熱い熱い。
こんな所で…。
こんな事で…。
こんな女に…。
鬼太郎…鬼太郎!!きたろう!!!
頭の親父さんに、か細い声で話しかける。
「親父…鬼太郎を連れて逃げろ…」
「!!!何を言うとる!」
「時間稼ぎくらいは出来るぜ…たとえ死んでも、あの馬鹿は離さねえよ」
「馬鹿を言うなぁ!!儂は…私達は、そんなつもりで、鬼太郎を託したのではないぞ!!」
「五月蝿えよ…五月蝿い。いいから!行けよ!!」
「黙れ!馬鹿野郎!!」
「はぁ〜!!もういいかしらん!!仲良く焼いてあげるんだから感謝してよぉ!!」
「待て……」
「フフフフ」
「やなこった、よ」
「ふわあぁぁあ」
「え!?」
鬼太郎……今、起きるなよ……寝坊助め…。
繭が、モゾモゾ動いて、手足が生えた。
「ううぅん」
ゆらゆら立ち上がる蛹。
「おぅ!?」
ぺちぺち、顔を覆う繭を叩いている。
繭が顔の所だけ、網になった。
「わぁ!まっかっかあ」
周りを見て驚いている。
………大物過ぎる…。
「鬼太郎!!」
「おはよう、おとさん」
「あっおはよう……じゃないわ!!」
「??みずきぃ?あかいねぇ?」
血だらけの俺を不思議そうに見る鬼太郎。
「……ああ…あかいなぁ」
「いたいのぅ?」
「…いたいなぁ」
「まぁた、ボぉル当たったの?」
「!……フフフ」
「違う!!鬼太郎!!妖怪じゃあ!あの女に、やられたのじゃあ!!」
振り向いて、その女を見る鬼太郎。
「あのひとぉ?」
「そうじゃ!!逃げるんじゃ!!鬼太郎!!!」
「ふぅむ!!」
何故か頬を膨らませる鬼太郎。
………まさか怒っているのか?
鬼太郎が、ずんずん女の方に進む。
おいおいおい!!
「…まぁて…きた……ろお…」
「鬼太郎待て!!止まれぇ!!帰って来んかぁ!!!」
小さな足で、真っ直ぐ女の元へ向かう。
「フフウフフフフアハハハハハ」
「ほぅら!!見なさいよ!!やっぱり!この子はわかっているじゃなぁい!!」
「さぁ!おいで!!お母さんのお腹に!!」
「………」
鬼太郎が、女のすぐ下で立ち止まった。
女が目線を合わせる様にしゃがむ。
「おかさん?」
「そうよ!!!」
「???」
「どうしたの?」
「おかさんじゃないよ?」
「………………えぇ?」
「あと…………」
鬼太郎が、女の頭を掴む。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ
二人の周りで、青白い火花が弾ける。
「後………」
「お父さん達を虐めるな!!」
キュウゥゥッ………………………
ズドオオオオォォォオオオオンンン
炎の森に雷が落ちた。