善は急げと、直ぐに出発となった。
「では…いって参ります」
玄関先まで見送ってくれる皆んなに挨拶をする。
「鬼太郎を頼むぞ!婆!」
「任せな。気をつけて行きんさい」
「迷うわんようになぁ〜」
「…イッテラ…シャイ」
「きばれや!親父どん!水木どん!」
俺、親父、火閻魔、の三人で家を出る。
切符が勿体無いとの事で、最低人数での地獄巡りになった。
……庶民的な理由だ。
火閻魔には、万が一の為、黒い着物の上にちゃんちゃんこを着せている。
……最早暴れる理由も無いと思うが……念の為。
「…………」
黙って俯きながら、俺の横を歩いている。
カラン コロン
俺は革靴よりも、ずっと、快適な下駄を履いてきた。
腕には、いつもの時計を。
………この子達にも、随分助けられた…。
親父は、俺の頭で胡座をかいている。
……座りは良いのだろうか?
「…………あの…」
おずおず、と火閻魔が声をかけてきた。
「何でしょうか?」
「……えと…あの……お身体は?」
気まずそうに聞いてくる。
「大丈夫ですよ」
気休めにしかならないだろうが…。
「………そう…ですか」
「はい」
「…………」
…誘った手前だが、些か気不味い。
森。
墓。
洞窟。
言葉も無く、地獄の入り口である、白い沼に辿り着く。
「じゃあ、此れを」
切符を火閻魔に手渡す。
「……」
切符を両手で包み込む火閻魔。
「水木よ。あー………火閻魔と、くっ付いて沼に入らんといかんぞ」
「そうか」
右手を差し出す。
「すみませんが、腕を掴んで下さい」
「…わかりました」
控えめに袖を摘まれる。
「吃驚すると思いますが、決して離さないで下さい」
「…はい」
「では…」
沼の上へと乗り出す。
沼は、ゆっくり、ゆっくり、俺達を飲み込み始める。
「………っ」
おっと!
袖から外れた白い手を掴み取る。
「失礼……暫しの我慢です」
「………」
小さく頷く火閻魔。
離さぬ様に、互いに手を握り締める。
そして、沼は俺達を平らげた。
地
獄
へ
落
ち
る
目を開く。
目の前には、前と同じ静かな洞穴があった。
「カ ラン コローン カラ カラカラ コロ コロコロん」
何処からか唄が聞こえてくる。
グィ一ー。
袖を強く引かれた。
「…うん?」
振り返ると、真っ青な顔をした火閻魔が。
「…そそっそこにぃ…」
震えながら指を指す。
「?」
「どうしたんじゃ?」
怯えている…?
指された方向に目を向ける。
「…おや」
「フフーンフーン」
骸骨が、桶に湯を溜めて、浸かって寛いでいた。
鼻唄まで歌って、随分ご機嫌だ。
「…ひぃ」
火閻魔が、抜けた様な声を出して俺の背後に隠れる。
……そりゃあ、初見じゃ怖かろうな。
骸骨が動いて、歌っているのだし。
全身を、わなわな震わせている火閻魔。
「火閻魔さん、大丈夫ですよ。あの人は案内人です」
「しっかりしとくれ」
「はははぃ」
「もし…」
「フフーん?…ん!?おんやまぁ!?まぁた来たんかい?物好きな人だねぇ!」
「はは、すみません。またご厄介になります」
「いんや、気にせんでええ!」
ザパァーーーー
勢い良く風呂桶から飛び出してきた。
「ほんじゃあ、行こうか!」
カラコロカラコロ
カラン コロン カラン コロン
「ほんで?何処行きたいんだい?」
「賽の河原です…行けますか?」
「行けるよぉ!でも、何の用だい?……あっこには、可哀想な子達しかおらんぞぉ」
「その子供に用があるのです」
「ほぉん!…後ろの…ご婦人かい?」
火閻魔の顔を覗き込む骸骨。
「ひぇ!はっはいぃ」
真っ青な顔のご婦人。
「なぁ」
骸骨が俺に耳打ちする。
「…彼女、具合悪いんか?」
「……そんなとこです」
洞穴から出て、地獄巡りを始める。
極彩色の、ヘンテコな、景色の中を歩く。歩く。歩く。歩く。
チェス盤の上。皿の上。地蔵。延々と続く座敷牢。真っ暗な回廊。病院の屋上。小学校。中学校。高校。地蔵。大学。保育園。地蔵。地蔵。地蔵。地蔵。地蔵。地蔵。地蔵。地蔵。
地蔵の並ぶ砂利道が、長く長く続く。
空は赤く焼けている。
先は見えない。まるで闇だ。
首を振って左右を見ても、地蔵で埋め尽くされていた。
並んでいる全てが、優しい顔で、こちらを微笑んでいる。
不気味ではあるが、荘厳な景色だ。
思わず、背筋が伸びる。
「……………………」
その伸びた背中に、ぴったりと張り付いてくる、ご婦人。
細かな震えが俺の体にまで伝わってくる。
歯が当たる音と乱れた呼吸が聞こえる。
ちら、と様子を伺う。
俯いた顔の色が、赤、青、紫、と忙しく変わる。
「……あの…大丈夫ですか?」
「………えあえあはははいぃぃひ」
間違い無く、大丈夫ではない。
「骸骨さん」
「どしたん?」
「河原は、まだ遠いですか?」
「いや、この地蔵の道を過ぎりゃ、河原だよ」
「分かりました」
様子のおかしい同行者に、声を掛ける。
「もう少しです。気をしっかり持って」
「………ぁい…………………うおぇっ」
火閻魔が腹の内を、ぶち撒けた。
「大丈夫ですか!?」
蹲る火閻魔。
「ううぅぅえ……ごめん…うあぇ……なさ…ぃ」
かがんで声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫、落ち着いて」
「深呼吸じゃ!」
「ふぅ、ふぅ、ぅう」
これは、まずいな。
「骸骨さん、少し休憩して良いですか?」
「そうだな、ええよ」
火閻魔の隣に座り込む。
「ゆっくりで良いですから」
「げほっ…けふっ……すみ…ません」
「いいえ」
背中を摩る。
「ふぅ…ふぅう」
呼吸は整ってきたが、いかんせん震えが酷い。
怖気か…。
暖めるよう、より強く摩る。
「大丈夫ですよ。大丈夫」
「ふぅぅ……ふぅぅ〜」
「…水木よ。一服させたら、どうじゃ?」
「……ふむ」
確かに、気持ちは落ち着くか…。
懐から、Peaceを出す。
「おっ!煙じゃねぇか!一本貰える?」
骸骨が、ヒョイ、と髑髏を近づけてきた。
「どおぞ」
剥き出しの歯の隙間に煙草を入れて、火を点ける。
「すぅ〜〜〜はぁ〜〜」
……あちこちから、煙が漏れているのだが……。
「はぁ、骨身に染みるぜ。ありがとよ」
「どういたしまして」
もう一本、取り出す。
「火閻魔さん、少し起きて下さい」
「あぁ……はぃ」
よろよろ、と半身を起き上がせる。
「失礼」
裂けた口の真ん中に、煙草を滑り込ませる。
「ふほっ」
「吸った事は?」
「あいまへん」
咥えたまま答える。
「火を点けたら、深呼吸して下さい」
「はい」
マッチを擦り、煙草の先を灯す。
「すっげほっすぅーーーけほっすぅーーおへっ」
………生真面目な人だ。
「ほんの少しだけ、吸って、吐いてみて」
「すっ……ふぅ〜」
「そんな感じです」
「…はい。すぅ、ふぅ」
覚えが早い。
小さな雲が、頭上に浮かぶ。
一本を燃やし尽くすと、いくらか火閻魔の顔色も明るくなった。
「落ち着きましたか?」
「はい…ありがとうございます」
「…ごめんなさい…煙草ご馳走様でした」
「いえいえ、そんな事」
立ち上がろうとする、火閻魔。
足が震えて上手くいかない様だ。
慌てて、支える。
「無理をせずに!」
「いえ、はやく……あの子に…」
震える足を叩く火閻魔。
見ているだけで痛ましい。
「…うぅむ…………失礼を!」
未だ震えが止まらぬ火閻魔をおぶる。
「あっ!」
「よいしょっと!!…このまま進みますよ!」
「…いや…あの……悪いですよ…」
「何を仰る!…このまま歩かせる方が悪いですよ!」
「…火閻魔よ……こうなると、この男は頑固じゃぞ…」
呆れた声が、頭上から降ってくる。
「…悪ぃかよ」
「まさか!………まぁ、固すぎる時はあるがのぅ…」
「おぉい!」
「………ふふ……お願い致します。水木さん」
「そんじゃあ…行くべ。大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。行きましょう」
「ほいよ」
地蔵の細道を再び歩き始める。
奥に進むにつれ、燃える空が暗くなる。
暗闇は、俺達を静かに包んだ。
カランッ!!
骸骨が、突然立ち止まった。
「どうしました?」
「うう〜ん」
「はい?」
「おかしいんだよ…こんな暗くなる事なかったんだが」
「…そうなのですか?」
「うにゃ。いっつも夕暮れなんだ」
「へぇ」
「参った、参った。水木ぃ、何ぞ灯り持ってねぇか?」
「それなら…」
左手を前に出して、念じる。
腕時計が仄かに灯り、スルリと提灯へと、化わる。
「ほう!ほうほう!便利なモンだねぇ!」
「儂等の宝の一つじゃからな」
誇らしげな親父の声。
提灯を、骸骨に差し出す。
「どうぞ」
「…え?……いやいやいやいや!大事な物だろう!」
「しかし、先頭は貴方です。どうぞ遠慮なく」
「ええぇ……………じゃあ……この道だけ」
「はい」
骸骨が、丁重に、提灯を受け取る。
「……知らん奴に………そんな、ホイホイ渡すなよぉ」
「…?」
……知らん奴?
「………おい…まだ会うのは二回目だぞ…」
「……すまんのぅ」
「何で謝るんだ親父?」
「この通り、自覚無しじゃ」
「…そうだな」
…………何の!?
「……そいじゃあ、あと少しだ。頑張れよ、お嬢さん」
「はい」
漸く、火閻魔も骸骨に慣れてきた様だ。
「うんうん」
骸骨も嬉しそうだ。
くるり、と回れ右をして腕を挙げる骸骨。
「気を取り直して……出発進行おぉぉぉ〜〜〜!??」
………えらく調子の外れた号令だな。
「水木。前に何かいるぞ」
親父の声に緊張が走っている。
骸骨の背骨越しに目を凝らす。
………地蔵……。
道の前が、地蔵で埋め尽くされていた。
「水木さん……後ろにも……」
火閻魔が、か細く囁く。
振り向く。
「ぅおっ」
一寸先にまで、地蔵が迫っていた。
地蔵。地蔵。地蔵。
見える景色、全てが、地蔵で埋め尽くされていた。
「妖怪か?」
「いや……妖気は無い。しかし、油断するな」
「ああ」
骸骨の隣に立つ。
「参ったなぁ…」
「どうしますか?…後ろも塞がれました…」
「…ほうかい……こんな事初めてだ……」
……………。
............ぇ。
........................ぇ。
「………なにかきこえる」
火閻魔が囁く。
.........めぇ。
.............めえぇ。
「おれも聞こえた!」
骸骨が声を上げる。
......ごめぇ。
...........ごめえぇ。
………歌?
「かぁごぉめぇ!!かぁごぉめぇ!!」
「かぁごぉめぇ!!かぁごぉめぇ!!」
「かぉごぉめぇ!!かぁごぉめぇ!!」
俺たちを囲む地蔵共が、声を揃えて絶叫し始めた。
「何だぁ!?」
「きゃぁっ!」
「………水木、下駄を構えろ」
「了解」
かーごーめ かーごーめ!!
かぁごのなぁかのとぉーーーりーはぁ!!
いーついーつでやぁる!!!
よぉあけぇのぉばーーーんに!!!!
つぅるとかぁめとすぅべえーーたぁ!!
「後ろの正面誰だ!!!」
「後ろの正面誰だ!!!」
「後ろの正面誰だ!!!」
……………。
「誰って……何を…」
「まぁ、ねぇ」
骸骨さんも、俺と同じ事を考えているらしい。
「水木、言ってやれ」
「じゃあ……」
「地蔵」
…………以外にいるかよ。
「…………」
「…………」
「…………」
……………。
せーいかーい!!
せーいかーい!!
大正解!!!
ゴトゴト、と音をたてて道を開く地蔵共。
「……行くか」
「…ええ」
骸骨と一緒に、一歩、二歩と、歩き出した。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!
不味い!!
隣の骸骨の何処かの骨を掴んで、思いっきり、後ろへ跳んだ。
ガコォオーーーーン!!!
道を空けた地蔵共が横倒しになるや否や、猛烈な勢いで転がって、再び道を塞いだ。
「あっぶね!!ありがと!水木!」
間一髪。
下駄じゃなきゃペチャンコだった。
「馬鹿野郎!!殺す気かぁ!!」
キャハハハハ!キャハハハハ!!
キャハハハハ!キャハハハハ!!
キャハハハハ!キャハハハハ!!
「……ひぃぃ」
震えの止まらぬ、火閻魔。
無邪気な………巫山戯た声が、二重、三重と響く。
とぉりゃんせーとぉりゃんせぇ!!
とぉりゃんせーとぉりゃんせぇ!!
とぉりゃんせーとぉりゃんせぇ!!
……………この石ころ共、木っ端微塵にしてやろうか…。
かぁってうれしいぃ!
はないちもんめ!!
まぁけてくやぁしい
はないちもんめ!!
「いい加減にしろよぉ!!石ころ共が!!」
「落ち着け!!水木ぃ!」
アハハハハハハハハハ!!
アハハハハハハハハハ!!
アハハハハハハハハハ!!
おにがこわくて いかれない!!
あのこがほしい!!
あのこがほしい!!
あのこがほしい!!
あのこじゃわからん!!
そぉだんしましょ!!
そうしましょ!!
きぃめぇたぁ!
きぃめぇたぁ!!
きぃ、めぇ、たぁ!
地蔵共の微笑みが、歯を剥き出しにした、嫌らしい笑い顔に変わっていた。
……嫌な予感しかしない。
「火閻魔がほしい!!」「火閻魔ちょうだい!」
「火閻魔がほしい!!」「火閻魔ちょうだい!」
「火閻魔がほしい!!」「火閻魔ちょうだい!」
…………何を言い出すんだ…こいつら…。
「……みみ……みずきぃ…さぁん……」
背中の火閻魔の震えが、さっきよりも酷くなった。
「…心配しないで……渡す訳ないでしょう」
火閻魔を抱え直す。
「落ち着け、火閻魔…水木を信じろ!」
「水木ぃ…奴ら近付いてきてるぜ」
ズル……ズル………ズル…ズズズ
俺達を囲む地蔵全てが、嫌らしい笑みを浮かべながら、にじり寄って来る。
「………良いだろう…そっちが、その気なら…な」
「火閻魔さん、一旦降りてくれますか」
「……はい」
震えが酷くなる一方の火閻魔を、砂利道に降ろす。
「骸骨さん、火閻魔さんを頼みます」
「それと…提灯を下さい」
「ああ…それはいいが、何をする気だ?」
提灯と、火閻魔、を交換する。
「……警告を」
右足の下駄を鋭く放る。
宙に舞った下駄は、砂利道を深く抉る。
石の割れる音を出しながら、俺達と地蔵の間に、円を描いた。
ささくれ一つ、埃一つ、無い下駄が、右足に帰ってくる。
「よく聞け」
「その線を跨いだ地蔵は…ぶっ壊す!!」
空気の読める提灯は、すでに散弾銃へと姿を化えていた。
昏い空へ発砲する。
ドォオオオオン ドォオオオオン ドオオオオオンンン!!!!
銃声は、俺達と地蔵共を震えさせた。
「いいか!特に!最初の……最初の一体はぁっ!!」
嫌らしい笑顔を浮かべる。
「粉々に、する」
ズズズ……
少しだけ、地蔵共が後ろへ下がる。
「下を見ろぉっ!!」
地蔵共が石頭を、地面に向ける。
「これから!砂利が増えるなぁ!!」
ズズズズズズ…
大きく、臆病者共が下がる。
「おにが……こわくて…いかれない…」
「おにが……こわくて…いかれない…」
「おにが……こわくて…いかれない…」
ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト
はっ!震えてやがる!大した事ぁねぇな!!
「……おっかねぇ」カタカタ震える骸骨。
「……………」ガタガタ震える火閻魔。
「……そう…じゃな」声だけでも、引いてる事が分かる親父。
………なんで、あんた等も怖がってんだ…。
…まぁ…いいけどさ。
「おい!!お前等!」
ゴトゴトッ
「二秒以内に道を開けろ」
「二ぃ!」
「とと…とおりゃんせ!」
ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト
地蔵達は、これ以上ない程の速さで道を譲った。
「ご苦労」
道の奥から、水の流れが聞こえた。
ご拝読ありがとうございました。